松島編第17話 簡単に諦めない心
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抜きましたァァァァァ!!!!
赤い戦闘機がついに前へッ!!!!
県道10号のコーナーラッシュに入り――ここから腹切カナタの本領ッ!!
加速よりも旋回、旋回よりも“感じる力”が問われる区間だァァァ!!!
道路脇の街路樹が横へ千切れて流れる。
陽炎のような熱がアスファルトで揺らめき、昼の太陽が赤い86を照らす。
その姿はまさに戦闘機。
地を走るというより“舵切る空間ごと削っていく”ような動き。
カナタ「……コーナーが増えてきた……!
ここからだ……!!!!
踏め……86……!“前に出たい”って言ってんだろ……!!」
足裏から伝わるステアリングの振動。
アクセルが震えて返事をし、リアが喋る。
ついさっきまで塞がれていた道が――
カナタには“新しいレール”のように見え始めていた。
ミルキークイーン「まぁ……カナタさん……
あらあら……想像以上ですわ〜……
その赤い戦闘機……ぷるんぷるんのベールをかけていたのに……
突破してしまうなんて……
やっぱり可愛い方ですわ〜……♡」
ミルキークイーンのLC500は依然として前。
だが、後ろの赤い光は一瞬で迫った。
彼女のミルク氷の霧がタイヤに薄い膜を張るように流れ――
グリップと滑りの境界を揺さぶる“罠”が敷かれている。
だが。
カナタは――その罠ごと“走りで踏み抜いた”。
サテラ「……嘘……だろ……!?
86が……速くなってる……!?
さっきまでミルク女にピタッと止められてたのに……
コーナー入った瞬間……“別の車”みたいじゃん……!
なんなんだよカナタくん……!!」
後方、エボ7MRのサテラにも異常が見えていた。
赤い86の姿勢が一切ブレない。
アンダーもオーバーも出ない。
ただ“望む角度”を完璧に描いて走る。
若林(通信)「腹切カナタ!!!
ここから快進撃が始まるのかァァァァァ!!!!!
ミルキークイーンのLC500を追い詰めている!!!!」
フェルリア(通信)「この区間……高速クランク、S字、中速ヘアピン……
NAでも……いえ、NAだからこそ……
カナタくんはトップクラスの速さを出せるんですよ……。
“コーナーが増えるほど強くなる”
それが……腹切カナタです。」
赤い戦闘機、完全に覚醒。
この先は地獄のコーナーラッシュ。
ここからだ。
腹切カナタの快進撃の“開幕”だ。
フェルリア「すごい……!!
リアを意図的に振り出して……そこから一瞬“抜重”して……
フェイントで車体を傾けたまま、慣性を“喰わせて”グリップ寄りのドリフトに持ち込んでる……!?!
あの速度域で……こんな綺麗に……!!!」
目の前の赤い戦闘機は、まるでコースの方が合わせてくれているかのように流麗だった。
滑っているのに、滑っていない。
暴れているのに、正確。
車が意志を持ち、鼻先で未来のラインを指し示しているかのようだった。
フェルリア「……“簡単には諦めない心”が……あの“クロス”を思い出させますねッ……!!」
「どれほど追い詰められても前に出ようとする……
あの英雄の原点……!!」
「まさに……それと差し支えないほどに重なって見える……!!!!」
赤い86のテールが光を引き裂き、ミルキークイーンのLC500の影を噛み破っていく。
踏み込みと抜き、滑りと喰いの境界線。
それを瞬きより早く、連続で切り替えていくカナタの走りに――
実況席のフェルリアは拳を握ったまま震えていた。
フェルリア「腹切カナタ……
あなた……いま、本当に“覚醒して”います……!!!」
現在のランキング
第6戦松島戦 1人脱落。残り21人
仙台市仙台港前
1黒川海斗 エボ9MR
2相川律 R35GTRNISMO
3内藤セリナ AudiR8
4古賀加奈子 BMWM3E92
5小岩イオリ、山吹花
812スーパーファスト、WRXSTi
6柊蒼真 シビックタイプR FL5
7高村圭吾 フェアレディZ33
8岡田大成 GRカローラ
9腹切カナタ トヨタ86前期型
10サテラ エボ7MR
11ミルキークイーン LEXUS LC500
12霧山トオル ランボルギーニヴェネーノ
13坂田五郎丸 ブガッティシロン
14相川美保 GTRR33
15山吹芽衣 Porsche911CARRERAGTS
16柳津雄介 BMWM4
17佐藤大河 corvetteC8
18伊藤翔太 スイフトスポーツ
20湯川サトル S2000
21川村修一 Kワークス
DNF クレア
たった今油温、水温、燃費トラブルでリタイヤ
若林「おっとォォォ!!!ここでまさかのアクシデント発生だァァァ!!!!」
仙台港前の強風を切り裂くR35デビルスタイルが、突然ペースを乱した。
白煙が薄く尾を引き、メーターの警告灯が赤く瞬いた瞬間、観戦席がざわめきに変わる。
フェルリア「……クレアさん、水温・油温……そして燃費、すべてが限界値突破ですね……!」
「これはダメです。R35デビルスタイルの特性上、一度熱をもらうと復帰は困難……!」
若林「え、えぇぇぇ!!?ここでクレアがリタイアぁぁぁぁ!!!」
コース脇へマシンを寄せ、クレアが渋々ハザードを点灯させる。
ボンネットから立つ熱気が陽炎になって揺れ、まるで“悪魔のR35”が息を止めるように沈黙していく。
クレア「……なんでじゃ……!あと少しで……踏めたはずなのじゃ……っ!!」
後方でバトル中の花、相川律、蒼真、カナタまでもが一瞬だけ通信で気付く。
花「クレア!?マジかよ……!?」
相川律「踏みすぎだ…!デビルスタイルの罠だぞ、それは!」
蒼真「……クレアさん、残念だ……!!」
カナタ「……ッ!」
フェルリア「これで……残り21台。松島戦、ますます混沌として参りました……!」
レースは止まらない。
そして、クレアのリタイアが、さらに前方の地獄を招く。
ギャギャギャギャアアアアアアアア!!!!!!
白い海霧が巻き込むトンネルの闇で、R35NISMOがまるでギャグアニメのコマ落ちみたいにクルクル回転し続けた。
相川律の悲鳴が反響し、巨大なGTRの影が、
闇と潮風の境界を飛び越える。
そして――
ザバアアアアアアアアアン!!!!
若林「うわあああああああああああ!?!?!?!?」
フェルリア「ブラックブルー……!あの暗闇と風圧……!ガードレールすら無いあの空白地帯で……R35でも……駄目でしたね……!!!」
海面が盛大に跳ね、潮が舞い、
R35NISMOは巨大な影を残して海中へ沈んでいく。
相川「うわああああああ!!!!!!!オレなんでいつも落ちんだよおおおおお!!!!」
海中へ沈みながら泡だけが大量に浮かび上がる。
【観戦席、ライブ視聴者、レーサーたちの反応】
花(通信)「ちょっとォォォ!?また落ちてんじゃないのよッッ!?バカなのかアイツ!!!?」
伊藤(通信)「おいおいおい……前回は阿武隈川でスリップ転落……今回は海って……お前、どこまで行くんだよ律ぅぅぅ!!!」
カナタ(通信)「……スリップ率が異常なんだよな……。なんで毎回こうなるんだ……」
黒川(通信)「アホかァァァァァ!!!!!何回落ちりゃ気が済むんだ律ィィィ!!!走るより落ちてる時間の方が長けぇよテメェ!!!」
内藤(通信)「あははは☆また落ちてるよ〜!!律くん、海で泳ぎたいのかな〜???」
ミルキークイーン(通信)「あらあら……?また海に……ぷるんぷるんどころじゃありませんわ〜……?」
サテラ(通信)「……あれもう病気じゃない?スリップしに行く競技じゃないんだけど……レースって」
美保(通信)「お、おにいちゃん!!!なんでいつも落ちるの!?!?!?」
蒼真(通信)「律先輩……スリップしすぎです……本当に……」
フェルリア「名付けましょう。
相川律――スリップマン。
今回も見事に転落成功です」
若林「やめてあげてぇぇぇ!!!!!」
若林「R35シリーズ2台と2人……相川律選手、そしてクレア選手が……無念のリタイヤ……!!!」
言葉の端がやや震えている。状況の重さに負けそうになりながら、しかしどこかで感情が追いついていない様子。
フェルリア「……クレアさんは機械トラブル。律くんは……まあ、いつも通りですね……」
淡々としているが、笑いを堪えている気配が隠しきれてない。
若林、ぽそっとマイク近くで。
若林「……それにしても“スリップマン”いいですね……なんか……語感も……ぴったりで……」
フェルリア「気に入っちゃいました?」
若林「いや、その……気に入るとかでは……でも……こう……しっくりくるというか……」
フェルリア「もう事実ですからね。前戦では阿武隈川にドボン、今回はブラックブルーから海にダイブ……。次は何に落ちるんでしょうね……」
若林「落ちる前提で話さないでください!!!」
観戦者コメント
観客1「相川ァァァァァ!??またかよォォ!!」
観客2「R35NISMO海泳ぎすぎだろ!!」
観客3「スリップマン草」
観客4「レースより水難事故の方が多い男」
他のレーサー
花(通信)「若林……その名前気に入りすぎだろ!!!怒るよ!!」
伊藤(通信)「いやスリップマンはもう確定だろ……あれは擁護できねぇ」
黒川(通信)「スリップマンのくせに俺追いかけてくんなよ!!」
内藤(通信)「スリップマン☆」
若林「だから言わないでくださいってぇぇぇ!!!」
仙台港の底は、昼なのに夜のような暗さが染みこんでいる。
R35 NISMOのヘッドライトは水圧で揺れ、光の筋が海中で千切れた糸みたいに漂った。
相川「……っ、ぐ……」
気絶寸前の意識が、ふわふわと沈んでいく。
泡が、肺の奥で弾けるような錯覚だけが残る。
その時。
水中のコクピットで――スマホが、勝手に震えた。
ピロリン……
まさかの自動着信。
相川(心の声)「今かよ……!?誰だよ……こんなタイミングで……!」
画面に浮かぶ名前は――ちとせ。
相川「……ち……と、せ……?」
通話、勝手に繋がる。
ちとせ(電話・のんびりした声)
「相川く〜ん☆……久しぶり〜……スリップマン
ださかったよ〜……もへ〜……」
水の向こうから温度差ぶっ壊れの声が届く。
海底の静寂とちとせの妙に柔らかな声が、最悪の組み合わせで脳に響く。
相川「…………」
返事すら出来ない。
泡がひとつ、口元からのろのろ浮かび上がる。
ちとせ(電話)「じゃ〜……お達者で〜〜♪」
プツン。
通話終了。
海中にひとりぼっち。
スマホの画面だけが、相川の顔を青白く照らす。
相川「(意識が……消え……)」
その瞬間。
◇ レーサー達の通信 ◇
花(通信)「ちとせぇぇぇぇ!?!?今あんた何送ったの!?!?」
伊藤(通信)「あの状況で“お達者で〜”は草!」
黒川(通信)「アイツ完全にとどめ刺しにいってんじゃねぇか!」
内藤(通信)「スリップマン☆ほんとに沈んじゃったね〜☆」
サテラ(通信)「相川くん……南無……」
古賀(通信)「あの子……性格変わってません?」
フェルリア「……えぇ……電話繋げたんですか……海の底から……?」
若林「だからスリップマン言わないでくださいってぇぇぇ!!!」
【松島戦 現在の順位(残り20名)】
1位 黒川海斗(ランサーエボリューションIX MR)
2位 内藤セリナ(アウディ R8 V10/NA)
3位 古賀加奈子(BMW M3)
4位 小岩イオリ(フェラーリ 812スーパーファスト)
5位 山吹花(WRX STI VAB)
6位 柊蒼真(シビックタイプR FL5)
7位 岡田大成(GRカローラ)
8位 佐藤大河(コルベット C8)
9位 腹切カナタ(トヨタ86 前期型 NA)
10位 ミルキークイーン(レクサス LC500)
11位 サテラ(ランサーエボリューションVII MR)
12位 高村圭吾(フェアレディZ Z33)
13位 山吹芽衣(ポルシェ911 カレラ GTS)
14位 霧山トオル(ランボルギーニ ヴェネーノ)
15位 柳津雄介(BMW M4)
16位 湯川サトル(ホンダ S2000)
17位 佐藤ジュン(マツダ RX-7 FD3S)
18位 坂田五郎丸
19位 伊藤翔太(スイフトスポーツ ZC33S)
20位 川村修一(スズキ Kワークス)
リタイヤ:相川律(R35 GT-R NISMO)、
クレア(R35 デビルスタイル)
ちとせ「よし!電話も切ったしそろそろ.....
え... うそ......だよね......!?え.......」
道路の照り返しが白く滲んだ。
そのわずかな時間、誰にも触れられずに風景がひっくり返ったように歪んだ。
誰も気づかない。
いや、気づけるはずがない。
死んだのは相川律ではない。
海に沈んだR35ではなかった。
もっと別の、もっと深いところにいる“誰か”の気配が消えた。
それは、松島戦の参加者ですらない。
だけど、このレースを動かす「根の一本」に触れていた存在の死だった。
その瞬間――
カナタの全身を走ったのは、“寒気”でも“熱”でもなかった。
まるで心臓の奥だけが、ひとつ別のエンジンに換装されたような感覚。
カナタ「……なんだ……いまの……?」
息が浅くなる。
ただのコーナー進入なのに、86のステアリングが手の内に吸い付く。
フロントタイヤの重心が、不可思議なほど“軽くなる”。
カナタ「誰かが……俺に……力を……送ってる……?」
ミルキークイーンのLC500が前を塞いだまま。
サテラのエボ7MRは真後ろ。
どちらもまるで異変に気づいていない。
エンジン音だけが、
カナタの胸の奥と完全に同期した。
ドクン……ドクン……
ヴァァァァァァァン……
カナタ「–––いや……違う……誰かが、いなくなった……その力が、流れ込んできた……?」
普段なら気にも留めないような道路の継ぎ目が、
今は手に取るように“読める”。
加重移動。
舵角。
減速G。
すべてが、まるで未来を見せられているように入ってくる。
サテラ「(通信)……カナタくん……? なんか……お前……変だぞ……?」
カナタ「……分かんねぇ……でも……
体の奥が……誰かの“意志”みたいなので満たされてく……
これ……なんだ……?」
誰も知らない。
まだ誰も。
死んだその人物こそが、
カナタに“第二の心臓”を残していったことを。
黒川「…………は?」
花「……嘘……でしょ……」
アクセルが一瞬抜け、WRXがわずかにフラつく。
相川美保(通信)「……嘘……やだ……なんで……」
クラクションの音が、泣いているみたいに歪む。
岡田大成「俺……あの人に憧れて……車を……
やってきたのに……」
佐藤大河「……嘘つくなよ若林……頼むから……」
ちとせ「返してよ……お願いだから……返してよぉ……」
次回 絶対見逃すなストーリーの軸が変わる
1月17日第278話松島編第18話他 明日公開。




