松島編第39話 4G63エンジン
若林「それにしても……黒川くんのエボ9MRって……エボXとはなにかエンジンが違いますよね……?」
フェルリア「いいところに気が付きましたね……。黒川選手の乗っているのは“ランサーエボリューションIX MR”。搭載されているのは、あの名機――“4G63型ターボエンジン”です」
若林「4G63……ってことは、エボ10の4B11とは違う……?」
フェルリア「はい。エボXに搭載されている4B11型はアルミブロックで軽量化された新世代ユニットですが、黒川選手の4G63は鋳鉄ブロック。頑丈で、かつ、レスポンス重視のチューンに向いているんです」
若林「なるほど……じゃあ、黒川くんのはパワーってよりトルク重視の昔ながらの暴れ馬エンジン……?」
フェルリア「そう思っていただいて構いません。しかも彼の4G63はタービンも変更されていて……おそらく400馬力オーバー。せいぜい450馬力でしょうね。..しかも中低速の立ち上がりに特化したトルク型ですね……荒々しく立ち上がる、まさに“牙剥く獣”のような加速特性。」
若林「なるほどォ〜〜……!!!しかもその獣のような力で、フェラーリやM3を食いちぎろうとしてるわけだ!!!」
フェルリア「ええ。ボディを擦りつけてでも順位を奪おうとする……彼の“スタイル”と、エボ9MRの性格が、完全にシンクロしてます」
若林「うわあああああああ!!!!やばい!!!黒川が再びイオリちゃんのリアにベタ付きぃぃぃぃぃ!!!!」
フェルリア「強引なEVOと、冷静なフェラーリ……そして背後から、旋律を秘めたM3が迫る……。音の戦場ですね、これは....!!!」
「改めて説明していくと4G63とは……三菱が誇る伝統の直列4気筒ターボエンジン。かつてラリーの世界を席巻し、あのトミ・マキネンが操った名機でもありますね……」
若林「ということは……かなり古いエンジンなんですね?」
フェルリア「そうですね。初出は1980年代。けれど、黒川選手の乗る“エボ9MR”に搭載されている最終型の4G63は、進化の極みに達した個体です。バルブタイミングやターボ制御も最適化され、鋳鉄ブロックのままでも高回転・高ブーストに耐えうる剛性を誇る……」
若林「なるほど……“古いけど枯れてない”どころか、“古いからこそ研ぎ澄まされた”って感じですか?」
フェルリア「ええ。現代のアルミブロックターボとは異なる“暴力的なトルクの塊”――それが4G63。低速域から中速域までの立ち上がりが鬼のように速く……路面を無理やり掴んででも前に出ようとする特性。しかもMRグレードは専用の足回りとAYC制御で、曲がる力も異常に高い……」
若林「つまり……今のこの狭い峠道でも、黒川くんのエボ9MRは“最強”ってことですか……?」
フェルリア「理論上は……そうなりますね。4G63とEVO IX MRの組み合わせは、未だに“歴代最強のEVO”とも評されるほど。あとは、それを制御できる腕があるかどうか……ですが――ランエボはGTRとコーナーでやり合うほど互角の戦闘力を発揮する機関銃のようなものです。」
若林「黒川海斗には……その腕があるってことですね……ッ!!!」
黒川「俺の4G63の末裔であるこのエボは……MIVECエンジンの中でも最強格だ……ッ!!」
「Rがパワーで来るなら、こっちはコーナーで叩き潰す!!コーナーはRより速くなれるエボだからな……ッ!!」
エボ9MRが、獣のような唸り声を上げて路面を掴み、前輪から煙を散らしながらタイトな右カーブを切り裂いていく。
黒川「アウトランダーや...どっかのグレード少し格上げしたプリウスなんざ....あんなのは全部“53”だ……!!」
「継いでねぇんだよ……走りを!!ラリーの魂をよォォ!!!」
「そんなのは関係ねェ......!!!歴史ある駆動力やバランスに低重心やトルクあってこそのFRや4WDだろーがよオオオオオ......!!!!」
唇の端を吊り上げ、目を見開いた黒川の視界に、真っ直ぐに延びた松島街道の海沿いストレートが見えてきた。太平洋の光が車体にちらつき、スモークのような熱気が周囲を揺らす。
黒川「ここは熱くさせてもらうぜ……ッ!」
「もう誰にも邪魔なんざさせねェェェ!!!!」
アクセルペダルが踏み抜かれ、4G63が咆哮する。
次のコーナーで、一体誰を喰らう気なのか――
黒いエボは暴れ馬のように、前へ前へと突進していった。
イオリ「うん……この景色、好きだな……
そして私は静かなる冷たい解けない氷の岩のように軽やかに...」
ギャンギャン!!!
ヴオオオオオオン!!!!
穏やかな声で呟いたその瞬間、812スーパーファストのビアンコベージュの車体が、しなやかな猫科の獣のように黒のエボ9MRの外側に並びかけた。
若林「外からフェラーリが来ましたァァァァ!!!!!」
「ビアンコベージュの閃光が、黒い弾丸の横に!!外ッ!!完全に並んだァァァ!!」
黒川「外からいかすかよッ!!!」
唸るような叫びと同時に、黒川のエボ9MRが路面を蹴る。だがイオリの812は淡々と、静かに加速していく。
イオリ「……音楽と一緒。
自分のリズムで進むの……たとえ誰が叫んでも、関係ないよ」
雪のように静かに、しかし確かに牙を剥いた812スーパーファストが、エボ9をじわりとかわしていく。
コーナー手前、黒川は眉をひそめ、ステアを切りながらぽつりと呟いた。
黒川「……行かれたか。まぁ、いい」
「すぐにまた引きずり下ろしてやらァ……
このヒルクライムでな……ッ!!」
若林「812スーパーファストが首位争奪だァァァァ!!!!」
「黒川のエボ9MRが粘る!だがビアンコベージュの獣が外から襲いかかるッ!!」
フェルリア「狭い外側のセパレートから思い切りアクセル全開で雌雄を決する動きに出ましたね……」
「イオリちゃんは、おそらく下りになる直前のこのタイミングを見ていたのでしょう……」
イオリ「でも……すぐにダウンヒルになるよ?」
柔らかな声とは裏腹に、コーナー出口へ向けて812のリアが軽やかに揺れる。
滑らかなその挙動は、まるで崖の上を駆け下りる白い風のようだった。
フェルリア「彼女はちゃんと“上下のG”を意識してますね……」
「カーブで感じる横方向の重さ、いわゆる横Gはみなさんご存知でしょうが、実は縦方向――つまり高低差の“上下のG”も重要です」
「普通の軽自動車でも分かるんです、例えば峠の下りでブレーキを踏んだとき、重力の方向に沿って引きずられるようなあの感覚……」
「イオリちゃんは、それをあえて使おうとしている」
若林「812スーパーファスト、いったァァァ!!!ダウンヒル入口の軽い右セパレートで加速!!黒川のエボ、追いつけるのか!?この下りはブレーキの負荷も大きいぞォォォ!!!!」
黒川「クソッ……ッ!!」
「下りに切り替えられるのがこんなに早ぇとはな……やるじゃねェか……812……!!」
イオリ「ふふ……こっからが、始まりだよ」
その笑みはやさしくも冷たく、戦場の風に乗って、静かに黒川を追い詰めていた――。
若林「その後方から……!来たァァァァァ!!!」
「エボ7MRォォ!!水色の稲妻サテラが、赤いM3に襲いかかるゥゥゥゥ!!!!!」
「3位、古賀加奈子のBMW M3 E46!! 対するは気さくなツンデレ野郎ォ!!エボ7MRの北村サテラだァァァァァ!!!!」
フェルリア「これは並びましたね……エボ7とM3。直6 NAの官能と、ターボ付き4G63の実戦的な加速……まさに美しさと戦闘力のせめぎ合いです」
「そしてこの2人、実はお互いに全くタイプが違うのがまた面白いですね」
サテラ「おいおいおい……ボクをここまで下げたまま終わらせるつもり?」
「ねぇ、加奈ちゃん先生?さすがに音楽室からサーキットに出てきた以上……その車、ちゃんと走れるんでしょ?」
スラリとした口調ながらも、張り詰めたアクセルの伸びと、タイヤのスキール音が緊迫を生む。
古賀「私なりの……テンポは崩さない……ッ」
その声は静かで凛としている。しかし、内に秘めた気迫はサテラの挑発に負けてなどいなかった。
譜面の上で正確無比に音符を刻むように、加奈子のM3がスリップストリームを丁寧に断ち切るラインを描く。
サテラ「ふぅん……やるじゃん。けどさぁ、M3ってそんなに守りに入る車だったっけ?」
「なに?“アンダンテ”とか“アレグロ”とか言って……もっと熱く弾いてくれないとさ、ボク、退屈しちゃうんだけど?」
古賀「静かに聴いてて。これは……私のソナタ……」
若林「きたァァァァァ!!エボ7MRが、ストレートの終盤ッ!! 加奈子のM3に横並びィィィィ!!!!!」
フェルリア「ここはM3にとって最も美しい回転域……でも、ターボエンジンのエボ7、加速は一瞬で牙を剥きますよ……!」
サテラ「さて……ボクの番、だよね……?」
「吹き飛べ、古きクラシック。こっちは――レボリューション!!!」
水色の稲妻が、真紅の旋律へ斬り込む。
その瞬間、冷たい夜気が2台の車体を切り裂くように走り抜けた。
バトルの火蓋が、また一つ――確かに切られた。
若林「おっとォォォ!!
エボ7のサテラがぁぁぁ!!!!
古賀加奈子のM3をアウトから刺そうとしているッ!!!」
フェルリア「難しいですよ……この松島街道のこの区間は狭いですから……
アウト側は荒れてますし……
でもエボはトラクションが優秀なので行けるかもしれません……!」
サテラ「ははっ!
アウトにボクのエボっていうのも、、、なかなか見れないでしょ?」
古賀「っ……この、ピタリと吸い付くようなライン……!」
サテラ「スノーセッティングのエボ7……伊達じゃないよ?」
古賀「けれど……私は音楽の教師として、音に命を懸けてる……!」
若林「並んだァァァァ!!!」
フェルリア「完全に並列です!
コーナーへのアプローチで、サテラ選手のエボ7が、
軽快なスラロームのようにボディを泳がせて古賀選手の横に……!」
サテラ「このまま上手くタイヤの熱を……
感じろぉぉぉぉぉッ!!!!」
ギュギュギュギュイィィィン!!!!
若林「キタァァァァァァァァ!!
エボのトルクフルなパワーで、インへ!!内側へ刺したァァァァァ!!!」
フェルリア「このエボ、ただのMRじゃありません……
彼は数々のセッティングデータを持ってます……!
“スノートラック仕様のセミドリフト特化エボ7MR”……!!
まるで四輪で滑るように、接地感をキープしたまま攻めることができるんです!」
古賀「しまった……!」
サテラ「はい、ごぼう抜きぃぃぃ☆」
若林「ここで順位が入れ替わったァァァァァァ!!!
サテラが3位へ浮上だァァァァァ!!!!」
フェルリア「そのまま812のイオリ、黒川海斗に迫るか……いや、あの2台の攻防も激しいですよ……!」
──前方
黒川「来るか……
さっきのフェラーリに、あのM3の音楽教師に……
そして今のは……」
ギュイィィィィィィン!!!!!!
黒川「またエボかよ……!
今度はボーイか……
上等だッ!!!」
サテラ「よし……
ボクのカウンターがまさかの、炸裂かな……?ね〜黒川くん〜☆」
黒川「......上等だァァァァ!!!!!
サテラァァァァ!!!!!」
「その顔面、、、今すぐにでも潰してやらァァァァ!!!!!」
「さっさとこっちへ降りてこい......ッ!!!」
松島街道の横に海が澄み渡るように次々と後続車が駆け抜けていく。まるでこれから本物の戦いが始まるようであった。
タイトなダウンヒルヘアピンにコーナーが
エボ7にさらなるプレッシャーを強くプッシュしようとしていた......。
若林「黒のエボ9MR!
ビアンコベージュの812!
そして……水色のエボ7MRが……!!」
フェルリア「松島街道……
頂上区間のセクター6へ突入です……ッ!」
若林「さァァァァ!来たぞ!!!
その後方から...BMWM3E46ッ!!
古賀加奈子だァァァァ!!!!!」
赤いボディに海岸沿いの道に煌めく独特な二重のブレーキランプのテールライトが昼間の松島の太陽を反射している。
ヒールアンドトゥしながら古賀はM3をまるで音楽の楽器のように滑らかな曲線を彩っていく。
古賀「フットワークやバランスもいい感じ......ッ!これだからMのバランスの効き具合から離れきれないんだよね......ッ」
ギュオオオオオオ!!!!
ガシャン!ガシャアアンッ!!!!
M3がリアを巧みに流しながらコーナーをクリアしていく。それは情熱の赤い宝石のように煌めいたM3だった。
古賀にはコーナーをクリアしていく度にまたひとつの迫り来る壁があることをここで改めて初めて気づいた。




