松島編第38話 狂気乱舞
太平洋を左手に臨む松島街道のストレート。路面は冬の乾いた潮風に晒され、冷たく引き締まっていた。
だがその上を、二台の異なる哲学が走る。
黒――
漆黒のランサーエボリューションIX MR。
車高は落ち、リアウィングが跳ね上がる。
運転席に座る男、黒川海斗。
その目は獣のように鋭く、前を見据えたまま動かない。
黒川「こっちは……簡単に退く気はねェんだよ!!!!!」
ゴッ!!!!
ドゴャアアアアアアアンッッ!!!!
マフラーから吐き出されるエボの唸り。
直噴ターボの4G63が鋭く吹け上がり、バリバリと路面を食らいつく四輪駆動の蹴りが地を裂く。
だが――その右後方から忍び寄る、異質な塊。
白に近い、ビアンコベージュのフェラーリ812スーパーファスト。
巨大なV12が、まるで海鳴りのように低く深く、音圧を撒き散らす。
イオリ「いい音ですよね?私のフェラーリ...……でも、ただの騒音と思ったら痛い目見るよ、黒川さん..?」
ステアリングを握る指は余裕に満ちている。
だがその余裕の下、彼女の左足はピタリとクラッチに備え、右足はほんの一瞬たりともスロットルから離れない。
デュアルクラッチのように精密な操作で、フェラーリは加速波を放つ。
若林「うおおおおお!!!来たァァァァ!!!
ランエボMRと812スーパーファストが、海岸区間の最前線で睨み合いだァァァァ!!!」
フェルリア「駆動形式もエンジン特性も全く違うこの二台……でも、今この瞬間は同じスピードで並び合っている……。まるで、異世界の“速さ”同士の接触みたいですね……」
海を割るように、エボとフェラーリが並走する。
まるで夜と昼が交錯するような、真逆の存在の競演。
黒川「イタ車の加速に……俺の走りが負けるかよ」
彼のエボが、わずかにイン側の舗装の裂け目を踏み、ボディがビリついた。
イオリ「ふふっ……そのライン取り……危ない橋、踏んだね」
812が右からプレッシャーをかける。
その巨体が横に並ぶだけで、ランエボの側面に重い圧力がかかる。
しかし黒川は――退かない。
黒川「暴れ馬がどうした……こっちは“モンスター”だ」
そして、次のコーナー――
松島街道の海岸S字が迫っていた。
二台は、そのまま互いに譲らぬまま、超高速度での進入を始める……!
若林「なんだこのバトルはァァァァァァ!!!???松島の海岸にて!!黒いエボ9とベージュの812スーパーファストの神領域バトルが爆誕だァァァ!!!!!」
黒川のエボ9MRは、爆音を撒き散らしながら松島街道を突き進む。
右手には海。だが彼は風景など一切見ていない。見ているのは――前だけ。
その瞳は、かつて峠を荒らした走り屋どもの、それも最も過激だった“暴走族”のそれ。
黒川「……ビビってんじゃねぇだろうな、フェラーリ」
低く唸るように呟いたその声に、後部座席のロールケージが共鳴する。
エンジンの回転は、常識の限界を超えようとしていた。
イオリの812が横に並んできた瞬間――黒川は、ニヤリと笑った。
その笑みは、笑ってなどいない。まるで狩りの獣のようだ。
黒川「チンタラ並走してんじゃねぇよ。オレは譲る気なんかこれっぽっちもねぇ」
「このラインは“オレのもん”だ。譲れってんなら――ボディで語れやァァァ!!!!」
ハンドルを強引に切り、アウト気味に張り出す。
フェラーリのノーズにわずかにエボのサイドが寄る――いや、ぶつかりかけている。
若林「こっ、こいつ!!なんて走りだッ!!?わざとスレスレを攻めている!?
黒川ァァァァァァ!!!!まるで峠の昔の暴走スタイルをそのまま叩きつけてるぞォォォ!!!!!」
フェルリア「これは……クリーンでもクレバーでもない。でも、“野生の勝負”という意味では、これ以上ない“挑発”ですね」
黒川の手が、ギアを4速から一気に3速に叩き落とす。
シフトダウンの回転合わせも、まるで咆哮のように荒々しい。
黒川「さぁて……812だかなんだか知らねぇが……この東北の海沿いの道で、“チューニングしたモン”に勝てんのかァァァァ!!?」
バチン、とサイドミラー越しに火花。
ギリギリのすれ違いざま、黒川のエボが突き出る。
黒川「前に出たら最後だぜ……オレは止まらねぇ」
「道がある限り、オレの“走り”は止まらねぇんだよォォォ!!!!」
背後で812が唸り声をあげる。
だがこの瞬間、風も音も、すべて黒川という“暴走”に飲み込まれていた。
ギャアアアアアア!!!!!!!
火花が散る。
松島街道、海沿いの左コーナー――フェラーリ812スーパーファストが黒いエボ9MRに並びかけた、まさにその瞬間だった。
ギュアアアアアアッ!!!
黒川のエボが、まるで弾き返すようにフェラーリへとサイドを寄せる!
まるで獣が牙を剥くように、強引に、粗暴に……エボのドアが812のリアフェンダーをガリッと引っかいたッ!!
イオリ「く、、、、、ッ!!!」
ステアを切るタイミングも、ラインも……フェラーリとしては完璧だった。
しかし――黒川は、走りで応じるつもりなどハナからなかったのだ。
若林「フェラーリのサイドにィィィ!!!黒川のエボが擦り付けていくゥゥゥ!!!なんて奴だ...!!!
これはもはや……レースではない!!!バトルという名の戦争だァァァ!!!!!!」
フェルリア「これが黒川海斗……暴走族上がりというだけあって……」
「勝つためなら何をしても構わないという、“ルール外の哲学”があるのでしょうね……」
車体が揺れる。
イオリの812は、圧倒的な重量とパワーで耐えながらも、エボとの接触で路面のラインを一瞬外す――!
黒川「だったら見せてみろよォ!!812の力をよォ!!!!」
ガアアァァッ!!!
イオリが再びアクセルを踏み抜く!!
812スーパーファストのV12が唸り、重量をものともせず黒川のエボに真横まで並びかける――!
イオリ「その汚ねぇ走り、通用するのは今だけだッ……!!!」
「俺のフェラーリで……テメェの雑なラインを切り裂いてやるよ!!!!」
ドゴォンッ!!!
812のトルクが爆発する。
だが――エボもまた、鬼の加速を見せていた。
爆裂するような直線勝負が、いま太平洋のすぐそばで、繰り広げられている。
若林「並んだァァァァァ!!!並んでいるぞォォォォォ!!!フェラーリとエボが!!!!」
「これが……松島編トップ争いッ!!戦場だァァァ!!!!」
グワアアアアアアッッッ!!!
爆音が三重奏のように交錯する。
ギャギャギャギャッ!!とタイヤが路面を擦る音とともに、フェラーリ812スーパーファストの真後ろに、赤いBMW M3 E46がピタリと食らいついた!!!
若林「きたあああああああ!!!!!!!」
「後方からは古賀加奈子!!!音楽教師にして、旋律を知る者がッ!!!いまこの松島で、M3という名の楽器を奏で始めたァァァァァ!!!!」
フェルリア「BMWのMシリーズ……それはドイツが誇る、“走る楽器”です」
「しかもE46型……絶妙な車体バランスとストレートでの伸び……」 「これは……ただの教師ではありませんよ、若林さん。彼女は“表現者”です」
ガアアアァァン!!!!
車体のラインが、まるで譜面の上を滑る五線譜のようだ。
白銀に反射する松島街道、その上を疾走する3台のモンスター――
黒川海斗(エボ9MR)、小岩イオリ(812スーパーファスト)、そして……
古賀加奈子(M3 E46)。
イオリ「スリップストリームに……入られた、、、、ッ!?」
リアミラーを睨む。
そこに映るのは――猛獣でも、狂人でもない。
静かに、冷静に、しかし異様なまでの“正確さ”で追い上げる、赤いM3の姿。
イオリ「まるで……演奏家がタイミング見計らってソロパート突入するみたいな……」
「おいおい……この状況で“聞かせる気”かよ……」
加奈子
「……このタイミング……一拍溜めて……ッ!」
ブワアアアッ!!!
E46の直6が吠える!!
寸分違わぬタイミングでフェラーリの後ろに迫り、空気の乱れを利用して加速!!!
若林「うおおおおおおおおお!!!!M3加速していく!!!」
「エボとフェラーリの熾烈なトップ争いに割って入るぞォォォォ!!!!」
フェルリア「これは音楽です……クルマたちの、魂の交響曲……」
「“Rhapsody in 松島”……とでも名付けましょうか……」
イオリ「マジかよ……まさか“先生”にやられる日が来るとはな……!!」
そして、3台が重なった……
1位・エボ9MR
2位・フェラーリ812スーパーファスト
3位・BMWM3E46
まるで三重奏のクライマックス。
赤、黒、ベージュ――
松島の太陽を乱反射させながら、三つ巴が次の右ヘアピンへと雪崩れ込んでいくッ!!!
ギュオオオオオオオ……ッ!!!
右ヘアピン、減速区間。
ブレーキの輝きが、紅潮する戦場に滲んでいく。
古賀「私なりの……アンダンテを……ッ!」
「取った……!!このリズム、このラインならッッ!!」
彼女の両手がステアリングをなぞるように滑らせる。
まるでピアノの鍵盤を優雅に奏でるような——
E46のリアがほんのわずかに流れる……が、それすらも制御の一環。
フェルリア「アンダンテ……中庸のテンポ、ですね。焦らず、丁寧に、滑らかに……彼女らしいスタイルです」
加奈子のM3がアウトから回り込み、静かに内へ侵食するように迫る。
赤いM3が白銀の812へ指先のように触れようとした、その瞬間。
イオリ「……だめ、です」
静かな声が、車内にふっと漏れた。
ギュウウウン!!!
812スーパーファストのリアが、鋭くブレーキを絞り込むと同時に、コーナー内側の最短ラインへ強引にボディを寄せた。
ギリギリの進入ライン、ギリギリの角度。
まるで「これ以上は許しません」と言わんばかりの柔らかくも強い拒絶。
加奈子「ッ……!!ブロック……!?」
「このタイミングで、そこにボディ寄せるの……ッ!?予測してた……!?」
イオリ「……すみません……どなたでも……
通さない、です……今は……」
声はあくまで穏やか。
だがその走りには、まるで静かな海が突如として引き波になるような――
見えない“意志の奔流”があった。
若林「くおおおおおおおッ!!これは……ッ!!」
「E46の正確無比なライン取りを、812スーパーファストがブロック!!!!」
「並大抵の判断じゃない……これは……冷静さと直感の融合!!!!」
フェルリア「静かな子ほど、芯が強いと言いますが……」
「イオリちゃん……その瞳には、確かな“信念”が宿っているようですね……」
赤、赤、そして黒。
その三重奏はまだ、終わらない。
それぞれの“音色”がぶつかり合い、混ざり合い、次の旋律を紡ぎ始めていた——!!
黒川「どっかの音楽教師なのかしらねェが……そのM3、捻り潰してやらァ……」
唇の端を吊り上げ、狂気を宿した黒川のエボ9MRが爆音を撒き散らしながら接近する。
重たい排気音とタイヤのスキール音が、まるで猛獣の唸りのように空気を震わせた。
若林「暴走のエボ9!!黒川海斗が再び牙を剥くぅうう!!!その前にはフェラーリ812とM3!!!鉄火場の松島街道!!!」
ギュイイイィン!!!
黒川「その気取った走り……気に食わねェんだよ!!お前らみてェな“優等生”はなァァアアアアアッ!!!!」
フェラーリのテールに擦りつくような軌道で、黒川が割り込もうとする。
しかし、イオリの812スーパーファストがそれを読んでいた。
イオリ「えっと……そっちはちょっと狭い、かな?」
ふんわりとした口調、でも芯は通っていた。
イオリは淡々とした中に、どこか朗らかな響きを含んでいる。
表情は変えずとも、しっかりと周囲を見ているその目には、柔らかい光がある。
若林「おっとォ!?イオリ、やさしげな声で警告!!だけどそのハンドル捌きは鋭い!!エボ9を寄せ付けない!!!」
黒川「チィッ……ナメてんのかコラ……ッ!!」
一方、その後方ではM3の古賀加奈子が静かに迫っていた。
加奈子「……私なりの“アンダンテ”を……取った……!!」
812のスリップに入り、流れるようにラインをなぞる。
イオリ「わぁ……来てる。うん、でも、ちょっとだけ、まだ……譲れないな」
ブレーキポイントで僅かに早く踏み込んだイオリが、加奈子の進路を上手くカットする。
車体を無理なく滑らせ、正確にコーナーを切る。
フェルリア「この柔らかくも強い意志……イオリちゃん、静かな子だけど“ちゃんと戦ってる”んですね……!」
加奈子「……面白い……でも、ここからよ……」
黒川「ハッ、遊びかよ……なら潰して目ェ覚まさせてやるぜ……!!」
黒川のEVOが更に荒々しく二台の後ろへと張り付いてくる。
対して、イオリの表情には焦りがなかった。
イオリ「なんか、楽しくなってきたかも……♪」
そう、小さく笑った。
若林「きたあああああああ!!!小岩イオリが本気を出し始めたぁああああ!!!!
静かなるフェラーリが今、表情に“走る喜び”を乗せたァァァ!!!!!」
先頭争い。
フェラーリ、BMW、三菱。
それぞれ違う音を響かせながら、松島街道のコースを縦横無尽に駆け抜けていく。
吹き抜ける海風は、今だけ彼女たちのステージライトだった——。




