第六話 噂の人
昨日はあのまま色んな配信者(もち全員吉沢の推し)によるダンジョン攻略の視聴を続け、翌日。
やけに女性比率の高い配信を見る羽目になったが、得られるものはままあった。
俺はそんな得られた情報の一つ、不思議ちゃん改め不破ちゃんの戦闘を思い返す。
「大鎌による薙ぎ払い、斬られる魔物……あれってやっぱり俺と同じ……?」
不破ちゃんは昨日の配信でずっと同じ動作を繰り返していた。
その動作だけで魔物を軽く屠れるからそれ以外必要なかったともとれるが、俺にはわかる。
あの一つのスキルしか前提にない動き、あれは≪ギフトホルダー≫特有のものだ。
不破ちゃんが配信で口走ったスキルらしき言葉――【断絶】。
恐らくそれが不破ちゃんの≪ギフトスキル≫なのだろう。
「しっかし思い切ったことをする冒険者が現れたもんだ……。まさか、≪ギフトホルダー≫をパーティーに加えなおかつそれを配信するなんて……」
昨日のコメント欄を見る限り、まだ彼女が≪ギフトホルダー≫であることはバレていないようだ。
俺からすればすぐわかることではあるが、一般人からすればそんなわけないという常識が認識を邪魔するのだろう。
なんにせよ、バレるのは時間の問題だと思うが……織り込み済みなんだろうなぁ、あの人たちは。
「…………」
羨ましい――そんな言葉が一瞬頭を過ぎる。
≪ギフトホルダー≫であることを知ったうえで認められ、仲間として迎えられる。
そんな夢を若かりし頃の自分も見ていたな、と昔を思い出してしまったのだ。
「……やめやめ、この憧れは必要のないものだろ。俺は勇者に憧れて、この学園に足を踏み入れたのだから」
目指すは一撃、それを魅せてくれた勇者を思い起こし、雑念を振り払う。
「それにどうせ不破ちゃんは俺の正体に気付きようがないんだから、別々の道をそれぞれ進めば――」
「――あの! あなたが不破ちゃんの言ってた騎士の人ですか⁉」
――――えっ?
聞こえたその声に思わず思考と足が停止する。
いったい何故ばれたんだ、という疑問が出るより先に冷や汗が出た。
しかしその出なかった疑問の答えは思わぬ形で解決する。
「ちっ、バレちまったか。そうだぜ、オレ様が不破ちゃんの言う騎士の男だ!」
……な、なんだってーー⁉
不破ちゃんの言う騎士って俺の事じゃなかったのかーー⁉
昨日あのダンジョンにあの男も来ていたというのかーー⁉
……とまぁ、とりあえず驚いてみたけど、さっぱり状況が読めん。
いったい何を言っているんだ? あの男は……?
ただの騙りであることは間違いないが、なにがどうしてそれを周りが信じているのか。
答えを知るためにちょっと集まった野次馬の会話に聞き耳を立ててみることにした。
聞こえてくる会話は周りと混ざり合って拾いづらいが、なんとか耳を凝らして……
「――やっぱりそうだと思ってたんだ」「まあこの学園で騎士の兜なんてな……」「あの男の守りは固いっていう話は本当だったのか」「流石に三年生なだけある――」
……なるほど。
要するに、この学園で騎士の兜を装備していてなおかつ、不破ちゃんの一撃を受け止められそうな人物があの男以外にいなかったということなのだろう。
条件は然程厳しくないように思えたが、それで候補が一人だけとはなんとも情けないと思ってしまう。
だが所詮学生の冒険者などそんなものなのかもしれない。
昨日の配信で不破ちゃんは一躍時の人だ。
かわいくて若い上に一人で現れる魔物の悉くを一撃で仕留めていたのだからそれも当然だろう。
現在ネット上では「かわい過ぎる大物ルーキー不破ちゃん」と、それに目をつけられている「ユートピア学園に潜む謎の騎士」、この二つの話題でもちきりだ。
いや潜むってなんだよ……という疑問は置いておく。
その話題はもちろんのことユートピア学園の生徒の間でも広まっていたので、こうして謎の騎士の正体を突き止めようと動いたのだろう。
そこにあの騙り男がうまいこと乗っかって、今まさに名声を得ることに成功しようとしているわけだ。
何故あの男が嘘を吐いてまで名声に拘るのかは知らんしどうでもいい。
が……これは俺としてちょうどいいのかもしれない。
この状況、どの道俺は自分から名乗り出るつもりなど毛頭ないのだから、こっちも上手く利用させてもらおう。
まぁ、利用といってもただ放置するだけなのだが。
今も男は集まった生徒に向けくだらない自慢話を繰り広げている。
あの調子なら放っておいても勝手に衆目の目を集めてくれるだろう。
ちな騙り男の自慢話を紹介するとこんな感じ。
「俺がそこで不破ちゃんの一撃を受け止めたとき、これは運命だと思ったな。俺のハートにビビッと来たんだ。まさか相手の不破ちゃんまでそう感じていたとは、俺もびっくりだがなぁ! ハハハハハ――……」
とまあさっきからこんな感じの自己主張を続けている。
これが最初、「ちっ、バレちまったか……」とか言ってた奴の言動とはとても思えないが、周りは誰も疑問に思っていないようなのでこれでいいのだろう。
というか攻撃喰らって運命感じるのは特殊性癖なのでは……?
でもやっぱり周りは誰も疑問に思ってないようなのでこれでいいのだろう……いいのか?
なんとも受け入れがたく感じた俺は、そのやり取りを尻目に見ながら〈勇気クラス〉の教室へと向かうのだった。
教室に着くと既に中には猫と古月の二人が揃っていた。
女子同士談笑していて、もう仲が良さそうだ。
俺は話の邪魔にならないように静かに席につく。
だが悲しいかな在籍数たったの三人のこのクラスでは、その静かさは意味を成さなかった。
「おはようアイス! あんた挨拶くらいしなさいよね!」
「……おはよう猫。いや女子の会話の邪魔しちゃいかんと思ってな。俺なりの気遣いだよ」
「ほほ。いい朝じゃのアイス。しかしお主も初心よのぉ。女子二人を相手に緊張しとるんか?」
「気を遣ったって言ってんだろォ⁉ 女子の会話にわざわざ入る意味もなかったの! だがおはよう古月! いい朝だね!」
古月の揶揄いにキレ気味で応える。
挨拶されたからにはそりゃもちろん返すとも。
この二人といい関係になりたいと思ってるわけじゃないが、クラスの空気は大事だからな。
なんせ三人しかいないクラスで女子二人に嫌われると胃が痛くて、吉沢にまた「腹痛いのか?」って聞かれかねんからな……。
あれ絶対適当に言ってるくせに、当たってるとムカつくドヤ顔で「腹は治ったか? ん?」「俺も通った道だ、道なんだよ…」って言われ続けることを昨日知った。
もう絶対あの吉沢の質問には肯定せん。
「そういえば、聞いたかのアイス? 昨日の配信で見た不破という女子、なんでも三階層でレアモンスターを無自覚に仕留めていたらしい」
「レアモンスター? 三階層っていうと確か……」
「置き物ブロックよ。あのかったいって話のね。正式名称は……なんだったかしら?」
そうだ、置き物ブロックだ。
俺も正式名称は忘れたが、ゴーレム系統の出現する三階層で唯一なにもしない、ただそこに置かれているだけの魔物として有名だ。
ダンジョン出現当時はアレが魔物であると認識すらされていなかったほど、本当になにもしない。
だがとある鑑定スキル持ちが、「このオブジェにはなにか意味があるのでは」と試しに鑑定したところで、初めてそれが魔物であると判明した。
判明すれば当然の如く多くの冒険者がその魔物を倒してみようと動く。
だが奴はとにかく硬い、そりゃとんでもないってほど硬かった。
結局当時は倒せるほど火力を鍛えた冒険者もまだいなかったから、これは相手しても仕方ないと、置き物ブロックの通称で呼ばれることとなる。
しかし十年後、事態が一変した。
火力を伸ばした上位冒険者が、置き物ブロックを興味本位で倒してみたところ、財宝を手にしたというのだ。
「……『置き物ブロックの守りを突破せし強者には、褒美が与えられる』……。誰が最初に言いだしたかは知らんが、こいつはロマンがある。そうか、不破ちゃんも置き物ブロックに認められたのか……」
噂では置き物ブロックに攻撃した回数が少ないほど、褒美が豪華になるとか。
嘘か真か知らないが、不破ちゃんが無自覚で倒したというのなら恐らく一撃だろう。
ならばその褒美とは一体……?
「なぁ、不破ちゃんは置き物ブロックを倒して、なにを手に入れたか知ってるか?」
「ふふん! いい質問ね! 聞いて驚きなさい! それがなんとアーティファクトらしいのよ! 効果までは公開してないけど、一撃で倒すとあんなものまでドロップするのね。今三階層は何処も冒険者で一杯よ」
――アーティファクト。
ダンジョンで出土される、現代魔学では再現不可能な未知の魔法具。
そのどれもが強力な力を持っているが、三十年潜っても手に入らないなどざらにある、超希少な代物だ。
売れば一生遊んで暮らせること間違いなしで、冒険者としての箔も付く。
そんなものが三階層なんて場所で手に入ると知られれば、そりゃ冒険者なら誰だって行くだろう。
アーティファクトにはそれだけの夢と魅力が詰まっているのだ。
……しかしあの置き物ブロックでさえ、一撃か。
不破ちゃんの≪ギフトスキル≫は、控えめに言って異常だ。
単体相手でもとんでもない殺傷力を誇ることが、今回の件で明らかになった。
それが大鎌の一振りで範囲攻撃も可能となれば、なるほどたった一回の配信で有名にもなるわけだ。
今朝の騙り男が嘘を吐いてまで自己主張したのも、学園の奴らがそれにやけに興奮していたのも、その馬鹿げた力を知っていたからなのだろう。
――強大な矛と、それを受け止める盾の騎士
こんな風に持ち上げられれば、名声が得たい奴は飛びつくというわけだ。
「……対の矛盾を気取るには、矛が強すぎて分不相応だと思うけどな……」
「ん? 今なにか言ったかしらアイス?」
「……いや、吉沢遅いなーって。チャイムもう鳴るぞ」
猫にも古月にも俺の事情は明かしてないので、適当に誤魔化しておく。
吉沢は始業のチャイムが鳴った十分後にやってきたが、そこでもまた不破ちゃんの話が始まったのは仕方のないことなのかもしれない。
あいつ、メグルぽんのことには目がないからな。
吉沢の熱弁を聞き流しながら、ふと思う。
(……そういえば、俺はあの【断絶】を受け止めたんだよなぁ……)
必死で振った剣に無意識で【剣斬】でも使ったのだろうと、この時は納得した。
それが意味することに、気付きもせずに……
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