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86伝説エーペックス[POWER!!!]  作者: SAI
松島編
290/387

松島編第3話 ペット

通算263話

海風が一瞬止んだ。

カナタはなにか胸の奥をくすぐるような、薄い振動のようなものを感じて振り返る。


カナタ「ん……?気のせい?今、外車いたような……?」


その声に応えるかのように、

コース脇の木漏れ日の影が“揺れた”。


いや——揺れたのではない。

輪郭を持った“何か”が、影の中からすり抜けてきた。


花「カナタ、どうしたの?」

カナタ「いや……今、ジュリアっぽいエンジン音が……ここ、外車ほとんどいないのに……」


伊藤「アルファロメオなんて参加してたっけ?」


美保「えっ……?」


そのとき——

視界の端を、**ストン……**と何かが降り立った。


まるで重さを持たない羽のように。

けれど、“確かに実体がある”着地の音。


透明に近い長い萌え袖。

光を通して薄い青と紫が揺れている、幻想の布のような袖。

髪はイヨとそっくりの白銀色。

瞳だけは深い影を湛えた、不思議なダークブルー。


少女がそこに立っていた。


その背後には、

松島の海に似合わないほど艶やかに輝く

**アルファロメオ・ジュリア(黒に近いメタリックパープル)**が佇んでいる。


少女「…………やっと見つけた」


花「ひっ……!?

ちょっ……なんで……いきなり……影から……!?!?」


少女はゆっくり、萌え袖を胸の前で重ねて微笑んだ。

その袖は触れられそうなのに透けて見える。

風を受けても、動かない。

なのに、確実にそこに“ある”。


少女「わたし、ネメシス……」

「イヨの……双子の妹」

「11歳。よろしくね……?」


カナタ「(まさか……本当に外車が……いや……それより……どうやって出てきた……?)」


伊藤「イヨの……双子……!?ってことは……イヨと同じ氷属性系か!?いや違う……空気が……冷たいんじゃなくて……軽い……?」


美保「この子……人じゃない……でも……人より“鮮明”……?」


ネメシスは萌え袖の端を指先でつまむような仕草をしながら、

ほんの少し首を傾げる。


ネメシス「わたし……おばけって呼ばれてるけど……」

「触れるし、抱きつけるし、車も運転できるよ……?」


花「なんでそんな自慢げなの!??」


ネメシス「だって……見える人と、触れる人……すごく少ないから……」

「でも、カナタくんは……見えてるんだね……?」


カナタ「お、おう……見えてる……というか……“聞こえてる”……?」


ネメシスは小さく笑う。


ネメシス「よかったぁ……」

「じゃあ、カナタくん……」

「わたしと一緒に走ってみない?」


萌え袖が、海風にふれたようにゆら――

揺れない。

その不気味さと可愛さが同居した、唯一無二の存在感。


花「ちょっと待って!?何その急な勧誘!?てかお化けなのにハンドル握んの!?ズルじゃんか!!」


ネメシス「お化けじゃないよ……“実体のあるおばけ”だよ?」


伊藤「どっちにしろおばけだろ!!!!」


背後のジュリアが、

低く、

柔らかく、

まるで呼吸するような音でアイドリングを続けていた。


ネメシスはそのボンネットにそっと手を置いた。


ネメシス「この車……海の影、拾うの上手なんだよ……」

「松島のレース……わたしも出るから……」

「楽しみにしててね、カナタくん……?」


カナタ(……もうわけわからねぇ……)

芽衣(カナタくん安心して、うちも.....)


ネメシスが微笑んだまま佇んでいると、

その前に、誰よりも先に歩み寄ったのは——


花だった。


花「あ!ネメシス!?久しぶり!」


カナタ「えっ!?知り合い!?」


伊藤「花お前……おばけ友達いんの!?!?」


ネメシスは、微笑みを少しだけ深くした。

その透明な袖がそっと揺れたように——見えた気がした。


ネメシス「……うん。ひさしぶりだね、花ちゃん」


花「小学校のときさ〜、夏休みの自由研究で“海辺の不思議”ってテーマやったじゃん?」

「そのときに、松川浦で写真に写ってたのがネメシスだったんだよね〜」

「でさ、よく見たら“顔知ってる”みたいな感覚で、夢にも出てきたし……」


カナタ「いやいやいや待て待て!!それ完全にホラーじゃねえか!!!」


花「でも、夢の中でぎゅーってしてくれたし、耳ふーもしてくれたし、落ち着いたからいいの」


伊藤「何されてんの!?お前はその時点で逃げろよ!!!」


ネメシス「ふふ……花ちゃんは昔から“ちょっとだけ”わたしが見えてたの」

「けど、今回はちゃんと、存在できるようになったんだよ」

「だって……この松島が、“私の記憶”だから……」


花「そうそう、松島ってさ……ネメシスにとって大事な場所だったんだよね……」

「“妹のイヨと離れた”きっかけになった場所……」


カナタ「えっ!?イヨと……離れてたのか……!?」


ネメシス「うん……

あのとき、イヨちゃんだけ“ちゃんと人間として”残された。

わたしは……“気配”になって、海に沈んでいったの……」


一瞬、海風が止まった。

ジュリアのボンネットに当たる陽光すら、どこか寒々しく感じられる。


セリナ「うわぁ……そういうの泣いちゃうんだよな〜〜……」

「ぎゅってしよ?ぎゅって!!」


ネメシス「……ありがとう、セリナちゃん」


伊藤「え?この二人も知り合い!?」


花「うん、セリナってこう見えて“霊感ある”からネメシスも普通に見えてるんだよね〜」


伊藤「ここヤバいやつしかいねぇ……!!」


突如、鋭いV12サウンドが地を裂いた。


「ガウゥゥアアアアアアァァァ!!!!」


空気を切り裂くような爆音とともに、

鋭角的な黒と銀のボディ、極限まで削ぎ落とされたデザインが松島の会場へ滑り込んでくる。


観客「……えっ!?あれ……ヴェ……ヴェネーノ……!?」

「うそ……!?あんなの公道走ってていいの!?!?」


伊藤「ん?あれは……ヴェネーノ!?」

「なんでこんなとこにっ!?」


カナタ「……霧山くん……!!」


花「……誰……???」


セリナ「しらな〜い♪」

美保「私も……初めて見た顔……」


伊藤「いや、ちょっと待てよ……霧山って……

クラスメイトのか!?」


カナタ「ああ……うちのデビュー戦。

あの“86のワンメイク・オープンカップ”で……一緒に競ったんだ。

あのときのラストラップ、忘れたことない……」


ドアが静かに開く。

中から現れたのは、爽やかで清潔感のある長身の少年。

やや影のある目元に、凛とした声。


霧山「やあ!カナタくん……!伊藤くん……!

そして……**高村くんも……!**久しぶりだね!」


高村「……お、おう、マジで来てたのかよ……!

てかヴェネーノて!!」


黒川「……なんだよこいつ……」

「空気が爽やかすぎて酔うんだけど……」


伊藤「ちょっと待って!

なんでクラスメイトがランボルギーニの頂点みたいなの乗ってんの!?!?」


霧山「うち、親が昔ちょっとFIAで走ってて……車関係には強くてね」

「でも、今回はちゃんと“自主参加”。みんなと同じ土俵だよ」

「クラスメイトで、ドリームなレースしようよ、カナタくん!」


カナタ「……ああ。やっと来たな、霧山……!」


花「ま、待って、ちょっと整理させて!?

おばけ少女にバブバブ黒川にフミッパセリナに、今度はクラスメイトのヴェネーノって何この地獄の布陣!?」


黒川「てか……俺のエボが霞んで見えるんだが?」


セリナ「だいじょーぶ!黒川くんはいつも心が濃いから☆」


黒川「うるせぇ!!」


霧山は、ヴェネーノのボンネットに手を乗せたまま、穏やかに微笑んでいた。


霧山「ボクの……エーペックスカップでの目的はね……」


その声は、やけに静かだった。

まるで水面に石を落とす前の沈黙。


霧山「みんな潰して……ペットにすることなんだよ……」


「……………………」


花「…………はああああああああああ!?!?!?!?」


伊藤「えっ!?!?!?お前今なんて言った!?」

セリナ「ペットってなに!?どゆこと!?☆」


美保「こ、怖い……!!」


黒川「こいつ本物のヤバいやつだああああ!!!!」


カナタ「…………お前……やっぱ昔からちょっとおかしかったけど、そういうタイプだったのか……」


霧山は涼しい顔で続ける。


霧山「だって……自分より速い人がいると、気持ち悪くなっちゃうんだ」

「だから……ちゃんと“潰してから”飼いならして、“隣に置いて”あげる」

「そうすれば、怖くなくなるでしょ?」


伊藤「いやいやいやいやいや!!!!

怖いのはお前だろ!!!!!」


霧山「花ちゃん、すごく走り方綺麗だよね。

でもその走りも……ボクの足元で従順に鳴いてた方がもっと可愛いと思うな」


花「殺すぞ」


霧山「セリナちゃんもね、そういうムチャなドライビング……すごく魅力的だと思う」

「だから、飼ってあげるね?」


セリナ「こわいこわいこわい☆今までで一番怖い!!」


美保「完全に……支配型の異常者……!」


黒川「バブーの領域超えてきたな……こいつはやべぇぞ……!!」


霧山「そして……カナタくん。

君のことは、もうとっくに“飼い慣らすリスト”に入ってるんだよ?」

「ボクのヴェネーノの“ステップ”に、君の86のタイヤ跡を並べてあげる」


相川「やめろおおおお!!!!なんか表現がぞわぞわするんだよおおおお!!!!」


霧山はふと、何かに気づいたように花へと視線を移した。

ヴェネーノの鋭いヘッドライトの前で、青いWRXに手をかけている少女。


カナタや伊藤、セリナとふざけ合いながらも、

どこか“真っ直ぐ”な炎を背中に背負っているような気配を持つ存在。


霧山「……にしても」

「そこのピンクの女の子、好きだね〜……」

「なんかさ……春の香りがするんだよね。桜っていうより……もうちょっと暖かくて、でも甘すぎなくて……」

「……ねえ、それって香水?」


突然の言葉に、伊藤とカナタが同時に振り返る。

花はひと呼吸置いて、あくまで自然に返す。


花「……生まれつき。」


その返しは、まるで春一番の風のように軽やかで、

同時に**“近寄るな”という鋭さ**を含んでいた。


霧山「……へぇ〜……それは、すごくいいね……」

「生まれつき、春の香りがする女の子……それって、もう才能だよね……」


伊藤「やめとけよ霧山。あんまり花に触れると……火傷するぞ?」


霧山「……ああ、わかってるよ……」

「でも、ああいう**“生きたまま咲いてる花”**は……ボク、ずっと前から……」


カナタ「——いい加減にしとけ、霧山」


霧山の言葉を遮るように、カナタの声が入る。

静かだけど、怒りの熱がこもっていた。


黒川「おいおい……また空気がきな臭くなってきたなァ……バブバブバトル勃発かァ……?」

花「言ってる場合!!??」


セリナ「花ちゃんはね〜、春そのものって感じだから〜!

香水とかじゃないんだよ〜〜、魂から出てるんだよ〜〜♡」


美保「なんか……やっぱこのレース、全員やばいんじゃ……?」


霧山の表情から、さっきまでの紳士的な笑みがすっと消えた。

ヴェネーノの艶やかな黒が、彼の影をさらに濃く染める。


霧山「……花ちゃん、その……可愛い獣耳……」


花「っ……?」


霧山は、まるで机の上の飾りを取るような軽さで、

恐ろしい言葉を続けた。


霧山「今すぐ切っちゃって……部屋に飾りたいんだよね……」


花「……ッッ!!!!」


周囲の空気が、一瞬で凍りついた。


黒川「は……?こいつ……」


セリナ「ひ、ひどいっ!!」


美保「最低……っ!!」


ネメシス「花ちゃん、、、、、!」


芽衣「お...お姉ちゃんッ!!!!!!」


ネメシスでさえ、透明な萌え袖を握りしめた。


次の瞬間——


パシィィィン!!


乾いた破裂音。

霧山の手首を、鋭く叩き落とす音だった。


花「っ……!」


その手を払ったのは——

伊藤だった。


伊藤の目は、いつもの優しさも軽口もなかった。

ただ、“これ以上許さない”と静かに燃えていた。


伊藤「……そこまでだ、霧山トオル」


霧山「……伊藤くん?」


伊藤は一歩前へ踏み出す。

花を背中に隠し、霧山と真正面から睨み合う。


伊藤「レース前に暴れたいなら……まずは俺をやれよ。」

「花に触りたいなんて言葉……二度と吐くな」

「次言ったら……本気でぶっ潰す」


霧山「……へぇ……」

「伊藤くん、君ってそんな“噛みつくタイプ”だったんだ」

「かっこいいね……でも、それも“飼いならしたら”もっと良くなると思うよ?」


伊藤「黙れ」


伊藤の声は低かった。

しかし周囲の誰よりも雄々しく、重く響いていた。


カナタは拳を握る。


カナタ(……伊藤……ありがとう……)


花は伊藤の背中を見つめ、

ほんの少し震えていた指先を胸に押し当てた。


花「……伊藤……」


黒川「おい……あんま調子のんなよ霧山ァ……!

カナタと花に手ェ出すなら、俺もぶっ潰すからなァ!!!」


セリナ「そうだよ!!花ちゃんは触っていいの私だけだからッ!!」


美保「なんでそこで張り合ってんの……?」


霧山はわずかに笑った。


霧山「……楽しくなってきたね」

「エーペックスカップ……全員ボクのペットになるまで終わらないよ?」


伊藤「……上等だ」


霧山トオルとそのヴェネーノは、

まるで“用は済んだ”とでも言うように、静かにエンジンを吹かし、松島の特設パドックから去っていった。


あの禍々しくも美しいボディが完全に見えなくなったあとも、

人々の耳にはしばらく、あの獣の咆哮のようなV12サウンドが残響のように残っていた。


誰もが言葉を失っていた。


その沈黙を破ったのは——

白のR35 NISMOの横に佇む男、相川律だった。


相川「……アイツ……!」


拳を握りしめ、ギリッと歯を噛み締める。

いつもの冷静沈着な彼には似つかわしくないほど、

その声には確かな怒りがにじんでいた。


相川「人間をペットにするだなんて……ふざけるな……!!」


近くにいた、黒のZ4の陰に身を置いていた山吹芽衣が、

眉一つ動かさずに静かに呟いた。


芽衣「最低です。」


その声は低かったが、明確な拒絶を含んでいた。


芽衣「どれだけ速くても……あれはレーサーじゃありません」

「相手を踏みにじって従わせようとする者に、ハンドルを握る資格なんてない」


セリナ「ねー!?なんかもうほんっとに気持ち悪かった〜〜〜!!!」

「花ちゃんをペットって、ありえないよね!?」


美保「ていうか、あれって本気だったのかな……?演技じゃなかったよね……?」


伊藤はまだ無言だった。

彼の瞳は、霧山の背中をいまだに睨みつけるように鋭く光っていた。


カナタは小さく息を吐き、花の横に並んで立った。


カナタ「でも……ああいう奴がいるってわかっただけ、よかったのかもな」

「次に来たとき……絶対、負けられねぇ相手だ」


花「……うちも、負けない。あんなヤツに“春の匂い”なんて言われたくないから」


カナタ「なぁ花……今、実はちょっと泣きそうだったろ?」


花「泣いてねェ!!!!!!!!!!!」

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