5 黒革の鎧
ふん、ふん、ふん
お姉さまに誂えて頂く私の装備
まぁ、たとい、それがヒトの目をごまかすための物だとしても
お姉さまに買って頂ける
それに
どこから出たお金かなんて
ここではもう気にする必要もない
お姉さまがてづから稼いでくださった
わたしのためにとその身を危険にさらして稼いでくださったお金
それでわたしのための装備を誂えてくださるとか
これが嬉しくない筈がない
「ドーラスさん、もう大丈夫でしょうか?」
「ほい、いい時間だ、できてるぜ
嬢ちゃんはそっち行って付けてきな
着終わったら呼びなよ」
「はぁい、では着けさせて頂きますね」
ドーラスさんと狩場の様子など、話し始められるお姉さま
わたしはというと、じつはこんな防具など身に着けたこともないのだが
渡された装備を区切られた小部屋で着けていく
ひどく軽いが通気性と対刃性を兼ね備えているのだという
しなやかなで薄手の鎧下、これはあとで実は一番高いのだと伺った
それに軽いがこれは細かい細工の小手、左腕には小手と一体型の盾がセットされている
これは受け止めるのではなく、交わす、そらすための物と伺った
鎧下の上に着けるのは一部金属をあしらった黒い革鎧
ごわごわとするのかとおもえば
これはしなやかで私の動きを全く阻害しない
足には革のショートブーツ、頭はといえば革が主体の鉢金といった趣きの頭防具
それらを次、次々に付けて行くが
なんというか、もう少し騎士っぽい姿を期待していたりもしたのだが
気分は7人だか8人だかのサムライの中の最年少といった気がしなくなくもない
とはいえ、通気性と対水性を兼ねたこのブーツも上級冒険者でも
なかなか入手をためらう逸品だし
鉢金もどきと革鎧に使っている鞣し革はかなり高価な魔物の素材で出来ていて
靱性と耐衝撃性は下手なフルプレート鎧ほどにあるという
「あん?頭がすぅすぅするだぁ?
覆われてないところに喰らったら?
お嬢様ほど見切りに自信がありませんってか
オーガと防具なしで無傷で戦ったやつがそれをいうかな
とはいえ、嬢ちゃん、おめえの言う通りよ
乱戦ってなぁこぇぇもんよなぁ
どっから何が飛んでくるかわかるもんじゃねぇ
どんな育ちをしてきやがったんだか
だがな、お嬢に任されたんだ半端なモンは揃えちゃいねぇ
おおい、小僧、そこのボウガンに、矢じりのついてない矢をセットしな」
わたしの鉢金を預かるとドーラスさんはそれをマネキン?もどきに被せて見せる
「こいつでな、覆われてないところだったよな
脳天のところでいいか、ほい」
びしゅん
中々に強力に見えるボウガンで至近距離から脳天に向かって打ち込んだのだ
一撃でマネキンもどきが破壊されるか、それとも矢じりが付いてはいなくても
突き刺さるのだと思っていると
ばいん
奇妙な音がしてボウガンの矢が斜めに走る
「へっ?」
「いい顔して驚いてくれるやな
こいつだけは嬢ちゃんの装備の中で、まじないもんが使ってある
鉢金についてるのが、矢そらしのまじないのかかった魔法石
これで頭に直撃ってなぁまずないし、されてもこの皮は
ワイバーンの鞣革、簡単にゃ刃物はとおさねぇ
とはいえ、直撃は感心しねぇ、そらすんだな
首振れっちゅーことよ、そうすりゃまじないの方で
直撃はかなりそれて、肩の方にいかぁ
んでこれだ」
ドーラスさんはわたしが着けた装備品のなかでは
武骨な印象を与える飾り気のない肩当を示される
「ちょいと重めぇから肩は凝るかもしれねぇが、わけぇんだ我慢しな
裏には嬢ちゃんの体に合わせた『黒羊』のキルトをぎっしり詰めてあらぁ
飾りもねえから、ちょいとばかり、やすものに見えるかもしれねぇが
これを割ろうってならお嬢の業物でも持ってこねぇと
一撃じゃぁ無理だな
もっとも、アレにお嬢の腕がのりゃぁ
まぁその時は、嬢ちゃんのお手てが消し飛ぶだろうから
せいぜい、お嬢とは仲良くするんだな」
にんまり笑うドーラスさん
「うわぁ、お嬢様、その節はなにとぞお見逃しを」
「うーん、まぁ一応聞いておきましょう」
「うえぇ、よろしくお願い申し上げますです」
ともあれ装備は整えて頂いた
「はいではこれでよろしいの?」
お姉さまは会計卓に100ギニーをお載せになる
「おうよ、任せてくれたんだ、それで充分、たしかに頂くぜ」
にんまり笑うドーラスさんだが
ひとりの店員さんが妙なお顔をしておられる
「・・・あのひょっとしてかなり割り引いていただいたとか?」
「あ、いやあの、倍くらいで」
「おいっ小僧、お客様に妙なことをぬかすなよ
だからおめぇは、独り立ちできねぇんだ」
ドーラスさんが叱りつける
「お待ちになってドーラスさん、遠慮なくおっしゃって下さいな
命のかかる武具を求めにまいっておりますのよ?
かかるものはかかりますし、御代が足りなければ
求められない、それは当然のことですのに」とお姉さまが間に入る
「いんや、おれぁ人を見て物を売ってる
お嬢が100ギニーで俺に任せてくれた
ここは俺の店だぜ?
うちの小僧らにも、いっちゃあなんだが、つましい真似はさせたこたぁねぇ
ちゃんと稼いで俺が好きな値で、気に入ったお客様に売ろうって店だぁな
お嬢が、いやお嬢と嬢ちゃんとが、だな
こいつでお金を稼いでくれる
そいつぁ間違いなく評判になるし
お嬢らがここのモンは気に入らねぇって、お見限りになったとしてもだ
そりゃぁ俺の腕前足らず
全部自分に帰ってくることよ、だからよ小僧
独り立ちしたら、できねぇ時はしょうがねぇ
出来るようになったら好きにすればいいのよ
な?」
「はい親方、お嬢様、お友達にも失礼いたしました、どうかご容赦を」
頭を下げる店員さん
「よろしいのよ、店員さんおつむりをどうか上げてくださいな
ドーラスさん
めぼしいものが獲れましたら、こちらに優先で下させていただきますね?」
「へっ、これくれぇで恩に着られちゃぁたまらねぇが
着てくれるってんならありがてぇ、その節はよろしくと俺も言っておかぁ」
わたしもお礼を述べたのだが
こんなところで油を売らず、明日からの狩の準備でもしやがれと
わたしたちはまた、ぽいぽいとお店を出されてしまった
何ともきっぷのいい親父さんではある
そして翌日
お姉さまとわたしは
わたしの狩場での振る舞いを見るのだと
またまた怪しいギュスターブさんに引率されて
街の近傍の村でオオカミの群れと熊さんの間引きをさせられた
普通人には脅威の数と相手かも知れないが
夜に入っての狩りだからと言って
少々大きめのオオカミ20頭
乱入してきた大型の熊さん
このくらいわたしたちの敵ではない
というか
お姉さまは、ほぼほぼわたしの背後で腕組みをしつつ
ギュスターブさんとわたしの動きについて
感想戦をしているにすぎない
時代劇の「先生よろしく」って言われないと出てこない用心棒さんって趣きだ
そして、わたしが撃ち漏らすというより
わたしを迂回して、非力に見えるギュスターブさんに襲いかかろうとした2匹のオオカミを
ほとんど抜く手もみせずよっつにしていらっしゃった
ギュスターブさんいわく
これではまったく初心者向けの依頼などでなく
わたしたちの依頼者さんへの対応、状況への分析と処置
そこらを見ただけのことらしい
「本来なら、FランからEランクへの昇格試験相当なんだけどねぇ
あっさり夜間の狩猟もこなすのかね
ま、もうちょいおじさんに付き合いなさい」
「「はぁぁい」」
ふたりっきりは、まだお預けらしかった
次回怪しいお話
明日あたりの投稿になります。