第97話AWD特有の粘り
そして――
まさかの一撃が戦況をひっくり返す!!!
後方から鮮やかに躍り出たのは、陽光をそのまま塗り込めたようなレモンイエローのR8!!
低く唸るV10サウンドが、潮風を切り裂きながら柳津のM4の背後に迫る!
柳津「……なっ!?嘘だろ!? このタイミングで――!!!」
次の複合コーナー、柳津がブレーキを残して進入した瞬間――
そのアウト側から、ギリギリまで踏み切った黄色い閃光が差し込んできた!!!
内藤「えへへっ……お先に〜!!!」
フロントをすっと入れて、まるでコーナーの外側の空気まで味方につけるかのような旋回。
イン側に戻りながら、さらりと柳津の鼻先をかわす。
内藤「フミッパスライダーはね……
実はフェイントバージョンもあるのよ〜!
お〜ほほほほほほほ〜〜ッ!!!」
ハンドルを切る一瞬前に、わずかなフェイント――それが相手のブレーキタイミングを狂わせる。
狙ったかのようにラインを奪い、あっさりとオーバーテイク成立!!
実況席がざわつく。
ベルギー「……これは……まさに昔の私ですね……」
マイク越しにもわかる、少し誇らしげな声色。
「とにかく、内藤ちゃんを弟子にしてあげたいくらいです。私もかつてFCやR33を乗っていた頃は……こうやって一瞬の判断で勝負を決めたものですよ」
その目は、走りの記憶を追いながらも確かに未来を見据えていた。
そして来たぞおおおお!!!!
4位、チャンピオンイエローのスイスポを走らせている伊藤翔太に……!
背後から、5位のEVO9MR――黒い影が路面を舐めるように近づいてくるッ!!
エーペックスカップ伝統の暴走使いの男……
黒川海斗ぉぉぉぉぉ!!!!
伊藤「面倒なのが来たな……ッ!!!」
ハンドルを握る拳に力がこもり、ブレーキポイントを測る視線が鋭くなる。
実際、解説席――
ベルギー「……あーあーあー、来ちゃいましたねー……。あの人、後半の集中力と突っ込みの深さは別格ですよ」
眉ひとつ動かさず、淡々と語る声には、熟知した者にしか出せない確信の響きがあった。
隣のミルキークイーンは、ふわりと足を組み替え、おっとりとした笑みを浮かべる。
「ふふ……冷たい風みたいに、一瞬で背筋を凍らせる走り……」
その声は甘く、とろけるようにゆっくりで、緊張感とは正反対の温度を帯びている。
「伊藤くん……大丈夫かしら〜……?
うふふ……」
マイクの周囲に、ほんのり白い甘い冷気が立ちこめる。それがふわ〜っと解説席全体に流れ込み、スタッフが無意識に肩をすくめた。
チャンピオンイエローのスイスポ、その後方にピタリと食いつく黒いEVO9MR――。
テールランプの赤が闇に滲み、まるで獲物の息遣いを感じ取る獣の瞳のように揺らめく。
伊藤「……チッ、やっぱりついてくるか……」
短く吐き捨てる声。
ミラーに映る黒川の姿勢は微動だにせず、ただハンドル越しに前方を射抜いていた。
その集中は、まるでコーナーの先の景色さえすべて飲み込むかのよう。
ブーストがかかる。
EVO9MRのタービンが唸り、空気を引き裂くような音が背後から迫る。
伊藤のスイスポが次の右コーナーへ向けてブレーキングに入る瞬間――
黒川は躊躇なく進入距離を詰めてきた!
ベルギー「うわ……これ、ミラーで見たら心臓に悪いやつですね」
ミルキークイーン「……ふふ、冷たい吐息を首筋に感じたら、誰だってゾクッとしちゃうわよ〜」
彼女の言葉と同時に、解説席の空気がさらにひんやりと落ち、スタッフが小さく肩を抱く。
伊藤はギリギリまでブレーキを残し、スリップアングルを最小限に保ちながら立ち上がる。
だが――その出口で、黒川のEVOが僅かにアウトから鼻先をねじ込んできた!!
ターボの咆哮とタイヤの悲鳴が絡み合い、二台の影が夜の海沿いのガードレールをかすめる。
伊藤「……ッ、簡単には抜かせねぇ!」
黒川「……まだまだだァ!!!」
わずかな隙間を賭けた、牙と牙のぶつかり合いが続く――。
松川浦の静かな水面と、反対側で荒れ狂う太平洋の波。
その間に伸びる細い道は、まるで針の穴のように狭く、逃げ場は一切ない。
両端はガードレールのすぐ向こうが海――一歩でもミスをすれば即、海面へのダイブだ。
そのデスゾーンを、黄色いチャンピオンイエローのスイフトスポーツが疾駆する。
エンジンの高音が澄み切った夜気を切り裂き、背後には重低音を唸らせる黒い影。
黒川海斗のEVO9MRだ。ターボが咆哮を上げ、海風を巻き込んで背筋を刺す。
「面倒なのが来やがったな……ッ!」伊藤がステアリングを握り締め、肘で僅かにボディを支える。
右に振れば松川浦の波が目に入り、左に振れば太平洋の白波が迫る。
ラインの余裕はほぼゼロ。
黒川はそのわずかなラインを、容赦なく削り取ってくる。
「お前、この道の恐ろしさ……知ってて踏み込んでるんだろうなァ!?」
ギアを落とし、ブーストをかける。タービンが鋭い悲鳴を上げ、前輪と後輪が同時に咬みつくように路面を抉った。
スイスポの軽量ボディは、道幅の限界をなぞるようにジグザグと舞う。
それでもEVOの加速は容赦ない。数メートル、いやタイヤ半分の距離まで迫る。
ブレーキング勝負に持ち込もうと、黒川はギリギリまで踏み続ける。
――背後のEVOのライトが、伊藤のルームミラーいっぱいに広がった。
視界は黒と白の二色に塗りつぶされ、まるで海に呑まれる直前の感覚。
「くそっ……食いつくな……!!」伊藤は内側ギリギリの縁石にタイヤをかけ、その勢いでわずかに車体を前へ押し出す。
だが黒川も離れない。
EVOの排気音とタービンの甲高い笛が、海鳴りと重なって響き、観客席のパブリックビューイングでは実況の声すらかき消す。
「両端が海だってのに……どっちも全開ッ!!!」
今にも接触しそうな距離感で、二台は狂気の幅減少区間を駆け抜けていった。
松川浦と太平洋に挟まれた狂気の幅減少区間。
海風がガードレールを叩き、潮の香りとタイヤスモークが入り混じる。
黄色いスイスポと黒いEVOが、針の穴のようなラインを一切の余裕なく奪い合っていた。
――そこへ。
背後から、甲高いNAの咆哮が割り込む。
月光を反射する鮮やかなレモンイエローのシルエット。
R8、内藤セリナだ。
内藤「えへへッ!私もまぜてよー!」
その声は無線越しでも飄々としていて、レース中とは思えないのんびり感。だが、加速は鋭く、あっという間に2台のテールへ飛び込んだ。
伊藤の眉が跳ね上がる。「最悪……ッ!うちの苦手なタイプがきやがった……!!」
内藤のフミッパスライダー。あのふざけた名前の技で何台も沈められた記憶が脳裏をよぎる。
「お前は行かせねぇ!内藤も黒川も!」伊藤は怒鳴るように叫び、ステアリングを握る手に力を込めた。
黒川はチラリとミラーでR8を確認し、口元を歪める。「なんだコイツはァ、、、!ふざけた女がもう1台……ッ?!」
だが内藤は動じない。R8の低く構えたフロントが、伊藤と黒川の死角を縫うように揺れる。
内藤「ふふ……2台まとめて、遊んであげる〜♪」
海側のガードレールまでわずか数十センチ。
3台のライトが路面を白く塗りつぶし、観客席の視界いっぱいに怒涛の光と影の乱舞を描く。
波の轟音、マフラーの咆哮、タービンの悲鳴――そこに内藤の軽い笑い声が混ざる異様な空間。
この区間、ひとつのミスが即リタイア。
それでも3台は一切アクセルを緩めず、まるで互いのリアバンパーを引きずりながら海沿いを駆け抜けていった。
黒川のEVO9MRが、ターボの咆哮を上げて伊藤のテールに影を落とす――
ミルキークイーンはその様子を、まるで雲の切れ間から月を眺めるようなゆったりした目で見つめていた。
潮風が吹き抜ける中、レモンイエローのR8はさらに前方へ加速していく――。
狭すぎる道路を、黄色いスイスポ、レモンイエローのR8、漆黒のEVO9MRが並走する!
ガードレールが迫り、海風が横殴りに吹き付けるたびに、3台のサイドミラーがかすかに震える。
この先は――急な下り高速ベッド、そして暗闇に口を開けるトンネル区間だ!
伊藤は左側いっぱいにスイスポを振り、内藤をブロックする。
「通さねぇ……!このまま俺が先頭で突っ込むッ!」
しかし右側アウトラインから、EVO9MRの黒川がじわじわと車体をねじ込んでくる。
「ふっ……並びじゃ俺のターボが勝つに決まってんだろッ!」
ブローオフの金属音が耳を突き、EVOのフロントがスイスポのドア横に影を落とす。
だが真ん中のポジションを死守するのは、飄々とした笑みを浮かべた内藤セリナ。
内藤「えへへっ……いい位置でしょ?
このままフミッパで行っちゃうよ〜ッ!!」
わずかな隙を見逃さず、R8はスロットルを絞るように開け、2台の間に吸い込まれる風圧を利用してスピードを増していく。
――そして。
視界の先、山肌を貫くように現れるトンネルの闇。
路面からの振動が変わり、タイヤの唸りが硬質な反響を帯びる直前――
3台のフロントバンパーは完全に横一線!
ギリギリまで踏み続けるか、それとも次の瞬間、誰かが仕掛けるのか……!
岡田大成の紅いGRカローラが再びラインを崩しながらも並び掛けるゥゥゥーーー!!!!
Z4とGR86にサンドイッチ状態にされるもかわしてインに飛び込むゥゥ!!!!!
岡田「AWDこそラリーカーの醍醐味だッ、、、!
どんな路面だろうと俺は決して蹴り出して見せるーー!」
「見てろよ腹切。そして伊藤と黒川達に絶対王者やブガッティもーー
俺はそいつを上回って見せるーー!!」
「これが俺の駆動魂......!!!!!」
濱「......並んだか。
だが、すぐに追い返してやるさ。
おはじきのようにピシッとな......?」
その頃、古い船引町のコンビニでは、
サテラやちとせに花ともう一人の少女がレースを見守っていたーー。
テレビにはすでに岡田、古田、濱のドッグファイトシーンのレースの様子が映されていた。
柔らかいモコモコのソファーに座りながらホットココアを片手にちとせが物腰柔らかくのんびりと喋り出したーー。
ちとせ「お〜...来ちゃったね〜。
これはね〜...えへへ〜...抜くよ〜......?」
「...それにしてもさ〜岡田くんって子。
確か作者くんの友達がモデルじゃない〜?ひんやーりしてそうでいいじゃーん♡おじさん、応援しちゃうな〜?」
山吹花 少しムッとしながら
「ちとせ、私のライバルになるかもしれないんだからそんなこと言わないでよー!」
そこにまだ名も知らない少女も話してくる〜ー。薄い抹茶色のフードをかぶっている。とても冷静で膝には小さな本を座りながら抱えている。
店員「ひんやりって冷房とは違うからね...?」
「...伊藤翔太くんが5位でエボに張り付いてきたって...?やっぱり、あの時スイスポ渡して正解だったかもしれないわね。」
サテラ「1番やばいのが紅い戦闘機...腹切カナタくんでしょー?だって車、トヨタ86前期だよー?
NAで200馬力しかないのに
今3位だよー?」
店員「マシン性能で見たら圧倒的に86が不利です。しかし、あのライン取りにブレーキ...まるで空を飛ぼうとしているーー!?」
ちとせ「おじさんにも見えてるよ〜。
あの子の走り方ガチの戦闘機だよね〜?」
急にちとせの様子が直後に変わるーー。
静かに...どこか儚げな感じに冷気が漂うーー。
ちとせ「でも、あの子を止めるのは私だよーー。
腹切カナタ.....ッ!!」
「私があの子の時を止めてあげるーー。
あの86伝説とやらをね......。
ーー凍える世界の中で、静かに終わらせてあげるよ。君の心もね......ッ!」
山吹花がその極寒の言葉に春の桜の花びらをひとひら添えるかのように大きく叫ぶほどでもないが言う。
山吹花「ついに出れるんだね......、!!
ホワイトホルスの快進撃が......!
トップ争いに.....出れるのッ!!!?」
花の声は震えながらも芯があった。
海沿いの潮風が、ピット横のテントをバタつかせる。遠く、ホワイトパールのボディが夕陽を反射して瞬くたび、鼓動が早まる。
ちとせ「もへ〜……花ちゃん、そんなに前のめりになると……こけちゃうよ〜……。
でも……おじさんも見たいな〜、あの白い翼が、青い海沿いを切り裂くところ……」
ちとせは肘をカウンターに乗せ、のんびりと笑っていた。
だが、その金色の瞳の奥で、雪嵐のような冷たい光が揺らいでいる。
花「こけるもんかッ!だって今しかないんだよ!?
この流れ、このスピード、このチャンス……全部掴み取ってみせる!」
ちとせ「ふふ……そっか〜……。じゃあ……」
彼女がそっと指を鳴らすと、背後から微細な雪の粒が舞い上がる。
白い粉雪は潮の香りに溶け、花の背中を包み込む冷たい風となった。
「ほら……背中、ひやっとしたでしょ〜?
雪ちゃんたちが、後ろからそっと押してあげる……。
海風よりずっと冷たい、おじさんの……応援だよ〜」
花「……っ!……ゾクッ……!
ありがと、ちとせ……!行ってくる!
今日、チェッカーフラッグの役割があるの...」
その瞬間、ホワイトホルスと青い電撃のエンジン音が一段と高鳴った。
ギィィンッッ!!!
ドゴオオオオオンッ!!
波打ち際を叩く轟音と共に、白い閃光がコーナー出口を飛び出していく。
花はその光景に、拳を握りしめたまま息を呑んだ。
プスン……ッ!
「……あ、エンストしちゃった」
花が小さく呟いた瞬間、ホワイトホルスの爆音が途切れ、海沿いにかすかな潮騒とカモメの鳴き声が戻る。
観客席からは「あーっ!」と一斉にどよめきが走った。
そこへ――ピピッと通信機が鳴る。
黒川「……もしもし?おかあちゃー?」
エンジン全開のEVO9MRの排気音を背に、彼は片手でステアリングを押さえながら電話越しに軽口を叩く。
花「はぁ!? 誰がおかあちゃんじゃボケェェェェ!!!!」
声の勢いで通信マイクがビリつき、ピットのスタッフが思わず耳を押さえる。
黒川「いやいや〜、だってさぁ……その止まり方、まさに『おかあちゃんがスーパーで知り合いと立ち話してる時』のやつだろ〜?」
軽々とシフトを叩き込み、ターボが唸る。背後の太平洋をかすめながら、黒川はコーナーをドリフトで抜けていく。
花「うるさいわ!!今からかけ直すからアンタはレースに集中せぇぇぇ!!!」
彼女が怒鳴った次の瞬間、スターターモーターが唸りを上げ、ホワイトホルスが再び吠えた。
黒川「……はいはい、おかあちゃー、
無理すんなよ〜♪」
花「二度と言うなッ!!!!」
パブリック通信が突然ノイズ混じりに切り替わり、聞き慣れた落ち着いた青年の声がスピーカー越しに流れた。
サテラ「あれ〜?黒川くんかい?」
一瞬、ハンドルを握る黒川の眉がピクリと動く。
黒川「……サテラァァァァ!!!!なんでお前が今しゃべってんだよッ!!!」
視界の先には、濃紺の海を横目に全開で走る自分のEVO9MR。だが、その耳には遠く離れたコンビニのざわめきと、電子音混じりの観戦中継の音が入り込んでくる。
サテラ「いや〜、今コンビニからテレビで観てるんだけどさぁ……君、今5位だけど大丈夫かい〜??ほらほら〜、画面で見てる限りだと、その……挙動がちょっと頭、大丈夫?って感じだよ〜」
言葉こそ柔らかく、どこか間延びしたトーンなのに、芯の部分は鋭く黒川を刺す。
黒川「ハァ!?お前何言って……っ、頭おかしいのはお前のその挑発の仕方だろ!」
サテラ「おや〜?そんなにムキになっちゃって……図星かい〜?もしかしてさ、ちょっとペース乱れちゃってる〜?」
通信の向こうで笑い混じりの声がして、同じコンビニの中では花とちとせがこっそり吹き出す。
ちとせ「おじさんも聞いてたけど、これ完全に黒川くんイラついてる〜。もへ〜」
山吹花「だな。あれは地味に効くヤツだ……」
黒川は奥歯を食いしばり、シフトノブを強く握りしめた。
黒川「……上等だよサテラ。お前がその口、閉じたくなるくらいの順位まで、今から駆け上がってやるよッ!!」
そう吐き捨てると同時に、EVO9MRのターボが甲高く悲鳴を上げ、海沿いの道路に黒い弾丸の残像が焼き付く。
さぁーーー屈強なGRカローラァァァ!!!
まだまだ粘ろうとしています!!!
海沿いの直線が終わり、コースはうねりながら丘を巻くような高速セクションへ。潮風を切り裂く先頭は紅いGR86前期——濱が握るステアリングは、僅かなブレも許さないほど固く締まっていた。
リアのダックテールが風を受け、ボディ全体がわずかに震える。そのすぐ後ろ、銀色のBMW Z4が長いノーズを低く構え、まるで獲物を仕留める蛇のように間合いを詰める。さらに、そのアウト側ミラーには紅のGRカローラが映り、岡田が四輪全てを喰いつかせるようにして滑り込んでくる。
——濱の胸の奥で、過去がよみがえる。
騒がしい現場。鉄骨が叩かれる音と、誰かの怒鳴り声。
「お前は口出すな!」「てめぇのやり方なんか知らねぇよ!」
何度も繰り返された言葉。改善のつもりが、古株には反抗にしか見えなかった。気づけば「クビ」という二文字が生活の中に染みついた。
最後にヘルメットを投げ捨てた日、昼の太陽はやけに冷たく感じた。
家の玄関を開けても、誰も笑わない。目を逸らす家族。
——だから、濱に残されたのは、このハンドルとアクセルだけだった。
濱(ここなら……誰も俺を切らない。俺は……俺でいられる)
アウトからZ4の古田が仕掛ける。鋭いターンイン、ハイグリップタイヤが悲鳴を上げる。
古田「FRの本気、見せてやるぜ!」
同時に、イン側からGRカローラの岡田が潜り込む。四駆特有の粘りで、まるで重力を無視したような進入。
岡田「この戦、まとめんのは……戦国のGR魂だ!」
三台が同時にクリッピングポイントへ突入。
濱の86がわずかにテールを振る。クラッチを一瞬切り、アクセルを煽って再び繋ぐ——車体が矢のように立ち上がる。
外から迫るZ4の銀色の影が、ドアミラーいっぱいに広がる。
古田「抜かせてもらう!」
だが、濱は譲らない。左足ブレーキでフロントを沈め、同時にアクセルを踏み込み、タイトなラインを死守する。
そのさらに外側——岡田のカローラが、低い重心を活かし切って並びかける。ターボの過給音が耳を打ち、三台の排気音が交じり合い、アスファルトに衝突するように響く。
岡田「悪いね先輩!先、行かせてもらう!」
濱(……まだだ。まだ俺は終わらない!クビにされた回数と同じだけ、このコーナーで戦える!!)
テールランプが三色の光跡を残し、潮風とタイヤスモークを引きながら、三つ巴は次のストレートへ雪崩れ込む。
観客席のモニターに映るその光景は、まるで路面を引き裂く紅い戦と鋼の獣たちの戦争だった。
岡田「まだまだ粘ってやるぜーー!
どこまでも突いていくーー!!」
再び...GRカローラ並んだぞーー!??
この3台の争いに終わりは来るのだろうか!???
Z4古田も勝負に出たァァ!!!!
濱「......マジかッーー」
古田「白いGR86…ッ!
馬力はそっちが上なんだろ!?
ーーいつまでもチンタラやってんじゃねぇーー
次で最終ラップなんだからな......!!」
Z4が再びインから仕掛けようとするーー。
GR86とGRカローラのドライバーは、気付くのが遅かったーー。オーバーテイクして油断したスキを古田は見事に院を切り抜いていくッーー!!!
濱のGR86が立ち上がった高速右コーナー出口、そのわずかな空間を狙いすまし、銀色のZ4が一気に射程へ。
古田「今だ……!!」
手はステアリングから一瞬も離さず、右足でアクセルを煽りながら左手はシフトノブへ。
——ガンッ!!
2速へシフトダウン。Z4の直6ターボが唸り、ブローオフバルブが「シューッ!」と一瞬だけ空気を吐き出す。
車体の鼻先がインへ向けて沈み込み、後輪はその瞬間にグリップを外す——狙った通りのテールスライドだ。
古田「くらえぇぇぇッ!!ドリキン土谷直伝——テールスライド&アクセルベタ踏みッ!ファストイン!ファストアウトォォォ!!!」
リアが白煙を巻き、カウンターを当てながらアクセルを全開固定。スリップを殺さず、そのままインから突き抜ける軌道に変換する。
Z4のボディが、濱の86のリアバンパーを掠めるほどに接近。観客が息を呑む距離感だ。
だが——その外側から、低く唸る直4ターボの咆哮。
岡田のGRカローラが四輪全てでアスファルトを掴み、爆発的な加速で並びかけてくる。
「ヴァァァァァァァァァン!!!!」
トラクションの掛かり方が異常だ。四駆の爪が路面を引き裂くような衝撃波を残す。
岡田「ふざけすぎだあああああッ!!!ちったあもう少し頭使ええええッ!!!」
低速からのトルクを解き放ち、古田のZ4と濱の86の間へねじ込もうと全力でステアリングを切り込む。
ブレーキング時のフロント荷重移動を利用し、旋回半径を最小限に——そして加速へと転じる瞬間、エグゾーストから火花が散った。
濱「くっそ……!内も外も地獄みたいな圧力だ……!!」
三台の車幅分しかない路面に、FR・FR・4WDが同時に牙を剥く。エンジン音の三重奏が観客席のガラスを振動させる。
次のコーナーまで数百メートル。
古田はドリフトの姿勢のまま全開で加速、岡田は四駆の蹴り出しで真横まで迫り、濱はその全てを死守するべくスロットルを踏み抜く——。
まるでサーキットではなく、戦場の塹壕に突入するような緊迫感だった。
昼下がりのアスファルトは、夏の陽炎のように揺れている。
その上を、紅い機影が駆ける。
腹切カナタのTOYOTA86前期——通称、紅い戦闘機。
だが、そのフロントガラスには漆黒の巨影が覆いかぶさっていた。
漆黒のブガッティ・シロン。MRタカが握る、怪物そのものの加速力を誇るマシンだ。
カナタ「くそっ!……くらいつけねぇ!!」
視界の先、黒い車体は光を飲み込み、低いエンジンの咆哮を響かせながら一瞬ごとに遠ざかる。
ブガッティ特有の16気筒が、まるで大地を揺らす鼓動のように迫力を放つ。
前傾姿勢でハンドルを握り、カナタはシフトノブを力強く叩き込む。
「ギャアンッ!」とギアが噛み、紅い戦闘機のエンジンが高回転へと跳ね上がる。
MRタカ「もう抜かせないぞ……!」
コクピットで、彼の両手は微動だにしない。ステアリングに伝わるGを全身で受け止めながら、コーナー出口でブーストを全開解放。
「ゴオオオオッ!!」
シロンのリアから噴き出すような爆発的トルクが、昼の陽射しを裂くように伸びていく。
カナタは必死にラインを研ぎ澄まし、インへの刺し込みを狙うが、黒い巨体のケツは一切揺らがない。
わずかなブレーキのタイミング、アクセルの開け方——全てが完璧。
紅い戦闘機は、僅差の距離を保ちながらも抜き所を見つけられずにいた。
沿道の近くにいた観客が叫ぶ。
「カナタぁぁぁ!!」「食らいつけぇぇぇ!!」
しかし、昼の強い日差しに照らされたその光景は、まるで赤と黒の戦闘機同士が低空飛行でドッグファイトを繰り広げているようだった。
昼のアスファルトを裂くような直線音——
「ヴァアアアアァァァン!!!」
陽光を反射して眩しく輝く赤の80スープラが、後方から猛然と迫り来る!
東條ヒカル、23歳。プライドの塊。
その両目は目標だけを射抜くように鋭く、まるで今までの沈黙をぶち破るかのような気迫を放っている。
黒川「……東條が上がってきたのか……!!」
その視界の奥、岡田のGRカローラのすぐ真後ろに、巨大な赤い影がぴたりと張り付く。
観客席からもどよめきが上がる——「あれ、東條だ!」「追いついたぞ!」
東條「……ただしっぽ巻いてた訳じゃないんだ……!!!」
その言葉と同時に、右足がアクセルを床まで踏み抜き、ターボが咆哮を上げる。
スープラのリアがわずかに沈み込み、前方への推進力が一気に爆発する。
バックミラーに揺れる太陽の光と、岡田の緊張が混じった目が見えた。
——その瞬間、ヒカルの脳裏に蘇る光景があった。
まだ幼い頃、小柄な少年だった自分。
父に連れられて訪れたローカルサーキット。
油とタイヤの匂い、夏の蒸し暑さ、そしてコースを駆け抜けるマシンの轟音。
「ヒカル……いいか。速さってのは、踏むことだけじゃねぇ……自分を信じることだ」
父の低く響く声が、今も耳奥に残っている。
あの日、何度も何度もコーナーを攻め、何度もスピンして砂煙を浴びた。
しかし立ち上がるたび、ハンドルを握る手は強くなり、視線は遠くを捉えるようになった。
あの悔しさと高揚感——それが今、再び血潮のように燃え上がっている。
東條「負けられない……!!小さい頃の俺が、ここで諦めるなって言ってんだよ……!!!」
スープラがさらに加速。
岡田のGRカローラとの距離が、呼吸一つ分でゼロになる——
まさに、次のコーナーで牙を剥く寸前だ。
昼下がりのコース、アスファルトは陽光で鈍く光り、路面の熱気が空気を揺らしている。
その中を、紅い閃光が駆け抜けた。
腹切カナタのTOYOTA86前期——通称「紅い戦闘機」。
そのエンジン音は軽快かつ鋭く、NAならではのレスポンスがアクセルの踏み込みごとに直線的な咆哮を返す。
前方には、闇を纏った漆黒のブガッティ・シロン、そして絶対王者の黒いNSX・吉田。
二台とも、世界トップクラスの化け物マシンだ。
しかし、カナタの視界にはもう恐怖はなかった。
握るステアリングから伝わる微細な振動、コーナーごとに吸い付くようなフロントの入り、そしてアクセルに応じて尻を滑らせながらも完璧にトラクションを掛けるリア。
——今、この瞬間のフィーリングは過去最高だ。
カナタ(……勝つんだ……!!吉田さんにも、ブガッティにも!!1位を……!!)
長いバックストレート、風圧でヘルメットが後ろへ押され、首に負荷がかかる。
だがカナタは歯を食いしばり、スリップストリームを最大限に利用して距離を詰める。
メーターの針は瞬きする間にレブリミット手前まで跳ね上がり、86のエンジンは悲鳴にも似た熱い歌声を上げる。
前方のシロンがわずかにラインを変える——
それは吉田NSXの動きを牽制するためか、それとも後ろの紅い閃光を意識したのか。
その一瞬の隙を、カナタの全神経が捉えた。
カナタ「ここだ……!!!」
ブレーキングポイントを通常より数メートル奥に取り、左脚でクラッチを切りながらシフトダウン。
「ガツンッ!」とギアが噛み、タイヤが路面を強く掴む。
同時に、ハンドルを切る手がわずかに震えた——緊張ではない、攻めの興奮だ。
吉田のNSXが、コーナー進入でほんの一瞬、リアを振られる。
その後方でブガッティと86がサイド・バイ・サイドに並びかける——
赤と黒、昼の光を浴びて火花を散らす色彩の衝突!
カナタ(抜く……!!絶対に!!)
アクセルオン。
タイヤが悲鳴を上げ、後輪が軽くスライドする。
それでも彼は踏み続ける。
ブガッティの影を振り切り、吉田の背中を射程に入れた——
まさに次のコーナー、三つ巴の頂上決戦が幕を開ける。
1分前——
松川浦沿いの高速セクションをEVO9MRで駆け抜けていた黒川海斗。
その耳には、なんとレース中だというのに花との通話音声。
そしてあの一言——
黒川「まさにおかあちゃー」
一瞬の静寂、そして——
パブリック通信回線に繋がっていた各所に、この音声が生中継で流れた。
実況「……っぶははははは!!!な、なんだ今の!!?おかあちゃーだとおおお!!?」
観客席からも爆笑の波が広がる。
解説席
ベルギー「……いや、ちょっと待ってください黒川さん……これはさすがにレース中に言うセリフじゃ……ぷっ……」
ミルキークイーン「ふふふ……あったかい……っていうか、もう冷たい風出す気なくなっちゃうくらい笑っちゃうわ〜……」
レース中の他のドライバーにも、無慈悲に通信が届く。
相川「はっはっは!やめろって……集中できねぇ!!」
岡田「いや……あの黒川が“おかあちゃー”……?ダセぇ……いやマジでダセぇ……」
伊藤「っははは!!あーもうやめろよ、腹痛ぇ!」
内藤「おかあちゃー……おほほほほほ!!!もうツボなんだけど〜!!」
柳津「……(無言で肩震わせてる)」
吉田「……今の保存しとけ。後で全員で聞く」
ライブ視聴者コメント欄は阿鼻叫喚の祭り状態。
「www」
「おかあちゃーは草」
「レース中に電話でおかあちゃーは前代未聞」
「探知機よりこっちの方がピンチだわwww」
それでも黒川は、鼻で笑うように通信を切り、再びステアリングを握り直した。
黒川「……笑ってろ。だが次のコーナーで全員黙らせてやる」
次回第98話GRカローラの攻防とZ4の逆襲