公 営 企 業
よっ、企業長!
ゆるゆるゆる
陽が落ちてゆき
戦いの余韻が迫る宵闇に、ほろそろろろとほどけてゆく
とりあえず、生きている
負傷者は無論いたし
重傷の部類に入る方たちもいた
でも生きている
乗り越えた
傷は癒せる部類だし
幸いにして命を落としたものはいない
では、とりあえず祝宴を
総員退避の直後だから
大したことはできなくとも
ギルド併設の酒場の酒瓶という酒瓶
酒樽という酒樽
それをみな抜いても今日は構わない
そういう時間が訪れる
主役は当然レイチェルさん
と、みなレイチェルさんに視線をやるのだが
「ですから企業長、このでかぶつの撤去をですね」
「これを何とかしていただかないと、明日から上下水とも全停止ですぞ」
数名の職人さんだか事務員さんだかが取り囲んで離さない
「あ、ステファンさんちょうどいいところに
あの方々は?
それに、企業長ってなんです?」
通りかかったステファンさんに聞いてみる
「ははぁ、アレはですな
リンデ公共企業の職員さんですな」
「リンデ公共企業?
わたしたちがいたころは
そういうものはなかったように思うのですが?」
「さようですな
お嬢様がこちらで冒険者を始めるに当たり
お二人は飛び級気味で実力者におなりだったそうですから
ご存じないかもしれませんが
普通、初級冒険者の仕事始めなどと申しますと
薬草集め、下水さらい、そういうところから始めます
お嬢様も、ご自身のご意向もありまして
そこからきちんと体験をされたわけですな」
ほほぅ、それはさすがというか
やると決めたらそういうことをおろそかにしないのは
きっとお目付け役のステファンさんのご指導もあってのことだろう
それに、いかに大金持ちのお生まれとはいえ
それを嫌がるほど、レイチェルさんのご決意が軽かったとも思えない
「それは判るんですけれど
で、なんで企業長なんです?」
「ま、そうですな
そこらがお嬢様のお嬢様らしいところといいますかな
下水さらいなどというのは
初心者向けのクエストであるとともに
動けなくなった、あるいはなりつつある冒険者の受け皿
そして、公共資本と、お嬢様は仰いましたが
要は市民がここで利便な生活を送る基礎
飲み水と、下水、それに廃棄物もですかな?
それらが安い価格で、市民全員に提供される
それが都市発展の基礎であるとこう看破されまして」
「ははぁ」
と、それ以外にいえもしないが
「まぁ王都、商都では
さすがに国の事業として行われておるのですが
それが街レベルでは実施されていない
そこに眼をつけられまして
先ほど申し上げた、準老齢者、あるいは
何らかのご事情で冒険者やらをリタイアせざるを得ないが
まだまだ動ける動きたい、稼ぎたいと
そういう方々の生活対策にもなると
領主さまやら各種ギルドの長の方々に働きかけられまして
領主さま始め、各所からの拠出と
ご自身も資金を提供されて
公営の企業をこさえられたと」
「あ~、さすがです」
「で、言い出したものが指揮を執るべきだと
こうなりまして、運営が安定するまでと
初代企業長におつきになられました」
なるほどそれで企業長、か
「うふふ、お二人はあの大仕掛け
誰のご発案と思われました?」
とこれはアスティナさん
忙しく皆の要求を聞き入るレイチェルさんのお姿に
うっとりとした視線を送っておられるが
「なるほど、ではレイチェルさんのお仕込み
そういうことでしたか?」
「さようです、北門前での誘導
その後に想定される大型魔獣の討伐を
街の下に広がる大暗渠の集積ポイントに大型槍を
あたりの暗渠を支える支柱すべてには魔石を設置
鋼線を繋いでわたくしなり、しかるべき他の方が
電撃系の魔法を通せば一気に崩壊
おあとはお二人がご覧のとおりそれまでのお仕込を
公営企業の職員さんたちを陣頭指揮されて
あぁお嬢様・・・」
「アスティナ、そこらにしておきなさい」
「し、失礼しました、こほん
それとあの誘導もです
今回の討伐はお嬢様のお手柄
つぎ込まれた資金もお嬢様が一時お立替ですが
お金のことは別としましても
皆様があれだけお嬢様をお称えになられるのも当然のことかと」
ここでアスティナさんは胸を張り
ちらり、ステファンさんに睨まれてしゅんとしていたけれど
そうなると聞いてしまいたいことがある
「あ、あの、オークの群れがおかしな動きをしていましたよね?
最初の逆茂木に捕まってそこで渋滞するのはまだわかるんですけれど
そのあと、アスティナさんが声を上げたら
次の逆茂木に、それにそのあと
また、演壇の前にって
都合良すぎませんか?
まさかあれって?」
「詳細はお嬢様にお尋ねを
お二人もご存じのお嬢様のお力の発展型
と申しますか、冒険者生活の中から会得された物ですな」
思わずお互いに視線を交わすわたしたち
それはすごい
もしも、もしもだが
例のオークの塊やトロルに膝をつかせたあれも含めて
すべてレイチェルさんのお力だとすれば
なるほどB級、いやいやどころの騒ぎではあるまい
A級はおろか、実際にあったことはないけれど
何名かはいるという
S級とかの人間を超えるレベルのお力ではあるまいか
しかし、その御当人はというと
「ええ、たしかにヒドラの死骸やら
一緒に崩落したオーガやらの撤去
それができなければ上下水共に当面停止
復旧もできませんわね
とりあえず、明日にでも解体すれば
後はマジックボックス持ちの方々を動員して」
「では遅いのです、企業長
ヒドラ、オーガの死骸から血やら体液やらが流れ始めております
放置すれば、下水はともかく、上水の洗浄に何日かかることか
その後の影響は甚大となります
我々が死に絶えた、それならもうあとはとなりますが
生きてこれからもここで暮らす以上
一刻も早くあの遺骸の撤去を
いまならまだ兵士の方々、冒険者の方々もここにいらっしゃいます
どうか、企業長、皆にお話を願います」
そう老齢に入りかけられた職員さんに泣きつかれ
思案顔のレイチェルさん
たしかにあちらの世界でなら
ここは重機をという場面
しかしそんな便利なものはない
解体さえすればマジックボックスに入れてというのは
それはこちらの便利な部分だが
問題は容量の方だろう
実はわたしとお姉さま
二人ともヒドラくらいは収められる気がするが
それをやらかすと
先程、およそのところを示されたレイチェルさんのお力どころではない
異能持ちということで
二人で流通業でも始めなければならなくなるだろう
いや下手をすると、お国の仕事で一生こき使われかねない
ちらり、レイチェルさんがこちらを見た気がするが
わたしたちにお声をかけないそのあたりは
さすがわたしたちのヒミツをご存じのせい
そういう事だろう
ならどうするか?
お姉さまと再び顔を見合わせて
どうしましょうと悩み始めたところ
濃くなりはじめた宵闇が
一瞬
その場だけ真っ黒になり
みな何事と上空を見上げると
悠々ゆうと頭上に浮かぶのは
巨大な龍
真紅の鱗を夕陽に光らせて浮かぶ赤龍
先程のヒドラなど歯牙にもかけないその大きさ
そして威容
ぎょっとして凍りつく人々
わたしたちすら例外ではない
これは新たな危機か?
しかし上から降ってきたのは知り人のお声
「そこにおるのはハルカかの?
おお、以前の礼に渡してやった先の赤龍王の真爪
あれを剣にしたのじゃな
道理で気配を感じたはずじゃ
どうじゃなハルカ
父の遺産は役に立ったかの?」
そう、当代の赤龍王こと
レーテさんだった
ご出世なのかどうなのか、なかなか微妙なところです。
あのかた、仮にもご貴族の御令嬢ですしねぇ




