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86伝説エーペックス  作者: さい
峠のバトル編
124/136

第113話 WRXの逆襲!

福島県風越村。

山奥の国道沿い、街灯もまばらな芝生の切れ間から、虫の音が絶え間なく聞こえていた。木々のざわめきが夜風に乗って囁く。空には月が細く浮かび、山肌に白い光を落とす。深夜の阿武隈高地。その奥へと潜り込んだような静寂の中で、ただ三人の影だけが浮かび上がっていた。


紅い戦闘機――トヨタ86の腹切カナタ。

黄色いコンパクト、スイフトスポーツの伊藤翔太。

そして、その二人の前に立ちはだかるかのように、両腕を組んだ少女――山吹花。


花の瞳は冴え渡り、山桜を思わせる青の輝きを秘めていた。彼女が口を開くたび、周囲の空気が張り詰めていく。


花「さぁ――一夜の峠バトルを始めましょ?」

カナタ「……花、お前が仕掛けるなんてな」

伊藤「いや、待てよ? オレら86とスイスポの勝負に花が乱入するってか?」


花はふっと笑みを浮かべ、長い髪をなびかせた。

花「その86とスイスポ……そして私の魂でね」

伊藤「……は? 魂……?」

花「そうよ、魂。見せてあげるわ。私のWRXで――!」


その瞬間。

夜の静寂を切り裂くように、低く重いクランキング音が轟き始めた。


――キュルルルルル……ボンッッ!!!


スバルWRX STI、EJ20水平対向ターボの心臓が目を覚ます。ヘッドライトが一斉に灯り、蒼白い光が木立を照らし出した。カナタと伊藤は反射的に目を細め、胸の奥を締め付けられるような感覚に捕らわれた。


伊藤「……っ、なんだ、この鼓動……」

カナタ「やはり……花はただの走り屋じゃねえな」


花は運転席に滑り込み、クラッチを軽く踏み込む。その動作一つにすら迷いがない。


――ギュン……! ブォォオオオオオオ!!!


タービンが甲高い金属音を響かせ、ボンネット下から鋭い咆哮が立ち昇る。重低音と高周波が混ざり合い、山の谷に反響した。芝生に咲いていた夜露の草花さえ震える。


花「少しだけ……走ってみせるわ」

そう言い残し、花のWRXは国道の下りへと滑り出した。


最初の一歩は驚くほど静かだった。

だが、クラッチを繋ぎ切った瞬間――。


――ギャギャギャッッ!!!

――ドオオオオオオンッ!!!


爆裂音と共にWRXは跳ねるように加速した。青白い光跡が夜道に線を引き、路面の轍に吸い込まれていく。


カナタ「……ッ!?こいつ、最初からフルで行く気かよ!」


伊藤「いや……まだ踏み込んでねえ。あの感覚……間違いねえ、余裕だ!」


花はコクピットの奥で、冷たい微笑を浮かべていた。

手首の角度だけでステアリングを抑え、ブレーキペダルへと右足を軽く触れる。


――シュオオオオオッ……!!!

ローターを焼く鋭い摩擦音。直後、フロントの荷重移動を利用して、WRXは軽々とノーズを内側へと沈めた。


花「……さぁ、山は目を覚ますわ」

タイヤが悲鳴を上げる。

アスファルトに刻まれるラインは、夜風を切り裂く旋律のよう。


後ろで見守るカナタと伊藤の耳に、まるで異世界の咆哮が響いていた。


伊藤「……これが、水平対向エンジンの力か……!? 二リッターで……この速さかよッ……!」

カナタ「踏み込みも、ブレーキも、すべてが完璧……。やはり……電撃の桜狼……伊達じゃねえなァ......」


WRXは下りのS字を抜けていく。

重心の低い水平対向エンジンが、路面の揺らぎを吸い込むように押さえ込み、ブーストの立ち上がりが次々と加速を叩きつける。


花「ふふ……ここまでが助走よ」


アクセルを一気に踏み抜いた。

タービンが吠え、EJ20の全力が解き放たれる。


――バシュッッ!!!

――ドゴォオオオオオオオオオッッ!!!


ブローオフバルブが息を吐き、夜の森に閃光が走った。

ヘアピンのインを舐めるように滑り込み、わずかなカウンターでリヤを押さえ込む。

滑走路を駆ける戦闘機のように、WRXは峠の下りを支配していく。


芝生に残された二人は、ただその背中を見送ることしかできなかった。


伊藤「オレのスイスポじゃ……あそこまで鋭く切り込めねえ……!」

カナタ「86のFRでも、あのラインは取れねえ。四駆の限界のさらに先……!」


花のWRXは、闇夜の中で蒼い狼の幻影を纏うかのように走っていた。

排気音はまるで雷鳴。

タービンの咆哮は嵐のよう。

そして、そのすべてを制御する花の意思は、峠を駆ける精霊のように研ぎ澄まされていた。


花「これが……私の魂。まだ序章よッ!!!」

そう呟いた時、彼女の眼差しは誰よりも鋭く、そして誰よりも美しかった。


三台のマシンがスタート地点に並び立った。

闇に包まれた山奥。

夜風は冷たく、樹々の枝葉がざわつく音さえも、これから始まる激闘を前にした予兆のように聞こえる。


花のWRX STIは蒼い光をまとい、アイドリングの鼓動が地面を伝って響き渡る。

EJ20の重低音は、不気味なほど安定していて、それでいて獰猛な獣の呼吸のようだった。


隣に並ぶのは、赤く燃え立つ戦闘機――カナタのトヨタ86。

FR特有の軽快な排気音が夜に弾け、鋭い眼光を放っている。


そのもう一方には、黄金に輝く小柄な狼――伊藤のスイフトスポーツ。

軽やかな直4ターボが甲高い音を立て、いつでも牙を剥く準備を整えていた。


伊藤「絶対勝つーーッ!!!」


アクセルを一度だけ煽り、甲高いサウンドを夜空に突き刺す。

彼の目はまっすぐ花を射抜いていた。


カナタ「来い! 花!!」

「女の子でも……容赦はしないッ!!!」

「相手にとって不足はねェッッッ!!!!」


その声には、震えひとつない。

赤い瞳は炎のように燃え、全身から闘志が溢れ出していた。


花は、ふっと小さく笑った。

花「二人共……その意気だよ」


視線は前だけを見据えている。

後ろを振り返ることなど一度もない。

この瞬間のために、彼女はここに立っていた。


花「さぁ――熱い夜を楽しもうかっ♪」


そして、3台のマシンがスタート地点に降り立つ。深夜の山奥の道路は、すでに闇に染まっていた。街灯も薄暗く頼りにならないくらいの明るさだ。


腹切カナタVS伊藤翔太VS山吹花

トヨタ86VSスイスポVSWRXSTi


福島県阿武隈山地――国道R349。

地元の者ですら夜に走ろうとは思わない、真の暗黒の山道がそこには存在していた。


花のWRX、カナタの86、伊藤のスイスポ。

三台のマシンはまだ動かない。

ただ、しだれ桜並木の下に整列し、月光の下でエンジンの鼓動を響かせていた。


花「ルールは言ったわよね? 二十キロ先のゴール地点を通過するまでに私を抜けたら、あなたたちの勝ち。抜けなければ、私の勝ち。」


その声音は冗談めかしているようでいて、どこか鋭かった。

彼女の瞳の奥には、挑戦を待ち望む光が宿っていた。


花「スタートはここ、しだれ桜から。ゴールは杉沢の大杉を抜けて、さらに二つ目のコーナーを曲がった先がゴールよ。」

カナタ「……R349か」


彼は腕を組み、目を細めて闇の山道を見つめた。

「高速セクションが多い……本当に勝てるのか? いや、勝たなきゃならない。直線では花のWRXに置いていかれる。でも……峠だ。ヘアピンがある。そこで上手く仕掛ければ、まだ……12連勝の望みはある!」


伊藤は小さく鼻を鳴らした。

「R349か。……あ、でもたしか船引の方は峠区間が多かったよな? 俺、郡山だからR349は走ったことないんだよ……。未知の道か。だけど――」


彼は唇を噛む。

「だからこそ血が滾るんだよな。知らないコースで挑む方が燃える!」


花は二人の反応を見て、ふっと微笑む。


「説明してあげる。……R349はね、ただの山道じゃないの。国道の名を持つ以上、道幅は意外と広い。だけど……闇に染まった今は、広さは逆に恐怖に変わる」


彼女は指先で前方を示す。

「序盤は下りのストレート。スピードの出やすい緩やかなカーブが続くわ。でも気を抜けば一瞬で外に弾かれる。ガードレールの向こうは谷底よ」


カナタと伊藤の背筋に冷たいものが走った。

「中盤は峠らしいセクション。S字とヘアピンが連続する。ここはあなたたちの得意分野かもしれない。私の四駆の強みもあるけれど……あなたたちの走りが本物なら、きっと食らいつける」


花の言葉は挑発的でありながら、どこか優しかった。まるで二人の実力を心から認めているように。


「そして後半――杉沢の大杉エリア。道幅はさらに広がり、直線と緩いコーナーが繰り返される。馬力勝負。そこで本当にこの私”青い電撃の桜狼”を抜けると思う?」


伊藤「ぐっ……!」

カナタ「……!」


花は淡く笑い、続けた。

「ゴールは大杉を抜けて二つ目のカーブ。

その先で最初に抜けた者が勝ちよ」


風が吹き抜けた。

夜の山奥。虫の声すらかき消されるほどの静けさ。


カナタは深く息を吸い、86のドアに手を置いた。

「……FRの切れ味、見せてやる」


伊藤はスイスポのルームミラーを整え、静かに呟く。「軽さと根性……全部ぶつけてやるぜ」


花はWRXのボンネットにそっと触れた。

「ごめんね……本当はこんなことしたくなかった。でも、私を認めてくれるのは――芽衣と、そしてあなたたちだけ」


エンジンはまだアイドリングのまま。

三人の視線は前方の闇へ。


その先にあるのは、R349という名の試練。

高速セクション、峠のヘアピン、そして大杉を抜ける長い直線――。


彼らの胸にはそれぞれの想いが渦巻いていた。

赤い戦闘機の誇り。

黄色い狼の野心。

蒼い桜狼の覚悟。


まだスタートは切られない。

だが闇夜の静寂は、次の瞬間に爆ぜる咆哮を待ち構えていた。


山吹花は思い出したーー。

コンビニで働いてる時の自分を。

これは、少し前のお話。


山吹花――14歳。

彼女は、この町に不釣り合いなほどの存在感を持っていた。

阿武隈山地の裾野に広がる小さな村の国道沿い。田畑と古い商店が点々と並ぶその風景の中で、花の姿はあまりにも異質だった。


別世界からやって来た少女。

鬼と獣神の血筋を持つと言われ、血の奥底には異形の力が眠る。

しかし、その瞳に宿っているのは、人間と変わらない温かさだった。


もこもこもふもふのピンク色の髪。

その柔らかな毛先が夜風に揺れるたび、月明かりを映して銀色にも見えた。

頭には、小さなドミノ王冠――。

飾りにしか見えないその王冠は、彼女の「向こう側」での血筋を示す証だった。

猫耳のように尖った髪飾りが、子供っぽさと異世界的な神秘を同時に際立たせる。


カナタと伊藤が彼女を知ったのは、ほんの偶然だった。

町外れ、国道の奥。そこに建つ一軒のコンビニ――「ヤマブキモーターズ」。


その店は、普通のコンビニのようでいて、何かが違っていた。

表の看板には「ヤマブキ商店」と書かれているのに、入口の横には古びたエンブレムが掛けられている。

「MOTOR SERVICE」と消えかけた文字。


店内には確かにコンビニらしい商品が並んでいた。おにぎり、弁当、飲み物。

だが一角にはエンジンオイルや工具が置かれ、さらに奥にはなぜか怪しげな輸入パーツや古びたカーカタログまで並んでいる。

そして棚の隙間には、まったく意味の分からない商品――使い古された古地図、海外のチェス盤、見たこともない文字が書かれた本。


地元の客は「なんでも屋」と呼んでいた。

峠を走る走り屋たちは「秘密基地」と囁いた。


そんな不思議な場所に、いつもレジに立っていたのが――山吹花だった。

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