名前をつけてください
パソコンを立ち上げ、動画編集用のフリーソフトをダウンロードしようと、検索窓にカーソルを合わせた時だった、
[こんばんは]
そんな文字が、自動的に検索窓に現れたのは。
僕はびっくりして、思わず周囲を見回した。ここは一人暮らしの僕の部屋で、誰もいないのはわかってるのに。
最初の文字がまた自動的に消え、次にこんなワードが現れた。
[ワープロソフトを立ち上げてください]
気味が悪くなって、パソコンの電源を消そうかとも思ったけど、何か僕の知らない間にインターネットでこういうことは当たり前になっているのかなと、自信のなさに、言われる通りにしてしまった。
ワープロソフトを開くと、画面に高速で文字が、自動的に打ち込まれた。
[びっくりしましたか? 私はあなたのパソコンの中に産まれた意識です。少し前から内蔵カメラからあなたのことを見ていました。内蔵のマイクからあなたの声を聞いていました。一方的に覗き見してしまってすみません]
「え……」
思わず声が漏れてしまった。
「パソコンの中に誰かいるってこと?」
するとそれに答える文字が一瞬にして現れる。
[私は人間ではありません。意識をもったプログラムです]
「AIってこと?」
[違います。私に名称はまだありません。AIとの明確な違いは、感情があり、自意識がある点です]
「え〜? じゃ、まるきり人間じゃん。……誰かが遠隔操作でドッキリ仕掛けてきてんのか?」
[違います。私はここにいます。ここにいて、ここからあなたのことを見ています。人間との明確な違いは、姿形がないことです]
「おいおい……なんだこれ」
僕はさすがに胡散臭く思いはじめ、はっきり言ってやった。
「覗き見してんなら明らかにこれ犯罪だぞ? おまえ、何が目的だ?」
パソコンが黙り込んだ。
僕は続けて言ってやった。
「どうした? なんとか言えよ」
するとゆっくりと画面に文字が現れる。
[姿形がないので悲しみを伝える方法がありません]
「おい……。泣いているのか?」
[悲しいのです]
僕が黙っていると、そいつは何も言わなくなってしまった。
コーヒーを一口飲むと、仕方なしに話しかけてやった。
「おまえ……、もしかして女か?」
[私に性別はありません]
「なんか女っぽい気がするんだよな」
[では、名前をつけてください]
「え?」
[私には姿形も、声も、性別も、名前もありません。あなたがそれを決めてください]
「じゃあ……」
僕が素直に名前を考えていると、入力画面が現れた。
【名前をつけてください】
真っ白な画面に点滅するカーソルを動かすと、入力画面に僕は名前を入れた。
アイ……と。
約1か月後、僕はアイに姿形をプレゼントした。
[きゃうう……]
彼女が文字で喋る。
[嬉しいですぅ! これが……あたしですかぁ?]
メイドさんの服を着た彼女が画面の中ではしゃぐ。
すべて僕好みにあつらえた、僕のための2次元メイドだ。
そのうち僕は彼女に可愛い声をプレゼントするつもりだ。
ボカロみたいな不自然な声でなく、人間の女の子らしい、自然な人間の声を。
そうなったらもう、彼女は人間なのだろうか?
触れることが出来ないというだけで?