芦ノ湖編第49話 新たなる参戦者
通算258話
ロータリー特有の乾いた高音が、ヤマブキモーターズの裏手を切り裂くように鳴り響いた。
ヴァァァァァン……バババッ……!
その音に、花が顔を上げた。
花「ねぇ、あれ、、、、、なにあれ、、、?」
店の駐車場の奥へとゆっくり入ってきたのは、ネオンレッドに煌めく美しいフォルムのマシンだった。
低く流れるようなボンネット、吸い込まれそうな光沢のボディ。
ちとせ「ほぉ〜、、、、RX-7?」
伊藤「FDか、、、、、ッ!」
芽衣「ロータリー、、、、美しい音。」
カナタ「鮮やかすぎる……赤い戦闘機かと思った……」
車はぴたりと駐車場の一角で止まり、サイドランプが一度だけ点滅する。
ドアが静かに開き、そこから降りてきたのは――
白銀のような髪をポニーテールでまとめ、肩にかかるショートロング。
透き通る赤い瞳の少女。
制服姿のまま、少しうつむきがちに、きょろきょろと周囲を見渡す。
少女「あ……こ、こんにちは……」
ちとせ「んふふ〜〜!こんにちは〜☆」
花(中学生……? あのFDのオーナー……!?)
伊藤(嘘だろ……?14歳ぐらいって……マジかよ……)
芽衣(…………可愛い)
カナタ「よう。……名前は?」
少女「さ、佐藤ジュンです……」
そう名乗った彼女の声は、まるで今にも消え入りそうなほど小さかった。
だがその背後にある赤いFDは、彼女の意志とは裏腹に、燃えるような闘志を纏っていた。
カナタ「やあ、来てたんだ伊藤」
伊藤「おう、カナタ。……ん?あれ誰?」
花「え、なにあの子……」
ちとせ「ばんざ〜い、来戦出れないから遊べるぞ〜!もへもへ〜!!!」
伊藤「また、、、、、、」
花「無視無視。」
???「…………」
カナタ「ああ、紹介するよ。この子は――」
ジュン「よ、、、よろしく、、、」
伊藤「……えっと、よろしく。って、どしたのカナタ?その子……」
花「ひょろひょろだし……だ、大丈夫?なんか今にも倒れそうなんだけど……」
ジュン「ご、ごめんなさい……その……慣れてなくて……こ、こういうの……」
ちとせ「えへへ〜!おじさんがぎゅってしてあげよっか〜?」
ジュン「ひいっ……!!」
カナタ「いや、、、俺も分からな、、、」
ジュン「ボクも、、、エーペックスカップに参戦します、、、、」
「佐藤ジュンです、、、、、、」
花「エーペックス……ってことは、ドライバー?」
伊藤「マジかよ……FDのロータリー乗ってるってことは……」
芽衣「14歳で……RX-7に……?」
ちとせ「ほぉ〜〜っ、ジュンちゃんもしかして天才かも〜?」
ジュン「ち、違います……そ、そんな、ボクはただ……走ってみたいだけで……」
カナタ「その車……ネオンレッドに輝くFD……間違いねぇ、本物だ……」
ジュン「お、おじいちゃんの形見なんです……その……ボクにとって……すごく、大切な……」
花(……なんか……目が、綺麗……)
ジュン「は、初めてだけど……が、頑張ります……よろしくお願いしますっ……!」
花「芽衣!アンタなんて13歳でしょ!!」
芽衣「……うん。だから何?」
花「いや、ジュンちゃん14歳なのにすっごい大人っぽいし……しかもFDって……」
芽衣「年齢は関係ないよ……乗るかどうか、それだけ……」
ジュン「う、うぅ……なんかごめんなさい……」
花「あ、ごめんね!?そういう意味じゃなくて!」
ちとせ「もう〜〜!みんな仲良くしなさ〜い〜☆もへもへ〜☆」
カナタ「おい店長、あんた一番年上なんだから少し落ち着けって……」
ちとせ「はぁ〜い……って言いつつもはや夏休みモードなんですけどぉ〜☆」
伊藤「こいつ……毎回これか……」
ジュンが小さく頭を下げ、控えめにその場を後にしようとする。
その白髪のポニーテールが、風にそっと揺れた。
ジュン「じゃあ……私はこれで……失礼……」
声もまた、震えていた。
その背中にはどこか、影のような寂しさが滲んでいた。
まだ年端もいかない少女が、煌びやかなFDの運転席へと歩いていく。
誰も、その場で言葉をかけられなかった。
ジュンの小さな肩に乗った覚悟だけが、ひときわ赤く染まるネオンのボディに映っていた。
ジュンのRX-7が遠ざかっていく中、場に残された者たちはそれぞれの胸に言いようのない感情を抱えていた。
伊藤「なんだよ……あの子」
肩越しに見送るその視線の先には、すでに姿を消しつつある赤いFD。
花「分からない……でも……裏ではすごく強そうなオーラ纏ってるような雰囲気してた……」
花の声はやや震え、真剣だった。
カナタ「ああ……絶対強敵かもな………」
唇を噛みながらそう呟いたカナタの目は、明らかに戦士のそれだった。
ちとせ「いや〜……また面白そうな子がいて楽しくなりそうだね〜もへもへ〜……」
その場にそぐわないほどにゆるく呟くちとせの声だけが、春の風のように和らいでいた。
その瞬間だった。
ヤマブキモーターズの駐車場の奥、風にそよぐ草の匂いとエアコンの低周波が交じる静かな時間を、一撃で切り裂くようなエンジンサウンドが響いた。
――ブァアアアアン!!!
獣が息を吐いたような、いや、咆哮を飲み込んだような音。
明らかに自然吸気。それも超高回転まで一気に吹け上がるような乾いた音質。
この音を知っている者なら、すぐに理解できる。
V12。フェラーリの、それもただの跳ね馬じゃない。
低く構えた艶やかなボディが、日差しを反射しながらヤマブキモーターズの入口に現れた。
色は珍しい、ビアンコベージュ。淡くて優雅な象牙色。
しかしその佇まいは、まるで王の凱旋のような威圧感を纏っていた。
ヘッドライトが薄く細められ、エンブレムの跳ね馬がまるで呼吸をしているかのように存在感を放つ。
――Ferrari 812 Superfast。
フェラーリ最後の自然吸気V12エンジン。800馬力の獣。
公道に現れるにはあまりにも暴力的な存在が、まるでそこが当然の定位置であるかのように、音もなくスッと駐車スペースに収まった。
誰もがその姿に言葉を失う中――
伊藤「812スーパーファスト!!?」
真っ先に声を上げたのは伊藤だった。
その顔には明確な動揺が走っていた。瞳孔が一気に開き、口元が引きつる。
花「まさか……伊藤くん、買っちゃったとか言わないよね? 私のスイスポを捨てて……」
花が、冗談とも本気ともつかぬ目で睨むように問いかけた。
伊藤「ち、違うよ!!! 絶対違う!!」
食い気味に否定しながら、伊藤は汗をぬぐうように手の甲で額をこすった。
まるで、誰かに疑われるような心当たりがあったかのように。
そして、芽衣がそっと目を細めて812を見つめる。
風に揺れるツインテールから、草の薫風の香りがふわりと漂う。
無言のまま、その瞳だけが鋭く812を捉えていた。
ジュンも小さく反応した。遠巻きにそのフェラーリを見ながら、赤い瞳が一瞬だけわずかに強く光ったようにさえ見えた。
まだ、運転席からは誰も降りてこない。
けれど確かに、そこにただならぬ"何か"が到着した――
空気の密度が一段と重くなる。
まるで、その一台によって物語の歯車がまた音を立てて回り始めたように。
ゆっくりと開いた運転席のドア。
その音は、爆音のV12とは対照的に、驚くほど静かだった。まるで氷が割れる寸前のような張り詰めた気配が、その場を包み込む。
そこから現れたのは――少女だった。
ポニーテール。ただし、花や芽衣とは違う、柔らかく光を弾くような亜麻色の髪。
長すぎず短すぎずの絶妙なバランスで揃えられた“ショートロング”の毛先が、首元をすっとなぞる。
彼女は、誰にも言葉をかけることなく静かに立ち上がると、周囲をゆっくりと見渡した。
その瞳はまっすぐに、しかしどこか凛とした冷たさを帯びていた。
そして、両手を前に――三角形を描くように静かに組む。
手のひらと指の先から、透明な気流のようなエネルギーが静かに集まり始めていた。
花の桜風でも、芽衣の草の香でもない――
それは、まるで**雪が静かに降り積もる岩肌の上で、ひとつの命が芽吹こうとしている**ような――冷たさと温もりの同居する気配。
誰もが、その得体の知れない“気”に目を奪われた。
最初に声を上げたのは、花だった。
花「……イオリちゃん……!」
その声に反応するように、少女の瞳が優しく和らぐ。
イオリ「花ちゃん……!」
少女――小岩イオリは、エネルギーの流れを解くようにそっと両手をほどき、静かに歩み寄った。
彼女の動きは、しんしんと雪が降る夜のように静かで、けれどひとつひとつの足取りに確かな意志が込められていた。
花「会いたかった……」
イオリ「私も……久しぶりだね……」
短く、それでも確かな再会の言葉が交わされる。
そしてイオリは、その場の全員を見渡すと、小さく一礼して静かに名乗った。
イオリ「小岩イオリです……よろしくお願いします。 花ちゃんと芽衣ちゃんの……深い知り合いです」
その瞬間、芽衣がわずかに口元を緩めた。
芽衣「深い……ね……まあ、そういうことになるかな」
ジュンがそっと花の後ろに隠れるようにしながら、イオリの存在を見つめる。
まるで鏡を見ているような――似たポニーテール。似た髪型。似た静けさ。
だが、決定的に違うのは、その芯にある**岩のような覚悟**だった。
彼女はただの雪ではない。
**降り積もる雪の下で、ずっと動かずに立ち尽くしてきた、ひとつの岩――小岩イオリ。**
その名が、今ここに響き渡った。
沈黙を破ったのは、伊藤翔太だった。
伊藤「……花の知り合い?」
いつものような軽さはなかった。
目の前の少女――小岩イオリ――がまとっている空気は、ただ者ではないと本能的に察していたからだ。
ジュンのような引き気味の気配でもなければ、芽衣のような柔らかな草の香でもない。
イオリは、ひとり静かに「構えて」いた。
風は吹いていない。木々も揺れていない。
それでも、彼女の周囲だけが冷気を含んだように、空気が澱んでいる。
伊藤は思わず花の肩越しに覗き込み、もう一度確認するように言葉を繋げた。
伊藤「……ってか、誰? ただの知り合いにしちゃ、なんか……気配っていうか、空気が違うっていうか……」
花「ふふ、驚いた?」
花は振り返らずに笑った。その声には、懐かしさと誇らしさが混ざっている。
花「この子は――小岩イオリ。私と芽衣がまだ"あっち側"にいた頃からの……深い縁のある子よ」
伊藤「“あっち側”……?」
思わず伊藤の眉がひそむ。
その言葉が意味するものは、おそらく普通の人間には触れられない領域――
イオリ「心配しないで。私は戦うために来たんじゃないから……今のところは」
その一言に、場の温度がさらに数度下がったように感じた。
イオリはそう言いながらも、ほんのわずかに唇を綻ばせる。
それは、冷たい空気を包み込む一瞬の陽だまりのような微笑だった。
イオリ「でも、伊藤翔太くん……でいいのかな? あなたのことは聞いてるよ。花ちゃんが、よく話してくれてたから」
伊藤「お、おう……なんか……それはそれで、ちょっと照れるっつーか……」
伊藤が戸惑いながら後頭部をかく。
だが、彼の心の奥には、確かな警戒が残っていた。
この少女――ただの“知り合い”というには、あまりにも異質だった。
氷のような冷静さ。
岩のような重み。
そして、三角形の指先に宿っていた、謎のエネルギー。
そのすべてが、ただの「友達」ではないことを物語っていた。
花は、それを分かった上で、あえて彼女を呼び戻したのだ。
花「さあ、みんなに紹介しようか。
この子も、私たちの"伝説"に関わる――大事な存在なんだから」
小岩イオリ――
その名と共に、またひとつ、風が動き始める気配があった。
そこに。
――ドガアアアアン!!!
突如、建物の奥からすさまじい衝撃音が響き渡った。
壁がめりめりと崩れ、コンクリ片と木屑が宙を舞う。
その破壊の中心から、エンジンの咆哮と共に現れたのは――
ランサーエボリューションIX MR。
真っ黒な機体が煙を巻き上げながら、カウンターごと突き破って乱入してきた。
黒川「バブーおかあちゃー!
俺も忘れないでねおかあちゃー☆」
ふざけた台詞とは裏腹に、フロントバンパーは盛大に破損し、ボンネットからは白煙が吹き上がる。
まるで初登場をぶち壊すかのような、文字通りの“乱入”だった。
カチッ……。
店のカウンターの奥――そこに立っていた、白いエプロンを身に着けた一人の女性が、
レジの横にあるストーブのスイッチを切った。
ちとせ「…………」
店内に静寂が戻る。誰もが口を開けたまま、しばし時が止まったかのようだった。
花「黒川ァァァァ!!!!
店を突き破ってどうするんだァァァァ!!!!!」
その叫びで、場がようやく現実に引き戻された。
ちとせ「……うふふ、おじさんの店が、また穴あいちゃった……」
のんびりした声。だが、瞳の奥では雪がゆっくりと舞いはじめている。
まるで吹雪のような気配が、無言で黒川の方へと迫っていた。
黒川「ご、ごめんなさーい!! ちとせおかあちゃーん!! お、お詫びに掃除するよお!?!?」
ちとせ「じゃあ……床も壁も……ぜーんぶ、お掃除……してくれるかなぁ……?」
黒川「もちろんもちろんもちろんもちろん!!」
花「うるさァァァァい!!!!」
涙目で雑巾とモップを取り出し、猛スピードで動き始める黒川。
しかし既に、半分凍りついた雑巾が彼の手に吸い付いて離れない。
ちとせ「……おじさん、床はキンキンが好きなんだ〜」
伊藤「……あいつ、毎回何しに来てんだよ……」
ジュン「お、おそろしい……」
イオリ「ちとせさん、変わらないなぁ……ふふ」
花「変わらなすぎて逆に怖いのよ!!!」
混沌とした再会。
小岩イオリの登場に続いて、今度は破壊とギャグと氷の気配を連れてきた黒川海斗。
だが、この店こそが、彼らが一度立ち返る“原点”だった。
そして――伝説はまた、新たな渦へと回り始める。




