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The Old Lie

私は人として正しい事をするよう、お母さんとお父さんから教えられて育った。

だから私は戦うことを選んだ。


むかしむかし、まだおじいちゃんがお兄さんだった時、東の大国と、その隣の大国が互いの正義をぶつけ合うケンカを始めた。

世界の片隅で打たれた小さな武力衝突の火種は、憎しみと経済という風に煽られて大火となり、その火の粉を世界中に撒きちらしたそうだ。


私の生まれた国は、東の大国と西の大国の間に挟まれた島国だ。


お父さんから聞いた話では、私の国は昔はもっと広かったらしい。

大きな山があって、大きな湖があって、大きい島、小さい島がいくつもあったらしい。

今はほとんど海のなかにあるか、汚染されていて行くことができない。


おじいちゃんは戦争に行って帰ってこなかったそうだ。

いろいろ教えてくれたおばあちゃんは、雪が見たいと言って死んでいった。


私は雪というものを見たことがない。


数字が嫌いだから学校ではあまりいいことはなかった。

納得がいかないことには興味が沸かないから学ぼうとも思わない。

だから今でも数学が分からない。


でも体育と図工は大の得意で、友達は多いほうだった。

数学が分からなくても、頭がいい友達がいればなんとかなるものだということを学んだ。


頭のいい友達は役に立つ。


「めがね、どう?」


私は少し苛立ちながらめがねに問いかけた。

汚いライムストーンのメモ用紙に数字を書きなぐる女の子、これは私の友達。

めがねはとても頭がいい。


「ちょっとまって」


「めがねは計算ができてかしこいね」


「できた」


「よし、やろうか!」


私はジャリジャリとした床にうつ伏せになり、顎の下にバックパックを置いた。

目の前にはバイポッド、サプレッサー、8倍スコープをマウントしたM700のクローンがある。


「用意」


めがねがスポッターを覗きながらささやく。


私はやさしく頬をライフルのチークパッドに着けた。

右手の人差し指はトリガーに、グリップは中指と薬指だけ。

左手はストックの下を押し上げるように持ち、脇と顎の下のバックパックで挟むようにぐっと固定する。


「ロックアンドロード」


めがねの号令と共に私はボルトを起し、後ろに引く。

開いたチャンバーに弾を一発送り込み、ボルトを閉じ、私はスコープを覗いた。


屈曲した世界の向こう、線と数字の影の先に優雅な屋上パーティーの景色が見えた。


めがねがささやく。


「目標はもう見えてるけど、確認」


「コンタクト。金髪、タイダイシャツ、サンダル。まるでヒッピーね!」


私は集中すると上の前歯で下唇を食いしばる癖がある。

ぐっと噛むから跡が出来てしまうほどだ。


まためがねがささやく。


「パララックス、ミル確認」


「。。。1.16」


「チェックレベル。。。ホールドオーバー。。。3.9」


「レディ」


ゆっくりとひとさし指の腹でトリガーをなめ、目標を凝視する。


「レフト .2」


ヴスッ!!


反動を感じると共に硝煙の臭いが立ち込める。

レンズ越しにふわぁっとピンクの霧が舞い上がった。


おばあちゃんの言う雪は私は知らない。

だけど、私はピンクミストなら見たことがある。

たぶんおばあちゃんは、見たことがないと思う。


「気付かれた?」


めがねが心配そうに言った。


「だれもこっちのこと見てないよ」


「じゃあ逃げよう。証拠はそこに置いていくよ」


「置いていくの?このまま?もったいないよ」


「指紋を付けてあるから」


「ブラスは?」


「抜いていこう。売れるよ」


「いいね」


私は薬莢を引き抜き、ポケットに入れた。


「一丁まるまる置いてくなんてもったいないね」


「持ってたら私が犯人ですって言ってるようなもんだよ」


めがねがさっさと片づけを終えて私をせかす。


「はやくしなよ」


「ねぇせっかくだからボルトももらっていこう?」


「あなた乞食?」


「これジャンク屋に売れば、ひとつおかずが増えるよ」


「勝手にしな」


「おなかがすいてしょうがないんだよ~」


ボルトリリースを押しながら私はボルトを引き抜いた。

こんなもんでも売れる世の中なんだから大事にしなきゃ。


私とめがねはこそこそと隠れるように部屋を出た。

じゃりじゃりと瓦礫を踏みながら非常階段を目指す。

ビルというのは登るのも苦労、降りるのも苦労だ。


「足元に気を付けてね」


「わかってるよ」


「破傷風と狂犬病はこのあたりじゃ命取りなんだから」


「めがねは病気が怖いの?」


「死ぬよりも怖い」


じゃりじゃりと割れたガラスを踏みながら、錆びと穴だらけの非情階段をテンポよく下り、ようやく地面に降り立った。


ほっとしたようでめがねがつぶやいた。


「汚い仕事も仕事なんだよね」


「それは帰ってから聞くから、早く乗ろう?」


「そうだね、ごめんね」


私はめがねの電気自転車のリアシートにぽんと飛び乗った。

自転車というからにはペダルはあるが、実際にめがねがこいでいるところは見たところがない。


めがねがモーターのスイッチを入れると電気のうなる音が体に響いた。


「いくよ」


「どうぞ」


ざっと砂埃を立てて電気自転車は発進する。

力強く回るハブモーターの振動が体に伝わって心地よい。


両手を後ろに回してぎゅっとテールのグラブバーをつかみ、虚空に背もたれを想像して寄りかかるようにうしろに重心をそらす。

これが一番疲れない乗り方だと最近発見した。


「充電は?」


「あと2日はもつかな」


「じゃぁ飛ばしてもいいね」


「だめだよ」


「なんでさ。逃げてるのに、遅いよこれ」


「後輪だけのエコモードで2日。デュアルモーターのフルパワーだと1時間も持たないよ」


「えぇ~ケチくさい」


「これから第4軍区を抜けてベースに戻るんだから、非常用にジュースはたくさん残しておいたほうが安全だよ」


「めがねあたまいい」


「そうよ」


めがねはどうして計算ができるんだろう。

きっと学校で授業を聞いていたんだろうな。

だからめがねなのかな。


でも私みたいに、わざわざ戦争に参加するなんて、めがねもあまりかしこくはないかもしれない。

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