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汝が隣人を愛したのなら

KAI-YOU HYPER POP AWARD 2023応募作品です。

 久々に、執筆用のアプリケーションを開いた。


 いつも画面越しに見てるあの人がある小説賞の審査員をすると聞いたからだ。その賞のエントリー締め切りが迫っているからだ。小説家志望というわけでもないが文章を書くのは嫌いじゃない。けど、締め切りって響きはあんまり好きじゃないかな。今までその言葉と関わりの深い生活をしてたわけじゃないから、余計に。


 テーマは自由。困る。お金と同じで、自由というものの使い方が下手な人間って、結構いるのだ。


 とりあえず、登場するキャラクターを考えるかと思ったところで自嘲的な笑みがこぼれた。私は私の小説に、「私」と「あの人」以外の人物を登場させられたたためしがない。


 私とは全然違う性格の女の子を主人公にしよう、なんて思っても、その子がどんなことを思考し、発言し、行動するのか、想像もできない。想像のできないものは書けない。


 私にとって想像できるもの――つまり、書けるもの――は私という人間の思考や発言、行動を除けば、あとはあの人の美しさくらいしかないのだ。


 だから、魔王として生まれ落ちた私からあの人の統治する世界を守るべく勇者の素質を持った私が戦士と魔法使いの私を引き連れて討伐に向かう話とか、あの人の経営する会社で働いていた私がある日同僚の私の秘密を知ってしまったことをきっかけに魔法少女になる話とか、私の書く小説って、いっつもそんなのばっかり。


 魔王だとか魔法少女だとか御大層な肩書を付けてみても、その中身は笑っちゃうくらいに私。みんな示し合わせたようにおおざっぱで面倒くさがりで、あの人のことが大好き。そうじゃない自分なんて……いや、そうじゃない人間なんて、想像もできない。


 ……いやいや、キャラクターが思い浮かばないなんてスタートラインの手前みたいな場所で足踏みをしている場合じゃない。カレンダーに付けた赤丸には、黒色のバッテンがあと数歩というところまで迫ってきているのだから。書くしかないのだ。「私」と「あの人」の二人しか描けないのなら、その二人だけで完結する物語を。


 覚悟を決めて、キーボードを叩く。


***


 私は今日もあなたを見ていた。私と違い、多くの人に慕われて、愛されているあなたを。愛されて当然だ、あなたが愛されている状態こそ、世界のあるべき姿だと確信するくらいに美しいあなたを。


 あなたは、私に目線を返さない。言葉を掛けても、返事なんてしない。当然だ。だってあなたはここじゃない、別の星に暮らす宇宙人なのだから。


 私とあなたを繋ぐ――という言い方が正しいのかは分からない。だってこの繋がりは、酷く一方的なものだから――のは、このサイケデリック・フォンを通して観測できる、向こうの星に設置された隠しカメラの映像だけなのだから。


***


 最初は私とあの人の会話劇でも書こうかと思ったが、私と対等な立場で会話をするあの人が想像できなかったので、遥か宇宙の彼方に隔離させてもらった。あの人はいつだって、雲の上の存在なのだ。


 メインの登場人物をここまで引き離してしまったら物語を展開させようがないという気もしたが、しかし想像できないものは仕方ない。諦めて続きを書こう。


***


 何も知らないあなたの目が、一瞬だけこちらを向いたような気がした。私と、目が合ったような気がした。


 ……もっとも、私は四六時中あなたを見ているから、あなたがこちらを向けば目が合うのは当然なのだけれど。けれど、それだけで舞い上がってしまうくらいに、私はあなたに夢中なのだと思い知らされる。


***


 …………偶然こちらを向いて、私と目が合うあの人。それはいい。まだ想像のつく範疇だ。これが「こちらに気付き、笑いかけてくれるあの人」になったら途端に駄目だ。まったく、一文字も書けない。いや、「あの人がこちらに気付き、優しく笑顔を向けてくれた」とキーボードに打ち込むことは簡単だ。けれど、私の頭の中に浮かんでいない場面なんてただの文字の羅列で、そんなの「書いた」ことにはならないだろう。


 たまに、「現実よりも創作の世界の方がいい」だとか「小説やアニメの世界で過ごしたい」だなんて言う人を見かけるが、私に言わせればとんでもないと思う。なんでも思い通り、と言えば聞こえはいいが、裏を返せば思ったことしか起こらないということではないか。


 ――誰かの生み出した虚構の世界では、想像の範疇にあることしか起こらない。


 少なくとも私は、私の生み出した小説の世界で生きたいだなんて思わない。私が想像できる程度の喜劇が、私の享受できる幸福の最大値だなんて冗談じゃない。絶対に嫌だ。


***


 私の人生なんて、これで十分なのだ。子供が想像できる程度の幸福で構わない。


***


 そもそも、私はあの人に出会うまで、あんなに綺麗な人間がこの世に存在していることすら知らなかった。私が最初から創作の世界の、虚構の存在だったら、あの人との出会いすらなかったということではないか。


 ならやっぱり、現実よりも虚構の方がいい、なんてまやかしじゃないか。


***


 想像も及ばないくらいに美しい人なんて、初めから私の前に現れないのなら、存在も知らずに生きていくというのなら、本当はそれでも構わないのだ。


***


 ……なーんて考えているうちに、キーボードを打ち込む手は完全に止まっていた。ダメだなーこれ、締め切り間に合わないかもなあ。


 諦めてパソコンを閉じ、ベッドに身を投げるようにして寝転ぶ。何かネタでも転がってないかな、なんてスマホを適当にスワイプして。あの人はいまどうしてるかな、なんて思って。


 ………………えっ?


***


 だから神様、お願い。


 多くは望まないから、喜劇も悲劇も、想像の範囲内で。


***


 画面の向こうが燃えていた。


 あの人。迷惑行為。炎上。何が起きている。目立ちたかった。誰かに見てほしかった。愛されてる実感が欲しかった。意味が分からない。


 最低、最悪、犯罪者! どうしてそんなことを言うの? 極悪人、人格破綻者、人間のくず! 違う、あなたにあの人の何がわかるの?


 そんなはずないよ、何かの間違いだ。だってあの人が、あの人に限って。



『誰も自分なんて見ていない』

『あっという間に人々から忘れられていく』

『そんな気がして』


『本当の意味で愛されてるって実感がなくて、だから、愛の代替品として「注目」を求めてしまった』



 うぐ、ぐごごごご、げげ。があ、うああ。


 ベッドからずり落ちた私は、そんな間の抜けたうめき声をあげ、頭を抱えて床の上で丸まっていた。うめき声は次第に絶叫に近いものに変わっていき、最後にはあああああああああああ! と魂まで一緒に吐き出してしまいそうなくらいの大声で叫んでいた。


 愛されてる実感がない? どうして? あの人を愛してない人間なんて、この世にいるわけないのに! だって私はこんなにもあの人のことを、……違うの? みんなは、私じゃないの? だから違うの?


 でもおかしい、間違ってる。だってあの人がみんなから注目されて、愛されるのは世界の摂理だ。みんながその理を破壊した、だからあの人が狂った。


 そうだ、そうだよ! みんながあの人の望むものを、愛を、与えなかったのが悪いんじゃん! 迷惑行為を受けたって人も、加害者じゃん。今まであの人の存在も知らないで、そのせいであの人が苦しんでるのに、そんな世界の存在を生存という形で肯定して。それで被害者面なんて、絶対におかしい!


 あの人の近くにいながら助けてあげられなかった人も、この事件であの人のことを初めて知ったくせに訳知り顔で意地悪を言う人も、もちろん、あの人がそんな状態になってるって気づけなかった私も。みーんな、加害者だ。


 ……教えてあげなきゃ。こんなの間違ってるって。それを世界に知らしめるためならば、私はどうなったって構わない。


 だって私には、あの人しかいないから。


***


 恐れていたことが、いや、恐れて()()()()()ことが起こってしまった。


 唯一の光を取り上げられ、狂っていくあなたを画面越しに呆然と眺める。涙は、流れてこなかった。ただ絶望だけがそこにはあった。


 これだから、ニンゲンとかいう種族は。きっと、地球なんて不安定で不完全な惑星で生活してるせいで、こんなに脆いんだ。私と同じくニンゲン観察が趣味の友人たちは、ニンゲンのそんなところが好きだと口をそろえて言うが、こうして不本意な形で愛したニンゲンを失った身としてはどうしてもそうは思えない。


 あなたを苦しめるだけのそんなクソ星じゃなくて、いっそのことこの星(こっち)に来てくれればいいのに。そしたら私があなたにいくらでも愛をあげて、もう二度と壊さないよう大事に大事にするのに。


 ……でもきっと、あなたはこう言うんだろうな。「こんな何もない星で、私は誰を愛すればいいの?」って。「あの人」が、私にとってのあなたがいない世界じゃ、あなたを繋ぎ留められない。


 あーあ。せめて壊れる前に知ってほしかったなあ。あなたのことを無条件に、手放しに、こんなにも愛している存在がいるってこと。だいたい、ニンゲンという生き物は他の存在から向けられる愛情に疎すぎるのだ。眉間に愛情感知レーダーがついてないなんて信じられない。一体どんな進化の過程を経たらそんな馬鹿げた姿になるというのだ。


 たとえ遥か遠い異星にでも、自分のことを愛してくれている存在がいると一人一人が自覚していたら、何か変わるのではないか。少なくとも、あなたがこんな壊れ方をすることなんて……


 ……いや、何も変わらないか。百二十四光年越しの愛に意味なんてない。誰もが義務教育で学ぶように、この宇宙における愛情の伝導率は驚くほど低いから。それでもあなたに愛を伝えたいと願うのなら、誰かから誰かへ、リレーの要領で愛情のバトンを繋いでいくよりほかにないのだ。短い距離での愛情の受け渡しを繰り返さないと、生きた愛は遠くへ行けない。


 あー、誰かを愛するのって、めんどくさ……。


 …………と、そこまで考えてふと、昨日隣の星に住む子からの告白の返事を保留にしたことを思い出した。握りしめていたサイケデリック・フォンの画面を切り替え、教えてもらった番号にかける。


 めんどくさくても、自分の周囲から愛せる存在を探して、繋いでいくしかないんだよな。あなたに、届くまで。


 私のために勇気を出してくれた君に繋がるまでの数コールの間、ぼーっと考える。そういえば、あなたが書いていた小説の中の彼女はどうなってしまうのだろう。あなたにそっくりの、綺麗な彼女。せめて彼女くらいは、あなたの代わりに幸福でいてほしいものだけれど。たとえ虚構の世界であっても。


「あッ、も、もしもし……!」


 少しの緊張と、真っ直ぐな愛情を含んだ君の声が聞こえてきて、そんな考えもふっと途切れた。

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