松島編第34話 浸透するパワー
山吹花のWRX STI——蒼く光る狼が、松島の海と空の境界を駆けていた。
まるで空そのものを纏ったかのようなスバルブルーのボディは、光と影を交互に切り裂き、クルマの意志を超えたような鋭さで道を選び、駆け抜ける。
そのステアリングを握る彼女の指先は、いつになく静かだった。
けれど、心は違った。
静かに燃える。誰にも見せないように、胸の奥で。
花「この風……後ろから来てる。カナタくんの、風だよ」
思わずハンドルを強く握りしめる。
ルームミラーにはまだ映らない。でも確かに感じるのだ。あの86の存在を。
赤い戦闘機、腹切カナタ。誰よりもまっすぐで、誰よりも無茶をする彼の走り。
それを知っているからこそ、花の心は熱くなる。
花「嬉しいのか、怖いのか……よく分からないや。でも……このままじゃ、終われないよ」
髪が風に舞い、ヘルメットの中で息がひとつ漏れる。
彼女のWRXが次の複合カーブへ突入すると、空気がわずかに引き締まった。
路面の傾斜、遠くから響くタイヤのスキール音、すべてが彼女に問いかけている。
「おまえは、止まるのか?」
花「……止まらないよ。あたしの風は、もっと先に行くんだ」
そう口にした瞬間、コーナー出口でトルクが弾ける。
スバルのシンメトリカルAWDが、四輪すべてを使って花の意志を支えた。
そのまま花は右手を軽く上げた。まるで誰かに見せつけるかのように。
その仕草は、まるで「カナタくん、受け止めてみて?」と挑発しているようでもあり、
「私はここにいるよ」と手を振っているようでもあった。
彼女のWRXが再び加速する。
次のS字の向こう、海が見える瞬間、彼女の瞳はまっすぐに未来を見据えていた。
花「たとえ風が荒れても、きっと迎えに行くよ。あたしの、この桜風で……」
潮風が舞い、青い狼が空と大地を裂いた。
その先には、かつて隣を走っていた少年が待っている——。
花の体を、何かがすうっと通り抜けた気がした。
それは風でもない、海の湿気でもない。
浸透する、力。
まるで海から立ち上る霧が、魂にまで染みこんでくるような……そんな感覚だった。
花「浸透するパワーが……私を包んでくれる……」
震えるわけではなかった。
寒さでも、恐怖でもない。
それはむしろ、あたたかく、優しく、背中を押してくれるものだった。
誰かの想いのような、過去の記憶のような。
走る理由、それそのもののような。
花「ここで……負けられないッ!!」
言葉と同時に、花はアクセルを踏み込んだ。
ターボが唸り、WRXが地を掻く。
四輪のグリップが路面を捕まえ、重心がぐっと前に移動する。
次の左コーナー、彼女は迷いなくアウトから飛び込んだ。
ブレーキの火花。
タイヤの悲鳴。
それでも止まらない。止まれるわけがない。
花「みんな、見てて……あたしの走りを!」
まるで車と彼女自身が一体化したような旋回。
ギャラリーゾーンに差しかかると、観客の歓声が微かに届いた。
だが花の目には、前しか映っていない。
カナタ。イオリ。美保。
あの先にいる仲間たち。敵たち。
そして、超えるべき「何か」。
花「浸透してる……この走りは、あたしだけじゃない……!」
WRXがスラロームに向けて横っ飛びに跳ねるようにステップを踏んだ。
あたかも、狼が草原を駆け抜けるように。
あの時の走り。あの場所で誓った“あの風”が、今、背中を押している。
花「――行くよ!」
その言葉とともに、WRXが再び牙を剥いた。
誰にも負けない、彼女だけの道を切り拓いてゆくために。
花「抑えてる……!」
ステアリングを握る指に力が入る。
視界の先では、赤黒の閃光――アウディR8が、利府の高速セクションを飛んでいた。
――その直後、
若林「おおっと!!! 黒川を追う準位にいたAUDI R8が……コーナーをうまく曲がりきれずに……!」
「812スーパーファストがすり抜けて……まさかのクラァァァッシュ!!!!」
観客席がどよめいた。
若林「内藤セリナァァァ!!! どうなる!!??」
画面越しでも分かる。あのブレーキングは……遅れた。
セリナのR8は外側の縁石に片輪を乗せたまま、リアが流れ始めていた。
花「セリナさん……っ!」
爆音。
812スーパーファストが、アウト側のわずかな隙間を見逃さず、一気に駆け上がる。
そして――
R8のフロントに軽く触れるようにして、跳ねるように前へ飛び出した。
セリナ「……くっ、なによ……コーナーごときで……!」
花の脳裏に、あの日、あの峠で見た“セリナの完璧なライン”がよみがえる。
それが今、崩れている――
花「……見逃さないよ……!!」
彼女のWRXも、次の瞬間にはギアを一段落としてターボ全開。
氷と炎のように交差する空気の中、花のWRXは、流れたR8のイン側へと回り込んでいった。
前では、812が再加速して逃げようとする。
だが花は、その後ろ姿すら獲物としてロックオンしていた。
花「誰が次かなんて……もう決まってるんだよッ!!!!」
内藤「させるかァァ! フェラーリにスバル風情がァァァァ!!!!」
咆哮するV10エンジン。
クラッシュ寸前まで流れたはずの内藤セリナのアウディR8が、爆音を引き裂いて暴れ出す。
咄嗟にカウンターを当て、滑りを制御――そのままアクセル全開で花のWRXの進路を塞ぎにかかった。
花「ッ……!!」
ギリギリの間合い。
白と青のWRXは突っ込むべきか、一瞬ためらう。
だが花の瞳は、揺れなかった。
花「こっちは……止まれないの!!」
レヴリミット直前、フルターボ領域。
桜風が吹き抜けるような鋭い加速とともに、WRXがR8の横腹をかすめる。
風圧が互いの車体を揺らす――が、花は一切譲らない。
内藤「チッ……この風ッ!!」
花「貫くッ!!!」
ギア3から4――そして次のコーナーのブレーキング勝負へ。
内藤のアウディが先行するかに見えたが――
花は、そのR8の“立ち上がり”の甘さを読み切っていた。
花「ターボが、ここで全部応えてくれるんだッ!!」
インを突く。
フェラーリ812が前方へ逃げる背後――
そのまた一歩後ろで、R8とWRXがギリギリのつばぜり合いを繰り広げていた。
内藤「……来なさいよ、桜風っ!!」
花「行くよ……ッ! 全開で!!!」
若林「来たぞォォォォォォ!!!!!
赤い戦闘機ィィ!!!!!!」
フェルリア「ここまで来ましたか……カナタくん……ッ!」
赤いボディが、濃密な排気音とともに吹き上がるように現れた。
腹切カナタ――トヨタ86前期型、NA仕様。その存在はまるで、戦火をくぐり抜けて蘇った“撃墜王”。
そのテールが震え、タイヤが軋り、路面を這うように駆け抜けてくる。
内藤「えっ……!? あれ、86!? 嘘……あんな位置にいたはずじゃ……!」
花「カナタ……!!」
その瞬間、コーナーに差しかかる3台。
フェラーリ812、小岩イオリ。
アウディR8、内藤セリナ。
スバルWRX、山吹花。
そして、その真後ろに現れた――赤い閃光。
カナタ「もらうぞ……このチャンス……ッ!!」
減速が1テンポ早い。だが、それが“突っ込みすぎ”ではないと直感する。
86の車重移動が極めてスムーズに、インへと巻き込む。
トラクションが一瞬で立ち上がる。
ギャアアアアア!!!
四駆を誇る花のWRXすらも、思わず後方を気にするほどだった。
花「このタイミング……!?」
内藤「ちょっ……来るなッ、来るなってばァァァ!!!!」
カナタ「行ける……今なら、この3台まとめて……!」
小さなシャシーが描いた急角度のライン取り。
86が、インベタのさらにイン――まるで“壁ギリギリ”を滑り込むような突進だった。
若林「赤い戦闘機ィィィィ!!!!!一気に並んだァァァ!!!!三台まとめて抜くつもりだァァァァァァ!!!!!」
フェルリア「完璧なブレーキングです……まさに、命を削って生きたライン……!」
そして、交錯――
――赤、白、青、銀。4色のボディが、たった一瞬の呼吸で交わる。
カナタ「この瞬間しか……ないッ!!!!」
花「ッ……抜かせない……ッ!!!!」
内藤「バカな……抜かれた……!? この私がァァァ!!!!」
そのとき、風が吹いた。
桜のような風――だが、その中心にいたのは、
真紅の撃墜王。
腹切カナタの86。
ついに、5位浮上。
風を纏いながら、次の頂へと牙を剥く――。
花の唇が、ほんの少しだけ笑みを描いた。
花「でもね……カナタくん……私は抜かせないよ……?」
その声は柔らかくも、燃える意志を内に秘めていた。
風が吹く。桜色の風――それは、彼女だけの“風”だった。
花「……松島でも、風越ありと……吠えさせてやるんだァァァァ!!!!!!」
ギャアアアアアアアア!!!
WRXのタイヤが火花を撒く。ターボが一瞬で過給圧を高め、爆発的にトルクを発揮する。
まるで彼女の叫びが、そのままマシンを突き動かしたようだった。
カナタ「くっ……花ちゃん……ッ!」
赤い86と、蒼き狼。
ふたつの魂が、松島の海岸線で火花を散らす。
若林「さぁぁぁ!!!WRXが吠えたぁぁぁぁ!!!!風越の名を背負った女が、赤い戦闘機を押し返すゥゥゥ!!!!」
フェルリア「これは……一歩も引かないですね……! 風と風のぶつかり合い……!」
波の音が、熱を帯びて聞こえるほどだった。
桜の狼が、赤い撃墜王に牙を剥く――。
次なるバトルが、いま、始まる。
若林「おっと!アクシデントでしょうか!?……なんと、サテラのエボ7MR……水鮫と称されたあのマシンが……!」
フェルリア「まさか……燃料切れ?」
若林「そうです!!!まさかのまさかッ!!ここでエボが、コース脇に身を寄せましたァァァ!!」
ギュウウゥゥゥゥゥン……プスン……
水色のエボリューション7MRが、静かに……だが無念さを露わにして停車した。エンジンはまだ生きている。だが燃料は底を尽きた。
サテラ「……うっそだろ…………ボクの……計算が……?」
ハンドルを叩いたサテラの指が震えていた。ここまで築いてきたライン、駆け引き、すべてが無になった瞬間だった。
花「何してるのよォォォォォォ!!!!!!」
花の叫びが、背後から叩きつけるようにサテラの胸を貫いた。すれ違いざま、スバルブルーのWRXが鋭く冷えた風を切って追い越していく。
サテラ「はは……怒られちゃったな……」
自嘲気味に笑っても、手は震えたままだ。
フェルリア「これは大きい……順位変動にも影響が出ますね……サテラ、ここでリタイヤです」
若林「やはり燃料管理もレースのうちということか……もったいない!!!!」
若林「812スーパァァァァァファストォォ!!!!!」
「黒川のエボ9MRの背後に、、、あの12気筒が突っ込んできたァァァァァァ!!!!!」
フェルリア「イオリくん……ようやく見えてきたんですね、絶対王者の背中が」
「フェラーリの猛進、それを受け止めるには、黒川くん自身ももうワンランク上の走りをしなければなりません……!」
ブォオオオオオオオッ!!!
コース全体が震えるような加速音。
812スーパーファストが直線で咆哮するたび、空気が割れる。
イオリ「——もうすぐだ……!」
「この直線、エボよりも上の速度域まで持っていける……!!次のブレーキングでラインを合わせれば、後ろに突き刺さるッ……!」
黒川「…………チッ」
「なんでこんな所で……後ろにV12の音……!!?」
後方ミラーに映る、深紅の獣。
爆走するフロントノーズが、まるで斬撃のように切り込んでくる。
若林「これは……見えてきたァァァ!!!フェラーリ812が、絶対王者・黒川海斗に!!!!!真っ向勝負を挑みますッッッ!!!!!」
フェルリア「ついに……松島の覇権が揺らぐのでしょうか……!」
その刹那——!
黒川のエボが、軽くリアを流した!
ヒュギャァァァァアアアア!!!
イオリ「この程度じゃ止まらない……!!」
黒カラスのエボと、フェラーリ812が、
海沿いのクレストで――並んだッッッ!!!
【リタイア更新】
リタイア
サテラ— 燃料切れにより戦線離脱
ミルキークイーンーレース違反
相川律、クレア、坂田五郎丸
-海に向けてオーバーラン
1位 黒川海斗(EVO IX MR)
2位 小岩イオリ(Ferrari 812 Superfast)↑
3位 内藤セリナ(Audi R8 V10)↓
4位 山吹花(WRX STI VAB)↑
5位 腹切カナタ(TOYOTA 86 NA)↑
6位 相川美保(R33 GT-R V-spec)↓
7位 柊 蒼真(Civic Type R FL5)
8位 佐藤ジュン(RX-7 FD3S)
9位 佐藤大河(Corvette C8)
10位 伊藤翔太(Swift Sport ZC33S)↑
11位 岡田大成(GRカローラ)
12位 霧山トオル(Lamborghini Veneno)
13位 山吹芽衣(Porsche 911 Carrera GTS)
14位 柳津雄介(BMW M4 DTM)
15位 湯川サトル(Honda S2000)
16位 高村圭吾(Fairlady Z Z33)
17位 川村修一(Kワークス)




