余話 お嬢様と一緒
蛇足回です
「お嬢様、お下がりをっ」
メイド姿の若い娘が背後の少女に声をかける
「くっ、わかりました」
声を掛けられた少女は背後を確認すると素直に立ち位置を下げる
るぉぉぉぉ
一声吠えてメイド姿の娘に四足走行で突進する獣
太い四肢
ヒトなどより大きく
丸みを帯びたシルエット
そして体を覆うのは、体毛ではなく岩の表面を思わせる薄板状の鉱物
『ヨロイ熊』
C級
すなわち一流の冒険者と認められる技量の者たちが
パーティを組んで討伐すべき魔獣
巨躯にふさわしい膂力を備え
堅固な表皮が半端な刀槍の一撃を弾き
そのくせ魔法も中々に効きにくい
ひとことで言えば面倒
そういう魔獣
お嬢様と呼ばれた少女をかばったメイドなど
前肢の一振りで身体を二つに引き裂かれかねない
そんな魔獣なのだが
ひゅん
メイドの少女の脇を抜けてボール状のものが
魔獣に向かって飛び
ぼむ
ヨロイ熊の顔面に何かが炸裂
それで視界をふさがれたか
それでもヨロイ熊の突進は止まらない
自らの体重ののった突進が何よりの武器
そして防御になりえるとわかっているからか
そして交差
一瞬の黄金色の輝きがヨロイ熊の頭頂に走るが
ヨロイ熊はそのまま疾走
メイドは視界を潰されたヨロイ熊の突進をかろうじて避けたかのようだが
ヨロイ熊はそのまま数メートル走り
突然
がくり
疾走を続けられず
肢をもつれさせて倒れると
そのまま動きを止めてしまう
ぱちぱちぱち
拍手が聞こえ
「お嬢様、上出来でございますよ
パーティの邪魔にならない立ち回り
背後の確認
ようよう身にお付きでございますな」
「うぅぅほめ言葉に聞こえませんよ」
「何をおっしゃいます、お嬢様が邪魔をすれば
アスティナの動きが大きく阻害されます
それだけでパーティのといいますか
ありていに言えばアスティナのですな
攻撃力が激減いたしますからな
自らと、アスティナの為の周囲の確認
ええ、ええ、むろんアスティナがお嬢様より普段から致しておりますよ
アスティナであればおのれの周囲5ヤルド(およそ15メートル)に
何がいるのか、何があるのか
自然に感じておりますでしょう
狩場であればもっとでしょうかな?
場合によってはお嬢様にお声をかけて注意を促す
それもしてくれましょうな
しかし、お嬢様がお一人で
自分の周囲を確認できる
そのことだけで
アスティナの負担が大きく減るのですぞ」
「つぶての方は褒めてもらえないのね?」
「褒める?
あのなさけないへろへろで
危うくはずれかかったコントロールをですかな?
あと一呼吸早ければ
アスティナの選択肢が十も増えた
あのなってないタイミングをですかな?」
「うぅうぅ、ごめんなさいステフ」
「わかればよろしいのでございますよ」
「お嬢様、大丈夫でございます
ステファンさまはちゃんとお褒めでございますよ
たった三月でここまでのご上達
お覚悟のほどがわたくしにも察せられます」
「はいはい、足手まといは足手まといなりに頑張りますとも
とはいえ、ステフ
いつまで付いてくるつもりなの?」
「ほっほっほ
当面とそう思っておりますよ
アスティナを無駄死にやら大けがなどさせたとあっては
奥方様に顔向けできかねますからな」
「わたしはどうでもとかいうわけ?」
「覚悟の上でございましょう?
それにアスティナをこのように自らを道具などと
言わせてしまったからには
アスティナが命を散らす、大けがをなどという折には
それはお嬢様の身に大事が及ぶ、及んだ
そういうことでございますな
むろんアスティナは喜んで命を差し出す
そういう不憫な娘になってしまっておりますが
そのアスティナをそばに置く
あろうことか危険を覚悟の冒険者に身を落す
それをふたりきりでなさろうというのであれば
精進なされてくださいませ」
もじもじもじと身をもむアスティナ
肩を落とすレイチェル
が、むろんアスティナが先ほど言った通り
ステファンもレイチェルの進境には驚いている
タルクの襲撃からまだわずか6か月
レイチェルが自分の事業を収拾し、父に安価で・・・
といっても莫大どころではすまない金額になったし
かなりの部分は現金ではなく、証券化して
レイチェルの個人財産としたのだが
レイチェルは結局世界を自らの身体で感じることを選んだ
幼い頃、心に刻んだ情熱は何か
ファラスネスの秘密、悲劇の王女それへの憧れ
それだけか?
違う、未知への探求
それこそが自分のしたいこと
父よりも処分可能な財産としては大きいものまで作り上げてしまったのは
一人で未知の広野に立つ
いや勿論一人で出来る身体でも才能でもないが
その心意気だろう
「だからお願いアスティナ
わたしもまだ何をしたいのかわかっていないの
でも、ファラスネスの秘密が勝手に開示されただけで
屋敷にこもってしまいたくないの
わがままだけれど
一緒に来てくれないかしら?
ええ、勿論、嫌なら仕方ないわ
これまでしてもらったお礼はきちんとし・・・」
「お嬢様
アスティナの幸せはお嬢様が理想を語られるお姿を
お嬢様のおそばで拝見することでございます
どうか、付いてこいとお命じ下さいませ」
「仕方ないのねぇ
ええ、アスティナ
ではわたしのしたいことが定まるまで
世界を見にゆきましょう
一緒にいらっしゃい」
「承りました、道具としておそばにお仕え申し上げます」
「あら、それは駄目
冒険者になるのよ
一緒に行くのは相棒、仲間、ね?」
微笑むレイチェル
赤面し、肯くアスティナ
二人きりのそんな約束
それはともかく
まず体力をつけるところから始めたのだが
レイチェルは、ステファンの言う、『お外でキャンプができる程度』
このレベルを事業の始末
父に無理やり押し付けたともいうが
その事務仕事の合間にクリアしてのけた
その精神力はさすが常人を凌駕していたのかもしれない
父母もレイチェルの想いを常々聞かされていたし
事業の方は
「まぁ、お前に婿を取った形にして
適当な奴に継がせることもできるだろうさ
レイチェル、お前がいなければ例の大火事の折に
我が家も滅んでいたかもしれない
だが、言っておくぞ
何をしたいかわかったなら、必ず一度戻るがいい
それを母さんとわたしに納得させられなければ
いいか
このゼクストレーメを背負わせてやるから覚悟しておけ」
そういう父にとりあえずは押し付けてきた
その折
ステファンも本家に返すつもりであったのだが
「お断りですな、お嬢様
大旦那様からお聞きになられませんでしたかな?
わたくしは伊達と酔狂でこの屋に参っておりますゆえ
今更財産などいりませんな
独り身の始末に足る程度は大旦那さまから過分に頂いております
あとは奥方様のご依頼を酔狂でお勤め申し上げるまで
はい、アスティナとお嬢様がモノになるまで
お目付けをお勤め申し上げますとも」
で、こうなった
現在、彼女たちはまだDランク
ステファンとアスティナの実力から言えば
レイチェルというお荷物がいたとしても
C以上は務まりそうではあるが
D以上の昇格テスト受験も昇格自体もステファンが許してはいない
「やぁお嬢様
依頼は達成・・・まぁできるわな
死なずに帰ってきたのは上出来だぜ?」
「ええ、ええハインツさん
おっしゃる通りです
でも、必ず、オーロラの皆さまとご一緒できるようになってみせます
わたくしたちなりに、ですけれどもね」
「はっは愉しみだな
いずれ『ウロボロス』のふたりもこっちに来るかもしれねぇ
その時にゃ、一緒に出られるといいな」
「ホントだよお嬢様
おっと、レイチェルって呼べって言われてたねぇ
だけど我慢しな
お嬢様は、まだしばらくはお嬢様だねぇ
ただねぇ
少なくとも、リンデのギルドで
実力はともかく、お嬢様の根性をとやかく言う奴はもういない
みんなそいつは認めているよ
いたらあたしらが伸してやるさね
おっと、いたらアスティナちゃんが生かしちゃ置かないか」
そう、ここはリンデ
ともかくも冒険者としての第一歩を
レイチェルたちはここで始めた
ラックナーギルド長が
しばらくギュスターブをお目付け役に付けようとしたのだが
殺す気ですかと辞表片手にギュスターブが抗議し
さすがにそれは沙汰やみになり
昇格試験の時だけは2度ほどギュスターブが出向いたのだが
リンデの医薬品店の胃薬の在庫がなくなったとかなんとか
そういう噂がしばらく流れていたりした
レイチェル主従にとっても世界は広く
レイチェルの目指すものもまだまだ見えてはいない
そしてもう一人
自らの行く先を決めかねているものがいる
「ふむ、父祖の墓を暴くことになるとは
とはいえ、わが身に足る剣のあては
これくらいしかない」
ファラスネスの『廃都』の一角
余人の知りえぬ墳墓
いやシェルターともいうべき地下の施設
「まさか一人で戻るとは
これも因果か
では父祖の方々
いろいろご不満もおありでしょうが
それも皆様の積まれた因果の始末
しばしこれを借り受けましょうゆえ」
男が祭壇とも見える区画から取り上げたのはセラの愛刀と酷似した
細刃の湾刀
その湾刀を両手にもち
祭壇に向かって捧げ持つようにしたのち
男は夕やみ迫る古都の中に消えてゆくのだった
これにて
第1部は終了
皆様おつきあいありがとうございました。
前回、本編終了のあとがきでも書かせて頂きましたが
是非ともご感想をうかがいたく存じます
書き手側としては
どう見えているものか客観的なご意見を聴かせて頂きたいのです。
何卒よろしくお願いいたします。




