束縛からの解放
華やかな西洋貴族の世界で、リセアン家の姉妹は誰もが羨むほどの美しさと品位を持っていた。姉のエリザベスは、家柄、容姿、知性すべてにおいて完璧で、社交界でも注目の的だった。
彼女は妹のイヴェットを心から愛し、可愛がっていた。しかし、その愛情は次第に歪み、イヴェットを苦しめるものへと変わっていった。
イヴェットは物心つく頃から、姉に従うことが義務のように感じていた。姉のエリザベスは、妹のことをいつも「愛らしい」と褒め、彼女のために最良のものを与えようと心を尽くしていた。
しかし、その「愛情」は妹の意思を尊重するものではなく、エリザベスの理想を押し付けるものだった。彼女は、イヴェットが本当に望んでいることを聞こうとはせず、常に「姉として正しい」行動を取り続けた。
例えば、エリザベスはイヴェットに豪華なドレスを次々と与えた。それは社交界で注目されるためのもので、イヴェットの個人的な好みは全く考慮されなかった。
妹のためにと用意した派手な装いに、イヴェットは息苦しさを感じながらも、「姉に逆らうことは許されない」と諦めていた。
周囲の貴族たちも、「あのエリザベスが、妹のためにこんなに尽くしている」と称賛し、イヴェットの小さな反抗は「わがまま」と捉えられていた。
エリザベスにとって、妹はあくまで「可愛らしい人形」であり、彼女の中には「イヴェットも私と同じように楽しんでいるはずだ」という確信があった。
エリザベスが考える「理想の生活」を押し付けられることが、イヴェットにとっては大きな苦痛だったが、誰もそれに気づこうとはしなかった。
そんな日々が続く中、突然、王命によりイヴェットの結婚が決まった。相手は隣国の王子で、彼は若くして有能な政治家として評判だった。
イヴェットにとって、この結婚は一筋の光だった。家族から、特に姉エリザベスから解放される唯一のチャンスだった。
彼女は、未来の夫が自分を尊重してくれる人であることを期待し、結婚に対して一抹の不安を抱きつつも、その希望に胸を膨らませていた。
結婚の知らせを聞いたエリザベスは、妹を「可哀そうに」と慰めようとした。彼女は、イヴェットが王命による結婚に対して不安や恐れを抱いているはずだと思い込んでいた。
しかし、イヴェットは逆に、この結婚によって長年抑えつけられてきた自分の意思が解放されることを心から喜んでいた。
結婚式当日、盛大な祝福が行われ、多くの貴族たちが集まる中、イヴェットは心に決めていた。今までの姉との関係を、ついに公の場で暴露する時が来たのだ。
式の最中、イヴェットは壇上に立ち、振り返ることなく話し始めた。
「私は、今日を心待ちにしていました。この結婚によって、やっと自由になれるからです」と、彼女の言葉に会場はざわめいた。
誰もが、イヴェットが姉のエリザベスに感謝する言葉を口にするだろうと予想していたからだ。しかし、その予想は裏切られることとなった。
「姉エリザベスは、私を常に愛してくれていました。でもその愛は、私を人形のように扱うものでした。
私は、自分の意思を持つことが許されず、ただ姉の言う通りに生きるしかなかった。私の好みや感情は無視され、いつも姉の望む通りに振る舞わされてきました。
周囲の皆さんも、私を姉のわがままに反抗する妹としか見ていなかったでしょう。でも、私には意思がありました。ずっと、それを隠し続けていただけです」
会場は静まり返り、誰もが息を呑んでイヴェットの言葉を聞いていた。彼女は続けた。
「私の結婚は、王命によるものですが、私は喜んでいます。ようやく姉から解放され、自分の人生を生きることができるからです。もう、私は誰かの人形ではないのです」
その瞬間、イヴェットの未来の夫である王子が立ち上がった。彼は厳しい表情で、集まった貴族たちを睨みつけた。
「イヴェットの言葉を聞き、私は激しい怒りを感じています。彼女は長い間、自分の意志を抑圧され、愛する姉にさえ理解されなかった。
これは許されることではありません。彼女の尊厳を踏みにじり、彼女を苦しめた者たちは、その責任を負うべきです」
王子はエリザベスを厳しく非難し、その場にいた他の貴族たちもまた、彼女に対して厳しい視線を向けた。
エリザベスは、初めて自分が妹を人形のように扱っていたことに気づき、愕然とした表情で立ち尽くしていた。
彼女は決して悪意を持っていたわけではなかったが、その無意識の行動が妹を苦しめていたことに、今やっと気づいたのだった。
結婚式はそのまま続けられ、イヴェットは新たな人生への第一歩を踏み出した。彼女はもう、誰かの操り人形ではない。自分の意志を持ち、自分の人生を選ぶことができるのだ。
姉との関係は修復されることはなかったが、イヴェットにとってそれはもう重要ではなかった。
イヴェットは、自分を解放するために必要だった勇気を手に入れた。そして、これからは自分の幸せを追求することができるという確信に満ちていた。