第二十三話 最後は憧れと共に
第一章最終話です。
ちょっと長めです。
ダンジョン第一階層。
そこに佇む二つの影。
片や騎士に憧れ騎士を騙り。
片や勇者に憧れ愚直に勇者を目指す。
共に憧れを抱いたその二つの影は、しかして相容れることのない道をそれぞれ辿った。
そして何の因果か今、その二つの影が『本物』と『偽物』という形で激突する。
その戦いの行く末を知る者はまだいない。
ただ一つ、ダンジョンの意思を除いて……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なんだかざわざわするな……」
タイガと武器を構えて対峙する。
俺の手には【応答剣】を発動した剣に加え、アーティファクト【勇気】も発動済みだ。
冒険者としてのレベル差こそあれど、負けることのない実力差がここにはある。
だというに、なんだ?
この嫌な空気は……。
「どうしたよ騎士さま。まさか今更真剣同士の殺し合いにビビってるわけじゃねぇよなぁ? 俺様はお前を殺すぜ。俺様が本物になるために必要だからな」
「……お前はこの漂う空気の濁りに気付かないのか? ダンジョン内がどうにも騒がしい……」
「はっ! 怖くなったんならアーティファクト置いてとっとと失せろ。そんで二度と俺様の前に姿を見せるな。そうすりゃ見逃してやるよ」
「…………」
この空気を感じ取っているのは俺だけなのか?
まだ潜り始めて長くないが、明らかにいつもの空気と違うのがはっきりとわかる。
これは、悪寒か……?
【勇気】を以ってしても抗えぬナニカが近づいているとでもいうのか。
いやあるいは、今まさにこの場を……
「俺様を見る気もねぇってんならそれでいいからよぉ、とっとと死ねやァ!」
「……今はこいつを片付けるのが先か」
なにやら不穏な空気を感じるが、その源がこの男でないのは確かだ。
ならさっさと片付けてダンジョンから出るに限る!
「ウオオオオオオオオオッ!」
「――【応答剣】!」
ガキィンッ
「なっ!?」
弾かれただと⁉
【勇気】の乗った一撃だぞ⁉
「ハッ! 不破ちゃんの騎士にしては軽い一撃だなァ!? ただ力が強い、それだけだ! 物の斬り方ってのを知らねぇんじゃねぇのかぁ⁉ オラァ!」
「――チッ!」
防がれた一撃の隙にタイガの槌が迫る。
それを有り余る肉体能力の差で避けることはできたが、これは失態だ。
【勇気】の肉体強化がなければまともに喰らって死んでいただろう。
ただ力の差に助けられた。
それだけの話ではあれど、これではいけない。
「落ち着け……【応答剣】は想いに応える剣だ。適当な想いで勝てる程、このタイガという男も甘くはない」
焦る自分を叱咤し、再度己の敵を確認するため深呼吸をする。
しかしこの漂う空気がどうにも気を散らす。
口に入れた空気の濁りを感じずにはいられないのだ。
「俺様だってなァ、本物と誤魔化せるくらいには実力があるんだよ。俺様だったらあの不破ちゃんの【断絶】を受け止められるって、そう信じてもらえる程にはなァ!」
「……火のない所に煙は立たず、か」
思えば当たり前のことだった。
俺はこのタイガという男を、誰かを騙らなければ認められない弱者だと侮っていた。
だが違った。
この男はただ、騎士になりたかったから俺を騙ったのだ。
そもそもの実力でいえば、伝え聞く噂に間違いはないのだろう。
少なくとも、俺の【勇気】の肉体強化を軽いと言える程には。
「ふぅぅぅぅ」
認識を改めろ。
意識を集中させろ。
敵を見定めろ。
戦う相手を間違えるな。
今、俺が剣に想いを籠めるべき相手は、この男だ。
「――応えろ、【応答剣】」
俺のその言葉に、握りしめる剣が光を放つ。
それは「待ってた」とでもいうように明滅し、【勇気】のオーラと混じり合う。
「………はっ、はははは、ハハハハハ!! なんだその力ァ! いいじゃねぇの! お前、今最っっっ高に騎士してるゼェェェェ!!」
佇む俺の姿を見て、騎士に憧れた男は愉快に笑う。
あぁ、その眼に宿る憧れはやはり本物だ。
なんて楽しそうな顔で笑いやがる。
そういう顔も、できるんじゃねぇか。
「――せめてもの情けだ。俺の誇る一撃で以って、お前の冒険に引導を渡してやる」
「避けも卑怯ももうしねェ! 俺様の誇る鉄壁はァ! 本物にだろうと破られやしねぇんだよォォ!!」
槌を投げ捨て、盾を両手で構える。
銀色の光がタイガを覆い、攻撃の一切を捨てた構え。
それがお前の鉄壁か。
それがお前の誇りなんだな、タイガ。
お前は騎士にはなれなかった。
しかし
「今この時、其方を騎士として打ち砕く敵と認めよう! 我が名は一ノ瀬アイス! その名に誇りを抱くなら、其方も今この場で名乗るがいい!」
「………はっ! いいぜ! 俺様の名をその身に刻めェ! お前の誇りを打ち砕く男の名は、大夜的タイガ様だァァ!! 来いよ、騎士一ノ瀬ぇぇぇぇ!!」
もはや言葉は不要。
決意と覚悟が互いの身体を動かしたのだ。
例えこの選択が勇者ではなかったとしても、俺の名はここに確かに刻まれた。
だから
「―――【応答剣】ァァァァッ!!」
「【不動鉄壁】ィィィィッ!!!!」
その剣を、振りぬいた。
◇
地面に血だまりが広がる。
俺の振り下ろした【応答剣】は、迷わずタイガの身体を斬り裂いた。
「なんで……殺さねェ……」
死なない程度に、致命傷を避けて。
「なんでと言われてもな。ダンジョン内の殺しは重罪だぞ?」
「誰も見ちゃいねぇだろうがよ……くそ」
地面に横たわるタイガは、仰向けになって空を見上げるとそのまま何も言わなくなった。
ダンジョンの空なんか見て楽しいのだろうか?
あれが偽物だと思う訳ではないが、少なくとも俺は外の景色こそが本物なのだと思っている。
そのまま互いに何も言わない時間が過ぎていき。
「さっさとキエロよお前ぇ! 俺様が動けねぇだろうがァ!」
「なんだ戦いの余韻に浸ってるふりして俺が去るのを待ってたのか。ぷ」
「笑うなコロすぞてめぇ……!!」
さて俺も少し休んで大分落ち着いた。
この男も見た目の割には元気そうだし、もう放っておいても大丈夫かな。
「じゃあとっとと帰りたいところなんだが……タイガ、どう思う?」
「……さっきより随分と濁りが強くなってんなァ。こりゃいよいよヤバそうだぜ」
「だよな……ていうかやっぱりお前も気付いてたんじゃねぇか、この空気の濁り! 素知らぬ顔で喧嘩売ってきやがってコノヤロー!」
「気付かないと思うお前が馬鹿なんだよ。自分が特別だとでも思ったか? ぷ」
「コノヤロー……!!」
今すぐトドメを刺してやりたい衝動を堪え、辺りの警戒を厳にする。
恐らくもうこの一階層はダメだ。
ここまで空気が濁ってなにも起きませんなんてこと、あるはずもない。
そして俺たちが今から急いで外に脱出しようとしても、間に合うかどうかは怪しいところだ。
「さっさと俺様を置いて逃げなァ。お前のアーティファクトがあれば、ワンチャン間に合うんじゃねぇのォ?」
「お前はどうする」
「はっ! 今更心配してくれんのかよ? 余計なお世話だ。俺様の鉄壁があれば余裕で脱出できるっての。ここは一階層だぞ?」
果たしてここを一階層と見て動いていいものか。
少なくともこの空気の源が出てきたら二人揃って余裕で死ねる。
それはタイガも百も承知で言っているのだろうが、俺も見捨てる云々じゃなく二人一緒にいたほうがまだ助かるかもという期待がある。
それが果たして正解かはわからないが……。
「……マジな話な、俺様にはこの現象に心当たりがある。――スタンピードだ」
「スタンピード!?」
スタンピード。
それはダンジョンから魔物が外を目指して大移動してくる、災害のことだ。
本来魔物はその階層でしか存在することができず、外に出ることはおろか階層を跨ぐこともできはしない。
だがスタンピードはその常時のルールをすべて無視する。
今回どの階層から魔物が大移動を始めるかわからないが、過去には未踏破階層からのスタンピードにより滅んだ国も存在するほどだ。
そのスタンピードが、よりにもよって今……!!
「俺様も話で聞いただけだからな、詳しくはねェ。だが恐らく今回のスタンピード、発生源はここだ」
「ここ……? ここだとどうなる⁉」
「焦んなよ……。ここが発生源の場合、大移動が始まんのもここ一階層だ。そして運よくここは冒険者を育成する学園の敷地内……ま、楽勝モードってな」
「……そうなのか?」
もしその予想が正しいとすれば、確かに楽勝だ。
ここ一階層はチュートリアル階層とも呼ばれるほど、弱い魔物しか存在しないのだから。
「なんだ、だから空気が濁っていても素知らぬ顔で喧嘩売って来たのか。はぁ~焦って損した」
「………まァな」
…………。
「それじゃ、ゆっくりと魔物を間引きながら出ていくとしますかね。タイガももう動けんだろ? おら立てよ」
「俺様はもうちょっと休んでからいくぜ。どうせレベル差もあって傷なんかつけられやしねぇんだ。間引きも俺様がやっといてやるから、てめぇはさっさと出てけ。しっしっ」
…………。
「なんか隠してるだろ、お前」
「……知らねぇな」
「じゃあゆっくり戻るか……」
「……チィッ!! 死にてぇのかお前ぇはよォ! 俺様はいいからさっさと出ていけつってんだろッ! こんな人間のクズなんか放って何処へなりとも行っちまえッ!!」
やっぱりなんか隠してたな。
なにを隠してたのか知らないが、自分の過ちをここで償おうってか?
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「んだよクソでか溜息吐きやがって! 俺様はいい! どうせ外出たって待ってる奴もいやしねぇんだ!……ここで死んどくべき男なんだよ、俺は……!! ダンジョンもそう言ってる……!」
「バカヤロー」
この男、どこまでもひねくれやがって。
罪を償うやり方が死ぬことだって?
そんなぬるいやり方で今まで被害に遭ってきた者達が納得するとでも?
救われるとでも?
甘い甘いぬるいぬるい。
「タイガ、さっき言えなかった言葉の続き、言わせてもらうな。――もしお前が、今からでも己の過ちを認め、贖罪の日々を過ごすというのなら。憧れの騎士には届かずともそれは決して――決して自分のためだけの自己満足では終わらないはずだ! タイガ、誰かのために生きろ! 自分の中の罪悪感を消し去るためではなく、誰かにとっての騎士になれるようにお前が生きるんだよ!……それが、償いというものだ」
「……………」
……ちょっと熱く語り過ぎたかもしれない。
勇者に憧れるあまり、いつか迷える子羊を導く時もくるだろうと考えた答えがこれなのだが……臭かったかな……。
「……誰かにとっての騎士、か……悪くねぇなァ、それ。なら俺様は一番憧れてる騎士様を、俺様なりのやり方で守ってみせるぜぇぇぇ!!」
「――――っ!?!?」
血だまりが広がる。
それは止まることなく広がっていく。
先程広がった血だまりを覆い隠し、塗り替えていく。
「――タイガぁぁぁ⁉」
その血だまりの主は、俺を庇うタイガであった。
「お、お前っ、どうして……どうして俺をぉ⁉」
「……どうして…どうしてとうるさい奴だなァ……オイ……」
「くそっ! 止まらねぇ! んだよこの血はよぉ⁉ おかしいだろ……⁉ こんな……」
「なぁ騎士さまァ……俺サマも……なれたのか……? あんたの騎士に……」
……っ馬鹿やろぅ……!!
んなの……こんなのっ……!!
「……あぁっ! 俺は、最高にイケてる騎士をっ……! 大夜的タイガという騎士を確かに見たッ!! この眼にっ、この脳裏に刻んだぞ、騎士タイガぁ! だから……」
「………はは……最高に気持ちイイなァ……コレ……もっと早くに……知って………おくんだったぜ………」
「……タイガ?」
「…………」
「おいタイガぁ! 目を覚ませタイガぁ! まだこれからだろぉ! 憧れはっ……!! くそぅ……!!」
嘆いたところで、死人は生き返らない。
ただそこにあるのは、死した人間と、それをやったナニモノかだ。
「………誰だよ……!! てめぇはぁ…!!」
「グギャァ」
タイガに剣を突き立てたモノ。
それは緑色の肌を持ち、俺の腰程度の背丈しかない魔物――ゴブリンだった。
ただのゴブリンだ。
鎧を着こんいることを除けば。
立派な剣を持っていることを除けば。
タイガの鉄壁を突破する力を除けば。
それはただのゴブリンなのだ。
「―――【応答剣】ァァァァァッッ!!!!」
激昂を力に。
そんな考えすら今の俺には浮かばない。
ただ、ただ目の前のこの敵を打ち砕かんとする、その力が欲しい。
最後にこんな俺に憧れを寄せてくれた俺の騎士にっ、報いる力が欲しいッ!
【確認しました】
【条件達成:【聖剣】を解放します】
【その真名を―――】
「こいつを殺せェェェ! 【聖剣】フラガラッハァァァァッ!!」
「ぎゃ――」
◇
あとの事は覚えていない。
でも目が覚めた時、全てが終わっていた。
俺は学園のベットで生きていて。
俺を守ったタイガは帰らぬ人となった。
発生したスタンピードは無事対処され、大した被害もなく収束した。
でも、一つ気になることがあるらしい。
スタンピードに必ず現れるネームドモンスターが、見当たらなかったらしい。
ネームドは階層の枠を超えた強さを得るから、最悪学園の戦力でも対処できない例もあるとか。
でも俺だけは知っている。
そのネームドの一撃を見事対処してみせた、勇敢なる騎士の存在を。
でもそれは誰にも言わない。
彼が犯した悪行の傷跡は、未だ消えたわけではないから。
その傷跡を癒すための償いも、もう亡き彼にはできないから。
今回のスタンピードで唯一犠牲となったタイガの存在は、学園で因果応報と痛まれることもないだろう。
でもそれでもいいと、きっと最後の彼は言うに違いない。
罪が消えたわけではなく、善行が知れ渡ることもない。
だがそれでもいいと、最後に彼は思ったはずだ。
憧れを抱き、憧れに散る。
同じ憧れに生きる俺にだけは、最後のタイガの気持ちがわかる気がした。
だからいいのだ。
彼が騎士であることは、俺だけが覚えていれば。
彼が悪を成したことも、俺は忘れないようにすれば。
俺が勇者となったそのときに、命を救われたことがあるのだと。
救われた命で、救えた命があるのだと。
そんな物語を、紡いでいこう。
これにて『唯一無双の現代ダンジョン』の第一章は終わりとなります。
ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。
続きは気が向いたら書きます。
よろしくお願いします。




