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86伝説エーペックス[POWER!!!]  作者: SAI
POWER!!!松島編
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松島編第70話 FD快進撃

total330

北上川を越え、コースは再び複雑な海岸線へと戻る。

だが、そこはもはや柳津雄介が「過去」に浸ることを許さない、地獄の加速区間となっていた。

柳津のM4 DTMが放つ直列6気筒の咆哮を、背後から迫る4基のターボの吸引音が物理的に飲み込んでいく。


若林「外からシロンがいったァァァァ!!!!!!!! 坂田五郎丸、あえてインを狙わず、空気の壁を力技で切り裂きながらアウト側から並びかけるゥゥッ!!」


ドローン映像が捉えるのは、二台のマシンが火花を散らすほどの超接近戦。

時速280キロを超える領域で、巨大なシロンが柳津のM4のサイドを「塞ぐ」ように覆いかぶさる。


柳津「また外からいかすかよ....! クソ......ッ!!! あの時の波と同じだ……力で全てを奪い去りやがってッ!!」


柳津は狂ったようにステアリングを左に抉り、M4のワイドなフェンダーをシロンのサイドパネルにぶつける。

しかし、2トン近い質量を誇るシロンは、その衝撃をものともせず、ただ冷徹にアウト側のラインを維持し続けた。


フェルリア「……無理です! 柳津くん、引いてッ!! シロンの圧倒的な重量と馬力パワーに、外から押さえ込まれたら、M4のダウンフォースが死んでしまう!! このままじゃコーナーの入り口で、ガードレールとシロンの間に挟み潰されますよ……ッ!!」


柳津「(……嫌だ、もう奪わせない……俺から、走る場所まで奪わせるもんかァァッ!!)」


柳津の瞳には、かつて大河小学校の窓から見た「外側から全てを飲み込む黒い海」が重なっていた。

ドローンは、その柳津の絶望的な抵抗と、五郎丸の「無音の冷徹さ」を克明に映し出し、全世界の視聴者の心拍数を跳ね上げる。


坂田五郎丸「(……お前の『俺』なんて、この速度域じゃノイズでしかないんだよ。消えろ)」


若林「五郎丸、さらに踏み込んだァァッ!! シロンのW16エンジンが爆ぜる!! 外側からM4を強引にコースの内側へ押し込み、柳津のラインを完全に殺したァァァァッ!!」


漆黒の魔王・坂田五郎丸のシロンが、柳津のM4を外側から力尽くで捩じ伏せようとしたその瞬間。

二台の激突によって生まれた、わずか数センチの「死の隙間」に、一筋の紅い閃光が飛び込んだ。


若林「な、なんだってえええええええッ!? 修羅と化した柳津と、魔王・五郎丸の間に、あのFDが来たァァッ!! 14位を走っていたはずの佐藤ジュンだァァッ!!!!!!!」


全世界の視聴者が、それぞれのドローン視点を切り替え、驚愕に目を見開く。

シロンの巨体と、M4のワイドなフェンダー。その間に挟まれば、紙屑のように握りつぶされるのは明白。だが、ジュンの表情には焦りも、恐怖もない。


佐藤ジュン「(……ノイズがひどいな。でも、この二台の挙動……ラインの予測はもう終わってる。一歩だけでも外したら海に真っ逆さまになると思った方がいいかも、、、、それでも、、、私なら、、、、)」


ジュンの指先が、ピアノの鍵盤を叩くように軽やかに、しかし正確にステアリングを操作する。

彼女にとって、この三つ巴の状況は、難攻不落のパズルにおける「最適解」が見つかった瞬間に過ぎない。


佐藤ジュン「(……ここ。一瞬だけ、二台の気流が安定する場所がある。そこを突き抜ければ……ウチの勝ち)」


フェルリア「……なんて子なの。あの速度域で、大型車二台に挟まれながら、カウンターステア一つ当てずに直進している!? 彼女は、二台が弾き合う『反発力』を、自分のマシンの安定剤スタビライザーに変えているんです……ッ!!」


柳津「……っ!? ジュン……!? どけ、危ねぇッ!! 死ぬ気かよッ!!」


坂田五郎丸「(……面白い。俺の1500馬力の風圧の中で、平然とラインを維持しているだと……?)」


若林「いったァァァァ!!!! 佐藤ジュン、シロンとM4を同時に抜き去ったァァァァッ!!!! 漆黒と白銀の間をすり抜けるネオンレッド!! 全世界のドローンが捉えたのは、計算され尽くした『神の1ミリ』だァァァッ!!」


佐藤ジュン「(……チェックポイント、通過。……さあ、次は誰と遊ぼうかな)」


ジュンの瞳には、もはや後方の喧騒は映っていない。

静かな自信を纏ったネオンレッドのテールランプが、紫の闇の中に鮮やかな軌跡を残していく。


松島のテクニカルセクション。そこは、熟練のドライバーがその腕を競い合う聖域だ。

9位を走る古賀加奈子は、バックミラーに映る異常な光景に、思わず息を呑んだ。

柳津のM4と五郎丸のシロン、その巨体二台を「神の1ミリ」ですり抜けてきたネオンレッドの影が、一瞬で自らのテールランプを捉えたからだ。


古賀加奈子「何、、、、ッ!? 後ろが騒がしいわね、、、、ッ!! あのFD……柳津くんやあのブガッティをまとめて抜き去ってきたっていうの!? 冗談じゃないわよッ!!」


加奈子はM3のステアリングを握り直し、熟練のライン取りでイン側を完璧に封鎖する。

E46型のM3は、現行車のような電子制御こそ少ないが、それゆえにドライバーの意志がダイレクトに路面へ伝わる。彼女の「経験」という鉄壁のガード。


だが、佐藤ジュンにとって、そのガードは既に「既読」のパターンだった。


佐藤ジュン「(……M3か。良い車だけど、フロントの入りがコンマ数秒だけ甘い。インからスパンと抜いてみせる、、、、ッ!!)」


若林「さあ、佐藤ジュンが仕掛けたァァッ!! 古賀加奈子のM3、イン側は蟻の這い出る隙間もないはずですが……FDはさらにその内側、縁石の僅かな段差にタイヤを引っ掛けたァァッ!!」


ドローン映像は、ジュンのFDが物理限界ギリギリの角度でノーズをインに捩じ込む姿を映し出す。

加奈子が「閉めた」と思った瞬間、ジュンのFDは既にその内側の、彼女が「道」と認識していなかった領域に居座っていた。


古賀加奈子「(……嘘ッ!! そこに鼻先を突っ込んでくるなんて、正気!? 接触するわよッ!!)」


佐藤ジュン「(……当たらないよ。君のライン、ここが空くのは決まってるから)」


ジュンは冷徹に、そして滑らかにステアリングを戻した。

サイドバイサイドの状態から、FDのロータリーエンジンが10,000回転に届かんばかりの高音を奏でる。

次の瞬間、M3の視界から赤い影が消え、目の前にはネオンレッドのリアウィングだけが残された。


若林「抜いたァァァァ!!!! 佐藤ジュン、熟練の古賀加奈子をインから鮮やかに強襲ッ!! まさに一閃!! 9位浮上だァァァァッ!!」


フェルリア「……凄まじい。彼女は相手の『癖』さえも演算に取り入れている。加奈子さんが衝突を避けるために一瞬だけステアリングを緩めることまで、彼女は計算していたんです……ッ!!」


佐藤ジュンが古賀加奈子を抜き去り、さらに加速しようとしたその刹那。

前方から、まるで冬の夜をそのまま形にしたような、眩いばかりの純白の機体がスルスルと後退するように迫ってきた。いや、それは後退ではない。後方から凄まじい速度で「這い上がってきた」のだ。


ミルキークイーン「あらあら〜、ここは通しませんわ〜……。騒がしい子たちは、お仕置きが必要かしら?」


若林「な、なんだってええええええッ!? 16位にいたはずのミルキークイーンが、いつの間にか一桁順位争いに乱入だァァッ!! レクサス LC500!! 重厚なV8サウンドを響かせながら、佐藤ジュンの進路を完全に塞いでいるぅぅッ!!」


佐藤ジュン「(……っ!? なにこの冷気……。タイヤの温度が、一瞬で下がっていくみたいな感覚……。このレクサス、ただの車じゃない……)」


冷静なジュンの瞳に、初めて戸惑いが走る。

追尾ドローンが捉える映像には、LC500の周囲だけが白く霞み、路面が凍りついたかのように白く光る異様な光景が映し出されていた。


ミルキークイーン「ミルク氷の冷気で眠ってもらいますわ〜……。あなたの熱すぎる演算ゲーム、わたくしが凍らせて差し上げますわね」


フェルリア「……これは『ミルク氷の領域フィールド』!? 彼女はLC500の優雅な挙動を極限まで突き詰めることで、周囲の空気の流れを完全に制御し、後続車のドラッグ(空気抵抗)を異常なまでに増大させている……!! ジュンちゃんのFDが、まるで氷の上を走っているかのようにフロントを滑らせているわッ!!」


佐藤ジュン「(……くっ、ハンドルが軽い……。計算が合わない……。インもアウトも、冷たい壁に阻まれているみたい……ッ!!)」


若林「佐藤ジュン、大ピンチ!! 絶好調だったネオンレッドのFDが、ミルキークイーンの放つ『絶対零度の優雅』によって、その牙を奪われようとしていますッ!!」


佐藤ジュンのFDがミルキークイーンの「冷気」に足元を掬われ、失速しかけたその時。

後方の闇から、4輪ですべてのアスファルトを掻き毟るような、野性味溢れるエキゾーストノートが響き渡った。


岡田大成「やっと俺の出番か、、、、、!! 半島区間のグラベル(砂利)混じりの道を最短で繋いで、ようやく追いついたぜ……ッ!!」


若林「きたァァァァッ!! 14位付近にいたはずの岡田大成!! 半島区間の複雑な海岸線を、ラリー屋特有の『道なき道を走る』ライン取りでショートカットし、一気に一桁順位争いに食い込んできたァァッ!!」


純白のレクサスLC500の背後に、泥を跳ね上げながら突っ込むマットブラックのGRカローラ。

ミルキークイーンが振り撒く「ミルク氷の冷気」を、岡田は3気筒ターボの熱気と強引な4WDのトラクションでねじ伏せていく。


ミルキークイーン「あらあら〜……ずいぶんと野蛮なお客様ですわね。せっかくの綺麗な道が汚れてしまいますわ……」


岡田大成「綺麗に走って勝てるほど、この峠は甘くねぇんだよッ!! 氷が張ってるなら、スパイクを打ち込むまでだッ!!」


フェルリア「……岡田くん! 彼はあえて路肩の砂利デブリをタイヤに噛ませることで、ミルキーさんの冷気で滑りやすくなった路面の摩擦係数を無理やり稼いでいます!! まさにラリーの知恵!! 優雅な女王の背中に、泥まみれの野獣が爪を立てようとしています……ッ!!」


佐藤ジュン「(……すごい。ウチの演算にはなかった『汚れ』た走り……。でも、あれなら冷気の壁を壊せる……!)」


全世界のドローンが捉えるのは、美しく舞う雪のような冷気の中を、泥を撒き散らしながら突き進むGRカローラの猛々しい姿。

一桁順位を巡る戦いは、ついに「理論」と「野生」の激突へと突入した。


松島の夜を凍らせる白き女王の「冷気」。それを力尽くで粉砕するラリー屋の「泥」。

二つの相反する力が激突し、アスファルトの上で白濁した霧と砂塵が舞い上がる。その視界ゼロの混沌の中、ネオンレッドのFDが獲物を狙う鷹のように急降下した。


佐藤ジュン「(今だ、、、、! ミルキーさんの冷気が岡田くんの熱で中和された……。計算通り、この一瞬、、、、ッ!!)」


若林「な、なんだってえええええええッ!? 行った、佐藤ジュンが行ったァァァッ!! ミルキークイーンのレクサス、岡田大成のGRカローラ、その二台の真ん中に割って入り……まさかの3台並走トリプル・サイドバイサイドだァァッ!!!!」


全世界のドローン映像には、左に純白のLC500、右にマットブラックのGRカローラ、そしてその中央で火花を散らすネオンレッドのFDが、1センチの猶予もない距離で並んで突き進む光景が映し出された。


ミルキークイーン「あらあら〜……無理やり入り込むなんて、なんてはしたないのかしら。でも、わたくしのドレスはそう簡単には破れませんわよ?」


岡田大成「クソッ、このガキ……ッ!! 俺がミルキーをこじ開けた隙を完璧に突いてきやがったか!! だが、3台並んでこの先のS字を抜けられると思うなよォッ!!」


フェルリア「……狂ってるわ! 三台の車幅を合わせれば、コースの全幅とほぼ同じ。誰か一人が呼吸を乱せば、全員まとめて松島の海に直行よ!! でも見て……ジュンちゃんのFD、二台のボディにミリ単位で接触しながら、気流の『芯』を捉えて加速している……ッ!!」


佐藤ジュン「(……大丈夫。二人の動きは、もう私のコントロール下にある。このまま3台まとめて、次のコーナーで『回答』を出してあげる……ッ!!)」


若林「時速200キロオーバー!! 接触の摩擦でサイドパネルから激しい火花が噴き上がる!! 白、黒、赤!! 三色の閃光が、一つの巨大な質量となって松島の闇を切り裂いていくぅぅッ!!」


7位:佐藤 大河(Corvette C8)

8位:山吹 芽衣(Porsche 911 Carrera GTS)

9位:ミルキークイーン (Lexus LC500) ↔ 10位:佐藤 ジュン(RX-7 FD3S) ↔ 11位:岡田 大成 (GR Corolla)

  → 9位争い。三台並走のまま高速S字へ突入。一歩も引けないデッドヒート。

12位:坂田 五郎丸(Bugatti Chiron)

13位:古賀 加奈子(BMW M3 E46)


サイドパネルを激しく擦り合わせ、三色の火花が夜の闇を焦がしていたその刹那。

三台の中心にいた佐藤ジュンと、右側を固めていた岡田大成は、同時に背筋を凍りつかせるような「死の静寂」を感じた。

左側を走るミルキークイーンのレクサスLC500から、物理法則を無視した圧倒的な冷気が、指向性を持った爆風バーストとなって放たれたのだ。


ミルキークイーン「少し冷やして差し上げますわ〜……。熱くなりすぎた頭には、氷のドレスがお似合いですわよ?」


ドローン映像が捉えたのは、LC500の周囲から噴出した白銀の冷気が、一瞬にして両隣の二台を「氷の繭」で包み込む異常な光景だった。


若林「な、なんだッ!? ミルキークイーンの周囲が真っ白に爆ぜたァァッ!! 霧じゃない、これは結晶だッ!! ジュンのFDと岡田のGRカローラのフロントガラスが、一瞬で真っ白に凍りついたァァァッ!!」


佐藤ジュン「(……っ!? 前が見えない……! それに、エンジンの吸気温度が急降下して……ストールする……ッ!!)」


岡田大成「クソッ!! タイヤのグリップが死んだッ!! まるでスケートリンクの上に放り出されたみたいだァァッ!!」


フェルリア「……指向性氷結爆縮アイス・バースト!! 彼女はLC500の空力特性を利用して、極低温の気流を両隣の車体底部と吸気系に直接叩き込んだんです!! 摩擦熱で沸騰していた二台の熱情が、今、絶対零度の静寂に強制終了させられようとしています……ッ!!」


若林「三台並走、崩壊ィィッ!! ジュンのFDと岡田のGRカローラが、グリップを失い左右に弾かれる!! その中央を、ミルキークイーンのレクサスだけが、何事もなかったかのように優雅に、滑らかに加速していくぅぅッ!!」


ミルキークイーン「あらあら、おやすみなさい。次にお目覚めになる時は、わたくしの背中すら見えない場所かもしれませんわね」


白き女王は、ミラーに映る、コントロールを失い激しく蛇行する二台の影を一瞥もせず、夜の帳へと溶け込んでいった。


松島の海岸線を、数多の光跡が切り裂いていく。

かつて太陽が中天に輝き、アスファルトが陽炎を揺らしていたスタート時の熱気は、今はもう遠い記憶の彼方だ。

フロントガラスにこびりついた虫の死骸と泥、そして激戦を物語る数々の接触痕。それら全てが、このレースの「長さ」を無言で語っていた。


フェルリア「……長いレースですね。スタート時、あれほど眩しかった昼の光が……今はもう、深い夜の色に染まっています。多くのマシンが消え、生き残った者たちも、その魂を削りながら走っている……」


若林「ええ……。石巻を抜け、松島のリッジを越え、今やこの闇こそが彼らの主戦場です。視界を奪う夜。体力を奪う冷気。そして精神を蝕む孤独。この状況下でなお、加速を止めない彼らは……もはや狂気の沙汰としか思えませんッ!!」


1位を走る相川美保の瞳には、疲労の色が混じり始めている。だが、ディープマリンブルーのR33が放つHIDの光は、夜の闇を一層鋭く貫いていた。


相川美保「(……もう、どれくらい走ったんだろう。さっきまで見えていた景色が、今はただの黒い壁に見える……。でも、後ろにはまだ……熱い鼓動が聞こえる……ッ!!)」


2位の黒川海斗。3位の山吹花。4位の腹切カナタ。

彼ら上位陣にとっても、この夜は終わりのない試練のように感じられていた。

そして、その後方ではミルキークイーンが放つ「冷気」が、夜の暗闇と混ざり合い、幻想的かつ不気味な光景を作り出している。


フェルリア「夜は、人間の本性を剥き出しにします。過去の記憶、プライド、そして生への執着……。この暗闇の中で、最後に光を掴むのは……一体誰なのでしょうか……」


若林「さあ、エーペックスカップ公式配信、視聴者数は深夜帯に入りさらに加速ッ!! 世界が見守る中、決着の時が刻一刻と近づいていますッ!!」


コース上が「氷結の爆縮」や「修羅の叫び」で阿鼻叫喚の地獄と化しているその頃。

松島の海岸線を望む高台に位置する老舗旅館の一室では、内藤セリナが至福の時を過ごしていた。

窓の外からは、時折遠くで響く超高性能エンジンの咆哮が、心地よいBGMのように聞こえてくる。


内藤セリナ「ふぅ……☆ やっぱり、走るより見てるほうが、100倍楽しいねぇ〜☆」


彼女は旅館のふかふかな羽毛布団に身を包み、タブレット端末で公式配信のマルチウィンドウを使いこなしていた。

テーブルの上には、石巻・松島の名産品が所狭しと並んでいる。


内藤セリナ「ずんだ餅に、焼き笹かま……夜食の穴子ラーメンもそろそろかなぁ? あ、見て見て! 今のジュンちゃんの抜き方すごーい☆ でも、ミルキーさんが怒っちゃったねぇ……。あの冷気、現地にいたらお肌が乾燥しちゃいそう☆」


セリナは、自分が乗っていたアウディR8 V10がレッカー車で運ばれていったことなど、既に微塵も気にしていない様子だ。

ドローン映像が捉える柳津や五郎丸の悲痛な、あるいは冷徹な表情を肴に、彼女は地元の日本酒を小さなお猪口でチビリとやる。


内藤セリナ「(……でも、みんな凄いなぁ。美保ちゃんも、海斗くんも……太陽が沈んでも、まだあんなに熱いんだもん。セリナには、あそこまでの執念はないかなぁ)」


モニターの中では、漆黒のシロンが夜の静寂を切り裂いている。

セリナは一瞬だけ、真剣な眼差しで画面を見つめた。

過酷な夜の闇。一歩間違えれば死が待っている世界。そこで戦い続ける仲間の姿は、リタイヤした彼女の目にも、残酷なほど美しく映っていた。


内藤セリナ「……さあて! 応援のお仕事、頑張らなきゃ☆ みんな生きて帰ってきたら、セリナが美味しいお店、全部奢ってあげるからねー!☆(ラーメン到着のチャイムに飛び起きる)」


松島の夜。

戦う者と、それを見守る者。それぞれの「夜」が、静かに更けていく。


松島の夜を切り裂くV8の咆哮と、水平対向6気筒の精密なビート。

7位の佐藤大河と8位の山吹芽衣は、互いのラインを削り合う熾烈なバトルを繰り広げていた。だが、その熱狂を物理的に「凍結」させる白き影が、ミラー一杯に膨れ上がる。


若林「実況の若林です!! 中段の混戦を『氷結・粉砕』で突破したミルキークイーンが、ついに一桁順位の門番、佐藤大河と山吹芽衣に接近したァァッ!!」


芽衣「(……何、この急激な温度低下。レクサス、、、、ッ!? 下位に沈んでいたはずのあの白い悪魔が、どうしてもうここに……ッ!!)」


芽衣のポルシェ911のフロントガラスが、外気との温度差で薄らと白く曇り始める。

リアエンジン(RR)特有の強烈なトラクションで逃げようとするが、背後から迫る「ミルク氷の冷気」が路面の摩擦係数を奪い、タイヤの接地感を希薄にしていく。


佐藤大河「またレクサスが上がってきたのかよ、、、ッ!!! 冗談じゃねぇ、俺のコルベットの熱量で、その氷ごと溶かしてやるよォッ!!」


大河はミッドシップへと転換されたC8の旋回性能を活かし、強引にレクサスの進路を塞ぐようにスライドを当てる。

6.2リッターV8エンジンが吐き出す熱気が、一瞬だけミルキーの冷気を押し戻す。


ミルキークイーン「あらあら〜……お熱いのは嫌いですわ。少し落ち着いて、静かにお眠りなさいな……」


フェルリア「……大河くん、危ないッ!! ミルキーさんは意図的に冷気を路面に『定着』させています!! 彼のコルベットが吐き出す熱気さえも、彼女にとっては氷を鋭く研ぎ澄ますための『触媒』に過ぎない……ッ!!」


若林「きたァァッ!! 緩やかな下りから一気に右へ折れる超高速コーナー!! ミルキークイーンがブレーキを一切踏まず、冷気で滑らせるようにして二台のイン側へ滑り込んだァァァァッ!!」


芽衣「(……っ! 滑る……ッ! 制御できない……ッ!!)」

佐藤「(バカなッ!! この速度でその角度は……刺さるぞォォッ!!)」


二人の戦慄をよそに、純白のレクサスLC500は、まるで氷上を舞うプリマドンナのように、音もなく二台を追い詰めていく。


松島の夜を支配していた紫の闇が、一瞬にして不自然なまでの「白」に塗り替えられた。

ミルキークイーンのレクサスLC500のリアディフューザーから、大気中の水分を一瞬で結晶化させるほどの超低温気流が、猛烈な勢いで吹き出したのだ。


ミルキークイーン「さらに、、、、ミルクの氷雪ブリザードですわ〜……たまらないでしょ〜……? そのまま、、、ミルク氷になれますわ〜……」


若林「な、なんだッ!? 視界が消えたァァァァッ!! 公式ドローンのレンズが瞬時に凍りつくほどの異常な冷却ッ!! ミルキークイーンが放つ『ミルク氷雪ブリザード』が、佐藤大河と山吹芽衣の二台を完全に飲み込んだァァッ!!」


佐藤大河「(クソッ、前が見えねぇ……ッ!! ワイパーが凍りついて動かねぇぞ!! それにこの路面……タイヤが地面に触れてる感覚がゼロだッ!!)」


山吹芽衣「(……寒い。ポルシェのヒーターが追いつかないなんて……。このままじゃ、コーナーの入り口さえ分からずに闇に突っ込む……ッ!!)」


フェルリア「……これはもうレースではありません、気象災害ですわ!! 彼女はLC500の排気熱を逆転利用し、周囲の空間そのものを巨大な冷却装置クーラーに変えている!! ブリザードの中に閉じ込められた二台は、もはやスピンを避けるのが精一杯。ミルキーさんはその隙に、氷の上を滑るように加速していく……ッ!!」


若林「霧の中から、純白のレクサスだけが悠然と姿を現したァァッ!! 佐藤大河を、山吹芽衣を、氷の彫刻のように置き去りにして……ミルキークイーン、7位浮上ォォッ!!」


ミルキークイーン「あらあら、いい色に凍りつきましたわね。春が来るまで、そこでじっとしていらして?」


公式ドローンが辛うじて捉えた映像。そこには、真っ白に凍りついたアスファルトの上を、一点の曇りもない白銀の機体が、音もなく、優雅に滑走していく光景が映し出されていた。

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