「ある日、この世界から忽然と地の文が消えました」
「原因は未だに明らかになっていません。たとえば死に際を悟った動物が人間の前から静かに姿を消すと言われているように、時代の流れとともに小説の中で存在感を失くしていった地の文も、自らが必要とされなくなったことに気付き、どこかへ去ってしまったのかもしれません」
「あなた……突然大きな声で一体何を話しているんですか? どこか具合でも悪いの?」
「驚かせてすまない。何だか急に僕達が置かれている、この状況の説明をしなければならないような気がしたんだ」
「きっと『突発性説明症候群』ね。突然、無性にその場の情景や自分の生い立ちや見た目など、誰に言うともなく語り出してしまったりするらしいわ。最近増えてきているらしいけど、特に体に害があるわけではないから、深く気にする必要はないって昨日の情報番組でお医者様が解説してたわよ」
「そうなんだね。おかしくなってしまったのではなくて良かったよ……それはそうと、毎朝新聞を読む日課がなくなってしまったのは、やはり寂しいな……」
「しょうがないじゃない。一時期は無理やり対話形式にして、細々と発行を続けていたみたいだけど、読みづらいことこの上なかったし。会話風テレビ欄なんて地獄みたいだったわ」
「教科書や辞書の出版社も大変らしいね。そもそも、小説以外のジャンルも地の文扱いされるとは思っていなかったけど」
「児童向けの教科書に対話文が増えていたのは、何かを察知していたんじゃないかって説も流れていたわね。でも、対話形式の辞書だけは読む気になれないわ」
「どうにか少しずつ社会の変化に慣れていくしかないんだろうね……おっと、もうこんな時間だ! 美味しかったよ、ごちそうさま! 仕事に行ってくる!」
「行ってらっしゃい、あなた。くれぐれも奴らに噛まれないよう気をつけてね!」
「ありがとう。今日も思う存分、ゾンビ共を蹴散らしてくるよ!」
「さてと……はあ……ドアを開けると早速お出迎えとは気が早いな、お前達。それでは翼を広げて飛び立つとするか……」
「このまま炎のブレスで一掃してもいいけれど、万が一マイホームに引火したらママにこっぴどく怒られるだろうからなあ……このまま近くの丘まで誘導することにしよう……来週には子供達も孵るだろうから、家族のためにも気合入れて頑張らないとな!!」
「……さあて、洗濯物でも干そうかしら。今日は、こんなにいいお天気なのにゾンビ達のせいで部屋干しすることしかできないなんて、本当に大迷惑だわ。そういえば、彼らが現れたのって、ちょうど地の文が失踪した頃だったような……」
「「……それにしても、あいつら、揃いも揃って薄気味悪い声でいつも何を呟いているんだろうな……?」」
「……ゥゥゥ……ジノブンワァァ……ホロビヌゥゥゥ……」
「……ゥゥゥ……ナンドデモォォ………ヨミガエルゥゥゥ……」