公爵令嬢は殺されかけましたが、今では幸せです。(4/10改行)
「フィア? 今日はやけに豪勢だな。」
「あ、おかえり、エスタ。」
家に帰ったエスタが目にしたのは、平民にしてみれば、ごちそうと言っても過言ではない内容の晩御飯だった。
「すごいでしょ? 市場のおじさんが、いろいろおまけしてくれたの。」
「だからって、こんなごちそう...なんかいい事でもあったのか?」
「もう、忘れちゃったの? 今日は記念日でしょ?」
「記念日?」
?マークを浮かべるエスタに、フィアの機嫌は一気に下降した。
「じゃあいいわよ。エスタの分はパンだけ。」
「すみません。ごめんなさい。今度干しブドウ買ってくるので許してください。」
ごちそうを前にして、パンだけというのは辛すぎる。
そもそも、フィアが怒ると怖いのだ。
エスタはどうにか機嫌を直してもらおうと必死で謝る。
「ふふ、冗談よ。今日はとっても大事な日なんだし。」
「そ、そうか...。」
最悪の事態は回避出来たようなので、エスタはほっと一息ついた。
なんの記念日かは気になるが、ひとまず先に二人でごちそうを食べる事にした。
おいしそうに食べるエスタに、フィアは嬉しそうだ。
「ごちそうさま。ふ~、おいしかった。...あの時とは、大違いだよな。」
「そ、そりゃあ、最初の頃は焦がしたり、変な味がしたり散々だったけど! こんな時に言わなくたって...ううん、こんな時だからこそ、だよね。今日は、エスタと出会った記念日なんだし。」
「そういえば、今日だったか?...あれから、もう一年になるんだな。」
エスタは義賊だ。不正な金を盗んでは、貧しい人に還元していた。
その日も、盗みを終えて帰る途中、今にも崩れそうな崖に、一台のボロ馬車が放置されているのを見つけた。...馬車には、外に出られないよう、鎖が巻き付けてある。
放っておくのも後味が悪いので、エスタは中にいるであろう人を助ける事にした。
中にいたのは、一人の少女だった。
服こそボロボロだが、貴族の出である事は明らかだ。
「おい、大丈夫か?」
「...。」
歳は、自分よりも少し下、といったところだろう。
少女の目は虚ろで、どこか人形のようだった。
「お~い、なんか言えよ? とりあえず、ここから出るぞ。」
「...はい。」
少女を抱えてその場を離れた途端、崖が崩れ、馬車は川底に落ちていった。
あと少し救助が遅れていれば、取り返しのつかない事になっていただろう。
「あぶね~。アンタ、名前は? なんだってこんな事に?」
「...私は、サファイア。家名は、勘当されたのでありません。」
サファイアによると、彼女は公爵令嬢で、第二王子と婚約していたそうだ。
だが、婚約者からは、”つまらない”という理由で冷遇され、しまいには...
「浮気って、最低だなソイツ。」
「私と違って、その方は愛らしい性格をしている、との事です。」
その後、身に覚えのない罪により婚約破棄され、実家からは勘当され、修道院に追放される途中だったとの事だが...
「どう考えても、アンタを始末するつもりだったよな、これ?」
「みたいですね。」
殺されそうになったというのに、サファイアは淡々と受け答えをしていて、どこか不気味だった。
「そういうものなのです。常に夫をたて、跡継ぎを産み、政略結婚に使えそうな娘を産む。夫となるものの恥にならないよう振る舞い、従順に接する。それが、貴族令嬢の務めなのだと、お父様は仰っていました。使えないのなら、死あるのみ、という事なのでしょう。」
「死って...アンタはそれでいいのか!?」
「そんな事を考える必要はないのです。...見たところ、あなたは平民のようですが、貴族とはそういうもの。あなたには、わからないのでしょうが...」
「...。」
「それに...もう、疲れてしまいました。感情を殺す事にも、生きる事にも...」
「...。」
しばらく黙り込んでいたエスタは、突然サファイアに詰め寄った。
「ああ、わかんないさ。俺らよりも金があって、いいもん食って、フカフカの寝床で寝る事が出来るやつの事なんてな。」
「...!」
面食らうサファイアに、エスタはなおも話を続ける。
「両親がはやり病にかかっちまった時も、金がないから助けられなかった。一人になった後は、周りの手伝いをしてどうにか生きてきた。その歳まできれいな手をしてる奴には、わからないだろうな。」
「...ご、ごめんなさい。」
失言をしたと悟ったサファイアは、慌ててエスタに謝った。
「...まあ、とにかくだ。俺がなにを言いたいかというと、平民だって大変なんだ。それを、これから教えてやる。...人生を投げ出すのは、そのあとからでも遅くはないだろ?」
「......はい。不束者ですが、よろしくお願いいたします。」
こうして、サファイア改めフィアは、エスタとともに暮らす事になった。
長い髪は切り落として、靴と一緒に川に捨てて、サファイアの死を偽装した。
家事などまともにした事もなく、最初の頃は散々だった。
それでもエスタが、根気よく教え続けてくれたおかげで、かなり上達した。
料理に至っては、今ではフィアの方が上だ。
町の人達は、余計な詮索をせずに、二人を見守ってくれた。
平民の言葉づかいが馴染んだ頃、フィアは食堂で働き始めた。
いつまでも、エスタに頼ってばかりでいるわけにはいかないと思ったからだ。
他にも、学校に行けない子供達に勉強を教えたりもした。
「あの時、エスタが助けてくれたから、今の私がいるの。ありがとう、エスタ。」
「ああ、その事なんだけどな...」
言いずらそうに頬を搔いていたエスタは、意を決して話を切り出した。
「あの元婚約者な、辺境に追放されたんだってよ。あと、おまえの実家が取り潰された。」
「...そう、なんだ。」
あんな事があっても、未来の夫となっていたかもしれない男と、自分の生まれ育った家だ。
フィアの胸中に複雑な思いが駆け巡った。
「仕向けたのは第三王子だ。フィア...サファイアの事が、好きだったみたいなんだ。」
「私の、事を?」
「元婚約者と違って、おまえの事を大事にしてくれると思う。おまえは...」
「ちょっと待ってよ!!」
フィアが思いっきりテーブルを叩くと、ガシャンと音がして、エスタは思わずひるんだ。
「それじゃあ、エスタは私に、ここから出て行けって言うの!? 私は、邪魔だって言うの!?」
「お、落ち着けって!? そうじゃない! 話を最後まで聞け!」
どうにかフィアをなだめて、エスタは話を続けた。
「俺が言いたいのは、おまえには選択肢があるって事だ。平民のフィアとしてこれからも生きるのか、貴族のサファイアに戻るのか。...第三王子だけじゃない。おまえ、けっこうモテてたらしいぞ。どうするんだ?」
「決まってるじゃない。公爵令嬢サファイアは、あの時死んだのよ。」
「...即答かよ。いいのか?」
「いいの。私、今の生活が気に入ってるから。あの時よりも、生きてるって思えるの。」
エスタはおもむろに、フィアの手に触れた。
令嬢のきれいな手は、見事に荒れてしまっている。
「この手はずっと、荒れたままなんだぞ?」
「私、この手が好きよ。エスタは、きらい?」
「まさか。この働き者の手の方が...いや、なんでもない! とにかく、いいんだな?」
「ええ!」
「そうか。...それと、選択肢がもう一つあるんだ。」
「もう一つ?」
キョトンとするフィアに、エスタが渡したのは...
「指輪?」
「フィア、おまえの事が好きだ。...俺と、結婚してくれるか?」
「!...はい。」
貴族のものとは違い、宝石のついていない地味な指輪。
でも、フィアには、それがとても尊い物に見えた。
二人が出会った記念日。その日に、新たな思い出が加わった瞬間だった。




