松島編第66話 スイスポと赤いFD
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石巻の沿岸セクション。紫色の闇が路面を覆い、ヘッドライトの光がアスファルトの凹凸を不気味に浮かび上がらせる。
14位の伊藤翔太が駆るチャンピオンイエローのスイスポが、前方のテールランプに必死に食らいつく。
伊藤「クッ……!! 追い抜けないのか、、、ッ!?? コーナーの進入、ブレーキングでは確実に俺の方が速い……。なのにッ!!」
若林「実況の若林です!! 14位の伊藤翔太、もどかしい展開だァァッ!! コーナーで鼻先を並べるまで肉薄しながら、ストレートに出た瞬間に13位・佐藤ジュンのFD3Sに突き放される!! まさに『猫と鼠』の追いかけっこだァァッ!!」
フェルリア「……これが『パワーウェイトレシオ』と『空力』の残酷な現実ですね。翔太くんのスイスポは1トンを切る軽さでコーナーは無敵ですが、高速域に入ると絶対的な馬力が足りない。対する佐藤ジュンちゃんのFD3Sは伝説の13Bロータリー。翔太くん、ギアを一段下げて、エンジンの悲鳴を無視して踏み込み続けています……ッ!!」
伊藤「(……俺は、ここで終わるわけにはいかないんだ。カナタたちが前を走ってる……アイツらの隣に並ぶには、こんなところで足踏みしてる暇はねぇんだよッ!!)」
若林「スイスポが唸るッ!! 限界を超えたブースト圧!! 伊藤翔太、1.4Lの限界を超えて、ロータリーの咆哮に食らいつくぅぅッ!!」
石巻・沿岸道の夜は、紫色のベールに包まれた死線へと姿を変えていた。
海から吹き付ける湿った風が路面を冷やし、タイヤのグリップを刻一刻と奪っていく。
その静寂を切り裂くのは、13Bロータリーが奏でる超高回転のハウリングと、1.4Lターボが吐き出す鋭いブローオフバルブの音だ。
佐藤ジュン「(……後ろの黄色い子、ほんまにしつこいなぁ。でもな、ウチのセブンはパパが命を吹き込んだ特別な車なんや。そう簡単に前は譲らへんで……ッ!!)」
ネオンレッドのFD3Sが、コーナーの入り口でリズミカルにテールを振る。
それは制御を失った滑りではない。ジュンの意志でリアタイヤを僅かにスライドさせ、最短距離でノーズを出口へと向ける「踊るような」旋回だ。赤いアフターファイアが闇を焼き、その光跡が網膜に焼き付く。
伊藤翔太「(クソッ……! ネオンレッドのFD! 佐藤ジュン……ッ!! 俺がどれだけ踏んでも、コーナーの立ち上がりでその赤い残像に引き離される……ッ!! 1.4Lとロータリーターボじゃ、トルクの厚みが違いすぎるっていうのか……!?)」
伊藤はステアリングを握る手に力を込めた。一人称が「俺」に変わったその時から、彼は自分の中の「甘え」を捨てていた。
前の車についていくだけのレースはもう終わりだ。相手が誰であれ、どんな伝説の車であれ、俺のチャンピオンイエローがその横に並べないはずがない。
伊藤翔太「(……いや、ふざけんな。俺のスイスポは、曲がることだけなら世界一なんだ。あんなにケツを振ってるFDに、このタイトな区間で負けるわけがねぇんだよッ!! 離されるなら、もっと奥まで突っ込んでやる……!!)」
若林「実況の若林です!! 14位の伊藤翔太、ここで勝負に出たァァッ!! 13位・佐藤ジュンのFD3Sが放つ赤いネオンの光の中に、黄色い弾丸が特攻を仕掛ける!! コーナー進入、誰もがブレーキを踏むポイントを過ぎても、翔太のスイスポは加速を止めないッ!!」
フェルリア「……あ、危ない!! 翔太くん、あそこはもう曲がれる速度じゃありませんよ!? 自殺行為です……ッ!!」
ジュンの驚きを他所に、翔太は極限の荷重移動を敢行した。リアが浮き上がるほどのブレーキング。だが、スイスポの軽量ボディはその暴力的な減速を力に変え、FDのイン側、わずか数センチの隙間に強引にノーズをねじ込んだ。
伊藤翔太「(……捕まえたぜ、ネオンレッド!! 俺の執念、たっぷり味わいやがれッ!!)」
若林「いったァァァァ!!!! 伊藤翔太、決死の超絶ブレーキングで佐藤ジュンのインを刺したァァァァ!!!! 1.4Lの咆哮が、ロータリーの歌声を一瞬でかき消したァァッ!!」
石巻の沿岸部は、もはや街灯の光すら届かない完全な闇に包まれていた。
13位に躍り出た伊藤のチャンピオンイエローが、切り裂くような鋭さで闇を突っ走る。
背後数センチ。そこには、怯えるような光を放つネオンレッドのFD3S、佐藤ジュンが張り付いていた。
伊藤「(……よし、抜いたッ!! 俺の勝ちだ……!! だが、何だこのプレッシャーは。背後のFD……ラインがさっきより鋭くなってやがる。佐藤ジュン……一体、中で何を考えてるんだッ!?)」
伊藤はバックミラー越しに、ジュンの表情を捉えようとした。だが、闇に紛れて見えるのは、激しく左右に揺れる赤い残像だけだ。
佐藤ジュン「(う、ウチ……やっぱり怖いよぉ……。こんな真っ暗な道で、あんなに速い黄色い車を追いかけるなんて……ッ!! お、お腹痛くなってきた……誰か、助けてぇ……ッ!!)」
ジュンは運転席でガタガタと震えていた。彼女は決して好戦的なドライバーではない。むしろ、追い抜かれるのも、競り合うのも、本当は怖くてたまらない気弱な少女だった。
しかし、彼女の身体は、恐怖に反比例するように極限まで研ぎ澄まされていた。ハンドルを握る細い指先が、路面の僅かなギャップを、タイヤの滑り出しを、誰よりも正確に感じ取ってしまう。
佐藤ジュン「(……はっ、速いよぉ……でも、ウチがブレーキ踏んだら、後ろの車(高村たち)にぶつかっちゃうかも……。それだけは嫌や……逃げなきゃ、逃げなきゃ……ッ!!)」
若林「実況の若林です!! 信じられませんッ!! 14位へと後退した佐藤ジュンですが、その走りは加速する一方だァァッ!! まるで何かに怯える小鹿のように、だがその実態は獲物を追い詰めるネオンレッドの死神!! 伊藤のイン側へ、何度も何度もノーズを掠めていくぅぅッ!!」
フェルリア「……彼女の天才的な感覚が、恐怖によって暴走していますね。ジュンの『逃げたい』という本能が、FDの13Bエンジンをレッドゾーンまで強制的に回させています。伊藤くん、逃げ切れるか……!? 彼女の『気弱な猛攻』は、理性を失った狂犬よりもタチが悪いですよ……ッ!!」
伊藤「(……っ! 何だこのラインは!?
怖いならブレーキを踏めよッ!! なんで俺の真後ろで、泣きそうな顔してアクセル全開なんだよォォッ!!)」
紫色の闇の中、ネオンレッドとイエローの光が、火花を散らしながら海岸線を駆け抜けていく。
伊藤の「俺」という自尊心と、ジュンの「ウチ」という本能。
二つの魂が、石巻の夜を熱く焦がしていく。
石巻・鮎川の沿岸道が、牙を剥いた。
これまでの高速巡航とは打って変わり、切り立った岩壁とガードレールが、マシンの行く手を塞ぐように交互に迫り来る。
ヘッドライトが照らし出す先は、一瞬で崖下の闇へと消える急カーブ。その過酷なセクションで、先頭を走る伊藤の顔に、冷たい汗が伝った。
伊藤「コーナーが、、、きつくなってきてるな、、、ッ!!! だが、ここからが俺のスイスポの真骨頂だ。1.4Lターボのレスポンスと、この軽さがあれば……ッ!!」
伊藤は鋭いシフトワークでギアを落とし、チャンピオンイエローの車体をコーナーの奥深くへと放り込む。
しかし、バックミラーに映る光景が、彼の理性をかき乱す。
ネオンレッドの光跡――。佐藤ジュンのFD3Sが、狂気じみた角度でテールを振り出し、ガードレールとの隙間を数ミリ単位で埋めながら、伊藤の背中に吸い付いていた。
佐藤ジュン「(……う、ウチ、もうダメです……ッ!! コーナーが来るたびに、道が消えてるみたいに見えて……っ。怖いよぉ、止まりたい……でも、足が勝手にアクセルを踏んじゃうんです……ッ!!)」
ジュンの瞳は涙で潤み、視界は半分も確保できていない。だが、彼女の「ウチ」という本能は、パパから受け継いだFDの挙動を、まるで自分の手足のように掌握していた。
恐怖に耐えかねたジュンの右足が、無意識にアクセルを煽る。そのたびにロータリーエンジンが「パァァン!」と火を吹き、伊藤の鼓膜を震わせる。
若林「実況の若林です!! 13位争い、もはや一触即発!! 伊藤がコーナーをねじ伏せれば、ジュンが泣き出しそうな声で悲鳴を上げながら、そのイン側を抉り取る!! この紫の闇の中、二台の光が一本の線のように繋がって、連続ヘアピンを駆け抜けていくぅぅッ!!」
フェルリア「……凄まじいデッドヒートです。伊藤くんは『俺』のプライドを懸けて、限界域でのコーナリングを維持していますが、後ろのジュンちゃんは……もはやトランス状態ですね。恐怖を加速に変えるという、ドライバーとしては最も危うく、そして最も速い状態にあります……ッ!!」
伊藤「(クソッ! なんだあの赤い影は!? 泣きそうな声を上げてる奴の走りじゃねぇぞ……ッ!! コーナーの立ち上がり、俺のインに鼻先を……入れさせてたまるかァァッ!!)」
伊藤の「俺」という咆哮が闇に響く。
だが、その背後でジュンは、震える声で懇願していた。
佐藤ジュン「(どいてくださいぃぃッ!! 怖いから、ウチを先にいかせてくださいぃぃぃッ!!)」
若林「きたァァッ!! 次のタイトな左ヘアピン!! 佐藤ジュンが、パニック寸前の加速で伊藤のイン側に車体を半分ねじ込んだァァァァッ!!」
石巻・鮎川の沿岸道は、容赦のない闇と狭さに支配されていた。
佐藤ジュンのFD3Sが、悲鳴のようなロータリーサウンドと共に、コーナーのイン側へ決死の飛び込みを見せる。
だが、その進路には既に、伊藤翔太のチャンピオンイエローの塊が鎮座していた。
伊藤「(……悪いな、ジュン。泣こうが喚こうが、ここは勝負の世界だ。俺の前を走る資格があるのは、俺より速い奴だけだ……ッ!!)」
伊藤はバックミラーでジュンの動きを完全に読んでいた。
恐怖で視界が狭まっているジュンは、最短距離であるイン側しか見ていない。伊藤はあえてラインを少し中央に寄せ、スイスポのボディでインへの侵入ルートを物理的に塞ぎ続ける。
佐藤ジュン「(う、ウチ……もうダメ……ッ!! 黄色い車が、壁みたいに見えるよぉ……!! どいてください、お願いします……ッ!! 怖いんです、後ろ(高村たち)が来るのが怖いんですぅぅッ!!)」
ジュンのFDが左右に激しくノーズを振る。行き場を失ったネオンレッドの光が、スイスポのリアバンパーを赤く染め上げる。
それでも、伊藤は動じない。
若林「実況の若林です!! 抜けないッ!! 抜かせないッ!! 佐藤ジュンのFD3S、性能差では圧倒的に勝っているはずですが、伊藤のスイスポが前を行かせないままだァァッ!! まるでコース幅が伊藤のためだけに存在するかのような、完璧なライン取り!! 1.4Lのハッチバックが、今夜は難攻不落の要塞に見えますッ!!」
フェルリア「……伊藤くん、冷静ですね。ジュンのパニックを利用しています。彼女は今、『恐怖』で視野が狭くなっている。だからこそ、インを閉めるだけで完全に封じ込められる。パワー差を埋めるための、伊藤くんの非情なまでの『戦術』です……ッ!!」
伊藤「(……そうだ。俺の車は軽くて小さい。だが、この狭い峠じゃ、それが最大の武器になる。俺の意地、簡単には砕けねぇぞ……ッ!!)」
佐藤ジュン「ひぐっ……うぅ……ッ!! 」
紫色の闇の中、泣きじゃくる少女のFDを、冷静な瞳の少年のスイスポが従えて走る。
その異様な光景は、後続の高村圭吾さえも絶句させるほどの緊張感を放っていた。
石巻・鮎川の沿岸道は、容赦のない闇と狭さに支配されていた。
佐藤ジュンのFD3Sが、甲高いロータリーサウンドと共に、コーナーのイン側へ鋭くノーズを向ける。
だが、その進路には既に、伊藤翔太のチャンピオンイエローの塊が鎮座していた。
伊藤「(……悪いな、ジュン。簡単には通さない。ここは勝負の世界だ。俺の前を走る資格があるのは、俺より速い奴だけだ……ッ!!)」
伊藤はバックミラーでジュンの動きを読んでいた。
気弱そうな彼女のことだ、インを閉めれば引くだろう。そう高を括っていた。
しかし、背後のネオンレッドの光は、一向に離れない。
佐藤ジュン「(うぅ……近いよぉ……。こんな狭いところで意地悪しないでよぉ……。ぶつかったらどうすんの……)」
ジュンは運転席で小さく震えていた。彼女は競り合いが苦手だ。ギリギリのバトルは心臓に悪いし、できれば平和に一人で走っていたい。
けれど、彼女はアクセルを緩めない。
佐藤ジュン「(でも……ここで引いたら負けちゃう。ウチ、負けるのも嫌なんや……。怖いけど、行くしかないやんか……ッ)」
若林「実況の若林です!! 抜けないッ!! 抜かせないッ!! 佐藤ジュンのFD3S、伊藤のスイスポに完全に進路を塞がれています!! ですが、ジュンは引きません!! 『怖い、危ない』という挙動を見せながらも、そのフロントタイヤは伊藤のリアバンパー数センチの位置をキープし続けているぅぅッ!!」
フェルリア「……驚きました。彼女、ただの臆病者じゃありませんね。恐怖を感じながらも、それをねじ伏せて『攻める』選択をしている。伊藤くんのブロックに対し、泣き言を漏らしながらも、虎視眈々と隙を伺うその集中力……。これこそが、彼女の本当の強さかもしれません……ッ!!」
伊藤「(……チッ! なんだコイツ!? さっきからフラフラしてるくせに、俺がラインを変えると即座についてきやがる……ッ!! 怖がってるのか、ナメてんのかどっちなんだよッ!!)」
佐藤ジュン「(あぁもう……どいてくれないなら、ウチだって考えがあるもん……。狭いけど……通れるかなぁ……)」
紫色の闇の中、不安げな呟きとは裏腹に
石巻から松島へと続く沿岸道。そこは「リッジ(尾根)」と呼ばれる複雑な高低差が連続する、このステージ最大の難所だった。
先ほどまで絶望的な8秒の差をつけていた山吹花のWRX STI。だが、そのバックミラーには今、燃えるような紅い光が、網膜を焼くほどの近さで刻まれている。
若林「実況の若林です!! 視点は一気に3位グループへ!! おっとォォ!!! 腹切カナタが山吹花に完全に張り付いているゥゥゥ!!!! 映像ではWRXとは8秒差もあったはずなのですが……一体何が起きたんだァァッ!!?」
フェルリア「マジックですよ……。このリッジ地形の多い松島ならではの『86の魔法』です。重量級の4WDであるWRXに対し、カナタくんの86は羽のように軽い。このアップダウンの激しいセクションの『下り(ダウンヒル)』で、彼は重力を味方につけ、一気に加速してきました……ッ!!」
山吹花「(……っ! 何ごと...!?このプレッシャー……ッ!!さっきまで遠くにいたはずの赤い光が、今はウチのディフューザーを突き破らんばかりに迫ってきてる……」
花の運転席には、彼女のトレードマークである甘いサクラの香りが漂っていた。だが、背後の「赤い戦闘機」から放たれる殺気が、その穏やかな空間を切り裂く。ドミノの王冠を揺らしながら、花はWRXのステアリングを必死に抑え込む。
腹切カナタ「(……捕まえた。8秒の差なんて、この下り坂の前では無意味だ。重力を制する者が、この峠を制する。俺の86……今、最高に研ぎ澄まされているぞ……ッ!!)」
17歳の高校生、カナタの瞳は冷徹なまでに一点を見つめていた。
軽量なボディ、そして緻密にセッティングされたサスペンションが、路面のうねりを完璧にいなす。リッジの頂点から谷底へ向かって飛び込む瞬間、86はまるで翼を得たかのようにWRXとの距離をゼロにした。
若林「きたァァッ!! 勾配10%を超える急激な下り坂!! 山吹花が重量を支えきれずブレーキを余儀なくされる一瞬!! カナタの86が、ノーブレーキに近い速度でそのアウト側に並びかけるゥゥッ!!」
フェルリア「……重い4WDにはできない芸芸当です。下りの加速を殺さず、コーナリングスピードへと変換する……。カナタくんの『赤い戦闘機』が、今、松島の夜空を切り裂こうとしています……ッ!!」
山吹花「(逃がさない……ッ!! 氷雪の加護を受けたウチの走りを、そんな軽い車で抜かせてたまるかァァッ!!)」
ピンクの機体と赤い閃光。3位を巡る「魔法」の戦いが、松島の闇を鮮やかに照らし出す。
松島のリッジセクション。紫色の闇が深く立ち込める中、先頭を走る6位の佐藤大河が駆るコルベットC8。その背後に、二つの暴力的なまでの光と音が、猛烈な勢いで吸い寄せられていく。
若林「そして視点は後方! 6位から8位の第2集団だァァッ!! 佐藤大河のコルベットに、小岩イオリのフェラーリ812、そして山吹芽衣のポルシェ911が、文字通り食らいつかんばかりに接近してきたァァァァ!!!!!」
フェルリア「……これほどの大排気量NAエンジンたちが、この狭いリッジ地形に集まるとは。大河くんのC8はミッドシップのバランスを活かしてインを死守していますが、その後ろ……小岩イオリさんの812スーパーファスト、あのV12サウンドが路面を震わせています。もはや逃げ場はありませんよ……ッ!!」
佐藤大河「(……チッ! 12気筒のフェラーリに、RRのポルシェか。この起伏の激しいセクションじゃ、奴らのトラクション性能は脅威だな。だが、プロの俺が簡単に道を開けるわけにはいかねぇんだよ……ッ!!)」
大河はV8エンジンのトルクを路面に叩きつけ、コーナーの立ち上がりで僅かに引き離そうとする。しかし、その刹那、背後の小岩イオリが吠えた。
小岩イオリ「(……あはは! いい音、最高の舞台ね! 大河、あんたのコルベットの背中、飽きちゃったわ。その真っ赤なテールランプ、今すぐ叩き割ってあげる……ッ!!)」
812スーパーファストの長いノーズが、リッジの頂点で跳ねるように左右に揺れる。イオリの獰猛な走りに合わせるように、そのさらに背後からは、精密機械のごとき精度でラインをトレースする山吹芽衣のポルシェが迫る。
山吹芽衣「(……お姉ちゃんが前で戦ってる。私も、こんなところで遊んでいる暇はないわ。コルベットとフェラーリ、二台まとめて……このコーナーの立ち上がりで仕留める……ッ!!)」
芽衣のポルシェ911カレラGTS。そのリアタイヤは、RR特有の強烈なトラクションで路面を掴み放さない。紫の闇を貫く三色の光跡。アメリカの意地、イタリアの情熱、そしてドイツの理性が、松島の尾根の上で激しく衝突する。
若林「きたァァッ!! 勾配の頂点から下りに差し掛かる超高速S字!! 小岩イオリのV12が咆哮を上げ、佐藤大河のサイドに並びかける!! それを追って芽衣のポルシェもイン側に鼻先を突っ込んだァァァァッ!! 三台並んで、この狭い道を抜ける気かァァァァッ!!!」
S字が連続する海沿いの崖道。
ガードレールの向こうには、入り組んだ入江と薄く煙る海が広がる。路面はうねりながらも微妙に濡れており、リアが一瞬でも浮けば即座にスピンへ繋がる罠のような区間だ。
その区間を、赤いネオンを宿すロータリーが、震えるように走っていた。
佐藤ジュン「うう、、、、ボク、、、、ハンドルが……手から滑りそう……。クラッチも……ふ、踏み損ねてばかりで……」
夜の海風がジュンの髪を揺らす。
マシンは、RE雨宮仕様のFD型RX-7。
戦うには十分なポテンシャルを持っているが――本人の動揺が、それを殺していた。
しかし、そのジュンの背後。
黄色い閃光がS字のインへ斬り込んでくる。
伊藤翔太「……あまりにも震えてクラッチミスしてるみたいだな、、、、でも、俺のスイスポならこのコーナー……飛び込める……ッ!!」
チャンピオンイエローのZC33Sが、ターボのブーストをほとばしらせ、ジュンのFDのインへ進入する。
その足は軽く、スイスポ独自の短いホイールベースと軽量ボディが、深い切り返しにも躊躇なく反応していく。
コーナー3つ目、緩い左の下り――伊藤のスイスポが、FDのテールの内側へぐいと食い込んだ。
ジュンのマフラーが一度だけ吹き返すも、トラクションが後輪に乗りきらない。
ジュン
「うわっ……!?ま、またリアが流れ――」
その一瞬を見逃さなかった。
伊藤「……ここだッ!!」
ステアリングを切りながら、左手で素早くシフトダウン。
ブリッピングの音がリズムよく響く。スイスポのフロントが、FDのサイドへと並ぶ。
ジュン「ま、待って……っ!」
だが、伊藤の表情に迷いはない。
このテクニカル区間――軽量FFの方が断然優位だと知っている。
伊藤「クラッチをミスってる奴は、この区間で生き残れない……!」
次の右コーナー。
ジュンは、今度こそ正確にギアを合わせようとするが、焦りで動きが硬くなる。
FDのロータリー音が一瞬だけ、吹き上がりすぎた。
ジュン「……ぁぁぁ……!」
イン側を制した伊藤のスイスポが、そのまま加速区間へ突入する。
伊藤「――もらったッ!!」
ジュンは、少し遅れて加速した。
だが、その目にはほんのわずかに「追いつきたい」という意志が戻ってきていた。
FDのリアスポイラーが、ほんの少しだけ揺れた。
海沿いの風が、彼女の赤いポニーテールをなびかせる。
佐藤ジュン「……ボク、……まだ、終わってないよ……!」
コーナーを抜けた直後、ジュンのRX-7に一瞬の静寂が訪れる。
それは、まるで嵐の目のような無風地帯――
次の瞬間だった。
ブォン!!!!!
爆発的なロータリー音が、路面を震わせた。
ボディ下部から発せられた赤いネオンが、突如として明滅を始める。
まるで怒りに共鳴するように、蛍光のような赤が車体を包んだ。
若林「な、なんだとォォ!?
佐藤ジュンのFD、マフラーから赤い閃光がァァァ!!?」
伊藤「なんだァァァァ!!!??
……さっきまで震えてたのに……ッ!」
赤い86の影をなぞるようなフロントライン。
ジュンのFDが、スイスポのインを狙ってステアリングを切り始めた。
佐藤ジュン「……さぁ……そろそろ……
ゲームの時間だ…………ッ!!」
クラッチ操作が変わっていた。
さっきまで震えていた足が、まるで機械のように正確に動いている。
ロータリーの回転が、鋭く、深く、そして突き刺さるように伸びていく。
伊藤「ば、バカな……!ロータリーの吹け上がりがさっきまでと段違い……ッ!!」
ジュンのFDが、ターボラグも感じさせない超高回転域へ突入していく。
リアがわずかに滑るが、そのまま押し込むように加速。
若林「ロケット加速だァァァァ!!! まさかの覚醒ッ!!! 佐藤ジュンのFDが、ZC33Sスイフトスポーツを強引にブチ抜いていくゥゥゥゥ!!!」
スピードメーターが跳ねる。
赤いネオンが、夜の石巻の海岸線を切り裂いていく。
ジュン「……これが、ボクの……FD……
みんなと同じレースに出るために、ボクなりに……練習してきたんだ……!」
伊藤「……(こいつ……さっきまでとは別人だ……!)」
S字の次の左カーブ。
ジュンはまるで吸い込まれるように最短ラインをトレースしていく。
赤い尾が、スイスポの前を横切った。
フェルリア「……絶対、伊藤くんはここでは来ないと思ったんでしょうね。完全に油断大敵です……」
その声は静かだったが、トーンに微かな鋭さがあった。
フェルリア「ジュンちゃん、さっきまで怯えていたように見えましたが……あのネオンの変化。あれは、車体に流れた電子制御の信号が切り替わった証。
おそらく……何らかの“覚醒システム”が意図的に仕組まれていた――そう考えるのが自然でしょうね」
若林「し、しかし、あんな……あんな爆発的な加速、スイスポ相手に真っ向から通じるなんて……!」
フェルリア「スイスポの強みは軽さと小回り、でも……ジュンちゃんのFDは、心が“覚悟”した瞬間に、限界の先に飛び込んでしまう子なんですよ……ロータリーエンジンの応答性も含めて……今のは、完全に読めない動きでした」
若林「お、おそろしい子ッ……!!」
若林「振り返りましょう!!今のFDのリプレイッッ!!」
画面が暗転し、赤いネオンの閃光とともに再生される。
――映し出されるのは、石巻市鮎川の連続S字。
チャンピオンイエローのスイフトスポーツが、鋭くジュンのRX-7のインへ切り込んでくる。
ギリギリのライン。インベタ。ジュンは明らかにクラッチのリズムを崩していた。
若林「ここ!!伊藤翔太が鋭く内側に入るゥゥ!!
ジュンのFDは完全に姿勢が乱れているッ!! この時点で普通ならオーバーテイク確定ッ!!」
だがその瞬間。
画面がズームする。
ジュンのFDの下部――リアバンパーから、一筋の赤い閃光が瞬く。
若林「ここです!!見てください皆さん!!
赤いネオン!! ジュンのFDが……まるで何かに“目覚めた”かのように、突然爆発的な点火を見せた!!」
ロータリーが唸る。
タコメーターが跳ね、クラッチの繋がりが一瞬で変わる。
足元の操作が、震えから正確無比なテンポに変化。
若林「そしてここ!!一気にギアを叩き込んで、ジュンのネオンレッドFDが!!
ZC33Sを! インから完全に巻き込むように……ブチ抜いていくゥゥゥ!!!」
スロー再生。
赤いFDが横を抜ける瞬間、ジュンの表情はもう「怯えていない」。
若林「完全に別人のドライビング!!
いや、あれはまるで……もう一人の自分に、支配されたような……!!
覚醒……いや、変身かッッ!!?」
画面が白くフラッシュアウトし、リプレイ終了。
スタジオの空気が一瞬止まる。
フェルリア「……記憶しておきましょう。
この“ネオンレッド”の一撃。
佐藤ジュンちゃん、本来の戦い方を思い出したのかもしれませんね……」




