私、綺麗ですか?
「先輩、私綺麗ですか?」
あの日、純白のドレスに身を包んで悪戯げに笑んだ君の姿は、今でも時々夢に出てくる。
恐ろしいほどの悪夢だ。
『あの時私を選ばなかったからですよ』
そう言っているようで。
君の思惑通りだ。後悔しているよ。あの時、君の手を掴まなかったこと。
どんなに手を伸ばしても、届かない。だから、諦めようって。どんなに心に折り合いがつかなくても、それが君の幸せなんだって信じたから。
「おめでとう」
そう言ったんだ。
「先輩、その傘新しいやつですか?」
「うん。よく気づいたね」
「そりゃ、気づきますよ!いつもビニール傘じゃないですか」
「よく見てるなあ」
高校の部活帰り、家が近かったので、同じ部活の同級生である田中や水本と別れた後は、自然と2人きりになった。彼女と別れるまでたった5分くらいしかなかったけれど、よく笑い、話しかけてくれる彼女との時間は楽しかった。
部活のみんなは、不可抗力とはいえ、帰りがけにいつも2人きりになる俺たちの仲を、怪しんでいたようだった。
「まっきーとどうなの?」
そんなことを聞かれたのは1度や2度じゃない。
彼女の名前は篠山真希。まっきー、と呼ばれていた。
俺はその度に「なんもないよ」と返していた。
けれど、「なんもない」というのは半分嘘だった。帰り道で映画の話やスイーツの話で意気投合して、部活のない土日に2人で出かけることもしばしばあったのだ。
『デート』その言葉が浮かんでは消えていた。お互い恋人はいない。きっと、いずれは付き合うのだろうと、漠然とそう思っていた。
ただ告白する勇気は出なかった。そもそも『好き』という感情がわからなかった。彼女との時間は楽しい。でも、今以上の関係になる必要があるだろうか。
俺は、2人で出かけたり一緒に帰ったりする、そんな現状に満足していた。
「ねえ、付き合わない?」
そう言われたのは、高校3年の春。同じクラスの神瀬和佳奈と放課後掃除をしていた時のことだ。
「……なんで?」
純粋に、なんで彼女にそんなことを言われるのかがわからなかった。
神瀬とは3年になって初めて同じクラスになり、ほとんど話したことがなかった。今日はお互い遅刻して、罰として掃除をするように言われたから、2人で残って掃除をしているだけだ。
「顔がタイプだから」
「へえ……」
神瀬はあっけからんとそう言った。
「ねえ、宮川って後輩と付き合ってんの?」
「別に。なんで?」
「噂になってるから。2人でいるとこ見たって」
「そうなんだ」
全然話したことのない人にまで噂がいっていることに驚いた。行動範囲が狭いので仕方ないといえば仕方ないのだが。
「デートしてんのに付き合ってないの?」
「デートじゃない。趣味が合うから一緒に出かけてるだけ」
どうしてそこで、はっきりと否定したのかはわからない。ただ付き合っていないというのは事実だったし、うまく誤魔化す術も持ち合わせていなかったのだ。
「じゃあ、私の顔は好きじゃない?」
「は?」
驚いて、ついまじまじと神瀬を見つめた。神瀬は自信ありげに口角を上げていた。
神瀬の顔は正直好きだった。というより、神瀬は誰もが認める美人だったのだ。確か昨年は学祭でミスコンにも出ていた。
「好きなんでしょ」
正直に言うのも躊躇われ、黙り込んだ。
「いいじゃん、お試しで付き合おうよ」
お試しで付き合う、その言葉は印象的だった。
彼女がいる友だちはそこそこいる。恋愛経験がないことに対する劣等感も多少はあった。
ただ、『好き』という感情がわからなくて、それがわからない以上、誰かと恋愛関係にはなれないと思っていたのだ。
「お試し……?」
「そ!なんか違うなーってなったら別れればいいだけでしょ。付き合ってから始まる恋愛も悪くないと思うよ」
確かにその通りかもしれない、と思ってしまった。
しかも相手はそこらにいないような美人だ。
「……いいよ」
興味半分でそう答えた。そこに真希への配慮は一切なかった。
あの時のことを今でも後悔している。
「先輩、彼女できたって本当ですか?」
神瀬と付き合い始めてから1週間後、真希にそう聞かれた。
「うん」
「そうなんですね!おめでとうございます!」
やけに明るかった真希の声は今でもありありと思い出せる。
もう、なんで言ってくれなかったんですか。毎日一緒に帰ってるのに。
拗ねたように言う真希に、その時の俺はなんて返しただろう。
彼女って、先輩と同じクラスの神瀬先輩ですよね。すっごい可愛いですよね。スタイルもいいし!いいですね~。
その言葉を聞いて、当時の俺は「なんだ」と思ってしまったのだった。やっぱり真希と俺は恋愛関係じゃなかったんだと思ってしまった。
そんなわけなかったのに。
高校を卒業して随分経ってから聞いた話だ。真希は入学した時から俺が気になっていたらしい。俺が美術部だということを知って美術部に入り、帰り道は2人で話したかったため、遠回りをしていたのだという。
その話を聞いて、彼女とのことを次々と思い出した。2人で出かけたのも、大体彼女が誘ってくれていた。小さな変化も気づいてくれていた。俺が以前に話したことは驚くほど良く覚えてくれていた。
ああ、そうだったんだ。
彼女は俺が好きで、俺も彼女が好きだったんだ。
気づいた時にはもう遅かった。彼女は遠い大学に進学していた。
神瀬とは高校卒業と同時に別れた。振ったのは向こうだが、別れることに抵抗はなかった。正直、どうでもよかったのかもしれない。神瀬といるのは可もなく不可もなくといった感じで、特に別れる理由もなかったので、惰性で付き合い続けていた。彼女はそんな俺を見限ったのだ。
それから告白されて付き合うことはあったが、大体同じような理由で振られ続けた。仕事を始めて忙しくなり、恋愛が鬱陶しくなってからは、誰かとそういう関係になるのをやめた。生涯の中で、好きだったと思えたのは、真希だけだった。
そして社会人になって数年。友人伝いに、結婚式の招待状が届いた。彼女と、知らない男の結婚式。
そして。
「先輩、私綺麗ですか?」
あの時から随分と垢抜けて綺麗になった彼女は、純白の衣装で悪戯げに笑んだのだ。
あれから長い月日が経った。お互い違う世界で過ごした。知らなかったことを知った。変わったところはたくさんある。
それでも、彼女は彼女だった。あの日、俺が恋していた彼女だ。
やっぱり好きだ、そう思った。今日、彼女の隣に並び立つのが自分だったらどんなによかっただろう。
今にも何かが込み上げてきそうだった。後悔と恋慕と悲しみ。ごちゃごちゃになって、すべてをぶちまけてしまいたかった。
「おめでとう」
それでも。わずかに残っていた理性が、言葉を紡いだ。
「すごく、綺麗だ」
彼女は目を丸くした。
「先輩ってそういうの言える人でしたっけ〜?」
俺は君に恋しているからわかる。
そう茶化す君は、どこか悲しそうだ。
あの時の彼女が忘れられない。もうあの結婚式から2年。元気だろうか。
失恋の痛みは凄まじく、あの後はしばらく病んだ。しかし1年も経つと少しずつ、気持ちを切り替えられるようになった。彼女が幸せならそれでいいじゃないか、と。
「先輩!!」
会社からの帰り道、つい幻覚まで聴こえるようになったか、と自分にほとほと呆れていた時。
ひょこっと隣に現れたのは、真希だった。
「え……?」
幻覚じゃない……? 理解が及ばないまま、じっと彼女を見ていると。
「驚きすぎじゃないですか?」
彼女が破顔した。
「やっぱり、私たち運命ですよ」
「うん、めい……?」
「今日、私離婚届出してきたんです」
離婚届…? 理解が追いつかない。
俺が知ってる、あの離婚届で合ってるのか……?
「離婚したの?」
「そうなんです! 大変だったんですよ!」
「それは、おつかれさま……?」
「あはは! ありがとうございます」
都合のいい夢かもしれない、とそう思い始める。最悪だ。起きたら立ち直れなさそうだ。
「先輩知ってると思うんで言うんですけど、私、高校時代先輩のこと大好きだったんです」
彼女がさらりとそう言った。
「初めて見た時、こうビビッときたんですよね!この人私の運命だ!って」
運命、なんて甘美な言葉だろう。
「でもほら、先輩に彼女できちゃったから。違ったのかなーってそれはもうショックで」
「……俺も好きだったよ」
「は!?じゃあなんで違う人と付き合ったんですか?」
「そういうのに鈍かったから」
「今は鈍くないんですか?」
「うん」
もう落ちるとこまで落ちた。これが夢だろうとなんだろうと、後悔はしたくない。
「今でも、君が好きだ」
「……!?」
真希は大きく目を瞬かせて、満面の笑みを浮かべた。
「私もです!」
閲覧ありがとうございました!
「私、綺麗ですか?」っていうセリフが頭に浮かんだので、勢いのまま書いたまま書いた短編です。
ブロマンス(BLじゃないけどBLっぽいお話)好きな方いらっしゃいましたら、「先王の子」という長編書いておりますので、どうぞ覗いていってください!
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