4 ギニーの価値は?
お買いもの回
きょろ、きょろ、きょろ
「遥、はしたなくってよ?」
「申し訳ございませんお嬢様、もとより田舎者ゆえ、御許しを」
「まぁ!仕方ないわねぇ、遥はわたくしの従者なのですから
なぁんてね、もとより没落貴族で継ぐ物などなし
気楽な身の上、とはいえ遥、おのぼりさんは、たかられるわよ?」
「はぁい、お嬢様」
「ま、いいでしょう」
にこにこにことされながらお嬢様、いえ、お嬢様ということにしてあるお姉さまは
わたしと二人街をゆく
もちろん没落云々なんていうのは昨日ふたりで決めたお話
ここで過ごしやすいように適当にでっち上げたものだ
わざとらしくお口にされたのはだれが聞いているかもしれず
それを普段から二人の普通にしておこう、そういうことなのだと思う
さておき
先程注意はされたわけだが
やはり物珍しいものは仕方ない
昨日入ってきた城門としか言いようがない大きな門
およそ10m、15mくらいの高さか
石造りの城壁が、ぐるりと囲むこのリンデの街
異世界小説などでは定番の姿ではあるが
実際にこの眼で見るとやはり違う
なにより、ここには人が住んでいる
書割でも、セットでもない
本当に人が生活する場所
日本語が通じることを幸いに
いや私たちは既に他人とは異世界言語をしゃべっていて
まるで日本語のように異世界の言葉を読み取ってるらしいが
いきなり外国の街に連れてこられた感じのわたしが
観光客モードなのは仕方あるまい
昨日持ち帰ったオーガの死体は
ギルドに売却してきたが
街の市場には雑多なものが並んでいる
「まるで欧州の市場ねぇ」
「そんな感じですね、お姉さまいかれたことが?」
「残念、遥が知っている通りの生まれじゃない?
テレ・・・こほん、本やお話で知っているだけね」
そう、お姉さまはあちらでは生活のご苦労はさすがになかったようだが
身分を隠して、アメリカンスクールだか、私立だか学校は秘かに通われたようだが
普通の友人を得ることや、ましてや海外旅行など、おできになるはずもなかった
そして多分テレビと言いかけて、先ほどの配慮の流れで、言いなおされたのに違いない
「じゃぁふたりで、これからいろいろ見られますねぇ」
「ええ、遥と二人っきりで海外旅行なのね?」
「海外なんですか、ここ?」
「うーん」
などと言いながら屋台を冷やかしたり
街角のお店でお茶とお菓子を頂いたりする
そうして、向かったのは
武具店
奥からは、とちんかちんと金属を打つ音がしてくるが
お店に並んでいるのは
これも今更だが、ゲームにでも出てきそうな
鎧をはじめとする防具類に刀剣類、打撃武器に刺突武器
「ここはね、かなりいいものが揃っているのよ
昨日遥にあげたあの直刀も、ここの工房の物よ」
「いい切れ味でしたね、鬼さんの角がすっぱり行きましたし」
「なんだお嬢、やっぱりオーガを狩ったのはお前さんか?」
にゅっと矮躯、ひげ面の老人が顔を出す
「こんにちはドーラスさん、わたしは自分のを使ったけれど
こちらで頂いたあの刀でオーガの角を切り飛ばしたのはこの子」
「ほう、お嬢の探してた、お友達で従者だったか?」
「遥、ご挨拶なさい、この方がドーラスさん
腕利きの鍛冶屋さん、この方に睨まれたら、数打ちの三流品しか
回してもらえなくなるって怖いかたなのよ?」
「は、初めまして、遥です、あ、あのお嬢様の付き人でええっと」
「はっは、初めましてだな
緊張することはねぇやな、お嬢のお友達ってだけで特別だ
それになによか、おめえできるな?」
「は、はい?料理とかあんまり得意じゃ」
「ちげぇよ、これの方だぁな」
ドーラスさんは私の腕を示して見せる
「お嬢に渡した奴はうちの上物、とはいえ最上級ってわけじゃねぇ
それでオーガの角を切り飛ばしたってか?
ギルドから回ってきたが、ありゃ年季の入ったオーガの角だな
並みの冒険者じゃ傷もつかねぇだろうよ
そいつをすっぱり、あの切り口と来ちゃぁ、そりゃぁもう特別扱いしてやんよ
しなきゃこっちの眼が安く見られるってもんよ」
「は、はぁ」
うーん、ただの人間じゃないからなんだけど、なんだか申し訳ない気がする
「はっは、ま、気楽にしなよ
んで、どうしたお嬢、この子の防具と武器の調整
そんなところか?」
「はいお願いしてよろしいですか?
なにしろほとんど着のみ着のままで流れてきましたし
この子に至っては、はぐれた折に武具までなくしてしまった様子で」
実はそんなものより強力、いや凶悪な武器やら防具?やらがこの身に備わっている
などとおおっぴらに言えるはずもないが
「そうさなぁ
言っておくが、お嬢の業物と装備品
そいつに釣り合うようなもんはうちじゃ作れんぜ?
いや作れんこともないといいてぇが、素材が足りねぇ
足りねぇってよか、お嬢のブツにゃぁ見当もつかねぇものもある
それをこの子にってなら、まずは素材を寄越してくれよな?」
お髭をしごきながらドーラスさんがにやりと笑う
「うふふ、とりあえず、頂いた直剣は遥に合わせてバランス調整を
それとこの子はかなり動きが速いので
動きの負担にならないような軽装備の剣士用防具を一揃い
揃えてやってくださいませんか?
剣の方はおいおい誂えたいと思うんです」
「無難な、つーか手堅い選択だな、妙な選択とかしやがったら
ちいっと、お嬢を見直さにゃならんかと思ったが、さすが、いい選択だと思うぜ
それならとりあえず見繕ってやろう
とはいえ、俺は売るのが商売ってもんだ
御代はどれくらい出せる?
ははぁ100ギニーか大きく出たな」
100ギニー
昨日のオーガの代金一式でたしか150ギニーと聞いた
1ギニーあればこのセカイでは四人家族が1週間は飽食できるくらいだとか
向こうの感覚では10万円くらいだろうか?
となれば、ええっと、ええええ、いっせんまんえん???
「お、おね、いやあのお嬢様、わたしなんかにそんな高価なものを」
「わたくしの友人の命を守る防具ですもの、オーガの一匹や二匹分」
「ま、お嬢の腕と、この子も腕利きとなりゃぁ
これからいくらでも稼げるだろうさ、わかった、おおい」
ドーラスさんはお店の人に声をかけると
はしっ、はしり、するりと私の身体に指やらメジャーやらをあて
数字を言ってメモさせる
そして、例の直剣を握らせて数度振らせてみた後は
「ほい、んじゃ1刻ほどしたら、も一度来なよ、そんで微調整
それまでは遊んできな、ほれ、帰った帰った」
わたしたちはぽいぽいと外に出されてしまう
「少し早いけれど、お昼にしましょうか?」
「参りましょう」
「行きましょう」
そうなった
「こちらのお食事は美味しいのよね」
「昨日からわたしもそう思っております」
「二人きりだわ、も少し楽になさい」
「はぁい、お姉さ、こほん、お嬢様
ほんと美味しいですよね
素材を生かしつつ、洋風?ですけれど
出汁とかの感覚があるんですね?」
「みたいだわね、残念なのは」
「「お醤油」」
二人見合わせて笑みを交わす
「とはいえ世界は随分広いらしいわよ?
わたしたちの口に合うものも、きっとあるのではないかしら?」
「ですよね、ふたりで探しに行きましょう」
「そうしましょうね、遥」
あぁ、こんな日が来るなんて
あちらでも実は一日だけお姉さまと、デートもどきをしたことがあった
けれど
もうその時には、わたしも
互いが背負っている運命をなんとなく察していたし
せめてその日を楽しもう
そんな寂しさを抱えて微笑み合う、そんなデートもどきだった
けれどこちらでは二人きり
二人を分かつ運命だとか、もうそんなしがらみは
あちらにぜんぶ振り捨ててきた
というか、あちらの世界でぜんぶ吹き飛んだのかしら
あの神様だか何だか知らないが
巨大な存在は
世界の人には知られることこそないが、私の使命は終わった
不幸の再生産など、あちらにはもうないのだと
そう聞かせてくれたのだから
次回もひげ面