第二十一話 限定勇者のすべきこと
改稿済(2026/01/16)
朝。
昨日は自宅に帰り着くなり母さんに「こんな時間に帰ってくるなんて……⁉」と心配され、なんとか非行に走ったわけではないと説得するのに時間を要してしまった。
だから帰ったら見ようと思ってた不破ちゃんの配信も見れず、ダンジョンに潜るより疲れた心持ちで迎えた朝。
「おはよー……」
それでも挨拶はちゃんとする。
そりゃちゃんとするよ。
でも……。
「あら、おはようアイス。ご飯できてるわよ」
「…………(チラ)」
母はいつも通り、しかしチョコから返ってくる返事がない……⁉
母さんに適当な返答をし、どうしたことだろうとチョコの顔を見る。
するとなにか言いたそうな、でもなにを言えばいいかわからないような、そんなヘンテコ顔をしていた。
……見ていて面白い顔ではあるが、これはやめさせるべきか?
チョコの可愛い顔はいつまでも眺めていたいぞ……うーん。
っと、我が妹を愛でている場合ではない。
ここは兄として、チョコが何を言いたいのか促してやらねばならぬ時!
「チョコ、どうしたんだ? なにか言いたいことでもあるような顔だが」
「うぅ~。にぃにが非行に走ったって聞いたの。それがチョコは寂しいのです……」
その言葉を聞いた途端、俺はぎゅるんっとキッチンに立つ母さんの顔を見る。
母さんはわざとらしく横を向いて食器を拭いていた。
「ひゅ~、ひゅひゅ~……」
音の鳴らない下手な口笛まで吹いた。
「ふぅぅぅ……」
怒る心を抑え、俺はゆっくりとチョコに向き直る。
それは誤解であると、しっかり認識してもらわなければ俺の人生に関わる。
そう、人生に関わる。
大事な事なので二回言いました。
チョコに嫌われたら俺は生きてダンジョンから戻ってこられないかもしれないから大げさでもないんだこれが。
命がけの冒険者にとって精神的支柱は馬鹿にできない要素だ。
だから俺はチョコと目を合わせ必死の説得を開始した。
「チョコ、俺は非行に走ったりなんかしてないよ? 昨日は用事が早く済んだから、早く帰ってきただけなんだ。ほら、今日は学園に行く格好をもうしてるだろ?」
「でも……」
俺が否定の言葉を述べても、チョコはどこか納得していない……というより、こんな言葉だけでは到底安心できないというような不安そうな顔を見せた。
俺はその顔を見て、これはチョコに深刻な悩みを抱えさせてしまったなと悟り、よっせと一緒のソファに腰を降ろす。
しばし何を言うかぼやっと考えてから、俺は思ったより平坦な声で言葉を紡ぐ。
「俺は勇者になりたいんだよ」
「?」
突然の宣言にチョコはきょとん顔。
俺も口から出てきた言葉に自分でも驚いた、けど構わないと続行する。
「チョコ知ってるか? 兄って奴は生まれた時から妹の勇者なんだ。そして妹は兄が守るべき姫なんだぞ」
にやりと笑ってチョコに告げた。
俺がなりたい勇者は、なにもダンジョン内限定じゃないって。
あのとき俺は配信で見た勇者ケンジに救われたけど、同時に支えてくれた親父や母さん……それにチョコにも、間違いなく救われたのだ。
だからチョコが悩んでるなら俺は見逃せない。
恩を仇でなんか返さない、俺はチョコ限定の勇者だからな。
しししと笑う俺に同調するように、チョコもニヒヒと笑い出す。
そして少し悲しそうな顔をして、ぽつぽつと語りだした。
「……配信」
「配信?」
「不破ちゃんの配信を見るのが今のチョコの楽しみなの。でもそこでユートピア学園の生徒って人たちが……勘違い野郎が騎士を自称してるから気を付けろって……みんなそんなことばっかり言うの……」
「…………」
その話を聞いて俺は見慣れた天井を仰ぎ見る。
身に覚えのあり過ぎる話だ。
というかチョコの悩みの種、原因俺じゃないか……勇者失格?
いやいや確かに、つい最近ギルドで瑠璃桜がチョコが話したようなことを言っていたな。
流石に一学園生として俺の名前まで晒す真似はできなかったようだが、チョコと瑠璃桜の話を総合するに、恐らく件の勘違い野郎が『ギフトホルダー』であることくらいは明かされているんだろう。
チョコはそれで同じユートピア学園に通う『ギフトホルダー』の俺が昨日早く帰ってきたりしたもんだから、邪推してしまった……と。
なるほど。
なるほどなるほど。
あぁ、そういうことね。
「俺もそろそろ、決着つけるべきかな……」
口を抑え、チョコに聞かれないよう一つ呟く。
初めて騙り男タイガと遭遇した時、俺は力及ばず対抗できなかった過去がある。
だが力を手に入れた今は、構う程の相手でもないとなにをする気にもならなくなっていた。
それがいけないのだろう。
タイガという男がやってきたことは、言ってしまえば格下狩りだ。
いつも自分が有利な力関係で、暴力を振るう……そうして相手を追い詰めてきただろう奴は、まだ知らないのだ。
理不尽な力の差に圧し潰されるという感覚を、屈辱を。
それを今、俺は悟った。
『ギフトホルダー』だから、とか、〈勇気クラス〉の者だから報復を、とか関係なく、ああいう輩には一度思い知らせなければならなかった。
かつて獲物だった俺だからこそ、その行為の意味はより一層増すことだろう。
チョコに要らぬ不安の種を与えたタイガとの因縁は、俺がしっかり晴らさなければ。
だがそれはそれとして。
今の俺はお兄ちゃん……いやチョコ限定勇者。
不安がる姫を安心させるのも、俺の成すべきことだろう?
「チョコ、心配いらない。俺は勇者だからな! 逆光なんてただの試練だ」
「……アイスにぃ」
未だしょんぼり顔のチョコ。
わかってる。
チョコは、俺の妹は有象無象じゃない。
俺が『ギフトホルダー』の事で悩んでいてもただ夢を諦めろで済ませる有象無象じゃないのだ。
そんな俺の大事な家族だからこそ、言うべきは一つ。
「俺を応援してくれな、チョコ。まだまだ俺は頑張るから」
ムッ、と口を引き絞るチョコ。
応援してくれは、見限らないでの意だ。
我が家でだけ通ずる合言葉。
「無理だ」「諦めろ」「夢を見るな」「分不相応だ」……そんな言葉は聞き飽きた。
だから俺の大好きな家族にだけは、それを思ってほしくないのだ。
ムッ、と結んだ口のまま、チョコはその小さな手でビッと敬礼をした。
悩みを無理やり押し込んだような形になってしまったが、その瞳は真っ直ぐだ。
やっぱり俺の妹は世界一かわいい。
だからこそ、だ。
「……決着を付けよう、タイガ……」
ムムムッ、と顔を引き絞るチョコを横目に、俺も俺のやるべきことを想起した――……。
◆◇◆◇◆
駅で転移陣に乗り。
どこか懐かしくもあるユートピア学園に到着する。
家を出る時、チョコはもういつものチョコで、かわいい笑顔で見送ってくれた。
しかし表面上そう見えても、一度心に宿った不安はそう簡単には消えないことを俺は知っている。
心の底からチョコを安心させてやるためにも、俺はやるべきことをやらないといけない。
「見られてる」
俺は学園に到着してすぐ、周りの視線に気付いた。
わかっていたことだ。
瑠璃桜にチョコ、身近な人間二人がああも話題に出すくらいなのだから、話は相当広まっているのだろう、と。
いやしかしこれは……?
「なんか視線に籠められる感情が違くないか……?」
俺が想定していた侮蔑や怒りの感情は、その視線たちからは感じなかったのだ。
もっと否定的な感情が籠められた目を向けられるものとばかり思っていたのだが?
だが実際に向けられる視線にそのようなものはなく?
なんだかこっちを見る者皆、困惑とか罪悪感とか、そんな申し訳なさを感じさせる眼をしているのだ。
それはまるで、今になって真実が明らかになって、自分たちの過ちに気付いてしまったかのような……いやまさかそんな都合よくとは思いつつ、そんな顔のように俺は感じてしまう。
「なにか話に進展でもあったかな」
毎度毎度、この件で遅い情報しか持っていないことに辟易する。
一応俺は当事者であるはずなのだが、如何せん最近はそっちに割く時間が得られなかった。
いや、得ようと思えば得られたはずだが、そっちよりダンジョン攻略を優先したというべきか。
なんにせよ、本腰を入れてこの件の対処に当たると決意したからには情報は大事だ。
邪魔する者もいないようだし、早いところ〈勇気クラス〉の連中に聞きに行くとしよう。
「おはよー」
〈勇気クラス〉の教室まで到着し、少ない生徒たちに挨拶を投げる。
吉沢はどうせまだいないだろうと予想していたが、なんと今日は俺が来る前から教室にいた。
「おはよアイス! 随分と戻ってくるの早かったじゃない! ちゃんと実力は見に着いたのかしら?」
「ほほ。いい朝じゃのアイス。しかし猫よ、このような短期間でそうそう身に着くものかえ。あれじゃろ? 退学じゃろ? ヤバいんじゃろ~?」
クラスメイトの猫と古月は当然のように先に居てそんな挨拶を投げてくる。
猫の疑問は尤もであり、古月の予想も虚を突かぬもの。
しかし何事にも例外や奇跡というものは存在する。
俺はフフフアハハハ、と肩を揺らしながら前に進み、二人の前で腕を組みそして……ドヤ顔をした。
「ドヤァ……!」
「いきなりドヤ顔されても反応に困るのよ! 端折らないでドヤる理由を先に話なさいよこのあんぽんたんっ!」
「ドヤァって口に出す奴は初めて見たのぉ。儂今、ムカァ……! って感じじゃぞ」
俺の迫真のドヤ顔は二人の御怒りを買う形で終わったようだ。
何分俺も大きな力を手に入れて浮かれている面もある故、どうか許してほしい。
「めんご!」
「ぶち殺すわよ!」
「夜道に気を付けるんじゃな」
さてウインクばちこーんで更なる御怒りを買ったところで、そろそろアレに触れてもいいだろうか。
教室に入った時からこちらに背を向け、不敵に窓から地上を見下ろす馬鹿が一人。
「なぁあの馬鹿はなにしてんの?」
「タバコでも吸ってるんじゃない?」
「飛び降りて死ぬところを探してるんじゃないのかの?」
「言うね君たち」
猫と古月の辛辣すぎる言葉に、窓辺の馬鹿も涙を隠しきれない。
折角早く来て窓辺でスタンバってたのに、ツッコミ不在でさぞ悲しい時間を過ごしたことだろう。
あまりにも哀れなその馬鹿、もとい吉沢は振り切れたのか一息吐くと姿勢を正し、語り始める。
「……この学園は今、触れたら爆ぜる爆弾を抱えている……。先日、不破ちゃんの配信によって件の宿敵がアーティファクトを手に入れたことが明らかになり、それに絡んでタイガという男に疑惑の声が上がった。当然だ、そんなもの手に入れたなら学園側が把握していないはずもない。本物の才覚を見誤った騙り男の化けの皮は剝がされ、今や奴の名は地の底を這いつくばっている……果たして奴の最後の足掻きはいつになるのか? その答えは、誰も知らない……」
「「「ぱちぱちぱち」」」
「あ、どうもどうも」
はい、現状の説明、ありがとう、ありがとう。
なるほど本物だと思っていたタイガという男が偽物と判明し、騙されていたとは言えそれにコメントなどで加担した者たちが今朝のあの眼の連中ということか。
そして件のタイガは見事自爆したことで落ちた名声に焦っており、このままだと何処かで爆発するぞ……と。
まぁアーティファクトなんて早々手に入るものでもなし、この事態を予想できなかったのは致し方のないことだ。
単純に因果応報というか、騙る相手のことを知らな過ぎた奴の一人負けだが。
しかしああいう輩がただ一人で落ちていくだけなら話は早いが、それは流石に楽観が過ぎる。
心に余裕を失くした騙り男が格下になにかをする前に……俺も俺のやるべきことをやろう。
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