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86伝説エーペックス[POWER!!!]  作者: SAI
POWER!!!松島編
317/364

松島編第26話 相川家

美保「……先にリタイヤしたおにいちゃんのためにも……私は負けない!!!!」


ミッドナイトブルーのR33が、夜の海沿いで静かに息を整える。

回転数は高くない。

それでも、速度は落ちない。


美保「……私は鮫のように、突き刺す……!!

深海のジャベリンなんだからッ!!!!!」


RB26の音が、低く、深く揃う。

荒れない。だが――覚悟だけが、鋭くなる。


ギャンギャンッ!!!!!

ドシュウウウウンッ!!!!!


美保「……海神のジャベリンのように……ッ!!!!花ちゃんだとしても私は鋭く貫くッ!!!!」


アクセルが、迷いなく踏み込まれる。

R33は一瞬で姿勢を整え、

まるで深海から一直線に放たれた槍のように――前へ伸びる。


若林「33が速い!!伸びが……さっきとは全く違うゥゥゥ!!」


フェルリア「ああ……出てますね……美保さんから、大らかなのに、裏では鋭い深海の鮫のオーラが……」


R33は吠えない。

威圧もしない。ただ、確実に距離を広げていく。


美保「……見ててね?おにいちゃん。」


ミッドナイトブルーが、夜の海と重なり、

一台分、また一台分――

前との間隔を削り取っていく。


フェルリア「これは……“想い”が走りに変わった瞬間ですわね...」


若林「それってつまりと言うと?」


フェルリア「美保ちゃんとその相棒の33が共鳴し合うかのようにコーナーを突き抜けていくんです。なんというか、魂のような感じですかね......?」


花「…………強いわけだよ……美保ちゃんッ。

それでこそ私のライバルだッ!!!」


後方でWRXが、その背中を見つめる。

悔しさよりも先に、理解が胸に広がる。


しかし、それでも前にいる33は先を進んでいく。

世界最強のRB26が立ちはだかる。


若林「その名は相川美保!!R33 GT‑Rッッ!!」

「深海から放たれた一撃が、今、レースを貫いていくゥゥゥ!!」


多賀城の真昼。ミッドナイトブルーは、

ただ速いのではない。

誰かの想いを背負い、

静かに、鋭く、前へ突き進んでいた。


その走りはもう、“5位争い”という枠を――

越え始めている。


そして松島の公道レース区間から300キロほど南へ離れた場所。


東京都・エーペックスカップ総本部。

喧騒から離れた、ガラス張りの回廊。

モニターの光が、男の横顔だけを淡く照らしている。


相川セノは、誰もいないことを確かめるように一度だけ周囲を見渡し、

小さく息を吐いた。


画面の向こうで、ミッドナイトブルーのR33が前へ進む。

その姿を、誇るでもなく、悲しむでもなく――

ただ、懐かしむように見つめている。


セノ「驚くなよ、フェルリア……いくらなんでもそこまで驚くなんてこたァねぇだろーよ...」

「まー、それにしても赤い戦闘機のこのコーナリングはまさにクロスのあのドリフトを彷彿とさせるようだ....!!!!」


返事はない。

ここには、もう誰もいない。


セノ「律は……俺とバニラで、型を作った」

「速さと、理屈と……勝ち方をな」


一瞬、視線が落ちる。

それは後悔ではなく、事実を確認する仕草だった。


セノ「でも……美保は違う。」


モニターのR33が、夜の流れに溶けていく。


セノ「泉姫と呼ばれた……ココネに預けた」

「33も……走りも……全部、海に放り込んでな」


小さく、笑う。


セノ「あの33は……地上の理屈じゃ測れねェんだ。」

「ココネ・ラナ……確か、海神って呼ばれた女が……“そういう生き物”に仕上げちまったものさ。」


R33が、さらに距離を伸ばす。

無理も、派手さもない。


セノ「……いや?走ってるんじゃねぇな、ありゃ……泳いでるよな。」


声は、ほとんど息に近い。


セノ「鮫の群れの中を……一匹だけ、違う深さでな」


しばらく、黙る。


セノ「……律,見てるか?」


「お前の妹は……ちゃんと、自分の海を見つけたぞ」


回廊の照明が、静かに落ちる。

モニターの光だけが残る。


相川セノは、もう何も言わない。

ただ――


深海へ向かうその背中を、

父として、静かに見送っていた。


東京・エーペックスカップ総本部。

メインフロアから一段下がった、解析用の小さなブース。

外の歓声は、ここには届かない。


モニターには、白い86が映っている。

余計な動きがなく、淡々と前を追い続ける姿。


セノ「……そして、腹切カナタか」


腕を組んだまま、視線を動かさない。


セノ「この86……やはりあのクロスを、思い出すよな……」


隣で、若い男が一瞬だけ考え込む。

アラン。

走行データと挙動解析を専門にする男だ。


アラン「……はい、決定的な速さですね……

類似点も82点と明らかにクロスを継承させているかのようですね。」


モニターの再生速度が落ちる。

コーナー進入、立ち上がり、次の直線。


アラン「どこか……クロス・アルカードに、似てるんですよ……」


セノ「……それだけか?アラン。」

「お前な、そんなことぐらいしか言えねぇのかよ……」


モニターが切り替わる。

回転数グラフ、スロットル開度。


セノ「見ろよアレを...フルスロットルでオーバーテイクしてる」

「しかも――回転数だってほとんど落としてねェ。スプリンターだな、ありゃ。」


アラン「……っ」


言われて、ようやく気づいたように目を見開く。


セノ「無理に踏んでねぇ」

「無理に曲げてもいねぇ」

「“減らさない走り”だ」


セノは、静かに続ける。


セノ「クロスが速かった理由……」

「それはな――速いからじゃねェんだよ。失速しねェからなんだ....ッ!!!」


アラン「……なるほど……そういう考えもありましたか。」


86が、次の車を抜く。

派手じゃない。

音も、動きも、淡々としている。


セノ「腹切カナタは……まだ自覚してねぇが..」

「もう、教える側の走りをしてる」


一瞬、セノの口元がわずかに緩む。


セノ「……いい86だな。余計な色が、何もないように感じる。無駄な動きもないじゃないか。重みのような雰囲気も一切感じ取れない。軽やかに滑らかに突き進む。」


アラン「クロスと……同じ系譜、ですか?」


セノ「同じじゃねぇよ。あのユカタは直径だったしな。」


一拍置いて、言い切る。


セノ「悪いが、ここからは更新だ。」


ブースの外では、まだ歓声が続いている。

だが、この空間では――

次の時代の速さが、静かに解析されていた。


セノ「忘れるな……」

「我々フロンティア・リアリティアの代表こそ――」「エーペックスカップだ…………ッ!」


言い切った、その直後だった。


空気が、ふっと甘く冷える。

天井近くのガラス越しに、ミントフラッペのような雪が舞い落ちてきた。


白にほんのり水色が混ざり、細かな氷片が泡立つようにきらめく。

触れればすぐ溶けそうで、でも確かに冷たい――そんな雪。


その雪の中から、

垂れ耳のように揺れるフードを被った女の子が姿を現す。

白と水色のアウターが、降る雪と溶け合っていた。


その名はマヒロ。

現在22歳。


マヒロ「なに、その話?」


くるりと首を傾げ、楽しそうに笑う。


マヒロ「……へー☆面白いじゃない!赤い戦闘機☆ボクにも手伝わせてよッ☆☆☆」


アラン「...ッマヒロさん……!」


一瞬、空気が変わる。

だが彼女は気にしない。


ミントフラッペみたいな雪が、

彼女の肩や髪に軽く積もっては、すぐ消えていく。


マヒロ「ねえ、私さ、次回のエーペックスカップ――」


少し考えるふりをして、指を立てる。


マヒロ「ゲスト、やっちゃおうかな?☆」

「確か……次、米沢だっけ??」


セノ「……本気かマヒロ...?いや、やってくれるのかい?」


マヒロ「うん♪米沢や福島の飯坂ならさ、雪もあるし、声も通りそうでしょ?」


彼女が一歩踏み出すたび、

ミント色の雪がふわりと弾ける。


マヒロ「それに――こういう“熱い話”」

「近くで聞きながら実況するの、好きなんだよねー☆」


セノは、苦笑とも納得ともつかない表情で息を吐いた。


セノ「……また、厄介な風が来やがったな」


マヒロ「えへへ☆悪かったねー?☆」


ミントフラッペの雪は、

いつの間にか静かに止んでいた。


だが、その冷たく甘い余韻だけが――

次のエーペックスカップを、確かに予感させていた。


セノ「……エアリのやつも」

「また、変なのを組んだもんだ……」


モニターに映るのは、

812スーパーファスト。

長いボンネット、余裕のある加速、そして――過剰なほどの素性。


セノ「812か……あれはな……」

「速さより先に、“器”がデカすぎる。

だが、あれも800馬力はあるからな。」


隣で、アランが苦笑する。


アラン「正直……エアリの娘さんが、レースに出る日が来るなんて……」


一拍。


アラン「想像もつきませんでしたよ…………ッ」


セノ「……だろうな。」


アラン「何がですか!!??笑」


セノは腕を組み、画面から目を離さない。


セノ「エアリは……」

「“勝たせるマシン”を作る女じゃねぇ」


「走らせたら、何が起きるか分からないモンを」

「平気で世に放り出す」


812が前を削るように進む。

荒くはない。

だが、抑えている感じもしない。


アラン「……怖いですね」

「制御されてるのか、されてないのか……」


セノ「そのどっちでもねぇよ」


低く、言い切る。


セノ「信じてるだけだ」

「マシンも、ドライバーもな」


しばらく、二人とも黙る。

モニターの中で、赤いフェラーリが夜を切り裂く。


セノ「……娘が出てくるってことは」

「エアリはもう、“安全圏”に興味がねぇってことだ」


アラン「……本気、ですね」


セノ「ああ」


ほんのわずか、口元が歪む。


セノ「このエーペックスカップ……」

「思ってるより、ずっと深いとこまで潜るぞ」


静かなブースに、

エンジン音だけが残る。

怪物の娘。怪物が作ったマシン。


その存在が、

確実に――レースの水深を変え始めていた。


セノ「……茶番は、ここまでのようだな…………ッ」


照明を落としたラウンジの奥。

ガラス越しに見える東京の夜景が、ゆっくりと流れていく。


セノ「俺は……」

「エーペックスカップ代表として――」


一拍、間を置く。


セノ「行きたいところが、ある」


その音だけが、やけに鮮明に響いた。


――カラン。


スプーンが、ガラスボウルの縁に触れる音。


キャラメル色の液体が、

ボウルの中でくるくると渦を巻いている。

とろりと甘く、光を含んだ色合い。


ポニーテールに結われた髪も、同じキャラメル色。

動くたびに、柔らかく揺れる。


キャロル。

32歳。


キャロル「へぇ……」


彼女は手を止めず、

キャラメルをかき混ぜながら、横目でセノを見る。


キャロル「“代表として”動くってことは……」

「それなりに、面倒な話なんでしょ?」


セノ「……ああ」


セノは視線を外し、遠くを見る。


セノ「もう、“見てるだけ”の段階じゃねぇ」

「レースも、人も……」

「全部、境界を越え始めてる」


キャロル「ふぅん」


キャロルはスプーンを引き上げ、

とろりと落ちるキャラメルを眺める。


キャロル「境界を越えた時ってさ」

「甘いものほど……焦げやすいのよ?」


セノ「……分かってる」


キャロルは、ようやく手を止めた。


キャロル「それで?」

「どこへ行く気?」


セノ「……フロンティアの“奥”だ」


キャロル「……なるほど」


一瞬だけ、彼女の目の色が変わる。

冗談を混ぜない、大人の目。


キャロル「じゃあ……」

「私も、準備しとこうかな」


セノ「……巻き込むぞ」


キャロル「今さらでしょ?」


キャラメル色のポニーテールが、静かに揺れる。


キャロル「エーペックスカップが本気になるなら……」

「甘さだけじゃ、足りないもの」


ボウルの中で、

キャラメルの渦が、ゆっくりと止まった。


東京の昼。

表に出ない場所で――

次の“本筋”が、静かに動き始めていた。


若林「さあレースは終盤へ!!」

「先頭は三つ巴!!内藤セリナ、黒川海斗、そして小岩イオリ!!」


昼間の海岸エリア。

街の灯りが途切れ、闇が濃くなる区間。

ここから先は――誤魔化しが一切きかない。


セリナ「えへへ……☆」

「まだ、いけるよね~……???R8♡」


アクセルを踏み込む足は軽い。

だが、操作は一切ブレない。

楽しさと集中が、同じラインで重なっている。


黒川「……遊びは終わりだ」


EVOⅨのタービンが、明確に音色を変える。

溜めていた力を、ここで解放する判断。


イオリ「……静かだね」


812スーパーファストは、相変わらず騒がない。

だが、速度計だけが――確実に上がっていく。


フェルリア「三者三様……」

「誰も、同じ走りをしていません」


先頭の争い、その少し後ろ――


若林「そして5位!!」

「相川美保!!R33 GT‑Rが単独走行に入ったァァ!!」


ミッドナイトブルーは、闇に溶ける。

追う影はない。

だが、緩めもしない。


美保「……まだだッ!!この海……もっと、深くなる!いや...深くなれるよッッ!!!!!」


RB26の回転が、さらに整う。

“速くしよう”としていないのに、

自然と速くなっていく走り。


一方、後方。


若林「中団!!腹切カナタ!!リアウイング搭載のトヨタ86NAが、まだ落ちない!!!!

凄まじい粘りです!腹切カナタッ!!!!」


カナタ「……焦るな!まだゴールじゃないんだ!!」


86は、相変わらず回転を殺さない。

抜くときだけ、必要な分だけ前に出る。


フェルリア「この86……土壇場なのにむしろ安定していますわよね?」

「そして、後ろのスイスポも何か動きがありそうなんですよ....ッ!!!!」


さらに後ろ――


若林「12位争い!!」

「伊藤翔太、山吹芽衣!!まだ並走だァ!!」


芽衣「……行ける!!!!

前に出れるよお姉ちゃん!!!!」


伊藤「無理すんなスイスポ!

ここで俺たちはくたばらねエエ!!!!でも……引く訳にもいかねェんだアアアア!!!!!!」


ゴフッ!!!

ギャアアアアアアアンッッ!!!


二台は、互いを信じて前を見る。


そして――

夜の空気が、張りつめる。

山と海の境界線。


それぞれの想いを乗せたマシンが、

最後の答えを出すために――

一斉に、踏み込もうとしていた。


若林「レースは――塩釜市区間へ突入!!!」

「西塩釜ストレートが牙を剥くゥゥゥ!!!」


視界が一気に開ける。

港の灯り、倉庫の影、そして――

一直線に伸びる、西塩釜ストレート。


横から吹き付ける潮風が、マシンの姿勢を試す。


美保「……この潮風……」


R33のボンネットを撫でるように、冷たい空気が流れる。


美保「私を……守って!!!」


アクセルが、ためらいなく踏み込まれる。

RB26が深く息を吸い、

唸りが“推進力”へと変わる。


美保「唸れ、33ッ!!!」

「ここで……終わらせない…………ッ!!!」


ミッドナイトブルーが、夜の直線を貫く。

車体は揺れない。

潮風すら、味方につけたかのように――真っ直ぐ伸びる。


若林「速い!!!」

「R33 GT‑R!!」

「西塩釜ストレートで――さらに伸びるゥゥゥ!!!」


フェルリア「……完全に、潮と同調しています」

「乱れが、ありません」


その背後――


花「……っ……!」


WRXのメーターが、必死に数字を追いかける。

踏んでいる。

限界まで。


花「……さらに……33が……」

「加速してる……ッ!!??」


距離が、詰まらない。

むしろ――広がっていく。


花「やっぱり……」

「33は……」


歯を食いしばり、叫ぶ。


花「GT‑R……最速……ッッ!!!」


だが、その言葉に――

悔しさだけは、ない。


花「……でも……」

「まだ……終わらない……!」


WRXが、再び前を向く。

追う意志は、消えていない。


若林「西塩釜ストレート!!」

「R33が、完全に流れを掴んだァァァ!!」


フェルリア「これは……」

「“海神の槍”が、真っ直ぐに――」


美保「……見ててねお兄ちゃん!!

海も……おばあも..ママも...全部を守り切って見せるッ!!!!!」


R33は、さらに一段、伸びる。

直線の終わりが、近づく。


若林「このまま――相川美保!!一気に上を狙うかァァァ!!!」


塩釜の夜。潮風の中で――

ミッドナイトブルーの鮫は、

西塩釜ストレートを、完全に支配していた。




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