第118話 スイスポの最短距離ライン
2025/09/15 β版解除してfull版になりました。
シーンが多数追加されています。
轟音が夜の峠を震わせていた。紅の戦闘機、青い電撃の桜狼、そして黄色い閃光――。
三つ巴の戦いが、いよいよ本格的に牙を剥き始める。
カナタの86の背後に、ぴたりと張りつく青いWRX。
そのさらに後方で、チャンピオンイエローの小さな影がうねりながら迫っていた。
伊藤「……くそっ……ッ! ここで食いつけなきゃ、オレの意味がねぇんだよ……!!!」
シフトレバーを強く握り込み、クラッチを正確に踏み抜く。
FF特有の軽さを武器に、スイスポが低速からの加速でWRXの背中を射程に収めていく。
グワアアアアアアンッ!!!
夜空を切り裂くエキゾーストの叫び。
それは小排気量ながらも、チューンドマシンにしか出せない怒号だった。
花のWRXが再び閃光を放ち、86を狙う。
だが、そのサイドミラーには黄色の閃光がちらつき始めていた。
山吹花「……あなどらないで……ッ!!」
「全てはまだ……始まったばかりよッッ!!!!!」
鋭いハンドル操作。
インを封じるように、花はスイスポの進路を押さえ込む。
まるで狼が背後の獲物をけん制するかのように、疾風と電撃のオーラが弾け飛ぶ。
だが――伊藤も止まらない。
伊藤「たとえお前が桜狼でも……オレは、ただ後ろを走るだけの小狼じゃねぇッッ!!!!」
「見せてやる...!!スズキの底力ァァ!!!
軽量ボディを甘く見ないでくれェ!!!」
クラッチミートの瞬間、スイスポが火花を散らす。
小さな車体が、WRXの乱気流に逆らうように突っ込んでいく。
カナタ「後ろが荒れてる……ッ!!
だけど――来いよ!これが本物の勝負なんだッ!!!」
夜のR349に響き渡る三台の咆哮。
紅、青、黄――三つの閃光が再び火花を散らし、次のロングストレートへと雪崩れ込んでいく。
スタート直後、最初に待ち受ける中速域の高速コーナー。
その立ち上がりも後半に差し掛かった時――。
夜の闇を引き裂くかのように、山吹花のWRXが眩いオーラを纏った。
青い電撃と、烈しい疾風の波動が混ざり合い、視覚では捉えきれないほどの閃光となって迸る。
それはただのクルマの走りではない。まるで自然そのものが姿を変えて現れたかのような、狂おしい狼の咆哮だった。
後方からその光景を目にした伊藤翔太のスイスポが、大きく跳ね上がるように突き放される。
小さなFFの黄色い車体を包むのは必死のオーラ。だが花の放つ暴風の前では、まるで紙切れのように軽々と舞い散りそうになる。
カナタ「……これが――電撃の桜狼ッ!!!」
先頭を行くカナタの86に、花のWRXがじわりと食らいついていく。
インを狙う鋭いライン取り、そして完璧としか言いようのないブレーキング。
今にも86の鼻先に並びかけるのではないか――そんな緊張感が漂った。
圧倒的なオーラ。
爆発的な加速。
そして、暴力のような鋭さの奥に潜む、目を細めるほどの優しさ。
その全てが、花というドライバーのWRXに宿っていた。
だが――その時だった。
伊藤のスイスポが、思わぬ方向へと流れ出した。
まるで峠の闇に引きずり込まれるかのように、車体の尻がスライドしていく。
危うく進行方向を外れかけるが、伊藤は咄嗟にカウンターを当て、逆の方向へと切り込み、車を回避させた。
黄色い光が闇の中で蛇のようにうねり、ギリギリの軌道修正。
その一瞬に賭けた動きは、彼が積み重ねてきた経験のすべてだった。
伊藤「――ッ……危ねぇ……ッ!!!」
冷や汗が首筋を伝い落ち、シートを濡らす。
伊藤は拳で乱暴に汗を拭いながら、乾いた笑いを漏らした。
伊藤「……もう少しで……変なとこ行くとこだったぜ……ッ!!」
心臓が暴れる。
肺が焼け付くように酸素を求める。
だが彼の目だけは、決して揺らいでいなかった。
「……まるで……操り人形に操られたような...」
そんな感覚さえ残したスライド。
ほんの一瞬、己の意思を失いかけた。
伊藤は知っている。
この大型高速コーナーの恐ろしさは――ただ速く曲がることではない。一度ラインを誤れば、二度と戻れない奈落が待っていることを。
夜の森を切り裂く轟音の中で、彼はその現実を骨の髄まで思い知らされていた。
この大型高速コーナーの怖いところは
それのことかッーーー!!!!
コース上は、深夜。アスファルトも全て闇に染まっている。
視界が薄っすらと黒いスミに覆われたかのような空間のようになっている。
そんな山奥の公道のコーナーから
飛び出してきたのが赤、青、黄色の三台の野獣。
右側の茂みの錯覚からスイスポが猛然とした勢いとフルスロットルでWRXに食いついていく。
花のWRXが吠える。
ブーストの圧がピークに達し、ターボ特有の「シュウウウウウッ!!」という呼吸音が夜空に響く。
アクセルは床まで踏み抜いている。
だが――前方の紅い戦闘機、カナタの86が離れていく。
山吹花「……どうしよう……ッ!!」
花の目が大きく見開かれる。
視界の端で、86のリアランプが鮮烈に瞬き、まるで星を追い越していくかのような速さを誇っていた。
山吹花「...86の最高速が……伸びているッ!?!?嘘でしょ……!?
だってNAじゃ……ないのッッ!!!??」
エンジンの理屈を知っている花だからこそ、
その異常に鳥肌が立った。
ターボを積むWRXに比べれば、NAの86は直線で分が悪いはず。だが今は逆だ。伸びているのは、カナタの86の方だった。
カナタ「……まだまだだ。こいつはNAだろうが……走りで食える!!!」
カナタの声が夜を切り裂く。
ハイカムに切り替わった瞬間、86のエンジンがまるで吠える獣のように唸り、タコメーターの針は限界を振り切る勢いで舞い上がった。
吸気音と排気音が重なり合い、ターボの過給圧に匹敵するほどの伸びを生み出している。
花「嘘……嘘でしょ……!?
あの吸気音……!
自然吸気で、ここまで回転が……ッ!!
私のWRXでも捕まえられないの……!?」
アクセルを踏み増すたびに花のWRXは猛々しく前に出る。だがその先で、紅の86がさらに伸び、さらに遠くへ――。
夜風を切り裂き、疾風の狼である花のWRXを嘲笑うかのように。
その光景を後方から見ていた伊藤のスイスポが、声を張り上げる。
伊藤「カナタァァァ!!
お前の86……何が起きてんだよッ!?
NAでターボ車より伸びるなんてあり得ねぇ!!!」
スイスポの小さな黄色い車体も、アクセルを踏み抜いて必死に二台を追う。
だがWRXですら追い込まれている状況だ。
伊藤の心臓は、夜の高鳴りと同じリズムで脈打ち続けていた。
カナタの86が、夜の闇の中でひときわ鮮烈に吠える。
その排気音はもはやNAの素直な声ではなく、獰猛な猛獣の咆哮だった。
カナタ「確かに……俺の86はNAだ。
だがな……俺の86には……魂が宿っているッ!!!
伊藤と積み重ねた走り、峠で刻んだ傷跡……その全部が俺とこいつをひとつにしてるんだッ!!!」
アクセルを叩き込むと同時に、紅い86のボディから揺らめくように立ち昇る炎。
赤黒く燃え盛るオーラが、そのマシンを包み込み、まるで「赤い戦闘機」という異名が実体化したかのように輝き出した。
花「……嘘でしょ……!?
前を走る86から……炎の……赤いオーラが……!?これが……赤い戦闘機の本性……!!!」
花のWRXが疾風を巻き起こしながら食らいつく。しかし、夜の闇を焼き切るかのようなそのオーラに、思わず手が震える。彼女の全身を貫いたのは、恐怖ではなく、純粋な驚愕だった。
伊藤が後方からニヤリと笑い、
シフターを握り直す。
伊藤「本性出したな……カナタァァァッ!!!!
それでこそ……オレが知ってる86だ!!!」
スイスポの黄色いボディが大きく沈み込み、タイヤがアスファルトを噛みちぎるような音を響かせる。伊藤もまた、二人の覚醒に呼応するようにギアを叩き込み、夜の峠に牙を剥いた。
伊藤の掌が、チャンピオンイエローのスイスポのシフトノブを強く握りしめる。
その感触はただの金属ではなく、自分の心臓と直結しているかのように熱を帯びていた。
ギィンッ!!!!
シンクロの噛み合う音と同時に、伊藤の心もまた「カチリ」と噛み合っていく。
伊藤(……オレのスイスポは、ただのマニュアル車じゃねえ。
こいつの鼓動は、オレの鼓動だ……!)
タコメーターの針が赤く跳ねる瞬間、伊藤の鼓動もまた強烈に高鳴る。
そのリズムは、アクセルを踏み込む足の震えと同調し、クラッチを繋ぐ瞬間にまるで「魂が前へと送り出される」かのように弾け飛んだ。
ガコンッ!!!
ギュワァァァァァンンンッ!!!!
伊藤「……シフトチェンジはオレの心そのもの……!ギアの段を上げるたびに、加速はオレの叫びに変わるッ!!!」
黄色い閃光をまとったスイスポが、紅い戦闘機と青き桜狼に追いつこうと必死に牙を剥く。
その姿は、まるで「小さな狼」が己より大きな獣に真っ向から挑むようだった。
伊藤「魂で走るのはカナタだけじゃねぇ……!
花だけでもねぇ……!
オレだって……このスイスポと共に走るんだよッ!!!」
シフトチェンジと心の高鳴りが完全に重なったとき、伊藤のスイスポは単なるコンパクトFFの枠を超え、まさに「伊藤翔太のもう一つの心臓」
として夜の峠を切り裂いた。
紅――青――黄。
三色のオーラが交錯する。
その一瞬、ただの公道レースは境界を超えた。ここにあるのは「速さの競争」ではない。
「魂と魂の激突」だ。
轟音。爆発。閃光。
夜の山肌を切り裂くエンジンの叫びは、まるで天をも震わせる咆哮のように響いた。
山吹花「……うそでしょッ!!???」
カナタ「クッ……後ろから二人同時にッ……!」
伊藤「悪いな山吹花――」
ハンドルを握る拳に力を込め、クラッチを踏み込む。
伊藤「――お先にィィィィィッッッッ!!!!」
ガコンッ!!!!
ギュオォォォォォォンッッ!!!!
伊藤のチャンピオンイエローのスイスポが、わずかに前へ頭を出す。
その軌跡は、最短距離を突き抜けるイン側の鋭いライン――「最短離脱ライン」。
わずかな隙間に牙を立て、花のWRXに襲いかかる。
ギャリリリリリッッ!!!!
WRXのタイヤが火花を散らし、花が必死にインを塞ごうとする。
だが、その重量級ボディは、軽量コンパクトのスイスポに対して「鈍さ」として裏目に出る。
押し切られる――!
花「――――ッッッ!!」
歯を食いしばり、ハンドルを叩きつけるように握る花。
だがスイスポは止まらない。鋭い舌のようにインへ差し込み、そのまま花のWRXを圧倒していく。
伊藤「山吹花……恨むことはない。
これが――お前の全てだよ......。」
その冷酷な声とともに、スイスポのフロントが完全にWRXを前へと抜き去った。
コンパクトFFが、ターボ四駆を制す瞬間だった。
花「くっ……!」
ギャオオオオオオオン!!!!
ベタ踏みでEJ20を吠えさせる。怒りを燃料に変えたかのような加速音が、夜空に響き渡った。
キュルルルルルルルルルーーーーッッ!!!
四輪駆動特有の鋭い立ち上がりで、花は再び背後に食らいつく。
花「EJ20は最高傑作よ……ッ!
わたしのWRXはまだ、終わってない!!!」
その瞳は涙すらにじませ、しかし揺らがない。
悔しさと誇りを燃やすように、花は叫んだ。
花「調子に乗らないでェッッ!!! 抜かれたけど……私の疾風はまだ優しいわよッッッ!!!」
アクセルを蹴り飛ばす。
花「この世界にーー“私がいる”ってことを見せてやるッッ!!!!」
その瞬間、WRXの青いボディが閃光を放つ。
電撃の桜狼――その異名を裏付けるかのように、ボンネットの下から青とピンクのオーラが噴き上がる。まるで稲妻が疾風を伴って舞い上がるかのように。
伊藤「チッ……まだ来るのかよ……!!」
背後の気配に振り返るようにバックミラーを覗く。そこには、狂気のように唸るWRXの姿があった。
花「まだ……まだよ……ッ! WRXの疾風は、
誰にも止められない!!!!」
一方、そのすぐ先で紅のオーラをまとった86が唸る。カナタの瞳は血走り、ハンドルを噛むように握りしめていた。
カナタ「二人とも……化け物かよ……!!!」
※先頭を走るNAのアンタこそバケモんだよw
エンジン音と共鳴する心臓の鼓動。
だが――彼の胸の奥には確信があった。
カナタ「それでも……俺の86には魂が宿っているッ!!!」
紅の閃光がほとばしる。
赤い戦闘機が、背後で争う二人の疾風と閃光を振り切るかのように前方へと跳ねた。
伊藤「カナタァァァ!!! ここでお前も捉えてやるッ!!!
チャンピオンイエローこそ――この峠の先頭に相応しいんだよッ!!!」
黄色い閃光が、夜の闇を切り裂く。
スイスポの1.4リッターターボが、まるで過給機の悲鳴を絞り出すように回転を上げた。
ギャアアアアアアアアアアン!!!!
その音は、ただのコンパクトカーの響きではない。
まるで小さな獣が巨大な狼に食らいつこうとする、牙のきしみのようだった。
カナタ「なんだよお前……さっきから偉そうにッ……!」
紅の戦闘機、腹切カナタの86が唸る。
アクセルを深く踏み込み、吸気音と排気音が一つに混じり合い、爆炎のように夜を揺るがした。
カナタ「なら――来いよッ!!!」
ステアリングを切る腕に力を込める。
まるで赤い機体そのものが意思を持ち、伊藤を挑発するかのように、テールランプが紅く脈打った。
花「なめないでッ!! その争いに……
私のWRXも割って入るッッ!!!!」
青いボディが地を蹴り、疾風が巻き起こる。
EJ20が咆哮し、タービンの音が夜を切り裂いた。
ヴォオオオオオオオオン!!!!
ギュワアアアアアアン!!!!
三台が横一線に近づく。
紅、青、黄――。
三色の閃光が重なり合う瞬間、誰もが「抜け出すのは俺だ」と叫んでいた。
伊藤「カナタッ!! お前のNAなんて関係ねえッ!!ターボの瞬発力ってやつを叩き込んでやるよォォォ!!!!」
カナタ「黙れッ!!! NAにはNAの誇りがある……!
俺と86は、ターボにだって負けやしねえッ!!!」
花「2人ともッ……甘いんだよォォッ!!!!
私のWRXは……勝利のためにあるのよォォォ!!!!」
ブオオオオオオン!!!!
バシュウウウウン!!!!
スリップストリームの乱気流が三台を包む。
バックミラーに映るヘッドライトが一瞬歪むほどの距離感。スイスポが紅のテールに牙を立てようとする。だが、その横から、WRXのフロントが無理やり鼻先を差し込んでくる。
花「インは渡さないッッッ!!!」
伊藤「チィッ……!?」
カナタ「フン……面白えじゃねえかッ!!!」
「やってやるよォォォォ!!!!!!」
三台が同時にコーナーへ突入する。
ブレーキランプが一斉に赤く灯り、夜の路面に閃光が降り注ぐ。火花が散り、タイヤが悲鳴を上げる。
キュルルルルルルルルルル!!!!
ゴオオオオオオオオッ!!!!
まるで大地が震えるような衝撃。
紅と青と黄――三色のオーラがぶつかり合い、
夜の山を戦場へと変えていった。