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86伝説エーペックス  作者: さい
峠のバトル編
123/136

第112話 その日の夜/風越村の少女

第4戦相馬戦シーサイドPK 総合暫定順位

1吉田 NSXNA1 絶対王者

2腹切カナタ トヨタ86 紅い戦闘機

3伊藤翔太 スイフトスポーツ

4黒川海斗 エボ9MR

5相川 GTRR35

6岡田大成 GRカローラ

7柳津雄介 BMWM4

8内藤セリナ AudiR8

9濱さん GR86

10クリスタ・ニールセン

11古田 BMWZ4

12東條 80スープラ

13MRTAKA ブガッティシロン

14ユナ 86

15陽太 ロードスター

16ゾフィア C7


DNF(配達員)石井NV100クリッパー 

ゴール寸前でタイヤのアクシデント発生し

リタイヤ。


(場内、雨音がまだ響くサーキット。実況ブースでは振り返り特番がスタートしていた)


若林(実況)「――それでは皆さま!第4戦 相馬戦シーサイドPK、怒涛のレースが幕を閉じました!今宵はゲスト解説にベルギーさん、そしてミルキークイーンさんを迎えて、この総合暫定順位を振り返っていきましょう!」


ベルギー「いやぁ……心臓がまだドクドクいってますよ、ほんとに……。この雨、この展開……ありえないですよ」

ミルキークイーン「うふふ……。雨粒がすべて涙かと思えるくらい、劇的な結末でしたわ……。では、順に参りましょうかね〜...?」


1位 吉田(NSX NA1・絶対王者)

「まずは1位!やはりこの男でした!絶対王者・吉田ァァァ!!!」

観客「おおおおお!!!!!」


ベルギー「最後の最後で0.1秒差を守り切った。あのNSXの姿は……まさに王者の責任感そのものでしたね」

ミルキークイーン「ええ。彼は勝つことが義務であり、そしてそれを自然に果たしてしまう……。あの古典的なNAの響きとともに、世界を再び震わせましたわね」

SNS「#絶対王者防衛」「吉田強すぎ」


2位 腹切カナタ(トヨタ86・紅い戦闘機)

「続いて2位!腹切カナタ!!

紅い戦闘機トヨタ86!!!!」

観客「カナタァァァ!!!」


ベルギー「9位からのジャンプアップ……ありえませんよ。NA前期モデルの86で、ここまで追い上げるなんて」

ミルキークイーン「彼は“奇跡”を体現しましたわ。最後の追撃で王者に並んだその瞬間……観客の心は完全に掴まれましたのよ」

SNS「#腹切カナタ奇跡の2位」「86がNAでここまでやるとは」


3位 伊藤翔太スイフトスポーツ


「第3位!奇跡の黄色!!スイスポ伊藤翔太!!!!!」

観客「うおおおお!!!」


ベルギー「小排気量で豪雨を走り切るその姿……根性以外のなにものでもないですね」

ミルキークイーン「ええ……“小さな巨人”の称号が似合いますわ。スイスポという大衆車が、この伝説の舞台で3位に輝いた……。彼の走りは、多くの人に希望を与えたはずです」

SNS「#スイスポ伊藤3位」「黄色い奇跡」


4位 黒川海斗(エボ9MR)

若林「第4位、黒川海斗!!エボ9MR!!!!!」


ベルギー「最後の最後でギリギリ踏みとどまりましたね。あの雨を四駆の牙で抑え込んだ」

ミルキークイーン「ええ、彼の走りは常に攻撃的。でも最後には“プライド”を守り抜いた……。カナタに抜かれた悔しさを、必ず次にぶつけてくるでしょう」


5位 相川律(GT-R R35)

「5位は相川律!白いGT-R!!!!!」


ベルギー「シロンが脱落した隙をきっちり拾いましたね。安定感のあるGT-Rらしい結果です」

ミルキークイーン「彼の走りは目立たなくても、勝負所で必ず順位を取っていく……。雨でもその強さは揺らぎませんわ」


6位 岡田大成(GRカローラ)

「そして6位は岡田大成!戦国カローラ!!」

観客「オカダァァァ!!!」


ベルギー「終盤で古田Z4を食ったシーン……あれは圧巻でした。四駆ターボの爆発力を見せつけましたね」

ミルキークイーン「ええ……彼はまだ荒削り。でも“強さ”を証明しましたわ。次はもっと上位に絡んでくるでしょうね」


7位 柳津雄介(BMW M4)

実況「7位、柳津雄介!!BMW M4!!!!」


ベルギー「再開からの追い上げは鳥肌ものでした。やはりM4の加速力と彼の意地が合わされば、ここまで来る」

ミルキークイーン「でも彼自身は不満そうでしたわね。“まだ足りない”と……。その飢えが、また伝説を生むのです」


8位 内藤セリナ(Audi R8・レモン色)

実況「8位、レモン色のポジティブ!

内藤セリナ!!」

観客「おほほほほ!!!!」


ベルギー「フミッパスライダーを最後までやり切った……。あのリズムは誰にも真似できません」

ミルキークイーン「彼女は“笑顔で走る”という最大の武器を持っている……。観客の心を一番掴んだのは、実は彼女かもしれませんわ」

SNS「#おほほほ祭り」「#フミッパスライダー」


9位 (GR86)

実況「9位、GR86!!」


ベルギー「沈んでは浮かび、最後まで粘りましたね、でも私は大嫌いですが?」

ミルキークイーン「努力の積み重ねが、確かに順位につながりましたわ〜...でも、、、この人なんか気に食わないところありますよね〜」


・特に私がw二度と出しませんッw

・なんだこいつは......ww


10位 クリスタ・ニールセン(フェラーリ488GTS)

実況「10位、フェラーリ488GTS、

クリスタ!!!」


ベルギー「最後は雨に飲まれましたね……でも跳ね馬らしい咆哮は人々の記憶に残りました」

ミルキークイーン「ええ……結果以上に、美しい軌跡でしたわ」


11位 古田(BMW Z4)

若林「11位……古田!!

銀色の弾丸Z4!!!!!!!」


観客「うおおお……」「古田ぁぁぁ!!」

「古田ドラァァァイブ!!!」


ベルギー「序盤から弾丸のように飛ばしたのに……最後にすべてを失った。でも、その“失速”すら伝説的です」

ミルキークイーン「ええ……敗北こそ美しい時もあるのですわ。古田さんの走りは、心に残ります」


12位 東條ヒカル(スープラ80)

若林「12位、東條ヒカル!!スープラ80!!」

ベルギー「赤い80がもっと上に来てもおかしくなかった……次に期待です」


13位 MRTAKAブガッティ・シロン

「13位、MRタカ!ブガッティ・シロン!!!」

観客「うわぁ……」「落ちたぁ……」

次回のレースの途中で正体判明しますw


ベルギー「スーパーカーの牙も、雨には勝てませんでしたね」

ミルキークイーン「でも……存在感は圧倒的でしたわ」


14位 夢野ユナ(86)

観客「ぷるんと蒟蒻畑ェェェ☆☆」

「14位、ユナ!!」

ベルギー「白い86、まだ若さが出ましたね」

ミルキークイーン「ええ、でも光るものは確かにありましたわ」


15位 陽太ロードスター

「15位、陽太ロードスター!!」

ベルギー「苦しかったですね」

ミルキークイーン「でもロードスターらしい、軽快な走りを見せましたわ」


16位 ゾフィア(C7)

「そして最後にゴールしたのはゾフィア!!C7!!!」

観客「ウンCォォォォォ!!!!!」


ベルギー「最後の最後で“迷言”を残しましたね……!もう会場が笑いに包まれました!」

ミルキークイーン「彼女は結果以上に、雰囲気を変える力を持っていますわ……」


DNF 石井(NV100クリッパー・弁当万歳)

「そして残念ながら……DNFとなったのは、配達員・石井!!NV100クリッパー!!!」

観客「弁当ォォォ!!!」「惜しい!!!」


ベルギー「ゴール寸前でタイヤのアクシデント……。でも、彼は最後まで弁当を守り抜いたんです」

ミルキークイーン「ええ……彼の“弁当を届ける”という誇りは、間違いなく伝説の一部になりましたわ」


実況「ということで!第4戦シーサイドPK、全順位を振り返りました!!」

ベルギー「いやぁ……心臓に悪い……」

ミルキークイーン「でも、心に残る戦いでしたわね」


そこから移動して表彰式へ

シーサイドPK 表彰式 ――雨の祝祭

雨脚は弱まるどころか、むしろ祝福のように強まっていた。

水滴が表彰台を叩きつけるなか、ライトに照らされた舞台が幻想的に浮かび上がる。

そこへ、今戦を戦い抜いたトップ3が呼ばれる。


1位 吉田(NSX NA1・絶対王者)

実況「まずは堂々の1位!絶対王者・吉田ァァァァァ!!!!!」

観客「おおおおお!!!!!」


吉田は濡れたレーシングスーツを翻し、静かに表彰台の中央へ立つ。

王者のオーラは雨のなかでも揺るがない。

吉田「……勝って当然。それが俺の役目だ」


観客「かっけぇぇぇ!!!!」

SNS「#絶対王者の余裕 #やっぱ吉田」


2位 腹切カナタ(トヨタ86・紅い戦闘機)

実況「続いて2位!紅い戦闘機・腹切カナタァァァ!!!!!」

観客「カナタァァァ!!!」「ナイスォォォ!!!」


カナタは疲れた顔を隠さず、それでも炎のような眼差しで舞台に登る。

カナタ「……2位……でも、見えた。王者の背中が」


吉田は横目で笑い、肩を軽く叩いた。

吉田「……来い。次も退けてやる」

カナタ「上等だ……!」


SNS「#挑戦者カナタ」「王者との距離0.1秒」


3位 伊藤翔太スイフトスポーツ

実況「そして3位!黄色い閃光!スイスポ伊藤翔太ァァァ!!!!!」

観客「うおおおお!!!」


伊藤は飛び跳ねながらステージに駆け上がる。

伊藤「やったぁぁぁ!!!スイスポでここまで来れたぞォォォ!!!!!」

観客大爆笑&歓声。

SNS「#スイスポ伊藤奇跡の3位 #テンション高すぎ」


景品授与

ステージ横から、傘を差した係員たちが登場する。

1位には豪華なトロフィーと賞金ボード。

2位には高級オイル一年分。

3位には地元特産の相馬野馬追ステーキセット

andエロ本好きなだけ1年間読めますネッカフェチケットw


観客「wwwwww」

SNS「#ステーキセット」「#伊藤の肉確定」「エロ本p」


伊藤「肉だぁぁぁぁぁ!!!!」

カナタ「……ちょっと待て、俺2位でオイル一年分って……」

吉田「……賞金より責任が重い」


観客大爆笑。


雨の中、チェッカーフラッグを握ったまま花が舞台へ駆け寄る。

青いSTiのロゴ入りジャケットに濡れた髪を束ね、観客席からも大歓声が上がる。


花「みんなぁぁぁ!!!!ほんとすごかったです!!!

雨のなか最後まで走って……正直、胸が熱くて震えっぱなしだった!!」


観客「花ちゃーん!!!」

SNS「#花の実況 #青い電撃の少女」


花は吉田にマイクを向ける。

花「吉田さん、やっぱり強すぎ……どうしてそんなに揺るがないんですか?」

吉田「……勝つのは義務だ。俺にはそれしかない」

花「くぅぅ……かっこよすぎる!!!」


次にカナタへ。

花「カナタぁぁ!!2位だよ!?

どうだったの!?」

カナタ「……悔しい……でも、燃える。

もっと速くなる」

花「うわぁぁ……泣きそう……」


伊藤にも。

花「伊藤ぉぉ!肉ゲットだね!!」

伊藤「肉ォォォ!!肉で祝勝会だぁぁぁ!!!!」

観客大爆笑。SNS「#肉おじさん伊藤」


クロージングセレモニー ――松川浦の夕景

昼から続いた豪雨はようやく止み、松川浦を包む空には、まだ重たい雲が残っていた。

しかしその雲の切れ間から、夕陽が差し込み、濡れた海面を金色に照らし出す。

サーキットを包んでいた熱気と歓声は、いまは穏やかなざわめきに変わっていた。


実況「皆さま……本当に長い一日でした。雨と嵐に翻弄され、それでも走り抜けたドライバーたちに、もう一度大きな拍手をお願いします!」


観客「パチパチパチパチ!!!!!」

SNS「#シーサイドPKありがとう」「#松川浦の夕陽が美しい」


ドライバーたちの退場

表彰式を終えたトップ3は、仲間たちと共に舞台から降りていく。

吉田は濡れたタオルで髪を拭いながら、静かに観客席に手を挙げた。

吉田「……まだ、道は続く。次も勝つ。それだけだ」


観客「王者ァァァ!!!」


カナタは少し悔しげに空を仰ぎ、握り拳を作る。

カナタ「次は……背中じゃなく、正面から抜く」

その言葉に、SNSは再び熱を帯びた。

「#挑戦者の宣言」「カナタ次は王者を狩れ!」


伊藤は肉セットを抱えながらピースサイン。

伊藤「みんな!次は肉食ってもっと速くなるからな!!!」

観客大爆笑。

SNS「#肉で速くなる #伊藤のテンション」


ライバルたちの言葉

黒川は濡れたエボのボンネットに手を置き、舌打ちしながらも笑った。

黒川「チッ……でも、悪くねぇな。次は必ず潰す」


岡田はカナタを見て叫ぶ。

岡田「次は一緒に走りたくねぇけど……勝負からは逃げねぇぞ!!!」


柳津は淡々とM4を拭きながら。

柳津「……まだ飢えてる。次はもっと本気を出す」


セリナは笑顔で観客に手を振る。

内藤セリナ「フミッパスライダー、次も見せてあげるわ!おほほほ!!」

観客「おほほほほ!!!!」


ゾフィアは相変わらず。

ゾフィア「ウンCォォォォ!!!!」

観客大爆笑。


解説席ライブからの総括

ベルギー「いやぁ……本当に胸を打つレースでした。勝った者も、敗れた者も、最後まで全力でしたね」

ミルキークイーン「ええ……雨の一滴一滴が、彼らの涙や汗と混ざり合って、今日の伝説を作ったのでしょう……。まるで舞台劇の最後のカーテンコールのようでしたわ」


若林「大荒れのレース、皆さんと共に振り返れて幸せでした!」


観客と街の空気

相馬市の街並みも、少しずつ静けさを取り戻していた。

松川浦の堤防から見える漁船には、レースを見届けた地元の人々が手を振る。

子供たちは「カナタァァァ!」「吉田ァァァ!」と叫びながら小旗を振っている。


観客「また来るぞー!!」

SNS「#松川浦の奇跡」「#大晦日決戦待機」


山吹花のクロージング


チェッカーフラッグを胸に抱いたまま、花がステージに立つ。

花「……みんな、本当にお疲れさま!!雨のなか最後まで走ってくれてありがとう!

私、あの瞬間……みんなの走りを見て胸が熱くなった。

だから次も、全力で旗を振るよ!!!」


観客「花ちゃーーん!!!」

SNS「#花のチェッカー」「#次も青い電撃を」


夕陽の下で

雲の切れ間から差した光が、松川浦を黄金に染める。雨に濡れた道路、海、そして観客の顔すべてが淡く輝いていた。


実況若林「――これにて、第4戦シーサイドPKは終了です!」

ベルギー「次は大晦日……伝説がまた一つ刻まれますよ」

ミルキークイーン「ええ……皆さま、またこの場所でお会いしましょう」


サーキットに残るのは、雨音ではなく、穏やかな波の音。

嵐の後に訪れた松川浦の夕方は、戦い抜いた者たちの心を静かに包み込んでいた。


表彰式を終えた会場はまだざわめいていた。

観客たちは帰路につきながらも、興奮冷めやらぬ様子でスマホを手に語り合う。

「吉田王者すげぇな……」

「カナタ、あと一歩だったな」

「伊藤の肉セット最高ww」

「セリナおほほ祭り忘れられん」


曇天の切れ間から差す夕陽が松川浦を赤く染め、その光が海面に揺らめく。

その輝きの中で、まだ誰も知らない“影”が姿を見せていた。


赤い閃光 ――C8コルベット


遠くの道路。

観客の視線もレース後の余韻も届かないその先に、一台の真紅のコルベットC8が停まっていた。

新世代のMRスーパースポーツ。

獣のような低い姿勢、鋭く裂けたライト。

その存在感は、すでに伝説級のマシン達と並んでもなお異質。


運転席で男がヘルメットを外す。

短髪に鋭い瞳。名は――佐藤大河。


佐藤「……おい、ハラキリィ……ッ!

貴様には負けないッ!!!」


その声は車内にこだました。

拳を強く握りしめ、夕陽に照らされた横顔には、燃えるような執念が浮かんでいた。


ハルカとの会話

後部座席から小柄な少女が顔を出す。

まだ幼い小学生の妹のハルカ。

まだ十代の幼さが残る顔立ちだが、その瞳は兄と同じ強さを宿していた。


ハルカ「おにぃちゃーん……。

そんなに大声出して……誰もいないのに」


佐藤「……いるんだよ。あの赤い戦闘機が。

腹切カナタ……あいつの86を倒さなきゃ、この俺の存在は意味がない、、、!!!」


ハルカ「またそういうこと言う……。もう表彰式終わっちゃったよ?今から出ても遅いって!」


佐藤「遅くはない。……これからだ。

俺たちの伝説はここから始まるんだ」

「お前は黙った見てろハルカ。俺があのオープンカップで屈辱的に思えたあの赤い86を叩きのめす時が、、、、!!!」

ハルカ「おにぃちゃんッ!!!!!」


そう言って、ギアに手をかける。

V8の心臓が目を覚ますように震えた。

ヴォォォォォンッッ!!!!


松川浦の夕暮れに、赤い咆哮が響き渡る。

かつてのライバルの影が太陽と月の視覚からは

見えた。佐藤大河。

ハルカ「ちょっと!おにぃちゃん!!?

ほんとに出すの!?まだ準備もしてないのに!」

佐藤「車出すぞハルカァァァァ!!!」


その叫びと共に、C8の赤いテールランプが眩く光り、雨上がりの道路へと滑り出す。

松川浦の街並みが、その異質な姿に一瞬で支配される。


誰もまだ知らない。

王者吉田も、挑戦者カナタも、奇跡の伊藤も、そしてポジティブなセリナも。


新たなライバル――佐藤大河が、この舞台に参戦しようとしていることを。


クロージングナレーション

解説ベルギー「……あれは……赤いコルベット……?いや、気のせい、、、、?」

ミルキークイーン「うふふ……。次に来る嵐の予兆ですわ……。王者も、挑戦者も……まだ試練は終わっていませんのよ」


観客もSNSもまだ気づいていない。

ただ夕陽だけが、その赤いC8を照らしていた。


そして物語は――大晦日の決戦へ。

※大長編二部作収録!制作中!!!


第4戦の表彰式もあっという間に終わってしまった。景品も前回と似たようなものだったためかみんな呆れて決まっていた。

そんなレーサーたちがやるせない中、

波が荒れている荒々しい音を数十名のレーサーたちが察知した。


豪雨が去ったばかりの松川浦。

だが、海はまだ荒れ狂っていた。濁流のように寄せては返す波が堤防にぶつかり、轟音を響かせる。

その音が余韻を楽しむレーサー達を一気に不安へと引き戻した。


黒川「ん?おいおい!!波、荒れてるじゃねぇか!?何度嘘つくんだよッ!!この運営!!!ふざけんなぁぁぁ!!!」


彼は雨に濡れた髪を乱暴にかき上げ、拳でテーブルを叩く。

怒鳴り声がブース内に反響し、周囲のスタッフも一瞬凍りついた。


だが、その空気を打ち消すように、花がぱんぱんっと手を叩いた。

水しぶきを浴びながらも、彼女の声は明るく軽快だった。


花「ハイハイッ!みんなー!今ね、沿岸エリアに避難勧告出てるみたいだから、早めに動こう!とにかく安全第一で行きましょー!!!」


その場にいた全員が一斉に振り返る。

真面目な口調ではなく、軽い調子で投げかける花の声が、逆にみんなを安心させる不思議な力を持っていた。


伊藤「えっ!?えぇぇぇ!?避難勧告!?

出てたのーー!?運営ェェェ……おい説明しろよォォ!!!」

岡田「結局そういうことなんだね……?」

カナタ「てかよ……“大事件”でなるって何だよ?……とにかく波荒れてるから逃げるぞ!!!」


花「大丈夫大丈夫!ニュースだと海外で起きた大きなドっSんの衝撃波影響で、ちょっとだけ日本沿岸にも警戒が出てるだけだってさ!」

伊藤「どっか敵に回すような訳のわかんないこと言ってないでとりあえず行こうぜッ!!! ここ、海抜低いからやばそうだッ!!!!」


黒川「ちょっとだけってレベルじゃねぇよな!?この波の荒れ方見ろっての!!!」

柳津「……ふん、運営が黙ってたのは確かに不信感だが。とにかく移動だな」


全員が荷物をまとめ始める中、花が突然思い出したように手を挙げた。


花「ちょっと待ってぇぇ!!!内陸にあるホルモン屋さんがうまいんだよ!!!!!お金は私が払う!!バイト代でーー!!」


全員「…………はあああああ!?」

ブース中にずっこける音が響いた。

緊張感の中に突然放り込まれた“ホルモン”という単語が、かえってみんなの心を和らげた。


伊藤「ホ、ホルモン!?この状況で!?!?!」

岡田「いや……逃げるんじゃなくて食べに行くの!??」

カナタ「お前なぁぁぁぁぁ!!!」


そこに相川がニヤリと笑って割って入った。

相川「よっしゃ!俺が決めたおすすめのホルモン屋さんがある!!レーサー全員集合な!!!」


黒川「おい、話変わってんじゃねぇかッ!!!」

伊藤「でも……ホルモン……うまいなら……」

セリナ「避難よりも宴会っていいねー!

私、そういうノリ大好きだよッッ!!!」

ゾフィア「ウンCォォォォ!!!ホルモン!!!」


避難から宴会へ


観客やスタッフまでもSNSに書き込む。

「#避難勧告なのにホルモン集合」

「#花ちゃんバイト代で奢り」

「#黒川困惑」

「#ゾフィアのウンCォォ」


ベルギー解説「ええ……ええ……やっぱり彼らは常識の枠を軽く飛び越えますね」

ミルキークイーン「ふふ……嵐を越えた者たちですもの。ご褒美のホルモンくらい、悪くありませんわ」


花は大声でまとめた。

花「みんなー!ほら!波荒れてるから早く車出して!!内陸のホルモン屋さんで全員集合!安全も確保できるしお腹も満たせるし一石二鳥でしょ!!」


伊藤「え、えええ……ホントに行くのか……」

カナタ「まじかよ……」

黒川「信じらんねぇ……でも行くしかねぇのかよ!!!」

岡田「ホルモンは……悪くない……」


そして、豪雨が去りつつある曇り空の下、各レーサーのマシンが次々とエンジンをかける。

エボの重低音、86の咆哮、スイスポの軽快な加速音、GT-Rの轟き、そしてポジティブなレモン色のR8。

避難先は――相馬市内陸のホルモン屋。


海の荒波から離れて、彼らは再び“戦い”ではなく“宴”に向かって走り出した。


ホルモン屋さん

店内は炭火とタレの香りが充満し、肉が焼けるジューッという音が空腹の胃袋を刺激する。

金網の向こうでは脂が跳ね、煙が立ち昇るその奥、相川が両手を広げて叫んだ。


相川「よっしゃー!何飲む?」

相川がノリノリでホルモン専用のメニューをペラペラと開き始める。


伊藤とカナタたちも両腕上げ下げして

みんなが盛り上がる。


ノリノリでメニューを広げながら、すぐに「ビール!」と叫びかけて、

**「あ、未成年だったわ!あははっ!」**と自分でツッコむ。

カナタ「相川先輩、まだ1年早いですよ。あ、うちハツ頼もうかな?」


伊藤「お!いいなー!!

俺もハツとレバー貰おうかな?」

肉が跳ねる音に被さるように伊藤も

前のめりに声を上げる。


花「私もレバー!!!」

身を乗り出して拳を握る花。

目がもうレバーしか見えてない。


相川「頼む必要ならないッ...レバーすでに用意しといたのさッ!!!!」


レバーの咆哮と熱気が店内に伝わってくる。

伊藤が鉄板に触れてすこし火傷して涙目になるが誰も気づいてくれない。


伊藤「あー!いつの間に!

ナイス相川ーー!!!

いっただきまーす!!!」

花「私もいただきまーす!!」


吉田「おっ...!若いのの食べっぷりはいいね〜!おじさんも負けないよー......?」

「そうだー...今度、うちのガレージに遊びにおいでよ〜...。その住所は....ここだ」

吉田が紙を渡す。それは絶対王者のガレージの周辺のマップの古びた紙切れ。カナタは左手を伸ばして掴んだ。


カナタ「これは...マップ?」

吉田「そうだ、うちのガレージのマップの周辺だ......」

カナタ「...てか!この住所うちの家の近所じゃないですか!!」

吉田「...じゃあ近いね!!

歩いてすぐそこだよッ!!!」

「.....今度、そこの二人もきなよー...。

ジュース組んであげるよー....」

伊藤、花「あ、はい......」

岡田「....詐欺?」

伊藤「直接会ってるだろ!!!」

詐欺も見分けつかないとは......w


カナタのほかのその二人はーー

伊藤翔太と山吹花。

花はわけわからなそうに真顔で頷き、伊藤も汗垂らしながらこくこくと頷いた。


鉄板の上でジュゥゥゥー...と焼けていくホルモン。煙が立ち上る中、細長いテーブルを囲む仲間たち。そこにはあのレーサーもいた。

弁当万歳。配達員石井21歳。


石井「ごめーーん......。

ーーリタイヤしちゃったね~......」

そういいながらホルモンひとつ箸でつまもうとする石井。


バシィィィィィン!!!!!!

花「おまえェェェ!!!!

なんであの時いつのまにかリタイヤしてたんだよォォォ!!!」

石井「しょうがないだろー...エンジンいきそうになっちゃったからさ...。」

花「エンジン逝ってもいいからお前も逝って

いいから走れやァァァァ!!!!!」

ドカアアアアンッッ!!!

はい♡そしたら走れません☽


その後も店の中はがやがやと

夜景に乗せるリズムのように

騒がしかったーー。

この中で不在なのは濱だけ。


外は静かなる夜景の世界がいつのまにか広がっていた。そして、エーペックスカップはここで大きな一区切りがついた。

次回のレースは12月。


引き続き福島県が舞台のようだ。

問題となっているオープニング制度を廃止するか検討されている模様。

さらなる敵も待ち受けしているようだ___。

5カ月後のレースが早くも期待に胸が熱くなる。とても楽しみだ......。


バブンッッッ!!!


乾いた爆裂音のようなエンジンの残響が、山の尾根を震わせながら響き渡った。

その異様な音で、カナタはがばりと目を開けた。胸の奥に鈍い重さが残っていて、まるで長い夢から無理やり引きずり出されたような感覚。隣では伊藤も呻き声を上げながら起き上がっている。


目に飛び込んできたのは――濡れた草原。

背丈の高い草に囲まれた広い空間。湿った土の匂いが強く、夜露に濡れた葉が冷たく肌を撫でる。空はまだ朝焼けに染まりきっておらず、灰色の雲の切れ間からかすかな光が差し込むだけだった。


「……っ! ここ……どこだ……?」

カナタが呟く。声がやけに大きく響くほど、あたりは静まり返っていた。


伊藤は頭を押さえ、赤い戦闘機トヨタ86のボンネットに手をつく。

「頭……ガンガンする……。っていうか……なんで外で寝てんだ俺ら……??」


視線を巡らせば、自分たちの車が目の前に停まっていた。赤い86と、黄色のスイフトスポーツ。ふたりとも、どうやらこの草原で“野宿”していたようだ。記憶は途切れている。レースの余韻だけが耳の奥で轟き、身体に残っている。


ふいに、霧を切り裂くように新たな音が届いた。


――ブォォンッッ……シュルルル……ッ。


聞き覚えのあるエンジン音。

独特の水平対向ターボの鼓動。

青い影が草原の向こうから現れ、霧を割ってこちらに迫ってくる。


「……WRX……?」

伊藤が目を見開いた。


霧の中から姿を現したそのマシンは、紛れもなく青いWRX STi。

そして、その車を操る影が、芝生の上に降り立った。


パーカーのフードを深く被り、胸元には見慣れないロゴ――いや、見覚えがある。「ドミノ王冠」のマーク。ピンクのパーカー。その上からもこもこのアウターを羽織り、長い袖が指先を隠すように垂れている。

何よりも異様なのは――フードから突き出す二本のケモミミ。


朝靄に濡れ、風に揺れ、その輪郭が霧に滲んでいた。

その瞳だけが光を宿していて、まるで霧の中の獣のように見えた。


「……おい、誰だ……?」

カナタの声がかすれる。


「……ケモミミ……?」

伊藤の言葉も震えていた。


ふたりはほぼ初めて“まともに”彼女を直視していた。

レースの場で何度か顔を合わせてきた記憶はある。だが、深く話したこともなければ、こうして正面から姿を見たこともほとんどなかった。

その存在は仲間のひとり、というより――遠い輪郭。謎めいた少女。


彼女は芝生を踏みしめ、ゆっくりと二人の前に近づく。

湿った葉が擦れる音が、不自然に大きく響く。


伊藤「……お前……まさか……そのWRX……」


少女は立ち止まり、フードの奥から声を漏らした。


「……そう。ばれちゃったね……」


「……っ!?」

カナタの胸が跳ねた。


その声に聞き覚えがあった。だが、脳がそれを認めようとしない。

ケモミミの影と、これまで見知っていた「彼女」のイメージが、どうしても結びつかない。


霧の中、少女はフードを少しだけ持ち上げた。

濡れた長髪が流れ落ちる。光を反射した瞳がはっきりと見えた。


山吹花「……山吹花。そう呼ばれている……」

その名を口にした瞬間、空気が凍った。


カナタ「なっ……お前……花……!?いや……ありえねぇ……」

伊藤「嘘だろ……。お前が……あの花……?」


これまで、ただの“同じチームにいる存在”としか思っていなかった。

笑顔で話しかけられることもあったが、それ以上の距離ではなかった。

――だが、いま目の前にいるこの少女は、あまりにも違う。


フードの隙間からのぞく耳。鋭い瞳。

普通の人間ではない。

そんな現実が、二人の認識を揺さぶっていた。


「なんで……隠してたんだ……?」

カナタが低く問う。


花は一瞬、唇を噛みしめ、視線を落とした。

「……隠してたんじゃない。ただ……言えなかっただけ」


伊藤「は……? どういう意味だよ……?」


花は青いWRXに視線を投げ、ボンネットを撫でる。

霧の向こうに、淡い光が差していた。

「……だって……ふたりは、私のこと……本当には知らなかったでしょう? 私も、近づきすぎちゃいけないと思ってた」


言葉は淡々としていたが、その奥にかすかな震えがあった。

彼女は、誰かに知られることを恐れていた。

それでも――もう隠せない。そう悟っている。


カナタと伊藤は互いに視線を交わした。

「……マジかよ……」「どうする……?」

まだ“仲間”と呼べる関係ではない。

信用していいのかも分からない。


花は静かにフードを下ろし、耳を露わにした。

霧の中で風に揺れるケモミミ。その姿は、まぎれもなく異質。

だが、その瞳だけは真っ直ぐだった。


「……私は山吹花。ケモミミのままでも……走る理由がある」


カナタは拳を握りしめた。

伊藤は口を噤んだまま、まだ答えを出せないでいた。


やがて空が白み始める。

夜と霧が薄れ、草原の先に朝の光が差す。

赤い86、黄色いスイスポ、青いWRX。

三台の車が並ぶ光景が、静かに浮かび上がった。


誰もまだ確かな言葉を交わさない。

ただ――ここから何かが始まることだけは、全員が直感していた。


山吹花「そう、、、、RVカップ12連勝...強豪チーム相手に14歳にして電撃のWRXが.....ね?」

カナタ「桜川....花....いや、お前...そんなのじゃないはず!誰だ!!!」

山吹花「わたしが...山吹花よ......ッ」


轟ッッッ!!


花の足元に落ちた青白い雷が芝を焦がし、霧を吹き飛ばす。

瞬間、彼女を取り巻く空気は別次元のものに変わった。

ピンクのパーカーに包まれていた輪郭が、稲妻に照らされて蒼く浮かび上がり、ケモミミの影が狼のように鋭く伸びる。


山吹花――いや、“青い電撃の桜狼”。


「……二度と動けないほどの絶望を……レースの中で味わわせてあげる。

だから……覚悟しなッ!!!!」


雷鳴が追い打ちをかけるように轟き、彼女の声を増幅する。

その姿は、これまで知っていた“花”とはまるで違う。


カナタの目が見開かれる。

「……こいつ……!! 今までとは……まるで別人みてぇな……」


伊藤も震える声を絞り出した。

「これが……“青い電撃”って呼ばれてた……桜狼の正体……!?

……じゃあ、あの時のケモミミコスプレ店員……お前……だったのかよッ!!!!」


花は楽しげに口角を上げる。

「そうだよ。伊藤君にわざわざスイスポ乗ってもらったのも……わたし。

“試す”にはあれが一番分かりやすかったからね〜?」


稲妻が再び彼女の周囲に走る。

草原に散った電撃が青く弾け、まるで彼女自身が雷そのものの化身であるかのように光を放つ。


カナタは唇を噛んだ。

「……クソッ……!!

花……いや、“電撃の桜狼”……!

お前が本気で来るなら、俺も腹くくるしかねェ……!!!」


カナタ「山吹花ーー少し怖いかもッ。

ほっとけない。」

山吹花「そう...だから、君みたいなやつはちょっとほっとけないな.....ッ!!」


そう言いながら花はカナタに抱きつこうとする......!!

静寂に包まれる山奥の隅では

虫の音と風の音だけが響く。


遠くに見える町の灯りは、どこか現実を忘れさせるように小さかった。

風が木々を揺らす中、WRXの青いリアウイングが鋭く浮かび上がる。


その車体に少女である山吹花が寄りかりながらまっすぐ伊藤とカナタを見つめながら話した。


山吹花「どうやら...正体バレちゃったからには

ただ終わらせるわけにはいかないよね?」

伊藤「ただ......?」


バシュンッ……!


湿った草原を裂くような気配とともに、山吹花が跳躍した。

その身体は小柄で華奢に見えるはずなのに、跳び出した軌道はまるで野生の獣のように鋭い。空気が一瞬、ピンと張り詰めた。


気づけば彼女は、カナタの目の前に着地していた。

両足が芝を踏みしめる音は不思議なほど軽く、それでいて確かな重量感を持って響く。

フードの奥から覗く瞳は雷光のように冴え、ただそこに立っているだけで、彼女の存在感が周囲の空気を支配していた。


だが、その雰囲気は決して敵意だけではなかった。

優しい――いや、あまりにも人間的で温かい感触が混ざっている。


山吹花はまっすぐにカナタを見上げ、ふいに口を開いた。


「……カナタ君……」


張り詰めていた空気に、小さな波紋が広がる。

まるで本当に、彼女の声が空気を震わせたかのようだった。


「……私のこと、怖い?」


問いかけは、雷鳴のような威圧ではなく、囁きのように静かだった。

けれどもカナタの胸を深く抉る。

恐怖なのか、期待なのか分からない熱が喉にせり上がり、返答できずに息を詰める。


沈黙を破ったのは、花自身だった。

山吹花「私ね……カナタ君の憧れなんだよ」

カナタ「……へッ……?」


カナタは言葉を失い、伊藤は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「へっ!? な、何言ってんだお前……!」

伊藤の声は裏返り、芝生に反響して消えていく。


花の表情は、真剣そのものだった。

遊び半分の軽さは一切なく、まるで心の奥底をさらけ出すような響き。


「誰よりも、本当は速くて……まっすぐな走りをしてる。

ブレなくて……誰よりも夢中な走りをしてる。

そんなカナタ君を、ずっと後ろから見てたんだよ」


彼女の目がわずかに細められる。

それは羨望でもあり、憧憬でもあり、そして――告白のようでもあった。


カナタの胸が高鳴る。

その言葉は不意打ちのように響き、反射的に視線を逸らしてしまう。

「なっ……なに言ってんだ……お前……!」


だが伊藤もまた、動きを止めていた。

その言葉に、心の奥底を揺さぶられたのは彼も同じだった。


――ふと、伊藤の脳裏に浮かんだ記憶。

いつかのコンビニ。

カウンターの向こうで笑顔を見せていた少女。

山吹花「はーい! ただのバイトでーす☆」と

無邪気に答えていた店員。


「……あ……」

伊藤の声が震えた。

心臓を掴まれたような感覚に、呼吸が乱れる。


恐怖ではなかった。

それは驚きと、わずかな納得と、そして信じがたいような感情の混ざり合い。


伊藤は唇を噛み、震える声を押し出した。

「……あの時のバイトは……お前だったのか……?」


花は、少しだけはにかんだように微笑む。

「えへへ……? バレちゃったみたい」


その笑顔は、今までの威圧や雷光を一瞬で溶かす。

霧の中で青白い稲光が彼女を照らし、ピンクのパーカーが淡く輝いた。


伊藤の胸に、不思議な感情が生まれていた。

怖さはもう消えていた。

代わりに湧き上がるのは――納得。

そして、ようやく点と点が繋がる感覚。


伊藤「……そうか……お前だったのかよ……」


雨に濡れた草原の静寂の中で、伊藤の声が小さく消えた。

雷鳴は遠ざかり、残ったのは三人の鼓動だけ。


その時、カナタはまだ言葉を飲み込んでいた。

心臓が鳴り止まらず、呼吸が荒く、ただ花を見据えることしかできなかった。


彼女は、敵なのか。

仲間なのか。

それとも、もっと別の存在なのか。

答えは、まだ出なかった。


山吹花「......まぁ、ただのバイトっても、

あながち嘘じゃなかったけどね?」


伊藤の喉が震えた。

「……やべぇ……無理だ……!」

視線を逸らしたまま、彼は86の方へ駆け出そうとした。

頭では分かっている。ここで逃げても、相手は“電撃の桜狼”。逃げ切れるはずがない。

だが身体が勝手に反応していた。

全身が「逃げろ」と叫んでいた。

「逃げよう!!! カナタ!!!」


伊藤の叫びは、恐怖と焦燥の入り混じった絶叫だった。

その声に、カナタも一瞬だけ心を揺らした。


――だが、次の瞬間。

「……逃がさないッ!!!」


雷鳴のような声が芝生を震わせた。

花の身体が一閃、風のように走った。

ふわりと舞うフード、その下から覗いたケモミミが、獲物を追う獣のようにぴんと立つ。


伊藤の腕に届くよりも早く――花の細い両腕が彼の身体を掴んだ。


「……ッ!?」

強引に引き寄せられる。

その勢いのまま、花は伊藤を正面から抱きしめた。


ドクン……と、二人の鼓動がぶつかる音が伊藤の耳に響いた。

パーカーの柔らかい布越しに伝わる温もり。

だが同時に、彼女の身体からはビリビリとした電気の気配が滲み出ていた。

甘い花の匂いと、金属を焦がすような雷の匂いが混ざり合う。


「な……っ……!」

伊藤は息を呑む。

抱きしめられた感触は、優しいのに――絶対に逃げられない力が込められていた。

細いはずの腕は、鉄の枷のように彼を拘束していた。


「伊藤君……逃げようとするなんて……ずるいよ」

耳元で囁かれる声は、雷鳴ではなく、妙に柔らかい。

だが背筋を凍らせるほどの強い意志が宿っていた。


カナタは目の前の光景に息を詰めた。

「花……! お前……何を……!」


だが動けない。

目の前で繰り広げられるのは、ただの力づくではない。

花は確かに“抱きしめている”。

それは制圧であり、同時に――奇妙な親愛のようにも見えた。


伊藤は震える声を漏らした。

「はな……っ……離せよ……!」

だが腕に力を込めても、彼女は微動だにしない。

むしろさらに強く抱き寄せ、伊藤の肩に頬を寄せてきた。


「離さない。だって……」

小さな吐息が耳をかすめる。

「君たちを……逃がすつもりなんて、最初からないんだから」


雷がまたひとつ落ちた。

青白い閃光が二人の影を地面に焼き付ける。

伊藤の胸に広がるのは、恐怖か、安堵か、混乱か――

自分でも分からない感情の渦。


ただひとつ分かるのは――彼女の腕からは、決して逃げられないということだった。


伊藤の身体を抱きしめたまま、花は小さく息を吐いた。

その声は雷鳴とは違う、妙に切実で、胸の奥を抉るように響いた。


「……約束したじゃん……。二人で……いや、私を含めて“三人で”さ。

……これから歩み続けていこうって……」


囁きではない。

だが、叫びでもない。

どこか懇願に近い声。

それは稲妻の閃光よりも鋭く、伊藤の心臓を直接握りしめるように刺さった。


カナタの瞳が揺れた。

「……誰が……そんなこと……」


唇が震える。

否定しようとしているのに、言葉が思うように続かない。

胸の奥に眠っていた記憶――忘れていたはずの光景が、唐突に揺り起こされる。

約束……そんな言葉を口にした覚えはない。

だが“花”の言葉には、妙に抗いがたい重みがあった。


花の声が続く。

「忘れたの……? あの夜、言ってくれたでしょ。

“これからは誰も置いていかない”って。

“走るのも、笑うのも……一緒にだ”って」


伊藤の喉が詰まる。

腕の中にいるのに、花の言葉がまるで雷撃のように頭を打つ。

「お前……そんなの……」


カナタは思わず拳を握った。

「勝手に……そんなこと言うんじゃねぇよ……!

俺は……俺はそんな“約束”をした覚えなんて……!」


声を荒げる。

だが、その叫びには確信がなかった。

心のどこかで――“もしかして”という迷いが生まれていた。


花はカナタを見据える。

瞳の奥には、電撃と同じ蒼の光。

その光に射抜かれた瞬間、カナタは一歩、足を止めてしまった。


「……カナタ君。嘘つきは嫌いだよ」


その一言は、抱きしめた伊藤よりも――目の前のカナタの胸を突き刺していた。


山吹花の瞳が、ふいに冷たく細められた。

その表情は、さっきまでの憧憬や優しさを一掃し、ただの“裁き”のように鋭かった。


「……伊藤くんのスイスポ……」

低く響く声。

彼女の唇から放たれる一言一言が、まるで雷の前触れのように重く響く。


「私のコンビニ……“ヤマブキモーターズ”の裏のガレージで売られてた“不良品”。

……返してもらうわよ」


瞬間、空気が張りつめた。

その言葉はただの挑発ではない。

伊藤が心血を注ぎ、誇りをかけて走ってきた愛機――黄色のスイフトスポーツ。

その存在を“裏で売られた欠陥品”と断じられた。


花の視線がスイスポへと向かう。

彼女の足が芝を踏み出し、まるで青い電撃をまとった獣が獲物に襲いかかる瞬間のように静かで速い。


「やめろッ……!!!」

伊藤の叫びが響いた。

恐怖も迷いも吹き飛び、ただ“守りたい”という意思だけが彼を突き動かした。


「させるかあああああああ!!!!!」


彼は全力で花の腕を掴んだ。

――ガシッ!!!


湿った芝を踏みしめ、必死でその身体を引き止める。

握り締めた指に力がこもり、爪が食い込みそうになるほどだった。


「俺は絶対に……! 絶対に壊させないってんだああああああ!!!!!」


その叫びは悲鳴にも近かった。

伊藤にとって、スイスポはただの車じゃない。

仲間との絆であり、自分を走らせてくれる唯一無二の翼。

だからこそ――その存在を「不良品」と切り捨てられ、目の前で奪われるなんて、絶対に認められなかった。


花の身体が引き止められ、バランスを崩す。

「っ……!」

驚いたように息を呑み、振り返ったその瞬間。

山吹花「きゃあああああああああ!!!!」


鋭い悲鳴が夜明けの草原に響き渡った。

それは彼女の誇り高い“桜狼”の声ではなく、年相応の少女としての悲鳴。

意地と威圧に覆われていた仮面が剥がれ、ほんの一瞬だけ、無防備な素顔が現れる。


カナタはその光景に目を見開いた。

カナタ「花……!」


伊藤の腕はまだ震えていた。

それでも決して離さない。

伊藤「……誰が壊させるかよ……。

俺の……俺のスイスポを……!!!」


二人の力がぶつかり合い、空気が震える。

花の耳の先が揺れ、フードの中から覗くその瞳が、大粒の涙のように光を帯びていた。


稲妻が遠くの雲を裂き、再び轟音を響かせる。

草原の空気は、もはやただの朝ではなかった。

愛と怒り、憧れと拒絶――そのすべてが絡み合う、嵐の前触れのような緊張に包まれていた。


山吹花は、まだ震える伊藤の身体をしっかりと抱きしめていた。

その瞳が潤み、まるで訴えるように細められる。


山吹花「……お願い……」

その声は雷鳴でも脅迫でもなく、少女の切実な囁き。

「……あのスイスポを、私に預けて……優しく……永遠に眠らせてあげるから……」


言葉と同時に、花の身体からふわりと広がる香り。

それは雨上がりに咲いた山桜の匂いだった。

濡れた草原に漂う湿った匂いを塗り替えるほど、甘く、温かく、優しい香りが全身を包み込む。


「……っ……」

伊藤の喉が鳴った。


胸に押し当てられる小さな身体。

もこもこのアウターの柔らかい感触が、じんわりと熱を伝えてくる。

その熱はただの体温ではなく、ひだまりのように穏やかで

――抗おうとする心を溶かしていく。


「や、やめろ……っ……!」

声は出るのに、腕が力を失っていく。

花の細い腕に絡め取られ、逃げようとしても重力が逆らうように身体が動かない。


――これはただの抱擁じゃない。

花の香りと温もりが、心の奥にまで染み込み、

思考そのものを書き換えていく。


山吹花「……大丈夫だよ……。君のスイスポはもう十分に頑張った……眠らせてあげよう……」

そんな甘い囁きが、意識の深いところに植えつけられる。


伊藤の頭の中に靄がかかる。

伊藤「く……やばい……っ……!

思考が……書き換えられそう……っ……!」


必死に叫んでも、その声すら花の胸に吸い込まれる。

耳元で響く小さな吐息が、心臓の鼓動と同調し、理性をさらに鈍らせていく。


――山桜の香りに満ちたひだまりの抱擁。

それは優しさの形をして、抗えない呪縛だった。


カナタはその光景を見て歯を食いしばった。

カナタ「伊藤……!!しっかりしろ!!!」

だが声は届かない。

花の腕の中で、伊藤はまるで夢を見ているかのように力を抜いていく。


稲妻が再び空を裂き、青白い閃光が三人の影を浮かび上がらせる。

雷鳴に震える空の下で、伊藤の心は――

いま、危うく山吹花に飲み込まれようとしていた。



カナタ「どうして...俺を呼んだの?」

山吹花「カナタ君にはぜひ...私の憧れとしてこの夜の峠を勝負したくてねー......。」

カナタ「勝負...?」

山吹花「そうだよ?勝負ーー。

もっと私は腹切カナタや伊藤翔太について知りたいからね......?

ーーさぁ、夜の峠バトルを始めようか。」

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