PB7話 潜入!ヤマブキモーターズ!!
夕暮れ時のヤマブキモーターズ。
青い外壁にネオンが灯り、店内には工具の音と、展示車両のメタリックな光沢が広がっていた。
レジ前には店員の山吹花と妹の山吹芽衣。
その奥、革張りのソファに座っていたのは店長――ちとせ。
ちとせは白いRZ34のキーを指先でくるくる回しながら、どこか眠たそうに欠伸をしていた。
ちとせ「……今日も平和だねぇ……」
その一方で、客席には見慣れた顔ぶれが集まっていた。
伊藤翔太がコーヒーを飲み、腹切カナタは展示中の86を眺めている。
相川律と美保の兄妹はタイヤコーナーでひそひそ話をし、黒川海斗はカウンター席でフライドポテトをつまみながらぼそぼそと何かを文句のように言っていた。
そして奥のテーブルには岡田大成。カタログを読みながら真剣な顔をしている。
まさに平和な夕暮れだった――その瞬間までは。
ドゴオオオオオオオオオオオオン!!!!
店のガラスがビリビリ震え、外から爆音が迫る。
パンツマン「見せてやるぜヤマブキモーターズォォォ!!!」
ベンジョー「俺たちが潜入してやるんだあああああ!!!」
18000馬力マクラーレンと4000馬力プレリュードが店の駐車場にドリフトしながら突っ込み、煙とタイヤの焦げる匂いが一気に広がった。
花「はぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
レジにいた花の目がギラリと光る。
花「お前らなんでここに来るんだよおおおお!!!客としてもいらねぇよ!!!!」
芽衣「お姉ちゃん、落ち着いて落ち着いて……」
パンツマンとベンジョーはドアを蹴破るようにして店内に突入し、展示車両の間を堂々と歩いてきた。
パンツマン「ここが噂のヤマブキモーターズか……」
ベンジョー「今日こそ!ちとせをギャフンと言わせてやるんだああああ!!!」
だが、店長席のちとせはまるで動じない。
ソファにふかっと座ったまま、眠そうに片手をひらひら振った。
ちとせ「……あー……また来たんだ、君たち……」
パンツマン「また来たんだじゃねぇぇぇぇ!!!」
ベンジョー「本気で相手しろおおおおお!!!」
ちとせはぼんやりとカップに口をつけ、紅茶を一口。
ちとせ「本気で相手するほどのことじゃないし……ここお店だから暴れたら迷惑だよ?」
パンツマン「知らねぇぇぇぇ!!!」
ベンジョー「店だろうがなんだろうが俺たちは止まらねぇぇぇぇ!!!!」
伊藤翔太が頭を抱え、腹切カナタは眉をひそめた。
カナタ「ここ、車屋だぞ……?」
相川律「……俺ら客なんだけど……」
黒川「バブーおかあちゃ……」
花「黙れ黒川!!お前もあとで感電な!!」
バシィィィィィン!!!!
花の手に握られたリコーダーが稲光を帯び、黒川の胸に突き刺さった。
黒川「ぎょえええええええ!!!!」
一方、パンツマンとベンジョーは展示車両に手をかけ、なぜか86のボンネットを開けようとしている。
ちとせは紅茶をもう一口飲み、のんびりとため息をついた。
ちとせ「……やれやれ。めんどくさいことになりそうだねぇ……」
パンツマンとベンジョーは展示車両のボンネットを開けようとしていたが、途中で鼻をひくつかせた。
パンツマン「……なんか……チキンの匂いしねぇか?」
ベンジョー「するする!めちゃくちゃ腹減ってきた!!」
花「ちょっと!!ここ車屋なんだけど!?!?」
だが――ここがヤマブキモーターズ。
裏が車屋、表がコンビニという謎の二毛作システム。
入口を出てすぐ左手にはショーケースがあり、揚げたてのチキンやおでんが並んでいる。
パンツマン「なぁベンジョー……とりあえずだきみの焼き鳥みたいな味して上手いんだろ?ここのチキンは……」
ベンジョー「おう……エッチッチチキン……ってーーー!!!」
花「誰がそんな名前にしたんだよおおおお!!!!!」
芽衣「お姉ちゃん、落ち着いて……チキンは普通に旨いから……」
パンツマンはトングを掴み、プレリュードのボンネットに立てかけながらチキンをむさぼり始めた。
パンツマン「うんめええええええ!!!」
ベンジョー「これ……4000馬力の味がするうううう!!!」
伊藤翔太がカウンター席から立ち上がる。
伊藤「いやそれただの鶏肉だから!!!」
腹切カナタも呆れ顔で言った。
カナタ「峠であれだけ暴れて、今度はチキンかよ……」
だがパンツマンとベンジョーは完全にチキンモードである。
パンツマン「次はマクラーレンP1にチキン積んで走るぜええええ!!!」
ベンジョー「プレリュードにもチキンウィングつけて空飛ぶんだああああ!!!」
ちとせはソファに座ったまま、のんびりとカップを置いて言った。
ちとせ「……チキンウィングで空飛ぶ車……なんか楽しそうだねぇ……」
花「楽しそうじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!!」
コンビニ側でチキンをむさぼるパンツマンとベンジョー。
花は頭を抱え、芽衣は淡々とレジを打ち、ちとせは奥のソファでのんびりと紅茶を啜っていた。
そんな平和(?)な時間を切り裂くように――
ガラガラガラアアアアアアン!!!!
入口のドアが勢いよく開き、白い正義のNSX NC1が駐車場にドリフトで飛び込んだ。
高橋「いたぞ!!!そいつが……そいつが……パンツマンandベンジョー!!!覚悟しろおおおおお!!!!」
パンツマン「な、なんだあああああ!?」
ベンジョー「警察だああああああ!?!?」
高橋は額に青筋を立て、拳銃に手をかけながら叫ぶ。
高橋「怪盗ジュンから全部聞いたぞおおお!!!貴様ら今日こそ殺してでも刑務所にいかせるぞおおおおお!!!!」
伊藤翔太「はあああああああああああ!?!?!?!?」
客席でコーヒーを吹きそうになる伊藤翔太。
腹切カナタは展示車両の陰に避難し、相川律は「またか……」と額を押さえた。
黒川海斗はポテトを食べながらぼそっと「バブーおかあちゃ……」とだけ呟いた。
そんな中で芽衣がレジから顔も上げずに言う。
芽衣「……うるさいしやめてください。店内迷惑です。」
高橋「えっ……」
芽衣「ここ、車屋兼コンビニですので。叫ぶなら外でお願いします」
店内が一瞬だけ静まり返った。
ちとせは相変わらずソファに座ったまま、欠伸をしながら紅茶を一口。
ちとせ「……高橋さん、落ち着いて。ここで騒ぐとお客さん逃げるから」
高橋「お、お客さん!?」
パンツマン「俺たち客だぞ客!!!」
ベンジョー「チキン代払ったもん!!!」
芽衣「払ってないです」
花「払ってねぇのかよ!!!!」
店内に残ったチキンの匂いとパンツマンたちの叫び声。
高橋の怒号に伊藤翔太の「はあああああ!?」という声が重なり、ヤマブキモーターズは完全に戦場と化していた。
芽衣はレジからゆっくりと顔を上げる。
普段は物静かな彼女の瞳が、今だけは烈風のように鋭く光った。
芽衣「……それなら……私の強烈な竜巻でも……食らってなさいッ!!!!」
バアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
芽衣が腕を振り抜いた瞬間、店内に信じられないほどの突風が巻き起こる。
商品棚が吹き飛び、タイヤが宙を舞い、展示してあった86のボディすら浮きかける。
パンツマン「うわあああああああ!!!!」
ベンジョー「チキンがあああああああ!!!!」
突風は竜巻となり、パンツマンとベンジョーを渦の中心に巻き込んだ。
彼らは必死にマクラーレンとプレリュードにしがみつこうとするが――
芽衣「まとめて飛んできなさいッ!!!!」
ズゴオオオオオオオオオオオオオ!!!!
竜巻が店の天井を突き破り、パンツマンとベンジョー、さらにさっきまでのチキンまで一緒に空の彼方へと吹き飛ばす。
パンツマン&ベンジョー「おっぽいぽおおおおおおおおおい!!!!」
遠ざかる断末魔。
外で見ていた相川律と岡田大成は呆然と空を見上げる。
伊藤翔太「な、なんか飛んでいったぞ……」
花「いや全部芽衣のせいじゃん!!」
その横で、ちとせは相変わらずソファに座り、紅茶を飲みながらのんびりと一言。
ちとせ「……うるさかったから、ちょうどよかったんじゃないかな〜……?」
ヤマブキモーターズの屋根を突き破って吹き飛ばされたパンツマンとベンジョー。
二人は夜空を回転しながら、もはや流れ星のように峠の上空を舞っていた。
パンツマン「はぁぁぁぁ……あの緑の子の香り……薫風でたまんなかったなぁぁぁぁ……」
ベンジョー「言ってる場合かよおおおおおお!!!!」
二人はまだ竜巻の余波の中にいた。
芽衣が放った風はただの風じゃない。春の匂いをまとった薫風が、彼らをさらに加速させていたのだ。
パンツマン「なんか……さわやかな風に包まれて……眠く……なってきた……」
ベンジョー「いやこれ眠気どころか次の山に直撃するだろうがああああ!!!」
ズガガガガガガガガガガン!!!!
二人は薫風ごと山の斜面に叩きつけられ、雪煙と土煙が一緒に舞い上がる。
パンツマン「ふはぁぁぁぁぁぁ……緑の香りが……最高だった……」
ベンジョー「お前だけ満足すんなあああああ!!!!」
一方そのころ、ヤマブキモーターズの前では――
芽衣「……あ、まだ飛んでる」
花「まだ飛んでるってなに!?!?」
伊藤翔太「落ち着いてる場合じゃないんだけど!?」
ちとせはやっぱりソファで紅茶を飲みながらのんびり。
ちとせ「……まあ、そのうち着地するでしょ」