松島編第21話 交点バトル
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第6戦松島戦・決勝
多賀城市・市街地通過中
若林「レースは多賀城市へ突入しています!!!」
若林「国道45号と国道4号が交わる区間!!四車線のストレートだ!!」
実況席の声が、少しだけ弾む。
若林「――うおっと!!!ここで動いたァ!!」
若林「RX-7だ!!佐藤ジュンのFDが、湯川サトルを一気に抜き去った!!」
赤いFDが、右車線から滑るように前へ出た。
派手な挙動はない。
ただ、回転数を落とさず、流れに逆らわないまま前へ出る。
湯川「……っ」
S2000は一瞬だけ反応が遅れた。
追おうとするが、市街地の流れがそれを許さない。
フェルリア「FDが前に出ましたね……」
フェルリア「そして、次の標的は――」
若林「柳津のBMW M4 DTMだァ!!」
若林「FDが距離を詰める!!」
M4のテールが視界に入る。
柳津は慌てない。
直線での安定感を保ったまま、ラインを中央に置く。
柳津「……来るか」
だが、FDは並ばない。
半車身後ろ。
あえて、その位置。
フェルリア「無理に抜かない……」
フェルリア「多賀城市では、正しい判断です」
白線。
マンホール。
舗装の継ぎ目。
M4が、ほんのわずかにラインを修正した。
若林「近い!!FD、かなり近いぞ!!」
その瞬間、FDのノーズが、ほんの数センチだけ内側へ入る。
だが――まだ行かない。
佐藤ジュン「……今じゃない」
フェルリア「探っていますね……」
「柳津選手のブレーキの入り、アクセルの戻し……すべて」
ストレートは続く。
だが、その先には交差点と緩い右コーナーが待っている。
若林「さあ、次で何か起きるか!?」
「……いや、まだだ!!」
画面が一瞬、前方へ切り替わる。
伊藤翔太は、変わらず我慢していた。
霧山トオルも、変わらず後ろにいる。
伊藤「……騒がしくなってきたな」
霧山「……ふふ」
中団ではFDとM4が距離を詰め、
前では静かな神経戦が続く。
フェルリア「多賀城市……」
「動く者と、耐える者が、はっきり分かれてきました」
若林「ええ!!!」
「レース、確実に――熱を帯びてきています!!!」
街の真ん中で、
それぞれの思惑が、静かに交錯していた。
ジュン「……まだだ」
「ここで焦ったら、全部ダメになる」
FDは車線の中央を保ったまま、M4のテールを追う。
距離は半車身。
詰めすぎない。離れもしない。
若林「FD、相変わらず近い位置!」
「柳津のM4にプレッシャーをかけ続けています!」
柳津「……」
M4の挙動は安定している。
だが、ブレーキの入りが、ほんの一瞬だけ早くなった。
フェルリア「今の、わずかですが……」
「柳津選手、FDを意識しましたね」
ジュン「……今のを、待ってた」
アクセルを踏み足さない。
ただ、同じ速度のまま、同じラインでついていく。
「多賀城じゃ、まだ抜かない」
「街が終わるまで……耐える」
次の交差点。
白線が増え、路面が少し荒れる。
若林「さあ、次の区画に入る!」
「ここで何か起きるか!?」
柳津「……来るなら、来い」
M4はラインを譲らない。
FDも、牙を見せない。
フェルリア「いい我慢です……」
「“勝負しない勇気”が、ちゃんとあります」
ジュンは前を見たまま、小さく息を吐いた。
「……レースは、まだ先だ」
多賀城市の直線は、まだ続く。
だがこの二台の間で、
確実に“次”への準備だけが、静かに整っていっていた。
若林「びィやァァァァァァうまいッ!!!」
「相川美保、完全に流れに乗ったァ!!!」
R33は無理に前へ出ない。
それでも、気づけば“そこ”にいる。
腹切カナタの86と、佐藤大河のC8の間――
本来なら最も居心地の悪い場所。
フェルリア「……自然ですね」
「速さを主張しないのに、位置だけが上がっていく」
美保「うん……いい感じ」
「まだ、誰も本気じゃないよね」
ハンドル操作は最小限。
アクセルも踏みすぎない。
R33は、多賀城の路面を“知っている”ような走りを見せる。
カナタ「……くそ」
「直線じゃ離れないのに……」
86は必死に速度を保つ。
だが、信号跡の白線、継ぎ目、わずかな段差。
そういう細かい要素が、少しずつ差を生む。
佐藤「……33、無理に来ないな」
「だけど……消えねぇ」
バックミラーに映るR33は、近すぎない。
だが、確実に“射程”。
フェルリア「R33は焦らせる車じゃありません」
「“逃げ場をなくす”車です」
美保「……そう」
「多賀城は、待てる人が強いから」
次の交差点。
C8がわずかにラインを外した。
若林「おっと!!!」
「ここでR33がスッと前に出る!!」
美保「……はい」
ほんの半車身。
それだけで十分だった。
R33が、カナタの86と大河のC8の“間”から、
一つ前の世界へ滑り込む。
カナタ「……っ!」
抜かれたわけじゃない。
だが、確実に“前に行かれた”。
若林「相川美保!!」
「この街で、一番嫌な抜き方をするゥゥゥ!!」
フェルリア「ええ……」
「後ろに残された側は、精神的にきます」
美保「……まだまだ」
「ここからだよ」
多賀城市。
街の真ん中で、
R33が静かに存在感を広げていく。
そしてその少し後ろで――
伊藤と霧山、FDとM4、
それぞれの緊張が、さらに濃くなっていった。
レースはまだ中盤。
だが、“流れ”は確実に動き始めていた。
1位 黒川海斗(EVO IX MR)
2位 内藤セリナ(R8 V10)
3位 古賀加奈子(BMW M3)
4位 小岩イオリ(812スーパーファスト)
5位 山吹 花(WRX STI VAB)
6位 柊 蒼真(シビック FL5)
7位 腹切カナタ(86 NA)
8位 相川美保(R33 GT-R)
9位 佐藤大河(コルベット C8)
10位 岡田大成(GRカローラ)
11位 ミルキークイーン(LC500)
12位 伊藤翔太
13位 霧山トオル(ヴェネーノ)
14位 山吹芽衣(ポルシェ 911 カレラGTS)
15位 佐藤ジュン(RX-7 FD)
16位 柳津雄介(BMW M4 DTM)
17位 湯川サトル(S2000)
18位 高村圭吾(フェアレディZ Z33)
19位 サテラ(EVO VII MR)
20位 坂田五郎丸
21位 川村修一(Kワークス)
※リタイア:相川律/クレア
若林「おおおっと!!!」
「山吹花、ここで小岩イオリに並んだァァァ!!!」
多賀城市の直線。
WRX STIとフェラーリ812が、ついに横に並ぶ。
エンジン音が重なり、空気が張りつめた。
イオリ「……ふふ」
「私の“氷岩”の前じゃ……花ちゃん」
「前には、出れないよ……?」
花「……え?」
その瞬間だった。
花の視界が、わずかに“遅れる”。
路面の感触が、急に硬く、冷たく感じられた。
ハンドルが、重い。
アクセルに対する反応が、半拍だけ鈍る。
花「……なに、これ……?」
WRXの挙動は乱れていない。
だが、“動きたい方向に一瞬だけ動けない”。
フェルリア「……これは」
「物理じゃありませんね」
若林「どういうことだフェルリアさん!?」
イオリ「焦らなくていいよ」
「怖がらせてるだけ」
812は、ラインを一切乱さない。
まるで路面そのものを“固定”しているかのように、
微動だにしない安定感。
花「……っ」
花は歯を食いしばる。
ブレーキを踏まない。
アクセルも戻さない。
「……気のせい……だよね」
そう言い聞かせるが、
身体の芯に、冷たい感覚が残る。
フェルリア「小岩イオリは……」
「相手に“迷い”を与える走りをします」
「その一瞬が、並走では致命的になる」
若林「花、まだ並んでいる!!」
「だが……前に出きれない!!!」
イオリ「ほら」
「今は……同じ速度で走るだけでも、精一杯でしょ?」
花「……ッ」
WRXは、まだ全開で走っている。
花の身体も、まだ踏めている。
それでも――
“一歩前に出る勇気”だけが、凍りついたまま。
並走は、続く。
ほんの数秒。
だが、永遠みたいに長い。
そして――
次のコーナーが、近づいていた。
若林「さあ次は……!」
「この並走、どうなる!?」
花は、前を見据える。
(……凍ってるのは、路面じゃない)
(……私の、心だ)
山吹花は、
ここで“何か”を決めなければならなかった。
イオリ「もっと“氷岩”で凍らせてあげる…………?」
低く、囁くような声。
だがその一言が、並走するWRXの空気を一段冷やした。
花「……っ!」
ハンドルを握る指先に、力が入る。
路面は変わっていない。
タイヤも、サスペンションも、問題ない。
それなのに――
身体の芯が、じわりと冷える。
若林「な、なんだ!?」
「山吹花、動けない!並んだまま前に出られない!!」
フェルリア「……錯覚です」
「小岩イオリは、相手に“選択をさせない”」
812スーパーファストは、微動だにしない。
ブレーキも、アクセルも、完璧な一定。
まるで、そこが絶対座標であるかのように。
イオリ「踏めばいいのに?」
「ほら……行けるよ?」
花「……!」
一歩、前に出ようとする。
だがその瞬間、頭の奥に“躊躇”が走る。
(ここで踏んだら……何かを失う)
その感覚が、アクセルを重くする。
フェルリア「これが“氷岩”……」
「走りで圧をかけるんじゃない」
「“踏めなくする”」
若林「精神戦だァ!!」
「小岩イオリ、山吹花を完全に止めにかかっている!!」
イオリ「大丈夫」
「壊れないよ……凍るだけ」
花「……ふざけないで」
声は、震えていなかった。
だが、胸の奥が――冷たい。
「凍ってるのは……私じゃない」
一瞬、花はアクセルから意識を外した。
前を見る。
812ではなく、その先を見る。
「……怖いのは」
「前に出られないことじゃない」
イオリ「……?」
花「“ここで止まる自分”だよ」
WRXのエンジン音が、わずかに変わる。
回転数は上げない。
だが、迷いが抜けた音。
若林「おっと!?」
「花、ラインを変えた!!」
花は、並走を続けない。
一度だけ、半車身――後ろへ。
イオリ「……へぇ」
フェルリア「……正解です」
「凍らされたまま前に出る必要はない」
一瞬だけ下がり、
次のコーナーの“入口”を見る。
花「……氷なら」
「溶かせばいい」
イオリは、初めて口角を上げた。
イオリ「いいね……」
「その顔」
二台は、まだ決着をつけない。
多賀城市。
街のど真ん中で――
氷岩と炎が、次の一手を探していた。
フェルリア「イオリさんは、圧のある走りが上手いんですよ……」
「速さでねじ伏せるんじゃない」
「“そこに居続ける”ことで、相手の選択肢を削っていくタイプです」
若林「なるほど……!」
「並んでいるだけで、相手の心を止めてしまう……!」
812は、相変わらず一定のラインを刻む。
加速も減速も、過不足がない。
花のWRXの横で、“動かない”という圧だけを放っている。
イオリ「ね?」
「無理に前に出なくても……」
「こうして並んでるだけで、十分でしょ?」
花「……」
花は、深く息を吸った。
さっき感じた冷えは、まだ残っている。
けれど――もう、縛られてはいない。
フェルリア「山吹花選手……」
「今、“踏まない”という選択をしました」
「これは、凍らされたからじゃありません」
若林「おおっと!」
「花、再び距離を詰め直す!!」
花は半車身後ろから、もう一度並びに行く。
今度は、相手ではなく――自分のラインを信じて。
花「……圧なら」
「私も、受け止められる」
イオリ「……ふふ」
その笑みは、さっきよりも静かだった。
イオリ「いいよ」
「じゃあ次は……“どっちが先に崩れないか”だね」
多賀城市。
街の真ん中で、二台は再び横に並ぶ。
氷岩は、まだ溶けない。
けれど――
花の中の炎も、もう消えなかった。
イオリ「もう一度、凍りたい?」
「静かな“氷岩”で……包んであげるよ……」
その直後だった。
花「……っ!」
WRXのフロントが、わずかに外へ逃げる。
ほんの数センチ。
だが、並走状態では致命的なズレ。
若林「おっと!!」
「山吹花、ラインが外れた!!」
フェルリア「……来ましたね」
「“圧”に、反応してしまいました」
花はすぐに修正を入れる。
だが、修正が一拍遅れる。
イオリは、それを待っていたかのように――
812を、ほんの半歩だけ前に出す。
イオリ「ほら……」
「今、考えたでしょ?」
花「……!」
アクセルを踏み足そうとする。
だが、その瞬間、また迷いが走る。
(踏んだら……押し返される)
その予感が、右足を重くする。
若林「花、前に出られない!!」
「逆に、イオリがジワッと前だァ!!」
フェルリア「氷岩は……」
「相手が“考えた瞬間”を、凍らせます」
WRXのエンジン音が、微妙に乱れる。
回転数が揃わない。
花自身も、それに気づいている。
花「……くそ……」
歯を食いしばる。
ハンドルを強く握る。
イオリ「無理しなくていいよ」
「今は……後ろの景色、綺麗でしょ?」
812のテールが、視界を塞ぐ。
逃げ道は、ない。
若林「完全に主導権はイオリ!!」
「花、苦しい展開だァ!!」
フェルリア「ええ……」
「ここで焦ると、完全に“凍り付きます”」
花は、一度だけアクセルを緩めた。
ほんの一瞬。
だがそれで、半車身下がる。
若林「ああっと!!」
「花、並走から外れた!!」
イオリ「……ふふ,大丈夫...花ちゃんだからまだ、終わらせないから......ッ」
花「……ッ」
WRXはまだ走れる。
だが、花の中で――
確実に“押されている”感覚が広がっていた。
多賀城市。
街のど真ん中で。
山吹花は今、完全に“受け身”に回っていた。
そしてそれを――
イオリは、静かに、楽しんでいた。




