第5話[新] 初出陣
2025.11.09 アプライドをEに切り替え。
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いよいよ、腹切カナタの初レースの日がやってきた。
ボロボロの赤い86。古く、頼りなく、けれど彼の夢そのものだった。
田舎の山中で行われる小さなレース──それが「オープンカップ」。
有名な大会ではない。観客もまばら。
だが、それでもカナタにとっては、胸が高鳴る一日だった。
カナタ(ついに……この86で、レースに出る時が来たんだ)
観客席は簡素な柵に囲まれただけの広場。
でも、そこには腕に自信を持つ整備士やカスタム好きのレーサーたちが集まっていた。
伊藤は今日、姿を見せなかった。
どうやら他のオープンカップに誘われ、別の場所へ向かったらしい。
そんな中、1人の少女が近づいてくる。
真っ直ぐにこちらを見つめる瞳。風に揺れる髪。
小柄で可愛らしいが、その雰囲気はどこか芯の強さを感じさせた。
西野ユナ「腹切カナタさん、ですよね……?
わ、私、西野ユナといいます……!」
カナタは驚きながらも、その声の主を見る。
彼女の後ろには、アイスシルバーの86が止まっていた。
腹切カナタ「腹切カナタだよ。その86……まさか、あれ……お前のか?」
西野ユナ「そうなんです。あれが私の86。
子供の頃から夢だったんです、レースに出るの……。
だから、だからこそ負けませんよ!」
その目は、まっすぐにカナタを見据えていた。
言葉に偽りはない。想いの深さが伝わってくる。
腹切カナタ「……ああ。こっちにも、負けられない理由がある。
正々堂々、やろうぜ」
2人は無言で頷き合い、スターティンググリッドへと向かう。
全長4キロのコースを2周する、合計8キロの小さな戦い。
参加者は12人。勝者に景品などない。
だが、カナタにとっては人生で初めての、本物の“レース”だった。
カナタ(これが……レースの世界……)
スタートラインに立った瞬間、胸の奥が熱くなる。
視界の先には木々に囲まれた緑のコーナー。
草が揺れ、鳥の声がかすかに響く。だがその静けささえも、
今はすべてが鼓動を加速させる。
カナタ(芝生の中に切り開かれたコース。
森の世界に浮かぶ一本の道……。
ここは……まさにサーキットだ)
車内に乗り込むと、手のひらに汗が滲む。
だが、ハンドルを握る手は震えない。
腹切カナタ「行こうぜ、俺の赤い戦闘機……。
こっからが、始まりだ」
そのとき、グリッド前方に1人の少年が現れた。
年齢はカナタよりも少し若いだろうか。
そして反対側には、整備士のツナギを着た男が黙って佇んでいた。
それぞれの視線が、カナタの86に向いている。
このコースに集まった12人。
それぞれが自分の物語を背負い、
そして、たった今、そのエンジンに火を入れようとしていた。
スターティンググリッドに響いたのは、低く張った声だった。
佐藤「腹切カナタか……。俺は佐藤。お前には負けないッ……!!」
まっすぐに睨みつけてくる目。その奥に秘めた熱量は、まるでエンジンのレッドゾーンに突入したような勢いだった。
その隣に立つのは、ツナギ姿で工具を腰に下げた青年だった。
橘「橘です。整備士してます。いろんな車でレースに出るのが夢なんですよ。こう見えてまだ21なんです。」
その顔は、どう見ても30過ぎにしか見えない。頬には油汚れがにじみ、ツナギの袖口は擦り切れていた。
――21歳……? 若いな……本当に?
カナタは目を細める。橘はボロボロのツナギの胸ポケットから、グミの小袋を取り出すと、無造作にひとつ口へ放り込んだ。
それでも、その瞳は熱を帯びていた。静かに燃えさかる灯火のように、彼の芯を物語っている。
カナタ「だったら、、、うちも負けないよ。佐藤。勝つのは俺だよ。」
彼の声は穏やかだったが、芯があった。目を伏せることも、逸らすこともなく、真っ直ぐに言い放った。
空は澄んで、雲ひとつない。
スターティンググリッドには、12台のマシンがそれぞれの鼓動を潜めて並ぶ。
アイドリングの振動が地面を伝い、カナタの足元へと響いてくる。
カナタ「……いよいよだな。初めてのレース。初めての戦場。俺の86、見せてやろうぜ……!」
彼の赤い86が、陽光に照らされてうっすらと赤く燃えるように光っていた。フロントリップに当たる光が鋭く反射し、まるで獲物を狙う戦闘機のようだった。
橘「この空気……サーキットって感じがしますね。芝生の匂いとタイヤの焦げる匂い……たまんないです。」
佐藤「上等だよ……。腹切カナタ……オープンカップで沈むのはお前だ!」
それぞれの思いが交差するスタート地点。タイヤの熱、エンジンの鼓動、ペダルを踏む足に伝わる僅かな震え――。
それは、彼らにとっての「開幕の音」だった。
次の瞬間、シグナルがひとつ、またひとつと赤く灯っていく。
カナタ「……行こう、俺の86。ここからが始まりだ!」
――そして、赤いランプが消えた。
レースが、始まる。
坂本「さあ、始まります!待ちに待った、86オープンカップ!!実況は私、坂本がお送りします!!」
「本日の舞台は――筑波サーキット!テクニカルな中速コーナーと短いストレートで構成されたこのコースを、なんと2周で競う超スプリントレースです!!!」
坂本「マシンは全車トヨタ86!ただし、セッティングもドライバーの経験もバラバラ!!この中からトップ7に入れば、賞金+メジャーカップシリーズへの出場権が与えられます!!!」
坂本「それではグリッドを紹介しましょう!!」
スターティンググリッド(12台)
1番グリッド:佐藤大河(赤の86)
→経験豊富な実力派。バランス型セッティング。
2番グリッド:白石ケイ(紺色86)
→若き才能。筑波初参戦ながら予選タイムは2番手。
3番グリッド:如月レン(ガンメタリック86)
→ドリフト出身のテクニカルドライバー。今回はグリップ勝負。
4番グリッド:緋村ヒロ(シルバー86)
→ストイックな職人肌。正確無比なライン取りが持ち味。
5番グリッド:霧山トオル(ライトブルー86)
→元ジムカーナ王者。クイックな操作に注目。
6番グリッド:橘雄介(ボロツナギ+オレンジ86)
→整備士兼ドライバー。情熱でエンジンも火を吹く男!
7番グリッド:長野ミハル(深緑色86)
→公道出身。前に出る執念に火がつけば要警戒。
8番グリッド:腹切カナタ(赤の86)
→初出走。だが異例の注目株。このレースで伝説の一歩を刻めるか!?
9番グリッド:花咲ルイ(ピンク86)
→マイペース系だが読みと駆け引きの鋭さに定評。
10番グリッド 西野ユナ(白の86)
→静かな瞳に隠れた闘志。コーナーで豹変する“白の狩人”。
11番グリッド:高峯タクト(黒の86)
→速さは一級品だがマシンが不安定という噂も…。
12番グリッド:神代ナツメ(ワインレッド86)
→予選最下位ながら巻き返しに燃える熱血漢!
坂本「ちなみに! ここにいる全12名のドライバー……なんと全員が実はこの『オープンカップ』での初出走です!!!」
坂本「そう、オープンカップとは――新人たちが羽ばたくための入り口……つまり、"開かれた戦場"!! この筑波のアスファルトが、未来のスターを生むステージなんです!!」
スタート前のグリッドに立つ12台。
そのエンジンの鼓動はどこかぎこちなく、しかし心の奥には確かな火が灯っていた。
赤い戦闘機、腹切カナタは目を伏せて、深く息を吐く。
カナタ「......全員が初出走か。なら、俺が一番最初に"突き抜ける"」
彼の視線の先では、白い86・夢野ユナが無言でコクピットに手を置いていた。
その静けさはまるで深い雪の中にいるようで――しかしその瞳だけが、どこかを見据えていた。
橘雄介のボロボロの整備服が風に揺れる。
彼は胸ポケットからグミを取り出し、口に放り込んで言った。
橘「初めてでも、燃えるんですよ......夢があればね」
坂本「ここにいる誰もがまだ、ゼロの状態……だが誰かが"1"を刻む!!!」
「初出走の12台による、真紅の決戦!!86オープンカップ、まもなくスタートです!!!」
坂本「スタートしたあああああああ!!!!」
乾いたエキゾーストが一斉に響き、12台の86が地響きを上げながら一斉に飛び出す!
坂本「おっとおおお!? 一人出遅れてますね! 腹切カナタの赤い86が……! 完全に後手を踏んでいるぞおおお!!」
カナタ「……っ!!」
ギアは入っている。クラッチもつなげた。なのに……反応が一瞬遅れた。
カナタ「くそっ……!!何やってんだ俺は!」
――焦りが指先を狂わせ、エンジンの咆哮だけが空転する。
横を、真っ白な86が抜けていく。
夢野ユナの86だ。その滑らかな立ち上がりと完璧なシフトアップは、まるで雪の精霊が滑るようにスムーズだった。
坂本「これは痛い出遅れ! 腹切カナタ、現在最下位か!? だがまだ第1コーナー前!ここから巻き返せるか!?」
だがカナタの目は――恐怖ではなく、闘志で燃えていた。
カナタ「……最下位でもいいさ。最後に前にいればそれでいい!!」
赤い戦闘機が低く吠えた。
坂本「先頭は……佐藤大河!!!赤い86がトップを突き進みます!! しかもそのすぐ後ろには、同じく赤の86――腹切カナタが迫っている!!」
坂本「同じカラー、同じ86……これはまさに、因縁の対立が始まりそうな予感がします!!」
カナタ「……赤い86?」
第2ヘアピンの立ち上がり、カナタの視界の奥に――もう一台、同じように赤く燃える86がいた。
シルエットはほぼ同じ。だが、そこには明確な違いがあった。
カナタ「……速い……!」
タイヤのスキール音が地面に焼きつき、ライン取りは一分の狂いもない。
カナタの86と似たようなスペックのはずなのに、その走りはまるで別物だった。
カナタ(この赤……誰だ? こいつ、誰なんだよ……!)
すぐに答えは実況から返ってくる。
坂本「トップの赤い86……ドライバーは“佐藤大河”! 初出場ながら筑波の練習走行ではダントツのラップタイムを記録しています!!」
カナタ「佐藤……?」
まだ話したこともない。でも、背中が語っている。
その男が、ただ者じゃないことを――
カナタ(……なんだよ……すげぇ走りじゃねぇか)
佐藤の赤い86がS字に吸い込まれていく。
その旋回スピードは、まるで“機体”として空気を切り裂いているようだった。
カナタ(でもな……!)
アクセルを踏み抜く。
カナタ「俺の赤も……“戦闘機”なんだよッ!!」
坂本「おっとおっとおっとおっと!!!ここで動いたあああああ!!!腹切カナタが動いたあああ!!!」
坂本「白い86に勝負を仕掛けているッ!!ターゲットは――夢野ユナ!!」
8番グリッドスタートの腹切カナタ。
10番手スタートの夢野ユナ。
スタート直後の混戦の中で、いつの間にか順位が逆転していた。
だが――その差は、もはや数メートル。
カナタ「見えた……!」
ヘアピンのブレーキングポイント、直前。
夢野ユナの白い86がわずかに膨らむ。
カナタ(そこだ……ッ!)
カナタの86が、白の86の内側へ――ねじ込まれる。
坂本「おおっと!?これは刺さるか!?刺さるのか!?」
カナタ「勝負はここだあああああ!!」
テールが軽く滑る。だが、手は離さない。
リミッターを切り裂くかのように、ステアを小さく切り足しながら――
その車体は、イン側ギリギリのクリッピングポイントを捉える!!
タイヤが悲鳴をあげる。
夢野ユナ「……!」
その刹那、白の86がわずかにラインを修正する。
ユナのドライビングは正確だった――が、それ以上に、腹切カナタの突っ込みが鋭かった。
坂本「刺さったァァァアアアアア!!!!腹切カナタ、夢野ユナのインを突いたァァアアアア!!!」
坂本「白の86が引いたァァアアア!!!この勝負、赤の腹切が制した!!」
カナタ「くっそ狭ぇコースだが……通すしかねぇよな……!」
アウトから立ち上がりをかけようとした白の86に対して、赤の戦闘機がズバッと軌道を描く。
まるで空中戦の急降下を思わせるかのような、
その一瞬の勝負勘――
坂本「今のは見事なブレーキング勝負でした!!
腹切カナタ、これで6位浮上ですッ!!!」
白のボディが陽の光を受けて、静かに煌めいていた。
滑らかなフォルム。だが、冷たい。まるで氷の彫刻のように。
夢野ユナ――その名を知る者はいない。
だが、彼女が操る白い86は、何かを物語っていた。
ブレーキングは鋭く、ハンドルの舵角は最小限。
外見からは想像もつかないほど、レースの中での動きは研ぎ澄まされている。
ユナ「来る……」
ミラーに映った赤い戦闘機――腹切カナタの姿を見て、彼女はわずかに眉を寄せた。
しかしその唇から漏れたのは、焦りではない。
ユナ「……おもしろいじゃない」
その声は静かだった。
だが、ブレーキランプが鋭く点灯し、わずかにアウトへ振られたその瞬間――
彼女は確かにインを差される覚悟をしていた。
その潔さは、経験からくるものではなかった。
だが、夢野ユナの中に流れていたものは、「恐れ」ではなく「探求」だった。
速さとは何か。心とは何か。
前へ出ることとは、どういうことなのか。
ユナ「次の周で、返すよ……」
誰にも届かぬ独白。
まるで自分に言い聞かせるようなトーンで、
ハンドルをわずかに握り直す。
その右手の指先は、かすかに震えていた。
けれど――その震えは、寒さでも、恐怖でもない。
これは、まだ始まりにすぎない。
二台の赤と漆黒の86が、鋭くブレーキング。
タイトな左のヘアピンへと、ほぼ同時に飛び込んだ。
緋村ヒロ「......ここだッ!」
ヒロの赤い86が、ギリギリのアウト側へ車体を振る。
タイヤが悲鳴を上げ、コーナリング中の限界を訴えるが――
彼は微塵もアクセルを抜かない。
如月レン「フン......随分と元気じゃねぇか......」
レンの漆黒の86は、インベタで突っ込んでいた。
アウトから来るヒロを察しながらも、ステアリングを一切ぶらさない。
お互いが譲らない。
車体が横並びのまま、重なり合うように――
ドリフトの角度がシンクロする。
煙が交差し、観客席がどよめく。
ヒロ「やっぱ速えな、如月......」
レン「......言ったろ。こっちは勝ちにきてる」
ふたりの間には、一瞬の駆け引きがあった。
ヘアピンの脱出ライン。
そこを先に抑えた者が、このコーナーを制する――
ヒロ「だけど俺も......譲れねぇ!!」
わずかに早くアクセルを踏み込んだのは、ヒロだった。
赤い86がスライドを抑え込み、わずかに先へ出る。
だが。
レン「早ぇよ、ヒロ」
ブレーキングの余韻が残るまま、漆黒の86が鋭く食いついた。
リアタイヤが外側の縁石をかすめ、ラインをギリギリでトレースする。
コーナー出口、サイドバイサイドのまま加速――
次のストレート、完全な一騎打ち状態。
ヒロ「こっちだって負けるつもりはない......!」
レン「上等だよ。もっと楽しくなってきたな」
赤と黒。火花のように激しく、風を切り裂くように交差しながら――
筑波の短い直線を、二台は全開で突き進んだ。
緋村ヒロと如月レン。
赤と黒の86が、今まさにコース上で火花を散らしている。
鋭いS字を抜け、次の左コーナーに差しかかったその瞬間――
レンの瞳に、赤いテールランプが映った。
レン「このハイブリッド男天使……如月様を舐めるなよ……ッ!!」
加速の伸びとともに、ステアリングを微細に調整。
如月レンの黒い86が、赤い86のリアに噛みつくように迫る。
ヒロ「若いやつにはやられたくないね……。うちも、まだ20代だけど。」
サイドミラーに映る漆黒の閃光。
それでもヒロの声は、どこか余裕を保っていた。
だがそのとき、猛然と飛び込んでくる如月。
レン「こっちは17歳だあああッ!!」
咆哮と共に、鋭くインへ刺す。
タイヤが路面を削る音が、二台分重なり合う。
ブレーキング勝負では年齢なんて関係ない。
技術と度胸。
それだけが、この数秒の世界を支配していた。
ヒロ「おいおい……やっぱ若さってのは、容赦ねぇな……!」
レン「この走りで、アンタも天使の国に送ってやるよ!!」
二台はほぼ同時にコーナーを抜け、わずかにレンが前へ。
だが、ヒロの反撃は止まらない。
ヒロ「なら、そっちは地獄へ送り返してやるよ……!」
風が裂ける。
空気が焦げる。
コース上、静寂など一片もない。
若さか、経験か。
このヘアピンから次の区間――
物語の火蓋が、今切って落とされた。
佐藤の赤い86が、先頭で風を切っていた。
2位以下のマシンをじりじりと引き離し、すでにリードは3台分以上。
筑波サーキットのタイトなストレートにその赤い閃光が鮮烈に映える。
佐藤「……はは、やっぱレベル低いな。誰もついてこれねぇ。」
背もたれに深く体を預けながら、ハンドル操作はまるで片手間。
視線すらルームミラーへと余裕を持って移した。
佐藤「本気出さなくても勝てるなこれは……全員カスばかりだ!」
ピリついたトーンで吐き捨てるように呟きながら、足元のブレーキを微妙に抜く。
カーブ手前ですら、極限まで攻め込む必要はない。
自分の86がどれだけ速いか、誰よりも自分が理解していた。
そして、すれ違いざまに見えたのは――
あの赤い86。8番グリッドスタートの「腹切カナタ」のマシン。
佐藤「……? あの86、ちょっとだけ……速くなってねぇか?」
目を細める佐藤。だが、すぐに鼻で笑った。
佐藤「気のせいか。どうせ後ろで遊んでるだけだろ。」
その横顔に、まだ焦りはない。だが、その余裕は果たして最後まで続くのか――。
後方から、確かに何かが迫っていた。
腹切カナタの赤い86が、アウトから揺さぶりをかけていた。
カナタ「......くそっ、行かせろッ!!」
立ち上がりの加速では分が悪い。だが、コーナーで詰めて詰めて――
わずかな隙間を狙って飛び込む準備は整っていた。
だが。
ミハルの86が、まるで影のようにラインを塞ぐ。
インを狙えば絞り込まれ、アウトを狙えば先行して膨らむ。
ドライバーの名は――長野ミハル。
前を走るその銀色の86は、まるで「通さない」と言わんばかりの動きで応戦してくる。
ミハル「赤い戦闘機?甘いわよ。ラインが取れなきゃ、ただの箱でしょ?」
小柄な手でハンドルを操りながら、バックミラーの赤を睨みつける。
カナタ「こいつ……ブロックがうまい……!」
何度かフェイントをかけるも、まるで読まれているかのようにすべて塞がれる。
次のコーナー、もう一段階強く仕掛けるか――
だがそれをやれば、お互いのラインが潰れ、最悪クラッシュすらあり得る。
カナタ「……ちっ。あの手この手で防いでくるな……!」
再び立ち上がりで並びかけるが、ミハルはギリギリでラインを譲らない。
ミハル「――まだ通さないよ。そんな加速で、抜けると思った?」
赤と銀の86が、コーナーごとに火花を散らすように並走し続ける。
だが、抜け出せない。前を塞ぐその壁は、思った以上に厚かった――。
最終コーナー手前、立ち上がりで異変が起きた。
ピットレーン側のスタッフがざわめき始める。
最後方を走っていた一台――黒と赤のツートンカラーのGT-R、ゼッケン99番。
神代ナツメのR35が、煙を噴きながら減速していた。
ナツメ「クッ……嘘だろ……ここで、トラブルかよ……っ!」
フロントのブレーキダクトからは白煙が上がり、ブレーキングポイントに差し掛かる前にアクセルが戻される。
立ち上がりの瞬間、エンジンが唸りを止めるように沈黙した。
観客席がどよめいた。実況が叫ぶ!
「おおっとおおお!? 最後方から怒涛の追い上げを見せていた神代ナツメ選手、スローダウン!!! これは……!! リタイアかあああ!!!?」
ナツメは拳を強くハンドルに叩きつける。
ナツメ「くそっ……俺としたことが……!
あの赤い86に……追いつこうとして……!」
汗が頬を伝う。
目の前の赤い車体――カナタの86が、視界の先で小さくなっていく。
ナツメ「……なんで……あんな非力な車に……!」
追いつけそうで、届かない。
1周、また1周と食らいついたその代償は、GT-Rの重さと熱がじわじわと牙を剥いていた。
「……くそがああああ!!」
ピットインすら叶わず、コース脇の緊急ゾーンにマシンを止めたナツメは、ヘルメットを叩きつける。
その背後では――
赤い86が、次なるターゲットへと爪を研いでいた。
ストレートの終盤、腹切カナタの赤い86が吠えた。
エンジンの咆哮は軽やかにして鋭く、ストレート終端のヘアピンへと突き進む。
だがその背後――白の影が音もなく迫っていた。
タイヤが滑りながらも路面を食う音。
ブレーキングを限界まで遅らせ、横に並びかけようとする――それは、白い86。
実況「おおっと!? 腹切カナタの真後ろに西野ユナがあああああああ!! 白い86がブレーキング勝負を仕掛けてきたぞ!!」
カナタ「……来たか」
ルームミラー越しに、白いボディが跳ねるように近づいてくる。
この距離、この勢い……ただ者じゃない。
ユナ「……今が隙。行くよ……赤いの……!」
西野ユナの視線が鋭くなる。
車体をほんのわずかに左に振り、ダミーのように見せてから、アウトから切り込む。
サスペンションが沈む。ブレーキが悲鳴を上げる。
だが、マシンは崩れない。
カナタ「インには来させねぇ……!」
赤い86がラインを抑える。
だが、白い86は恐れず飛び込んできた。
観客席が騒然とする。
白と赤――まるで双子のような86同士が、ギリギリのクリアランスでサイド・バイ・サイド。
解説「こ、これは並んだ!!腹切カナタと西野ユナ、ヘアピンで互いに譲らない!!!テール・トゥ・ノーズから並走状態!!」
ユナ「……前に出るっ」
カナタ「させるかよ!!」
車体がわずかに接触しそうな間隔でヘアピンに突入する。
その瞬間――
スキール音とともに、2台の86がまるで左右に鏡写しになったような軌跡を描いて、コーナーを抜けた。
コーナー出口――
車体が小さく揺れ、サスペンションが勢いよく伸びる。
赤と白、2台の86が横並びのまま、フル加速へと入っていく。
西野ユナの白い86が、アウト側から立ち上がり重視のラインを取る。
対して腹切カナタはイン側、最短距離で立ち上がったが――立ち上がり加速にわずかな遅れ。
実況「わずかに!わずかに西野ユナの白い86が前に出たか!?いや、まだ並んでいる!!抜けないぞ腹切カナタ!!!」
カナタ「くそっ……立ち上がりが甘かったか……!」
ユナ「決める……このまま次のS字で前に出る!」
白い86が、ほんの数センチだけリードを奪う。
車体のノーズがカナタのマシンを抜こうと、わずかに前に出た。
次のS字左コーナーへ――
ラインは白い86がアウト。
だが、その一瞬の迷いを、腹切カナタは見逃さなかった。
カナタ「……なら、ここだ!!!」
赤い戦闘機が吠える。
フロントタイヤがわずかに内側を噛み、トラクションを失うギリギリのポイントで加速を仕掛けた。
ユナ「なっ……この距離で、インに入るの!?」
実況「腹切カナタが!カナタが切り返しで差し込んだああああああ!!!イン側!赤い86が再び横に並ぶううう!!!」
車体同士が並走し、ステアリング操作のミスひとつが命取りになる状況。
だが、どちらも譲らない。
カナタ「させるか……ここは、俺の場所だ!!」
ユナ「……負けない。負けられない……!」
2台のマシンが、火花を散らすようなスライドを繰り返しながら、まるで一筆書きのようにS字を駆け抜ける。
解説「これがオープンカップ!?とんでもないハイレベルなバトルです!!どちらが先に出てもおかしくない!!」
そのまま次の右――S字2つ目のコーナーへ。
ユナ「なら、私は……外からでも……抜く!!」
白い86がアウトへ振る。
だが、それは――
カナタ「……甘い!!」
赤い戦闘機が、最短ルートを正確に描いた。
ボディが跳ねる。
タイヤが路面に吠える。
ヘアピンからの2連コーナー、ついに――
実況「抜いたあああああ!!!腹切カナタの赤い86が先行!!西野ユナ、ここで譲ったかあああ!!!」
ユナ「……すごい……この赤い86、ただの素人じゃない……!」
背後に落ちる白い影。抜かれたというより、
“譲らされた”感覚――西野ユナの胸に何かが残る。
如月レンの86がリアを振りながらギリギリのブレーキングで突っ込む!
タイヤが鳴き、ボディが揺れる。
それでも彼は食らいついて離さない。
レン「くそ、、、、!ヒロに食いつけない、、、、!ナニモンだ!?」
前を行くのは緋村ヒロの黒い86。
ライン取りも加速ポイントも、全てが正確無比。
むしろレンのラインを読んで、それを封じているかのような動きだった。
ヒロ(サイドミラー越しに)「……雑だよ、如月レン。」
その言葉が届いたかのように、レンの視界にちらつくブレーキランプ。
ギリギリで詰めたはずの距離を、次のコーナーでまた離される――。
実況「これはキツいぞ如月レン!!タイヤの消耗も激しい!!緋村ヒロは余裕をもって引き離しているように見える!!」
レン「ふざけんな……このままじゃ……!」
アクセルを強く踏みすぎて、わずかにテールが流れる。
だがそれをカウンターで即座に抑え――
レン「食らいつくって決めたんだよ俺は……!!」
ブレーキングポイントをさらに奥へ。
今度こそ、ヒロのインに飛び込むつもりだった。
だが――
ヒロ「そこまで見えてる。」
黒い86がわずかにインを締める。
レンが飛び込むスペースは、もうなかった。
解説「すごい!完全にコーナー中盤の飛び込みを読んで締めてきました緋村ヒロ!如月レンはまたも入れない!!」
レン「チッ……読まれてる……!」
焦る。
でも、それ以上に燃える。
次の高速右コーナー――
ヒロは再びアウトからインへと美しい旋回。
まるで滑るように、タイヤの限界ギリギリで路面を捉える。
ヒロ「……本気を見せろよ。如月レン。」
レン「……見せてやるよ!!!!」
立ち上がりでパワーをかけ、スリップストリームを狙う。
タービュランスを突き抜ける86が唸る。
実況「ついに来た!如月レンが真後ろについたあああああ!!!これはドラッグで並ぶぞおおお!!!」
高速右の立ち上がり――
空気の壁を突き破るように、黒い86がすぐ背後に迫る!
如月レンの呼吸が荒い。
汗が額をつたう。
だが、その瞳はまだ死んでいなかった。
レン「……はぁ……はぁ……」
緋村ヒロの黒い86が一瞬だけミラーに視線を送った、その直後。
レン「これで勝ったと思うなよ、、、、!!」
スロットルが床まで踏み込まれた。
黒い86特有の低い咆哮が、ストレート区間に響き渡る。
実況「おおおっと!!如月レンが再加速ッ!緋村ヒロを再び追い詰める!!とんでもない根性だああああ!!」
ヒロ「……まだ折れてないか。如月レン……!」
ヒロの声が冷静なままなのが、余計にレンを刺激する。
レン「煽るんじゃねぇよ……!
お前がどんな“天使みたいな運転”でも……俺は悪魔みたいに食いついてやる……!!」
風を切る音が変わる。
空気抵抗すら力でねじ伏せるような伸びだ。
次の左コーナーへ。
ヒロがアウトから旋回へ移る瞬間――
レンの黒い86が、真横に飛び込んだ。
実況「並んだああああ!!!如月レンがサイド・バイ・サイド!この距離で飛び込むのかあああ!!」
ヒロ「……無理だと思うけど?」
レン「やってやるよ!!」
2台の黒いボディがかすめ合う。
ミラー同士が触れそうな距離。
その中でレンはステアリングを微調整し、スライドを押し殺す。
レン(負けねぇ……絶対に負けねぇ!!)
ヒロ「……面白くなってきたじゃん。」
緋村ヒロの口元が、初めてわずかに笑った。
次回第6話 頂き
店員2 次回もお楽しみに〜!!
次回で物語は急展開!今後のストーリーにも関わるよ〜?




