松島編第48話 柳津のM4
内藤「柳津が来たの......!?
なんでM4がハイパワーがアウディの四駆に追いつくのよ.........ッ!!!
クソM4が...舐めんなァァァァァァァ!!!!!!!!!」
グオオオオオオオオン!!!!
セリナはバックミラーを埋め尽くす巨大なフロントグリルに、思わず叫び声を上げる。
直線番長ではない。コーナーを曲がるたびに、R8の背後に吸い付くように距離を詰めてくるBMWの動きは、物理法則を無視しているかのように見えた。
内藤「『任せとけ、この車は四駆だぞ』と言わんばかりの車なのにィ......ッ!! クワトロのトラクションで逃げ切ってやるんだからぁ!!」
セリナはアクセルを踏み抜き、R8の4輪にフルパワーを叩き込む。
しかし、後方の柳津は、まるで湯船に浸かっているかのようにリラックスした手つきでステアリングを捌いていた。
柳津「セリナちゃん、四駆は確かに速い。だがなぁ、最新のDTMマシンのダウンフォースを舐めちゃいけねぇ。地面に張り付いて曲がるってのは、こういうことだ……!」
柳津のM4が、高速コーナーで一切の膨らみを見せず、R8のインサイドをカミソリのような鋭さで切り裂いていく。
若林「信じられません!! 直線加速で勝るはずのアウディR8を、柳津のM4がコーナーの『曲がり』だけで完全に圧倒している!!」
フェルリア「……柳津くん、やはりすごい。四駆の安定性を、FRの圧倒的な旋回能力で無効化しています。まるで……かつての私の妹のように、無慈悲なほど正確なライン取りです」
内藤「う、嘘でしょ!? こんなに近くまで柳津が来ちゃうなんて想定外だよぉ……ッ!!」
柳津「悪いな、特等席はもう貰った。次は……あの『連合』の連中のケツを叩きに行くか」
若林「柳津、ついに7位奪取!! ポジティブアイドル内藤セリナをかわし、ターゲットを前方のサテラ、そして古賀加奈子へロックオン!!」
内藤「むぅ……おじさんのくせにカッコよすぎるんだから! でも、セリナもまだ諦めないよ! アンコールはあるんだからね!」
柳津「ここはライブ会場なんかじゃねェ、、、、! ガタガタ抜かさないでさっさとゴールまで走れや。まだゴールまで先だ。サブカルクソ女が」
柳津の無線から放たれた言葉は、アイドルのキラキラした空気を一瞬で凍りつかせるほどに冷ややかだった。
内藤「……えっ?」
セリナの顔から、営業用の笑顔が消える。
バックミラー越しに見える柳津の瞳には、先ほどまでの「温泉好きのおじさん」の面影はどこにもない。そこにあるのは、ただ最速のラインだけを追求する、冷徹な機械のような眼光。
若林「な……柳津選手、まさかの暴言……! いや、これは彼なりの『喝』なのか!? 雰囲気が一変しました!!」
フェルリア「……そう。これです。私の妹も、走っている時はこれくらい冷たかった。柳津くん……あなたは一体、過去に何を……」
柳津「……チッ。馴れ合いは終わりだ。気仙沼まで、死ぬ気でアクセル踏んでろ」
柳津のM4 DTMが、R8を弾き飛ばさんばかりの勢いでパスし、前方へ消えていく。
そのテールランプは、もはや「温泉おじさん」ではなく、かつての伝説的なレーサーの背中のように、巨大で重々しいものに見えた。
内藤「……サブ、カル……クソ女……?」
一瞬の沈黙。しかし、セリナの瞳に、絶望ではなく「本気」の火が灯る。
内藤「………………言ってくれるじゃない。おじさん。アイドルの本当の怖さ、教えてあげるよ」
レモン色のAudi R8のエンジン音が、それまでの高い旋回音から、地を這うような重低音へと変わる。
フミッパスライダーが、より攻撃的に、より鋭くアスファルトを削り始める。
若林「おおおっと!! 内藤セリナ、怒ったぁぁ!! 柳津の言葉が逆効果……いや、特効薬になったのか!? R8が再加速!! 柳津のM4の背中を、殺気を持って追いかけるッ!!」
柳津「(……それでいい。怒りだろうが何だろうが、今のあんたの走りには『熱』が乗ったぜ)」
柳津はバックミラーを見ることなく、前方で激闘を繰り広げる黒川とカナタの背中を、最短ルートで射抜こうとしていた。
内藤(暗め)「どけ、おっさんが割り込んでくるじゃねェよ、、、、、、」
無線から漏れ聞こえたセリナの声は、先ほどまでの高音とは似ても似つかない、地を這うような重低音だった。
若林「……えっ? 今の、内藤セリナ選手の声ですか……? まるで別人のような……」
フェルリア「……来ましたね。彼女もまた、自分を守るために『アイドル』という仮面を被っていたに過ぎない……。これが、内藤セリナの真実の姿」
レモン色のAudi R8が、挙動をガラリと変える。
フミッパスライダーの優雅さは消え、縁石を叩き割り、最短距離を強引に奪い取る暴力的なライン取り。
まるでレモン色のペンキを塗りたくった、殺意の塊だ。
内藤「……ハッ、温泉だぁ? じじいは大人しく家で風呂入って寝てろ。ここは死に場所を探す奴が来る所だ……ッ!!」
柳津「(……おいおい、とんでもねぇ化け物を起こしちまったか?)」
柳津はバックミラーを見て、思わず冷や汗を流す。
そこに映るのは、ポニーテールを振り乱し、虚無的な瞳でこちらを睨みつける、かつて「アイドル」と呼ばれた少女の成れの果て。
柳津「……だが、それでいい。その暗い目こそ、俺の知ってる『本物の走り屋』の目だぜ。来いよ、サブカルクソ女……いや、内藤セリナッ!!」
若林「内藤セリナ、完全覚醒……いや、完全変貌!! 柳津のM4のリアに、あわや接触という距離で何度も鼻先を突っ込む!! 松島の海岸線が、二人の放つ黒いオーラで塗りつぶされていくッ!!」
柳津とセリナ。
毒舌のおじさんと、暗黒面に落ちた少女。
二台の狂気は、ついに前方のサテラと古賀加奈子の背中を捉えた。
サテラ(……うわっ! なに、あの後ろの二台!?
殺気が海斗さんよりヤバいんだけど……! ボク、あんなの聞いてないよぉ!!)
水鮫・サテラですら戦慄するほどの「負のエネルギー」。
気仙沼への道は、もはや栄光を競うレースではなく、互いの魂を削り合うデスマッチの様相を呈し始めた。
ノイズ混じりの無線に、もう一人の男の怒号が割り込んだ。
それは、序盤の激闘でリタイヤしたはずの、白いR35 NISMOの主・相川律の声だった。
相川「ふざけるなァ! カナタァァァ!!!!」
カナタ「……相川!?」
相川「そんなことしたら、お前も、4ぬぞ!??? 自分のマシンの悲鳴が聞こえないのか! その86はもう、限界を超えて叫んでるんだッ!!」
妹の美保と共にこのレースを戦ってきた19歳の律。リタイヤし、沿道からモニターを見つめる彼には、カナタの走りが「栄光」ではなく「破滅」へと向かっているのがはっきりと見えていた。
相川「いいか、ケイ! 負けても次がある! だが4んだら、次なんてねぇんだよッ!! 美保だって……花ちゃんだって、お前が帰ってくるのを待ってるんだぞ!!」
カナタ「……律さん。わかってます……。わかってるけど……!」
カナタの視界の端で、ボンネットの隙間から細い白煙が上がり始めた。
ピストンの摩擦熱が、金属の限界を知らせる。
カナタ「俺の親父は……この先で、誰も追いつけない背中を見せてくれた。俺も、あそこに行かなきゃいけないんだ……ッ!!」
黒川「ヒャハハハ!! いいぜカナタ、その死に急ぐ目! 嫌いじゃねえ!! 地獄まで俺のケツに張り付いてきなァ!!」
若林「カナタの86から煙が!! それでも加速を止めない!! 相川律選手の、必死の制止も届かないのかぁぁ!!」
フェルリア「……みんな、彼を愛しているから止めている。でも、本物のドライバーは、愛よりも速さを選んでしまう時がある……。今の彼は、まさにそれです」
内藤(暗め)「……勝手に4ねば。でも、その前に道を開けなよ。あんたの残骸が邪魔で、ゴールできないなんて最悪だからさ……」
後方から迫る暗黒面のセリナが冷たく言い放つが、そのハンドルを握る手は、カナタの危うい走りにわずかに震えていた。
カナタ「……みんな、ごめん。でも……行くよ」
赤い戦闘機が、ついに黒川のエボの横へ並びかける。
エンジンの悲鳴は、いつしか、勝利を渇望する咆哮へと変わっていた。
内藤「えへへ☆ みんな、ごめんねー、お礼に...セリナのフミッパスライダー、特別に見せてあげるね~☆」
不気味なほどの笑顔を取り戻した内藤セリナが、レモン色のAudi R8を咆哮させる。
それはもはやアイドルのステップではない。獲物を確実に仕留める、死のダンスだ。
若林「また来たァァァ!!!! R8内藤がフミッパスライダー発動!!!!!
コーナー進入速度が異常だ! ブレーキを踏んでいないッ!!」
フェルリア「あの速度でクワトロ(4WD)をねじ込む……! タイヤが悲鳴を上げていますが、彼女にはそれさえも歓声に聞こえているようです!!」
内藤「飛んじゃえーっ!!」
レモン色の閃光が、柳津のM4のインサイドへ強引に割り込もうとする。
だが、温泉おじさんから「勝負師」へと戻った柳津が、それを許すはずもなかった。
柳津「相馬戦の借りは、ここで返すッ!!!!! 甘ぇんだよ、セリナちゃん!!」
柳津はステアリングを敢えて外側へ切り、次の瞬間、鋭い切り返しでM4 DTMのリアをR8のサイドに叩きつけた!
「ガガガガギィィィィィッ!!」
レモン色の美しいボディに、M4の漆黒のカーボンパーツが激しく擦りつけられる。
火花が飛び散り、アイドルの象徴であるレモン色の塗装が無残に削り取られていく。
柳津「綺麗に走ろうなんて思うな。ここは泥沼の戦場だぜ……!!」
内藤「っ……あはは! 痛い、痛いよおじさん! でも……もっと、もっと壊してよ!! セリナの情熱が、もっと熱くなっちゃうじゃん!!」
内藤セリナは、傷ついたR8をさらに加速させ、柳津のM4を押し返そうとする。
接触したままの2台が、時速200キロを超えた状態でコーナーへ突っ込んでいく。
若林「凄まじい!! 柳津とセリナ、接触したまま離れない!! まるで一心の獣のようになって、前方のサテラと加奈子を飲み込もうとしているッ!!」
サテラ(……ヒッ!? なにあれ、後ろの二台、共食いしてるの!? 怖い、怖いよぉ!! ボク、もう帰りたいんだけど!!)
水鮫・サテラが震えるほどの異常なプレッシャー。
トップ争いのカナタと黒川の背後で、かつての因縁を孕んだ「第2の戦場」が、松島の海沿いを地獄へと変えていく。
若林「松島は様々な出店が沢山あります!!! 牡蠣に仙台牛タン、、、ッ!! そして海鮮丼まで、、、、、ッ!!! そんな歴史ある古来から伝わってきた出店が並び、文化遺産も集う松島!!!」
若林の声が、スピーカーを震わせる。モニターには、美味しそうな湯気を上げる牡蠣小屋の横を、時速200キロで通過するマシンの群れが映し出されていた。
若林「日本三景松島は主に、その美しき島々と静かな波で知られています! しかし、そんな日本三景の偉大なる道に繋いだ牡鹿半島の横を、、、現代の獣たちが牙をむき出して狩りに出ていくゥゥゥゥゥ!!!!!!」
フェルリア「……まさに文化の象徴ですね、、、、。古くから守られてきた美しさと、人間の欲望が剥き出しになった速さの競演。これほど残酷で、これほど美しい景色は他にありません……」
若林「先頭は依然として黒川海斗のエボIX! しかし、その後ろでは内藤セリナと柳津の凄まじい肉弾戦が続いています!! 観光客が驚きで箸を落とすような、信じられない光景だ!!」
黒川「……ケッ、牡蠣だの牛タンだの……。俺の胃袋を満たせるのは、勝利の味だけだッ!!」
黒川はバックミラーに映る松島の赤い大橋を背に、さらにアクセルを床まで踏み抜く。
そのすぐ後ろでは、カナタの86がエンジンの熱を潮風で冷やしながら、執拗に黒い影を追い続けていた。
カナタ「……松島が、終わる。ここから先は……さらに険しい道になる」
花「カナタくん……! 牡蠣の匂い、あんなにいい匂いなのに……今は排気ガスの匂いしかしないよ。でも……追いかけて!」
花の願いを乗せて、赤い戦闘機は松島の観光エリアを脱出。
道は次第に狭くなり、牡鹿半島の険しい海岸線、そして石巻、さらに北の気仙沼へと続く、本格的なサバイバルロードへと姿を変えていく。
柳津「……あー、牡蠣食いてぇなぁ。だが、今は目の前のサブカル女を黙らせるのが先決だ」
内藤「えへへ……おじさん、セリナも牛タン大好きだよ? おじさんのこと、牛タンみたいに薄くスライスして焼いてあげようかぁッ!!」
若林「戦いは日本三景を越え、未開の野生が眠る海岸線へ!! 第46話、いよいよクライマックスへ向けてフルスロットルだぁぁぁッ!!!」
松島の大激戦がテレビに映し出される中、ある場所でその行く末をじっと見守る二人の影があった。
イヨ「わぁ! お姉ちゃんも映ってる! カナタくん、がんばれーっ!!」
ピンク色の萌え袖を元気に振り回すのは、花の妹、11歳のイヨだ。
白髪に猫耳をぴょこぴょこと動かしながら、彼女の周りには甘いわたあめの香りと、キラキラとした星の粒子が舞っている。
彼女の愛車、白いGRスープラも主人の出番を待つように外で静かに佇んでいた。
ちとせ「うへ~……みんな、すっごく速いねぇ。車が燃えちゃいそうだよぉ、もへ~」
その隣で、淡い蒼色の萌え袖に身を包み、のんびりとポテトチップスを齧っているのは、氷雪の獣神・ちとせだ。
見た目は高校生の女の子だが、そのおっとりとした雰囲気とは裏腹に、彼女の周囲だけは真夏でもひんやりとした神聖な空気が漂っている。
イヨ「ねぇちとせちゃん、カナタくんの車、煙が出てるよ!? イヨの星の力で直してあげられないかなぁ?」
ちとせ「うへ~、それはルール違反になっちゃうかもだよぉ、イヨちゃん。でも、私の氷の息吹で、ちょっとだけエンジンを冷やしてあげるくらいなら……もへ~、バレないかなぁ?」
ちとせがテレビ画面に向かって、ふーっと淡い蒼色の息を吹きかける。
その瞬間、遠く離れた松島の地で、オーバーヒート寸前だったカナタの86の水温計が、一瞬だけ数度下がった。
カナタ「……? エンジンの熱が、少し落ち着いた……? 風が変わったのか」
若林「おっと!? カナタの86、白煙が収まったか!? 奇跡的な冷却ですッ!! 再びエンジンの咆哮に力が戻ったぁぁ!!」
フェルリア「……不思議ですね。まるで、誰かが彼に涼やかな加護を与えたかのような……」
イヨ「やったぁ! ちとせちゃんすごーい! もっともっと、星も降らせちゃえーっ!!」
ちとせ「うへ~、あんまりやりすぎると怒られちゃうよぉ。
でも、カナタくんがテッペン獲るところ、私も見てみたいなぁ……もへ~」
二人の不思議な少女たちの見守る中、レースは松島を抜け、さらに険しさを増す海岸線へと突入していく。




