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86伝説エーペックス[POWER!!!]  作者: SAI
芦ノ湖編
286/397

芦ノ湖編最終回第51話 松島下見

通算260話

ここまでが芦ノ湖編。

次回新年からは松島編。

5月。新緑が風に揺れる季節。

 松島戦をひと月後に控え、5人はコースの下見に向かっていた。


 スタート地点は松島海岸の観光道路、そしてゴールは――

 宮城県気仙沼市、大谷海岸の波打ち際。

 その終盤の区間に、5人の視線が吸い寄せられる。


カナタ「これは……海……ッ!!??」


 駐車場からわずか数メートル先。視界の開けた先に、蒼く広がる水平線と白い砂浜。

 道路がそのまま吸い込まれるように、海へと滑り落ちていくような錯覚を覚える。


伊藤「うそだろ……!?すぐそこじゃん……ッ!!!」


 車を降りて走り寄った彼らの目の前には、鋭く切り立った下り坂。

 先の道はまるで崖のように落ち込み、その先に海――というより、海岸線があった。


花「コースの後半区間の高低差が激しい……!」


 実際に走ってみなければわからない。

 だが、地図では見落とされがちな標高差と、体感速度が引き起こす重力の罠。

 特にFR勢にとっては、下りブレーキングの荷重移動が大きなカギとなるだろう。


芽衣「これ、絶対にふわって浮く坂あるよ……

怖い……」


イオリ「でも……綺麗。風も海も全部が、静かで強い。まるで、走る者を見てるみたい……」


 彼女の視線は、水平線ではなく、コースの端に咲いていた白い浜昼顔の花々に向いていた。

 波の音が優しく打ち寄せるなか、5人はそれぞれの感情を胸に、風の匂いを感じていた。


 静かなる海の前で、やがて始まる激戦を想像する。

 命をかけて走ることの意味を――少しだけ、考える時間だった。


芽衣「ここってもう、坂を下って一気に海の近くまで来る感じなんだよね……!」


イオリ「うん……標高が急に下がるの。私の氷岩の波動でも、この気温と湿度だと制御が少し難しいかも……」


花「でもね、ここまで来るとすごく気持ちよくなるの……。空と海が近くて、まるで翼が生えたような気持ちになるんだよ……!」


伊藤「ちょ、感傷に浸ってる場合じゃねぇって。この最後の下り……グリップ抜けたら終わりだぞ、これ!」


カナタ「しかも……見てみろ、ゴール直前にゆるい左カーブから海沿いのストレート……しかもそのすぐ先は……」


花「砂浜と、遊歩道……!」

カナタ「つまりここ、ブレーキングミスったら……」


芽衣「海に飛び込んじゃう……」


伊藤「なんだよそれ!!!まじでそんな危ないコースあるかよ!!!」


イオリ「でも、ここが“終着点”なんだよ……静かで、冷たくて、すべてを包むような……だから、私はこの場所、好きなんだ……」


花「イオリちゃん……」

カナタ「だけどここがゴールなら、みんな全開で突っ込んでくるはずだ……」


伊藤「前が見えない夜とか、濃霧とか来たらヤバすぎるな。俺のスイスポ……制御しきれるかな……」


花「でも、それがエーペックスカップなんだよ……! 限界を超えた先にある、奇跡の走りを求める者たちの舞台……!」


イオリ「静かに、でも確実に……氷岩は形成されていく。ここもきっと、誰かの記憶に残る氷岩になるんだろうね……」


カナタ「よし……次は試走だ。全区間回って、どこが抜きどころか、どこが危険か……全部、確かめるぞ!」


芽衣「うん……!お姉ちゃんたちに負けないように、芽衣もがんばる……!」


海風が穏やかに吹き抜け、5人の視線の先には、大谷海岸の青く澄んだ水平線が、光を跳ね返していた。


松島戦――その決戦の地は、すでに熱を帯び始めていた。


イオリはゆっくりと、海へと視線を向けた。

その亜麻色と白が混ざった瞳は、遠くの水平線のきらめきすら、吸い込んでしまいそうなほど深かった。


イオリ「……私の氷岩の力もね……」

潮風にそっと髪を揺らしながら、彼女は手のひらを胸元に添えた。


イオリ「まるで……自然が呼吸するみたいなの……」


彼女の周囲に、かすかに霧のような冷気が漂い始める。


その中心から、淡く光る薄灰色の岩の粒子が、空気中に静かに舞っていた。

それはまるで、空気ごと凍り始めたかのように、周囲の音をも包み込んでいく。


イオリ「海も同じなの……。波のリズムや、風のうねり……」

「私の“波長”と……重なってしまうとね……」


彼女は両手を静かに三角の形に重ね、目を伏せる。


その瞬間、足元の砂が淡く色を変え、小さな“氷岩”の結晶が静かに生まれた。

まるで波打ち際に積もる雪のようなそれは、太陽の光を柔らかく反射しながら、じわりと広がっていく。


イオリ「でも……だからこそ、怖いの……」

「もし……このままエネルギーを解放してしまったら……」

「下手したら……この海ごと、氷岩にしてしまうかも……」


風が止まったかのような静寂が訪れる。


伊藤「…………」

芽衣「イオリちゃん……」


花も、カナタも、ただその様子をじっと見守ることしかできなかった。

イオリが見せるその“穏やかさ”は、同時に破壊の可能性を秘めた、“危うい均衡”の力だった。


イオリ「だから……私は波長を合わせすぎないように、いつも気をつけてるの」

「少しでも共鳴しすぎたら、止まらなくなっちゃうから……」


そう言って、イオリはそっと両手の形を解いた。

すると、足元に広がりかけていた氷岩は、その瞬間、さらさらと砂へと戻っていった。


イオリ「ふふ……でも、綺麗だったでしょ?」

伊藤「……ああ。綺麗だった……けど……すげぇ力だな……」


花「それが……イオリちゃんの“優しさの力”なんだよ……」


カナタ「もしこの力がレースで解放されたら……黒川や……吉田さんクラスでも油断できねぇかもしれないな……」


イオリは静かに頷き、視線を再び海へと向けた。

その表情は、どこか嬉しそうで……どこか切なげだった。


そして……松島町へ。


東の空にかすかな光の層が浮かぶ頃。

海沿いの空気は重く湿り、薄く白い霧が松島の入り江を包み込んでいた。


波が遠くで砕ける音が、低く、時折鼓膜に触れる。潮の香りが肺の奥まで染み込んでくるようだった。


昼と夜の境界が曖昧になるこの時間。

空の色は青から群青へ、そして黒に溶け込むように移ろい、海の輪郭もわずかにぼやけている。


カーブの外側。


そこに一台、赤い戦闘機――トヨタ86前期が静かに止められていた。


その隣のガードレールには、腹切カナタが腰を預け、ヘルメットを片手に持ち、視線を海へ投げている。


肩でゆっくりと息をつきながら、濡れたアスファルトの匂いを感じていた。

後ろから、鋭いブレーキ音。


キィィ……と短く響いた後、スバルブルーのWRX STIが寄せられた。


かすかに赤熱したブレーキローターが冷気に触れ、パチ……パチ……と、小さな音を立てる。


その音も、松島の静寂の中では不自然なほど大きく聞こえた。


運転席から降りたのは、ピンク色の髪を揺らした少女――山吹花。


花「ここ……すごい潮の匂い。タイヤが冷えてると滑りやすいよ、カナタ」


路面はうっすらと湿っていた。

タイヤ痕の残るアスファルトは、わずかに光を反射していたが、決して雨ではない。


これは――“海霧”。


松島特有の冷えた海風が巻き上げる、天然のトラップ。


カナタ「……分かってる。でも……」


彼はヘルメットをガードレールに置き、ゆっくりと腕を組んだ。

その視線は、濡れた路面のカントと傾斜を、何度も何度もなぞるように観察している。


カナタ「……この路面、悪くない。クセはあるけど、攻め方さえ間違わなければ……ここで一気に順位をひっくり返せる」


花「……!」


花の瞳が、わずかに動いた。

彼の言葉の端に、確かな“勝算”があった。


これまで数多の峠を経験してきたカナタだからこそ、この湿り気の先にある“握れる場所”を嗅ぎ取っていた。


花「……でもね、相川や芽衣だって黙ってないよ?」


海風が強くなり、彼女のもこもこパーカーの裾がふわりと浮かんだ。


花「特に芽衣……あっちは“風”が強いほど、速くなる」


カナタ「風……?」


彼は一度だけ、海に視線を戻した。

遠く、波が岩場に当たり、砕けて白いしぶきをあげている。


花「芽衣は海岸線の風と“会話する”みたいに、スロットルを合わせてくる。

しかも今は、あの潮風が逆走してる――つまり、風に向かって走る区間じゃ、ブーストが乗るのと同じなの」


カナタ「……チートだな」


花「それでも、私たちが抜けないわけじゃないでしょ?」


カナタは笑った。

その笑みには、張り詰めた空気を裂くような“戦いの匂い”があった。


そのとき――。

遠くから、小気味よいエキゾーストノートが響いてきた。


リズミカルで、伸びやかな音。

その音がどこか親しみのある“速さ”を連れて近づいてくる。


花「……来たね」

霧の向こうから現れたのは、チャンピオンイエローのスイフトスポーツ(ZC33S)。


伊藤翔太。


伊藤「よぉ……遅れて悪かったな。道間違えて裏手に出ちまった……。けど、道のクセは見てきたよ」


スイスポのエンジンを切ると同時に、冷たい海風が三人の間を吹き抜ける。


その風に乗って、霧がわずかに裂け、入り江の景色が、幻想的なまでに広がって見えた。


カナタ「伊藤……お前、なんでそんなに余裕そうなんだよ……」


伊藤「ふっ、松島は“波”と同じ。リズムだよリズム。攻めるんじゃなく、乗るんだ。そうすれば――抜ける」


花「……ほんと、あんたって意外と理屈屋だよね……」


伊藤「え?今ほめた?」


花「別に~」


そして、三人は黙って、入り江の向こうを見つめた。


やがて――また別のエキゾーストノートが、濃霧の奥から響き始めた。

低く、重く、鋭い。


カナタ「……来たな。“あいつ”らも……」


松島のレース。

この静けさは、ほんの束の間の“嵐の前”。


そして今、最も危険な風が――この海の街に吹き始める。


86伝説エーペックス芦ノ湖編終わり。

86伝説エーペックス松島編へ続く。

86伝説エーペックス栗子米沢編制作決定!!!

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