第九話 悪質
「ふむ、なるほど。そういうことであれば、特別謝礼は必要ないな。解散だ」
ギルドに戻り、騙り男と俺、両者の話を聞いた辰巳教官は、瞬時にそう締めくくった。
……あれ、なんかもう解決?
懸念していた〈勇気クラス〉を差別するような発言も一切なく、話は纏まった。
「おい、ふざけんな!」
……かに思えた。
いや、まぁ知ってたけどね。
この騙り男がこんなもんで引くとは思ってないです。
憤る騙り男の顔には「納得いかない」と書かれているし。
「俺様は自分の授業を放ってまでこの愚図のためにダンジョンに潜ったんだぞ! それで謝礼もなしとか筋が通らねぇだろうがよ!」
騙り男はもう敬語を使うのをやめたのか、荒々しい言葉で辰巳教官を睨みつける。
しかしその視線を受ける当の本人はどこ吹く風といった顔だ。
流石に学生と大人の冒険者ではレベルに差があり過ぎる。
ましてこの辰巳メイという女性は巷で有名な上位冒険者であったようだし。
辰巳教官は落ち着いた態度で騙り男に話しかける。
「タイガとか言ったか。自分の授業を放ってきたというが、一ノ瀬がダンジョンに入ったのは授業が始まってそこそこしてからだ。つまりお前は始めから一ノ瀬関係なく授業をさぼっていた……虚言は自分の立場を危うくすると知れ」
「嘘じゃねぇよッ! 俺様はその愚図を助けてやろうと授業をさぼったんだ! 大体その愚図がいつダンジョンに入ったかなんて、見てもねぇのになんでわかんだよ⁉ あぁ⁉ そもそも――!!」
辰巳教官の気遣いも虚しく、騙り男はどんどんと虚言を捲し立てていく。
確かに辰巳教官は俺が入場するところは見ていないが、ここが何処なのか考えて欲しい。
今俺たちが話し合いの場にしているのは、ダンジョンの入場記録から装備の受け渡しまでやってくれる、冒険者ギルドである。
これは辰巳教官も既に確認済みなのではなかろうかとギルド受付に目をやれば、そこでは入場前に対応してくれた職員さんが笑顔で手を振っていた。
「はは……」
もしや揉めてる最中、都合よく辰巳教官が現れたのもあの職員さんの手引きなのでは……?
考えるとあのニッコリ笑顔に逆らえなくなりそうなので、脳死で手を振り返しておく。
百年前がどうかは知らないが、今の時代は強い女性は強いのだ……下手に舐めてかかってはいけない。
俺が頼もしくも恐ろしい現実に身震いしている間にも、騙り男と辰巳教官の話し合いは続いていた。
「俺様が助けてやらなかったらあの愚図のカスは死んでたんだぞ⁉ 何回言えばわかんだよ!」
「助けたというにはお前の主張は弱い。集まった魔物を倒してやったというが、お前に集まった魔物をお前が倒すのは至極当然のことだ」
「屁理屈言ってんじゃねぇ! トレインされたんだよ! モンスタートレイン! 俺様じゃなきゃ死んでたぜ⁉ 慰謝料はすごくとーぜんだろ!?」
「もし本当に彼がモンスタートレインを引き起こしたというのなら、それは正式にギルドに被害届を出せ。厳正な調査の結果で慰謝料は支払われるだろう。もちろん、嘘だった場合にはお前が罰せられることになるが」
辰巳教官……かっこいい……!
騙り男のコロコロ変わる言い分に、さっきと話が違うと否定するのではなくしっかりとした反論でもって返している。
嫌な顔一つせず淡々と必要なことを述べるその姿には、なるほど冒険者としても人気がでるはずだと納得せざるを得ない。
でもそれはそれとしてタイガくん、モンスタートレインは流石に最初と話が変わりすぎでは?
もはやタイガくんの主張に纏まりがなさ過ぎて、なんの話してたのか忘れてしまいそうだ。
「くそっ……折角俺様が穏便に済ませてやろうとしてんのによぉ。わかってんだろうな蛮勇のガキ? これは最後のチャンスだぞ?」
おっと……話が俺に振られてきた。
……今なんて言ってた?
「俺の主張は変わりません」
とりあえずこの返答でいいだろう。
どうせ騙り男の言うことなんざこの場の誰も耳を貸さない。
「そうか、よーくわかった。……覚悟しとけよ、俺様の名声を舐めるな」
立ち上がった騙り男は、俺の横を通り抜ける際、そんなことを囁いて出て行った。
覚悟……ね。
どんな誹謗中傷をばら撒かれるか知らないが、もともと〈勇気クラス〉の立ち位置なんてこの学園じゃ底辺だ。
学園入学時に覚悟は完了してるっての。
あ、でも猫と古月に迷惑かけるのは本意じゃないな……。
これは俺の問題だし、教室戻ったら先に事情説明して謝っとくか。
気付いたらもういい時間だが、まだ二人は配信を見てるのだろうか。
まあ、意味もなく授業を抜け出す奴らではないよな。
え?
吉沢?
あいつはどうでもいい、勝手にやるだろ。
さてやっと話し合いが終わり、戻る前に辰巳教官とギルド職員のお姉さん、二人にお礼を言おうと顔を上げる。
すると辰巳教官が俺の顔を見て待機していた。
「考え事は終わったか、一ノ瀬アイス」
「あ、はい。お待たせしました……?」
どうやら俺が思考の渦から出てくるのを待ってくれていたようだが……まだなにか俺に用でもあるのだろうか?
「一ノ瀬アイス、私は今回お前を助けたわけではない」
「え……? 俺は辰巳教官の仲裁で非常に助かりました。レベル差のあるあの男とダンジョン内で揉めるのは、最悪命に関わることですから。改めて、本当にあり――」
俺は頭を下げ辰巳教官へとお礼を述べようとしたが、しかしそれはその辰巳教官本人の手によって遮られた。
――いや、手というか、顔面に寸止めされた拳によって。
「私はお前を助けたわけではない。故に礼の言葉は不要だ。いいな?」
「……は、はい」
有無を言わさぬその圧に、俺はブンブン首を縦に振るしかなかった。
その動作を見た辰巳教官はゆっくり拳を降ろすと、その手を後ろへ――ギルド受付で座る職員さんへと向ける。
「今回ダンジョンへと潜ったのはあいつの要請があったからだ。礼ならあいつに言っておけ」
話を振られた職員さんはニッコリ笑うと、また無言で手を振ってきた。
……いや、なんも言わないのね。
「職員さん、今回の件本当に助かりました。ありがとうございます。でもよく俺が絡まれるってわかりましたね……? あいつって問題児なんですか?」
頭を下げて礼を言うついでに、聞きたかったことを聞いてみる。
普段からああいう言動はしてそうな感じだったし、あいつやっぱり常習犯なんだろうか?
俺の問いに職員さんはやっぱりニッコリ笑うと
「君も問題児なのは自覚してますか? 今はまだ授業中なんですけど?」
「……仰る通りで」
いやほんと、仰る通りで。
あれだね、レベルの違う問題行動を体験すると、自分のやってる問題行動が認識できなくなっちゃうね。
職員さんのニッコリ笑顔の圧が増したような気がするし、ホント気を付けよう。
「まぁでも、あのタイガという生徒が今回のような事件を起こすのは初めてじゃない……と思われますけどね」
「……思われる?」
ニッコリ笑顔をひっこめて真剣に話す職員さんだが、その言葉の最後が引っかかる。
なんだ、思われるって……?
「証拠がないから彼を容疑者として罰することができません、という事態が過去何十件も起きています。そしてその事件の被害者は全員……」
「〈勇気クラス〉の生徒……ってわけですか」
俺の言葉に職員さんはコクンと頷く。
あの男……常習犯だとは思ってたが、わざわざ〈勇気クラス〉の生徒を狙って犯行していたのか。
辰巳教官との会話では知性なんか感じられなかったが、この学園では〈勇気クラス〉を庇う事例のほうが少なくてうまくいってたのかもな。
なんにしても……悪質だ。
「気を付けてくださいねアイスくん。あの男は一度失敗した程度で諦めるゲスではありません。むしろ逆……犯行は悪化するでしょう。私もできる限り力になりますが、何分ダンジョン内は治外法権な面がありますから……」
ダンジョンには監視カメラなんてものはない。
そういう科学技術で造られたカメラが役に立たないから、配信用魔道具が誕生したのだ。
しかしそれも死角から壊されれば事故か事件か判断がつかない。
結局のところ、今回のように人の目が一番の防犯に繋がるというわけだ。
「はい。こんなに気を遣って頂いて、職員さんには感謝しています。しばらくは地元のダンジョンで研鑽を積みますよ。クラスの連中にも、俺から伝えときます」
「それがいいでしょうね。あと、私のことは奈落お姉さんって呼んでね」
「はい、わかりました奈落さん」
「ニコニコ」
ニコニコ笑顔の奈落さんから視線を外し、再度待っている辰巳教官へと向けた。
「話は纏まったか。では最後に私からも一つ言っておこう……私が入学式で言ったことを、忘れるなよ」
辰巳教官はそれだけ伝えると、ギルドを出て行ってしまった。
入学式で言ったこと……か。
『――この学園に限らず、ダンジョンに入ろうと志す者、それは強き力を持つ者でなければならない――』
辰巳教官があのとき言った言葉は、決して俺だけに向けられたものじゃなかった。
けど、確かに俺にも向けられた言葉だったんだ。
――俺の覚悟は、本当に決まっているのだろうか。
「……愚問。でなければ、勇者を目指したりしていない」
騙り男、タイガ。
あいつが再びダンジョンで俺に絡んでくるというのなら、その時こそは――……
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