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86伝説エーペックス[POWER!!!]  作者: SAI
松島編
288/397

松島編第1話 揺れる思惑

通算261話

ここからは松島編

この前が芦ノ湖編

海沿いの空気が湿り、薄く白い霧が松島の入り江を包んでいた。

昼と夜の境界が曖昧な時間。波の音が遠くで砕け、路面は静かに冷えていく。


赤い86がカーブの外側に停まり、腹切カナタはヘルメットを脇に置いて海を見ていた。

その後ろ、青のWRX STIが寄せられ、ブレーキローターの熱がかすかに赤く残る。


花「ここ、、、すごい潮の匂い。滑りやすいよ、カナタ」


カナタ「分かってる。でも……この路面、悪くない。攻め方さえ間違わなければ、ここで一気に順位ひっくり返せる」


花「相川や芽衣だって黙ってないよ。特に芽衣……あっちは海風強いほど速くなるから」


少し遅れて、黄色いスイスポが軽い唸りを上げながら到着する。

伊藤翔太は窓を半分開け、海風を吸い込んで苦笑した。


伊藤「潮でフロントガラス曇るんだけど……

これ、峠より面倒だぞ」

花「文句言わない。もう少し奥に行けば路面は乾いてる」


伊藤「乾いててもさ、海沿い特有の冷え方ってあるじゃん?あれが一番嫌なんだよ……」


その時、遠くから甲高いエンジン音。

低回転でうなりながら迫り、鋭く立ち上がる独特の直噴サウンド。


カナタ「来た……」

花「この音……」


銀色のマシンが霧の向こうから姿を現した。

ヘッドライトが海風の粒を切り裂きながら、まるで空気そのものを押し避けるような加速で近づいてくる。


芽衣のポルシェ911 GTSだった。

ブレーキを軽く当てるだけで姿勢は微動だにせず、まるで海岸線を獲物の影を追う猛禽のよう。


芽衣「……早かったね、三人とも」

花「芽衣……あんた、その路面でその速度は危ないでしょ」

芽衣「大丈夫。海の匂いで分かる。今日の松島は、タイヤの表面が一度温まるとグリップが逃げない」

伊藤「匂いでわかるって……人間かよお前」


芽衣は淡々としていたが、その横顔に隙はほとんどない。

海風を読むように視線を送り、次のカーブとその先の小さなアップダウンまで見通すような目。


カナタはその感覚を無意識に真似し、胸の奥に火が宿った。


カナタ「……よし。松島の空気、感じてきた。行くぞ」

花「まだ試走も終わってないんだけど」

カナタ「だから走るんだよ。ここからだ」


彼は86に乗り込み、クラッチを踏み込む。

赤いテールランプが霧の中で鋭く点り、エンジンが吠える。


芽衣「……先に行く」

ポルシェが静かに路面を掴み、霧の向こうへ滑るように消えていく。


花「ちょっと待ちなさいよ……!」

伊藤「うわ、芽衣もう行った!おいカナタ、置いていくなよ!!」


海沿いの冷たい風が三台の車体を撫でる。

松島の夜が、今、静かに火を灯し始めた。


海風が少しずつ温み始めた5月の松島。

青と緑が入り混じる初夏の空気に包まれ、遊覧船の汽笛と波の音が静かに響いていた。


観客の声が会場に広がり始める。

松島海岸に特設されたスタート地点には、すでに多くのファンが集まり、実況ブースの準備が進められていた。


「……マジで?吉田さんいないの?」

「え?RZ34のちとせも?」

「えっぐ……そりゃもう優勝争いどうなるんだよ……」


SNSでは早くも話題が飛び交い、現地ライブ配信のコメント欄もざわついていた。


——絶対王者・吉田の黒NSXが、今回エントリー表から外れている。

——同時に、常に上位争いに絡んでいた白のRZ34・ちとせの姿もない。


何が起きたのか。何が始まるのか。


そんなざわつきの中、

赤い戦闘機がゆっくりと会場に姿を見せた。


腹切カナタのトヨタ86——。

1年前、船引のコースで静かに始まった伝説は、いま、福島を越え、宮城の松島で新たな一歩を踏み出そうとしていた。


スタッフ「ゼッケン86番、腹切カナタ、到着確認!」

カナタ「……あれから一年か……」


助手席には、薄く折れた書きかけのメモが残されていた。

船引の夜、初めてハンドルを握ったあのときと、同じ姿勢で彼はクラッチを踏み込み、空ぶかしをする。


カナタ「……吉田さんも、ちとせもいない。でも——だからこそ、やれる気がする」


その声は小さく、だが確かだった。


青いWRXがあとから滑り込んでくる。

車体にはしっかりと「YAMABUKI」のステッカー。

その運転席から、あの少女が降りてきた。


花「やっぱ来てた。……あれ、メモ?」

カナタ「ん。いや、なんでもない。準備は?」

花「そっちこそ。しっかりしてよ、いきなり他県なんだから」


カナタと花が目を交わす。

仲間の一人がいない不安を、互いのまなざしで誤魔化すように。


花「……ちとせ、なんで出ないんだろ」

カナタ「知らない。でも、何か理由があるんだろ」


空気が少しだけ、重くなった。

花のまつ毛が海風に揺れ、言葉は続かなかった。


そのとき、背後でエンジン音。

爆発するようなサウンドとともに、突き刺すようなオーラを纏った黄色のR8が現れる。


観客「うおっ、来たあああ!!」

「内藤セリナだ!!」

「うわ、相変わらずヤバい音!!」


その名は内藤セリナ。

GT300を彷彿とさせるスプリットサウンドで、彼女は松島に“新たな主役”として現れた。


セリナ「おまたせ〜〜〜〜!フミッパスライダー、ちょっと強化してきたよぉ〜〜ん☆」

花「また派手な登場しちゃって……」

カナタ「いや、心強いよ。セリナがいるなら……」


そう、始まる。

福島を超えた“86伝説”の、次の章が。


松島——

美しさと速さの狭間で、再び物語が動き出す。


セリナはいつものように笑っていた。

潮風に揺れるポニーテールをなびかせ、R8と思しき黄色いボディのマシンからひょこっと顔を出す。


内藤「えへへ☆呼ばれちゃった、、、?」

「なんかね、あたしがいないと盛り上がんないとか言われて、、、」


花「運営、絶対おかしいでしょ……」


カナタも苦笑していた。

ただでさえ各エリアごとに勢力図が変わるこのシリーズ、急なキャラ再配置も今や日常茶飯事だった。


内藤はあっけらかんと笑いながら両手を広げる。


内藤「まいっかー!速ければなんでもいいよね!ふっふ〜ん♪」

「しかも今回はタイヤ柔らかめにしたの。やわやわタイヤで全開で攻めるのよ〜!」


花「……ヤバい……。あたし、こいつがいる時点で今回のレース、絶対まともに終わらない気がしてきた……」


内藤「うふふふっ!松島ってほら、観光地じゃん?

だったらさ〜、**“全開で走り抜ける景色”**のほうが、絶景って感じしない?」


その目に、嘘はなかった。

たとえどんな車に乗っていようと、セリナは“内藤セリナ”そのものであり、

その圧倒的な感性とセンスで、誰よりも速く、美しく駆け抜ける存在。


花「まぁ……わかったよ。でも、せめて車種くらい確認してきてよ」

セリナ「え〜、花ちゃんが見てよ〜〜ん」


花「なにそれ!?あたし整備士じゃないんだけど!!」


突如、低くうねるようなエンジン音が、松島の空気を切り裂いた。


「グワァァアアアアアッ……!!」


重厚なボディがゆっくりと坂を上り、会場の一角に停まる。

ボンネットにはどこか魔獣のような光を放つエンブレム、そして艶やかな漆黒のボディ。

R35 GT-R——しかし、ただのR35ではない。

ボンネットの一部には闇を吸い込むようなマットブラック、ホイールには深紫のライン。

まるで夜そのものが車の形を成したかのようだった。


運転席のドアが静かに開く。


「ふふ……ついに見つけたぞ……」


姿を現したのは、信じられないことに、わずか11歳ほどの少女。

長い銀色の髪をふわりと揺らし、深い漆黒のマントを羽織っていた。


クレア「お!来ておったか……!!改めて!我はクレアじゃ!!!」


堂々たる名乗りに、一瞬その場の空気が止まる。


伊藤「お!いいね……その言い回し」

花「関心すんなあああああ!!!」


カナタ「え、えっと……小学生……?いや、小さすぎるだろ……あれでR35を……?」


セリナ「かわいい〜〜〜!でも……あれ、本物だね〜。あのオーラ、やばっ☆」

「GT-Rなのに、空気が静かになってる〜〜〜!普通はもっと暴れてるのに〜……」


クレアは地面にマントを翻し、まるで舞台の登場人物のように一歩前に出る。


クレア「この地、松島こそ……我が新たなる闇の支配領域となる!!!」

「貴様ら、せいぜいその命、散らす覚悟をしておくがよい!!!」


伊藤「お〜い……どうすっかなこれ……」


花「誰が許可したんだこんなキャラああああ!!!」

「しかも車がR35って何考えてんの運営!!バランス壊れるわよ!!!」


カナタ「てか……あれ、たぶんGT-Rだけど……オーラが違いすぎる……」


そのとき、R35の排気音が一瞬だけ爆発した。

まるで意志を持っているかのように、彼女の“主張”を裏付けるような唸り。


クレア「ふっ……我が相棒も、久々の闘いに喜んでおるようじゃ……」


伊藤「……中二、なのか?ガチなのか……?」

花「11歳なんだよね!?もうやだこのレース……!!」


午後の松島。

海辺に吹く風はまだやわらかく、観客たちはサングラス越しに並んだマシンたちを眺めていた。


その一角に、あの青いボディがあった。

スバルWRX STI VAB型。

山吹モータースの名を小さくあしらった、無骨で直線的なシルエット。


だが——


観客A「見てみて、あのWRX。ダッサ……」

観客B「うわ、マジで……何あの古臭いフォルム。

高槻様のバイパーの方が100倍かっこいいじゃん」

観客C「しかも女の子が乗ってるんだってよ。かわいそう……」

観客A「チッ……レベル低いな」


耳に入った。

本人には聞こえない距離のつもりだったのだろう。

けれど、花の耳ははっきりとその嘲笑を拾っていた。


花は、ゆっくりと顔を上げた。

助手席のヘルメットに手をかけながら、観客たちのほうへ目線だけを向ける。


そして、


花「笑うなあああああああ!!!!」


地鳴りのような叫びが、潮風を裂いた。

周囲の空気が一瞬で張り詰め、話していた観客たちはビクリと体を震わせた。


花の声は、怒りではなく、魂の奥底から突き上げる咆哮だった。


花「この車で何度だって勝ってきたんだよ!!!」

「見た目でしかわかんないやつらが……黙って見てろおおおお!!」


エンジンが目を覚ました。

WRXのEJ20が荒々しく咆哮を上げ、ボクサーサウンドが松島の石畳に響き渡る。


花「聞こえた?これが、あたしの“音”だから」

「馬力でも、加速でもない……“想い”で走る車なんだよッ!!」


伊藤「……きたな、花のスイッチ」


カナタ「いや、あれ完全に覚醒モード入ってる。マジで火つけちゃいけないやつだ……」


観客たちは静まり返った。

“見た目”だけで優劣を決めた自分たちの軽薄さを思い知らされたかのように。


一方で——


クレア「ふふふっ……よい叫びじゃ。

我が闇の軍勢にも、あれほどの闘志を放つ者はなかなかおらぬ……」


海風が少し強まったその瞬間、エンジン音が一段低く唸りを上げた。

やや古めかしいが重厚なサウンド。

ゴロゴロとした独特の音を響かせながら、黒いスポーツカーが観客たちの背後から滑るように登場する。


それは、日産フェアレディZ Z33型——

今となってはやや時代遅れとも言われるフォルムだが、真っ黒なそのボディには艶と迫力が宿っていた。


カナタ「……ん?」


伊藤「まさか……高村……!」


車が止まり、ドアが開いた。


中から現れたのは、明るく人懐っこい笑みを浮かべた少年。

手を軽く振りながら、フレンドリーな声を放つ。


高村「やあ、伊藤くん!彼方くん!」


カナタ「……漢字で言うなよ……!カナタでいいよ……」


伊藤「相変わらずだな、お前……!」


花「誰?」


芽衣「カナタくんと伊藤くんのクラスメイトみたいだって……」


花「え?クラスメイト?なんでここにいるのよ……!?てかなんでZ33なのよ!?」


高村「ん〜、なんか運営さんが“もう一人くらい地元枠で走れる子いない?”って声かけてきてさ」

「ちょうどオレ、Zレストアしてたし!いい感じに走れると思って来てみたよ!」


伊藤「こいつ……昔っから妙にノリがいいっていうか……“流れに乗るのが上手い男”なんだよ」


カナタ「まさか……こんなとこで会うとは思わなかったけどな」


高村はZ33のルーフをポンと叩く。


高村「ま、見ててよ。オレのZ、ちょっと古いけど魂は新品さ!」

「地元の峠で鍛えた足と、直感だけが頼りの走り……“高村スペシャル”って呼ばせてみせるぜ!」


花「……キャラ濃っ!!セリナとクレアが霞んで見えるんだけど!!」


カナタ「これは……またレースがめんどくさくなりそうだな……」

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