表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

私、綺麗ですか?

作者: 湯湯菜吏


「先輩、私綺麗ですか?」


 あの日、純白のドレスに身を包んで悪戯げに笑んだ君の姿は、今でも時々夢に出てくる。


 恐ろしいほどの悪夢だ。


『あの時私を選ばなかったからですよ』


 そう言っているようで。


 君の思惑通りだ。後悔しているよ。あの時、君の手を掴まなかったこと。


 どんなに手を伸ばしても、届かない。だから、諦めようって。どんなに心に折り合いがつかなくても、それが君の幸せなんだって信じたから。


「おめでとう」


 そう言ったんだ。




「先輩、その傘新しいやつですか?」

「うん。よく気づいたね」


「そりゃ、気づきますよ!いつもビニール傘じゃないですか」

「よく見てるなあ」


 高校の部活帰り、家が近かったので、同じ部活の同級生である田中や水本と別れた後は、自然と2人きりになった。彼女と別れるまでたった5分くらいしかなかったけれど、よく笑い、話しかけてくれる彼女との時間は楽しかった。


 部活のみんなは、不可抗力とはいえ、帰りがけにいつも2人きりになる俺たちの仲を、怪しんでいたようだった。


「まっきーとどうなの?」


 そんなことを聞かれたのは1度や2度じゃない。


 彼女の名前は篠山(しのやま)真希(まき)。まっきー、と呼ばれていた。


 俺はその度に「なんもないよ」と返していた。


 けれど、「なんもない」というのは半分嘘だった。帰り道で映画の話やスイーツの話で意気投合して、部活のない土日に2人で出かけることもしばしばあったのだ。


『デート』その言葉が浮かんでは消えていた。お互い恋人はいない。きっと、いずれは付き合うのだろうと、漠然とそう思っていた。


 ただ告白する勇気は出なかった。そもそも『好き』という感情がわからなかった。彼女との時間は楽しい。でも、今以上の関係になる必要があるだろうか。


 俺は、2人で出かけたり一緒に帰ったりする、そんな現状に満足していた。



「ねえ、付き合わない?」


 そう言われたのは、高校3年の春。同じクラスの神瀬(かみせ)和佳奈(わかな)と放課後掃除をしていた時のことだ。


「……なんで?」


 純粋に、なんで彼女にそんなことを言われるのかがわからなかった。


 神瀬とは3年になって初めて同じクラスになり、ほとんど話したことがなかった。今日はお互い遅刻して、罰として掃除をするように言われたから、2人で残って掃除をしているだけだ。


「顔がタイプだから」


「へえ……」

 神瀬はあっけからんとそう言った。


「ねえ、宮川って後輩と付き合ってんの?」


「別に。なんで?」


「噂になってるから。2人でいるとこ見たって」

「そうなんだ」


 全然話したことのない人にまで噂がいっていることに驚いた。行動範囲が狭いので仕方ないといえば仕方ないのだが。


「デートしてんのに付き合ってないの?」


「デートじゃない。趣味が合うから一緒に出かけてるだけ」


 どうしてそこで、はっきりと否定したのかはわからない。ただ付き合っていないというのは事実だったし、うまく誤魔化す術も持ち合わせていなかったのだ。


「じゃあ、私の顔は好きじゃない?」


「は?」


 驚いて、ついまじまじと神瀬を見つめた。神瀬は自信ありげに口角を上げていた。


 神瀬の顔は正直好きだった。というより、神瀬は誰もが認める美人だったのだ。確か昨年は学祭でミスコンにも出ていた。


「好きなんでしょ」


 正直に言うのも躊躇われ、黙り込んだ。


「いいじゃん、お試しで付き合おうよ」


 お試しで付き合う、その言葉は印象的だった。


 彼女がいる友だちはそこそこいる。恋愛経験がないことに対する劣等感も多少はあった。


 ただ、『好き』という感情がわからなくて、それがわからない以上、誰かと恋愛関係にはなれないと思っていたのだ。


「お試し……?」


「そ!なんか違うなーってなったら別れればいいだけでしょ。付き合ってから始まる恋愛も悪くないと思うよ」


 確かにその通りかもしれない、と思ってしまった。

 しかも相手はそこらにいないような美人だ。


「……いいよ」


 興味半分でそう答えた。そこに真希への配慮は一切なかった。



 あの時のことを今でも後悔している。



「先輩、彼女できたって本当ですか?」


 神瀬と付き合い始めてから1週間後、真希にそう聞かれた。


「うん」


「そうなんですね!おめでとうございます!」


 やけに明るかった真希の声は今でもありありと思い出せる。


 もう、なんで言ってくれなかったんですか。毎日一緒に帰ってるのに。


 拗ねたように言う真希に、その時の俺はなんて返しただろう。


 彼女って、先輩と同じクラスの神瀬先輩ですよね。すっごい可愛いですよね。スタイルもいいし!いいですね~。


 その言葉を聞いて、当時の俺は「なんだ」と思ってしまったのだった。やっぱり真希と俺は恋愛(そういう)関係じゃなかったんだと思ってしまった。



 そんなわけなかったのに。



 高校を卒業して随分経ってから聞いた話だ。真希は入学した時から俺が気になっていたらしい。俺が美術部だということを知って美術部に入り、帰り道は2人で話したかったため、遠回りをしていたのだという。


 その話を聞いて、彼女とのことを次々と思い出した。2人で出かけたのも、大体彼女が誘ってくれていた。小さな変化も気づいてくれていた。俺が以前に話したことは驚くほど良く覚えてくれていた。



 ああ、そうだったんだ。



 彼女は俺が好きで、俺も彼女が好きだったんだ。



 気づいた時にはもう遅かった。彼女は遠い大学に進学していた。



 神瀬とは高校卒業と同時に別れた。振ったのは向こうだが、別れることに抵抗はなかった。正直、どうでもよかったのかもしれない。神瀬といるのは可もなく不可もなくといった感じで、特に別れる理由もなかったので、惰性で付き合い続けていた。彼女はそんな俺を見限ったのだ。



 それから告白されて付き合うことはあったが、大体同じような理由で振られ続けた。仕事を始めて忙しくなり、恋愛が鬱陶しくなってからは、誰かとそういう関係になるのをやめた。生涯の中で、好きだったと思えたのは、真希だけだった。



 そして社会人になって数年。友人伝いに、結婚式の招待状が届いた。彼女と、知らない男の結婚式。


 そして。



「先輩、私綺麗ですか?」


 あの時から随分と垢抜けて綺麗になった彼女は、純白の衣装で悪戯げに笑んだのだ。



 あれから長い月日が経った。お互い違う世界で過ごした。知らなかったことを知った。変わったところはたくさんある。



 それでも、彼女は彼女だった。あの日、俺が恋していた彼女だ。



 やっぱり好きだ、そう思った。今日、彼女の隣に並び立つのが自分だったらどんなによかっただろう。


 今にも何かが込み上げてきそうだった。後悔と恋慕と悲しみ。ごちゃごちゃになって、すべてをぶちまけてしまいたかった。


「おめでとう」


 それでも。わずかに残っていた理性が、言葉を紡いだ。


「すごく、綺麗だ」


 彼女は目を丸くした。


「先輩ってそういうの言える人でしたっけ〜?」


 俺は君に恋しているからわかる。


 そう茶化す君は、どこか悲しそうだ。



 あの時の彼女が忘れられない。もうあの結婚式から2年。元気だろうか。


 失恋の痛みは凄まじく、あの後はしばらく病んだ。しかし1年も経つと少しずつ、気持ちを切り替えられるようになった。彼女が幸せならそれでいいじゃないか、と。




「先輩!!」


 会社からの帰り道、つい幻覚まで聴こえるようになったか、と自分にほとほと呆れていた時。


 ひょこっと隣に現れたのは、真希だった。



「え……?」


 幻覚じゃない……? 理解が及ばないまま、じっと彼女を見ていると。


「驚きすぎじゃないですか?」


 彼女が破顔した。


「やっぱり、私たち運命ですよ」


「うん、めい……?」


「今日、私離婚届出してきたんです」


 離婚届…? 理解が追いつかない。

 俺が知ってる、あの離婚届で合ってるのか……?


「離婚したの?」


「そうなんです! 大変だったんですよ!」


「それは、おつかれさま……?」


「あはは! ありがとうございます」


 都合のいい夢かもしれない、とそう思い始める。最悪だ。起きたら立ち直れなさそうだ。


「先輩知ってると思うんで言うんですけど、私、高校時代先輩のこと大好きだったんです」


 彼女がさらりとそう言った。


「初めて見た時、こうビビッときたんですよね!この人私の運命だ!って」


 運命、なんて甘美な言葉だろう。


「でもほら、先輩に彼女できちゃったから。違ったのかなーってそれはもうショックで」


「……俺も好きだったよ」


「は!?じゃあなんで違う人と付き合ったんですか?」


「そういうのに鈍かったから」


「今は鈍くないんですか?」


「うん」


 もう落ちるとこまで落ちた。これが夢だろうとなんだろうと、後悔はしたくない。



「今でも、君が好きだ」



「……!?」


 真希は大きく目を瞬かせて、満面の笑みを浮かべた。


「私もです!」


閲覧ありがとうございました!


「私、綺麗ですか?」っていうセリフが頭に浮かんだので、勢いのまま書いたまま書いた短編です。


ブロマンス(BLじゃないけどBLっぽいお話)好きな方いらっしゃいましたら、「先王の子」という長編書いておりますので、どうぞ覗いていってください!


面白かったら、評価、ブックマーク、感想等いただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ