松島編第31話 タイヤの消耗
フェルリアは資料をめくり、モニターに映る各車の挙動とセクタータイムを確認しながら、落ち着いた声で解説を続ける。
フェルリア「その原因が、、、タイヤをどこで消耗してるかによるものです、、、、、、」
「特に相川くんは、ブレーキング時と立ち上がりのスライド、そして高速コーナーの突っ込みで、フロントとリア、両方を一気に削るような走り方です、、、」
指先で相川R35のスロー再生を止めながら、淡々と補足していく。
フェルリア「見てください、ここ、、、前輪が一瞬浮くくらいに荷重がリアへ流れてる、、、あの走り、見た目は派手ですが、タイヤには極端にキツい、、、」
「まさに“一発は速いけど、持たない”典型ですね、、、」
それに対し、と彼女は続ける。
フェルリア「カナタくんも似たようなパターンですが、、、こちらは冷静にトラクションを抜きながら、インベタ気味でラインを潰していく、、、」
「タイヤを削りながらも、それを隠すように、順位をキープしたままじわじわとマージンを取ってるんです、、、」
モニターに映る赤い86が、ラインぎりぎりの場所で安定して曲がっていく様子が映し出される。
フェルリア「まさに“引き出しの中に、もう一段残してるタイプ”、、、」
「この差が、後半に出てくるでしょうね、、、、、、」
フェルリアは静かに頷きながら、モニター越しに映る乱戦の後方グループを見つめた。
フェルリア「そう、、、一瞬のひらめき。理屈や数値では説明できない、走り手の中にしかない“答え”、、、」
「それがある者と、ない者で、後半戦は大きく分かれていくでしょう、、、」
若林が眉を寄せながら問い返す。
若林「つまり、ドライバーとしての本能みたいなものが勝負の分かれ目になると?」
フェルリア「ええ、、、まさに今、伊藤くんがそうだったでしょう?」
「ミルキークイーンの冷気に集中しすぎて、本来のブレーキングポイントを忘れかけた、、、でも彼はその一瞬で、ステアを切って、奇跡的に曲がりきった、、、あれは計算ではない。完全にインスピレーションです」
若林「確かに、、、数ミリでもずれていたらあれはクラッシュしてたかもしれない、、、」
フェルリア「だからこそ、“バカ”にも意味があるんです」
「数値や理屈を超えて、場の空気、車の振動、相手の挙動から何かを感じ取れる人間だけが、、、あの極限に抗えるんです、、、」
そして彼女は、少し笑う。
フェルリア「もちろん、理詰めの走りも大事ですけどね。そちらの代表はカナタくん、、、でも彼にも“爆発”の予兆がありますよ、、、」
若林「爆発、、、というと?」
フェルリア「彼の中にある、まだ見ぬ走り、、、それが、いつ解き放たれるのか、、、私はそれを楽しみにしているんです」
実況席に静かに漂う緊張感。だがその裏で、何かが動き出している。
後半、走りの本質が問われる時間帯が――近づいていた。
フェルリアは少し懐かしむように微笑みながら、まるで遠い過去の記憶を手繰り寄せるかのように語り始めた。
フェルリア「昔……私がまだ子供だった頃、父の部屋で見つけた古い航空雑誌の一文に、こうありました」
「“経験を積んだパイロットでも、最終的に生死を分けるのは、インスピレーションである”と――」
若林「それって……?」
フェルリア「そう。整備されたマニュアル、正しい計器の読み方、何千時間もの飛行経験……それでも、極限状況では通用しない場面がある。そんなとき、咄嗟に“どうすべきか”を感じ取れるかどうか……」
彼女の声はどこか鋭く、そして静かだった。
フェルリア「要は……センスなんですよ」
「どれだけの知識や努力があっても、それを“今この瞬間”に適応できる感性がなければ、墜ちる時は墜ちるんです」
「それは……ドライバーにも通じます」
若林「つまり……知識も経験も、それを使いこなす“瞬発力”がなければ意味がない、と……」
フェルリア「ええ。特に今みたいに、風が読めず、路面温度も刻一刻と変わる状況では……センスのない者から順に、消えていくでしょうね」
モニターには、冷気の残滓を振り払いながらコーナーを立ち上がっていく赤いスイフトスポーツの姿。
そのわずか後方、鋭く切り込む911とRZ34――
フェルリアは目を細めた。
フェルリア「次に落ちるのは……誰でしょうね」
ギャアアアアアア!!!!!!
映像が切り替わった瞬間、戦場のような高速コーナーに赤い閃光が駆け抜ける!
その姿は、まるで赤く燃える彗星。
ネオンレッドの輝きを放つFD3S――佐藤ジュンのマシンが、後方から佐藤大河のC8コルベットに襲いかかっていた!!
ブレーキランプの明滅、火花を散らすようなスリップアングル。
佐藤「来たか……赤いFD……!」
昼間の利府――
光の粒が舞う広大な直線、そこに轟くのはロータリーの咆哮!!
まるで叫びのように吹け上がるそのサウンドが、C8の鼓動すらかき消しにかかる!
ジュン「負けないよ……ッ!!」
唇をかみしめ、震える声。
だけどそのハンドルを握る指先は、まるで獣のように鋭く、決して離さない!
ジュン「こんなところで負けるなんて……いやだよ……そんなの……!」
ロータリーの高回転サウンドが、世界を切り裂く――!!
C8の真横、並んだ瞬間!!!
佐藤「ッ……なんて伸びだッ……!!この区間だけでここまで迫ってくるのかよ!!」
だがジュンの目には、涙が浮かんでいた。
それでもアクセルは踏み抜かれている。
ジュン「僕は……もう、誰にも負けたくないんだ……ッ!!!!」
そして赤い閃光が、C8の横をすり抜ける――!!
若林「佐藤ジュン、10位浮上ォォォォ!!!!」
「大河が11位に落ちたァァァァ!!!!なんという激走!!!!」
フェルリア「ネオンレッドのFD……あれは、子供のままじゃない。あのマシンと走ってきた時間が……ジュンくんを強くしたのかもしれませんね……」
そしてジュンのFDが、次なる標的――**9位の柊蒼真(シビックFL5)**を視界に捉え始める!!!
いよいよ、ネオンレッドが躍動する――!!
若林「佐藤ジュンのネオンレッドFDが、、、スタート時は17位でしたが今9位!!!!!ここから追い上げていくッ!!!」
「このFD、ただのロータリーじゃない!!走りのセンスと心の叫びが合わさって、今や佐藤大河やC8ですら抑え込んだ**ぞぉぉぉ!!!!!」
「このまま前を行く柊のFL5をロックオン!!!ジュン、ジュンだぁぁぁぁぁ!!!!!!」
1位 黒川海斗(EVO IX MR)
2位 内藤セリナ(Audi R8 V10)
3位 古賀加奈子(BMW M3 E46)
4位 小岩イオリ(Ferrari 812 Superfast)
5位 相川美保(R33 GT-R V-spec)
6位 山吹花(Subaru WRX STI VAB)
7位 腹切カナタ(TOYOTA 86 NA)
8位 柊 蒼真(Civic Type R FL5)
9位 佐藤ジュン(RX-7 FD3S)↑
10位 佐藤大河(Corvette C8)↓
11位 霧山トオル(Lamborghini Veneno)
12位 岡田大成(GRカローラ)
13位 伊藤翔太(Swift Sport ZC33S)
14位 山吹芽衣(Porsche 911 Carrera GTS)
15位 柳津雄介(BMW M4 DTM)
16位 湯川サトル(Honda S2000)
17位 高村圭吾(Fairlady Z Z33)
18位 サテラ(EVO VII MR)
19位 川村修一(Kワークス)
若林「フェルリアさん!今のFDとC8のシーンを振り返るとどうでしょうか、、、、?」
カメラは直前のリプレイを再生し始めた。昼間の陽光がかすかに残る利府の山間。光が赤く反射し、まるで地面を這うように駆け上がっていくネオンレッドのRX-7。その動きは、まるで一陣の風が吹き込んだような鋭さだった。
タイトコーナー手前、佐藤大河のC8は高馬力を誇るアメリカンマッスルらしく立ち上がりで伸びるが……。
フェルリア「ええ、、、見ての通り、ジュンさんのFDはラインを完全に読んでいました、、、」
画面に映るのは、C8のインにじわりと忍び寄るネオンの閃光。ドリフトに入った瞬間、その姿勢は低く沈み、コーナーの縁をなめるようにして駆け抜けていく。佐藤大河のC8がわずかにアウトに膨らみ、それを見逃さずジュンのFDが鼻先を突っ込んでいく。
フェルリア「……赤いネオンは、視界を惑わせるだけではありません、、、その進入角度とフロントの入り方、、、まるで吸い込まれるように差し込んでいます、、、」 「C8のような車体の重いマシンは、このタイトな切り返しでどうしても逃げ腰になります……そこを突いた、理想的な一撃でしたね、、、」
若林「いやあああああああ!!!ジュンが……ジュンが!佐藤大河を攻略していったアアアア!!!!!」
フェルリア「……しかもあのタイミング、わずかにC8の右リアタイヤがバンプに乗ったのを見逃しませんでした、、、あれがなければジュンさんも無理には行かなかったと思います、、、」 「インスピレーション、ですね……あれは考えてやった動きじゃない。完全に身体が先に動いた、、、」
若林「彼の眼、完全にC8のボディを透かして見えてるようでしたね……まるで獣のような目だ……!」
フェルリア「ええ、、、あの瞬間のジュンさん、、、“感じたままに動いた”んだと思います……」 「その決断力と、マシンの制御能力……彼の中で何かが目覚め始めているのかもしれませんね、、、、、」
カメラが再び現実に戻る。前を行く赤いC8に、赤いFDがぴたりと並びかけたあと……一気に前へと飛び出す。完全に抜いた。
フェルリア「……ただの気弱な少女ではないということです、、、あのFD、これからも波乱を起こしてくるでしょう、、、」
若林「9位浮上!!FD佐藤ジュン!!勢いに乗っていけるかーーーッ!!!」
観客席が沸き、次なるドラマの訪れを感じさせる空気が、画面越しにも伝わってくる──。
若林「にしても、、、なんでしたっけ?佐藤ジュンさんの車、、、何とか7でしたような、、、」
観客席の大型スクリーンには、ネオンレッドの閃光――そう、RX-7 FD3Sがまるでダンスを踊るようにコースを駆け抜けていくリプレイが映っていた。
フェルリアが苦笑しながら、それに答える。
フェルリア「ええ、“RX-7”、その中でも3代目となる“FD型”ですね、、、」
若林「そうだそれだァァ!!FDだ!!!FD3S!!!なるほど、これはあれですね!ロータリーサウンドが特徴のあの名機!!!!!」
フェルリア「……正確には、13B-REW型ツインロータリーエンジン、、、1.3リッターとは思えない吹け上がりの鋭さと、、、軽さの両立が魅力です、、、」
若林「でも、、、普通は扱いきれないんじゃ?あの、、、トルクとか、、、なんかギュイイインって音とか、、、もうすごいですし、、、」
フェルリア「おっしゃる通りです、、、パワーバンドに乗るまでは非常に扱いが繊細で、、、特に低速域ではトルク不足に悩まされがちです、、、」 「ですがジュンさんのFD、、、あの動きは完全にマシンを“手に入れて”います、、、」
その言葉と同時に、再び映像が切り替わる。先ほどのコーナリング――C8のインにジュンが滑り込むあの瞬間。
若林「ここだ!!!ほらほらほら!!!これッッ!!!!この時点でタイヤの角度がもうC8とは違う!!!」
フェルリア「ええ、、、C8がアウトに膨らむのを予測しての角度です、、、まるで未来を見ていたかのような反射、、、」
若林「“ネオンの刃”だ!!!これぞまさしくッッ!!!!」
フェルリア「……FDの軽量ボディと低重心、そして彼のインスピレーション……その全てが組み合わさった一撃でしょう、、、」
スタジオの後方モニターでは、ピットクルーたちがざわめいている様子が映る。まるで“新星の覚醒”を目の当たりにしたように。
若林「ジュンくん、もしかしてこれが、、、このレース最大のダークホースかぁ!?!?!?」
フェルリア「……今までの走りとは明らかに違いました、、、。ネオンの色が、、、光を追い越したように見えましたから、、、」
若林「まだ中盤戦!これからも目が離せませんッ!!ネオンレッドの赤い閃光……RX-7、佐藤ジュン、現在9位!!!」
若林「14歳の気弱な少女が、、、、、」
「初出場が、、、、FDでアクセルを踏み倒します!」
観客たちのどよめきがスタンド全体を包む中、ネオンレッドの閃光が疾風のごとくコースを駆け抜けていた。ロータリーサウンドが鼓膜を突き刺し、静まりかえった山々にまで響き渡るような高音域の咆哮。
フェルリア「……彼女の名は、佐藤ジュン。FD3Sを駆るにはあまりにも若すぎる……そう思っていたのは、我々の方だったのかもしれません……」
ブレーキングポイント。ジュンのFDがC8との間合いを詰める。
若林「見てくださいこの切り返し!!信じられません!!14歳でこの荷重移動……そしてあの目!!!」
画面には、ジュンの車内カメラ。怯えるような表情の中に、たしかに燃えるような決意が宿っていた。
ジュン「……怖い……でも……怖いけど……絶対に負けたくない……!」
震える右足を、それでもアクセルペダルにぐっと乗せて押し込む。
ぎゅいいいぃぃぃぃぃぃん!!
フェルリア「出ました……ロータリーのフルブースト域……あの一瞬の鋭さと軽さは、スーパーカーのそれにも引けを取りません……」
若林「でもそれを扱うのは14歳の少女ッッ!!!信じられない光景です!!!」
カーブを抜ける。スライドを僅かに乗せ、ジュンはギリギリのコースを維持したまま加速する。
観客「うおおおおおおおお!!!」「今の、フェイントから立ち上がりまでスムーズすぎる!!!」
若林「アクセルを踏み倒したその意志が……あのFDに宿ってます!!」
「“気弱”で終わらない……これは、佐藤ジュンという少女が……戦うために選んだ魂の鼓動だ!!!!」
若林「資料を見ていますが、、、ロータリーエンジンとは?」
フェルリア「……っく、ふふふ……」
コメンタリーブースに響く小さな「ドン、ドン、ドン……」という音。フェルリアが手元の机に片手をグーにして、無言で何度も軽く叩いていた。その顔はうつ伏せ気味で、肩が小刻みに震えている。
若林「ふぇ、フェルリアさん……?」
フェルリア「……ロータリー……うふふ……」
「それは、普通のエンジンと違って……ピストンが上下するんじゃなくて……お皿が回るんですよ……っくく……あはは……!」
若林「お、お皿……?」
フェルリア「ちがいますけどね……ちゃんと名前は『ローター』っていうんですけど……でも形は三角形で……それがエンジンの中でぐるぐる回ってるんですのよぉ……」
「可愛いでしょぉ……?」
「ふふっ……変なエンジンなんですよ、ほんとに……」
若林「えぇ……?」
フェルリア「でもね……」
「その“変なエンジン”で、世界を獲った車があるんですよ……」
「ル・マン24時間レースで日本車初の総合優勝を飾った……マツダ787B。ロータリーエンジン搭載車、唯一の世界王者です……」
若林「なるほど……」
「つまり、このレースを走るFDも……世界を獲った魂を継ぐマシン、ということですね……!」
フェルリア「そういうことです……」
「でも、今その世界を継いでるのは……14歳の、少女ですよ……っふふ……この世界、やっぱり面白い……」
若林「お皿が回ると言いますと?」
フェルリア「ふふ……ちょっと可愛く言ってみただけですよ……」
そう言いながらも、フェルリアは指先で空中に小さな円を描くようにぐるぐると回す。視線は遠く、どこか楽しそうに、まるで昔の記憶を撫でるような仕草。
フェルリア「本当はね、三角形に近い“ローター”って部品が、特殊な形のハウジングの中をくるくる回るんですの。ピストンみたいに上下しない……ずっと回り続けて、回転をそのまま駆動に変えていく。とってもスムーズで、そして小さくて軽い。」
若林「えっ……それで、車が動くんですか?大きなエンジンの代わりに?」
フェルリア「えぇ。普通のエンジンが“ドカン、ドカン”と爆発して動いてるなら……ロータリーは“スーーーン……”と静かに、でも鋭く……そんな感じかしら」
「まるで、何かが歌っているみたいな……高回転になればなるほど、美しい音になるんです」
若林「なるほど……回る三角形が、車を走らせる……それがロータリーエンジン……!」
フェルリア「そしてそれを載せてるのが、佐藤ジュンさんの赤いFD……まるで、ネオンのように輝いてましたよね……」
若林「確かに!あの赤いFD、リフの陽光を浴びて、まるで宝石みたいに……!」
フェルリア「その小さな車体に、世界を震わせたエンジンを積んで……ドライバーは、たった14歳の少女……」
「このレース、やっぱりただの競技じゃない……伝説が、今も走っているんです」




