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86伝説エーペックス  作者: さい
峠のバトル編
125/137

第114話 山吹花の過去

阿武隈山地の山あい。

国道沿いに建つ一軒のコンビニ――

「ヤマブキモーターズ」。


看板はコンビニのものと同じデザインだが、その下に小さく「MOTOR SERVICE」と書かれた古びたエンブレムが残されている。ガソリンスタンドを改装したような佇まいで、建物の横には油にまみれた工具箱が無造作に積まれていた。


昼間に見れば少し奇妙な風景にすぎない。だが、夜になるとそこは独特の存在感を放った。

街灯は少なく、国道は昼間も車通りが少ない。闇に沈んだ舗装路を照らすのは、店の明かりと自動販売機の光だけ。峠を走る者にとっては、どこか心惹かれる秘密基地のようでもあった。


レジに立つのは、一人の少女。

これは、今から3~4か月前のお話。


山吹花――十四歳。

もふもふとしたピンク色の髪に、小さなドミノの王冠。

猫耳のような飾りが頭にちょこんとついて、子供っぽさを残しつつも、不思議な神秘を漂わせていた。


制服はなく、彼女はいつも薄桜色のパーカーを羽織っている。

袖口から覗く細い指が、無言のままバーコードを通していく。

表情はほとんど変わらない。けれど、青く澄んだ瞳がレジ越しに客を射抜くと、誰もがわずかに言葉を飲み込んでしまう。


彼女がこの店で働くようになった理由を知る者は少ない。

ただ、「いつの間にかレジに立っていた」と言う者ばかりだった。


村人にとって花は、異質で、不可解で、けれど日常の一部になっていた。


「山吹さん、いつもありがとうね」

農作業帰りの老人が野菜ジュースを買っていく。

「……ありがとうございます」

花はほとんど感情を込めずに答える。


「ポイントカード、作れる?」

学生が尋ねると、

「……はい。こちらに名前を」

と淡々とカードを差し出す。


どんな言葉にも、花は必要最低限の返答しかしない。

だが不思議と、それ以上を客は求めなかった。


店内の空気もまた、普通とは違っていた。

棚の半分は一般的なコンビニ商品。おにぎり、菓子パン、カップ麺。

しかしもう半分は、エンジンオイル、工具、古びたパーツ、海外のカタログ。

さらには「読めない文字が並んだ古本」「破れた地図」「見たことのないチェス盤」――。


入るたびに「何の店だ?」と思う客もいたが、誰も詮索しなかった。

その奇妙さが、この村にとっては当たり前の空気だったからだ。


夜シフト。

外は真っ暗で、虫の声が店内まで響いてくる。


花はレジに立ち、やることがなければ棚を整える。

賞味期限の近いおにぎりを前に出し、飲料ケースの缶を揃える。

それは人間らしい日常作業だが、彼女の仕草は妙に機械的で、冷ややかだった。


だがふとした時、その瞳はどこか遠くを見ていた。

蛍光灯の光を反射する青い瞳は、目の前ではなく、誰も知らない「向こう側」を見ているようだった。


常連客の中には、彼女に話しかけようとする者もいた。


「……花ちゃん、夜遅くまで働いて大変だねぇ」

老婦人が微笑みかける。

花「……はい」


返ってくるのは短い返事だけ。

けれど、その声にはわずかに温度があった。


「ありがとうね。おかげで助かるよ」


そう言って去っていく背中を、花は静かに見送る。

その瞳の奥で、ほんの一瞬、孤独が揺らいだ。


だがいつも優しい客ばかりではない。

夜になると決まって現れる、厄介な客もいた。


酔っぱらった中年が、意味もなく絡む。

「おい、お釣り少ねぇんじゃねえのか?」

「……間違っていません」


不良風の若者が、彼女をからかう。

「なにその頭?猫耳?コスプレ?きっしょ」

「……商品の代金は?」


花は怯まない。

必要な言葉だけを返し、淡々と作業を続ける。

その冷静さが、逆に客を苛立たせることもあった。


ある夜。ホットスナックを買った客が、ビニール袋を乱暴に叩きつけた。

「おい!なんでチキンが入ってねぇんだよ!!」


怒鳴り声が蛍光灯に響く。

店内の空気が一瞬で凍り付いた。


花は袋を覗き込み、淡々と答えた。

「……取った分しか、入ってません」


その声は氷のように冷たかった。

怯えるでもなく、怒鳴り返すでもなく。

ただ静かに、確信を持って告げる。


男は顔を真っ赤にし、さらに声を荒げる。

「なんだその態度はッ!!客に向かって!!!」


だが、その瞬間。

花の青い瞳がふっと鋭さを帯びた。

背後に――獣の影が立ち上る。


その瞬間だった。

花の青い瞳がふっと鋭さを帯びた。

背後に、誰にも見えない“獣”の影が立ち上る。

鬼か、獣神か。男の視界に、ほんの刹那だけ幻のような姿がよぎった。


喉が詰まり、声が出ない。

さっきまで怒鳴っていたはずの声は、空気に吸い込まれるようにかき消えていった。

男の背筋に冷たい汗が伝う。


レジ前。

ビニール袋を握り締めた客は、なおも花の顔を睨みつけながら罵声を浴びせる。

「テメェ……何なんだよ、その態度はァッ!」


花「……あの……」


言いかけた瞬間、ドカッと鈍い音が響いた。

唐突に振るわれた拳が花の頬を打ち抜く。


白い肌に赤い筋が走り、血が一筋流れ落ちた。

だが、花は動かなかった。

倒れもせず、叫びもせず、ただ俯いたまま――じっと男を見上げた。


その瞳には、涙ではなく冷たい光が宿っていた。

怒りでもなく、恐怖でもなく、ただ「受け止める」という静かな意思だけがあった。


男はなおも喚き散らす。

「チッ……気取った顔しやがって……!」

「笑ってんのか!?ムカつくんだよ、ガキがぁぁッ!!」


嗤う声が、花の耳朶を突き刺す。

一言、一言が胸を抉るように痛い。

けれど彼女は――うつむいたまま、

唇をわずかに震わせただけだった。


花「……すみません――」


その声は、レジの機械音にさえかき消されそうなほど小さく、優しかった。

桜の花びらが散るような、か細い声。

誰にも届かない、春の吐息のような声。


男は一瞬、息を呑む。

拳を振り上げているはずの自分の腕が、なぜか重く、鈍く感じられる。

目の前に立つのはただの少女のはずなのに――背後に立つ“影”の圧に喉が震えた。


それでも、花はただ俯いたまま、血を拭おうともしない。

薄桜色のパーカーの袖口に赤が滲んでいくのを気にすることなく、ただ「謝る」ことで時をやり過ごそうとしていた。


――空気が凍り付く。

店内にいた他の客は誰も声を上げられない。

レジの「ピッ」という電子音だけが、虚しく日常を装って響いていた。


花は、小さな声で繰り返す。

花「……すみません……」


まるでそれが彼女に許された唯一の言葉であるかのように。


蛍光灯がジジ、と低い音を立てていた。

静かな店内を破るように、怒声が響く。


「おい……テメェなんだよその顔ォッ!!」

「....その落ち着いてますアピールムカつくんだよォッ!!」


2番レジで、芽衣の草色のツインテールが揺れた。

肩をがっちりと掴む男の手は、油と汗でざらつき、力任せに肉を抉るように食い込んでいた。

芽衣の細い体が、小さく震える。


芽衣「……うぅ……」

その呻き声に、隣のレジから花の声が鋭く飛んだ。


花「芽衣ッッ!!!」


蛍光灯の光に照らされた花の青い瞳が、怒りと焦りで強く光った。

ピンクの髪がふわりと跳ね、彼女の全身から迸る気迫が空気を震わせる。


だが芽衣は――。

痛みを押し殺すように、首を静かに傾け、小さな笑みを浮かべようとしていた。

その表情は柔らかいはずなのに、なぜか恐ろしく冷たい。

男の眼に宿る苛立ちを逆なでするような、不思議な迫力を帯びていた。


「笑ってんじゃねぇええ!!!」

怒声とともに、男の指がさらに食い込み、肩の骨が軋む。


ガッ!!


芽衣の体が揺さぶられ、棚の商品がガタリと音を立てて崩れかけた。

それでも芽衣の瞳の奥には、澄んだ鋭さが光り始めていた。


芽衣「……離してください……ッ!

離して――――ッ!」


その声は震えていなかった。

空気を斬り裂く氷刃のように鋭く、冷たく、確かな重みを持っていた。

蛍光灯の光が一瞬だけパチ、と瞬く。

その場にいた客たちの背筋を悪寒が走る。


誰も動けない。

誰も声を出せない。

芽衣の声に込められた圧力が、場を支配していた。


芽衣「人は100パーセント……言う通りには動かない……ですよね?」


芽衣が低く呟いた。

刃のように鋭い言葉に、男の眉がひきつる。


「は……?」


掴んだはずの肩が、なぜか鉛のように重く感じられ、指先から力が抜けそうになる。

本能が告げる。――この少女は、ただの子供ではない。


その瞬間。

花が、隣のレジから勢いよく飛び出した。

薄桜色のパーカーが白光をはね返し、青い瞳が閃光のように光る。


「芽衣の言う通りよッ!!!」

「……やめなさいッ!!!!!」


その叫びは雷鳴のように店内を貫いた。

バチィィィッ!!


花の体から、青い火花のような閃光が迸る。

ピンクの髪が逆立ち、背後に巨大な狼の幻影が立ち上がった。

咆哮のような風が吹き抜け、並んでいた菓子袋が一斉にバサバサと舞い上がる。


客は息を呑み、空気ごと押し潰されるような圧に足が竦む。

従業員さえも凍り付いた表情で立ち尽くした。

レジの電子音が「ピッ」と乾いた声を響かせ、それだけが日常の名残を装っていた。


花の視線が男を射抜く。

怒りでも憎しみでもない。

――ただ、絶対に譲れない“境界”を示す視線。


その瞬間、男の背筋を何か冷たいものが這い上がった。見えた、確かに見えた。

花の背後に、雷光を纏った獣神が立ち上がる幻影を。


「ひ、ひッ……!」


男の喉が潰れたように声を失い、掴んでいた芽衣の肩から力が抜け落ちた。


芽衣は自由を取り戻し、花の背に隠れるように一歩下がった。

だがその瞳はまだ鋭く光っていた。


花「……二度と、私の妹に触らないで」


その声は低く、確かに店内全てに響いた。

怒鳴り声よりも強い。

青い電撃よりも重い。

少女の声とは思えぬ、圧倒的な“威”を孕んだ響きだった。


男は足をもつれさせながら後退し、商品棚にぶつかり、最後には踵を返して逃げ出していった。

ドアが乱暴に開かれ、夜の冷たい風が吹き込む。


夜のコンビニ。

蛍光灯の白い光が、まだ震えるように店内を照らしていた。

男は顔を真っ赤にしながら後ずさりし、商品棚にぶつかり、舌打ち混じりに「覚えてろ!」と喚き散らしていた。

だが次の瞬間、ドアの前でふいに腕を掴まれる。


「……どこに行くんだよ、アンタ」


低く冷えた声。

振り返った男の視界に、金色の髪を逆立てた少年が立っていた。

スラリとした体躯、制服の上からでも分かる筋肉のしなやかさ。

その瞳には迷いがなく、真っ直ぐに怒りを宿していた。


――伊藤翔太。

まだこの頃は“スイスポ乗り”として知られる前、ただの一人の高校生。


彼は躊躇なく男の腕を掴み、力強く止めていた。

「ここで逃げるのか? 女の子相手に暴れておいてよ」


花と芽衣の視線が、驚きと安堵の混じった眼差しで少年を捉える。

蛍光灯の下で、その背中は妙に大きく見えた。


「チッ……ガキが……調子に乗るなよォッ!!」

男が吠え、握られた腕を振りほどこうとする。

その勢いのまま、太い拳が伊藤へと振り上げられる。


花「危ないッ!!!」


叫びが空気を裂く。

だが伊藤は――一歩も退かなかった。

その目は静かに、迫る拳を見据えていた。


「そんな……ハナクソみたいな拳くらうかよッ!!」


鋭い声が響く。

次の瞬間――伊藤の体が弾かれるように動いた。


空気を切り裂く一閃。

鋭く、迷いのない縦の線。

それはフルカウンターのパンチ。


まっすぐに振り下ろされた男の拳より速く、伊藤の拳が男の頬に突き刺さった。


「ゴッ!!!!!」


鈍い衝撃音が店内を揺らし、棚の菓子袋がぱらぱらと崩れ落ちる。

花も芽衣も、目を見開いてその光景を見つめていた――。


頬がほんのりと赤く染まっていく。

胸の奥にポンっと跳ねるように花の心が高鳴る。


『キュンとしちゃった......』

そう心の中で思い込んだ。

春風のような感情が、そっと花の心を撫でたのであった。


だが――。

「ドンッ!」


唐突に、別の男が伊藤の肩にぶつかってきた。

花の心が現実に引き戻される。


さらにもう一人の男が無言で列を無視し、横から割り込むように入ってくる。

伊藤は思わず目を見開き、顔をしかめた。


「……はよ、あっためろ。袋もな。はよしろよ」

「……は?なんだよ……」

「……んだよガキ。なんか文句あんのか?」


空気が一気に濁る。

さっきまで花の胸にあった安堵が、黒い煙のようにかき消されていく。


芽衣は、そのやり取りを見ていた。

静かに息を吐き、レジの奥に置かれた弁当を取る。

その手はわずかに震えていたが――それは怯えではなかった。


静かな怒りを、抑え込んでいたのだ。

胸の奥でぐつぐつと煮え立つものを、必死に押し殺していた。


瞳の奥に、鋭い光が一瞬閃いた。

「……」


花はその視線を横目で見て、胸の奥がさらにざわついた。

(芽衣……あなたも……)


レジ前に、張り詰めた沈黙が落ちる。

客たちは息を潜め、蛍光灯の下で時が止まったように動けない。

聞こえるのはレジの機械音「ピッ」という乾いた電子音だけ。


その瞬間――三人の運命は確かに動き出していた。


芽衣「......やめてください。」

低く、静かな声。

その声の響きは、冷たい湖面に石を投げたかのように空気を震わせ、店の温度をどこか冷たく覆した。


芽衣の肩が震えていた。

微かに若葉のように。

それは恐怖でも戸惑いでもない。

静かなる怒り。


芽衣「これは...

これがないと私...生きられないから......。

だから、絶対に渡せません......。」

「......私の根は...誰にも奪わせないッ...。これは、生まれた時から私のモノ......。

人前なんかでそれを......侮辱しないでッ!!」


男が笑いかけた瞬間ッ!!!

『バチィィィィン!!!!!』

耳が張り裂けるほどの衝撃を打たれたのは芽衣ではない。男だ。真横から伊藤の手が震えることもなく全力で男の手を払う。


伊藤「...お前なんかあっちいけェェ!!」

「ここはお前の王国なんかじゃねェェ!!!!!」


バシッ!!!!!!!

レジ袋が宙を舞い、店内に一瞬の沈黙。


花「芽衣...耳、大丈夫?」

芽衣「うん...ありがとうーー。」


そして、店は、何事もなかったかのように静かになり夜が来て店は、静かに閉じるのであった。暗く静まる店内。バックヤードの開けるな危険ッ!と書いてある扉の引き戸をカチャと開くと、そこには花と芽衣が小さなリビングで涙目で足をふたりとも横たわっていた。


花「......ママ、わたしーー」

芽衣「......つらかった。」

ちとせが萌え袖ながらも暖かく2人に抱き寄せる。

ちとせ「うん、おじさんもつらかったよ~...ふたりとも無事でよかったね......。」


3人は一緒に静かに眠りについた。

夜の仕業が引き起こす眠る魔法とともに。

そして、伊藤翔太という男は後にそのコンビニにつながるガレージでクラス優勝3連覇のスイフトスポーツを手に入れることになる。

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