17 星晶貨の娘
こ、こんな展開になろうとは
20211.2.26 22:26 ステラギニーを正式名とし、水晶貨⇒星晶貨としました
から、がら、がら
馬は一頭に減っているが
乗員は大幅に減少
加えて、先ほどのハインツさんの手はずに従い
重量物は、先ほどの場所に下ろしたこともあり
夜道ではあるが、そこは整備された街道のこと
馬車は快調にリンデまでの距離を詰める
馭者席には、メイドさんとお姉さま
そして馬車のなかにはわたしと『お嬢様』
出発して走ることしばし
お姉さまは『召光』の魔法を唱え
夜道を走る馬の負担を下げようとされたようだ
「・・・多才な方ですのね?」
「え、あ、おね、こほんお嬢様のことでしょうか?」
「あら、あのかたも『お嬢様』なのですね?」
くすりと笑みを浮かべる、こちらの『お嬢様』
ううむ、たしかにややこしい
まぁ、わたしの中ではむろん『お姉さま』
『お姉さま』のまえに『お姉さま』はなく、『お姉さま』の後に、『お姉さま』なし!
あぁお姉さま・・・いやわたしは何を
「うふふ、あの方があなたの大事な方なのですね?」
と、『お嬢様』がころころと笑われる
赤面してしまうわたしだが
「けふん、い、いえ、大事な方には違いございませんが
わたくしは『お嬢様』の家付きの者ですので
それまでのことでございます」
「あら、そうでしたの?ええ命をお助けいただいた方々
そういうことにさせて頂きましょう」
などと随分気さくに話してこられるが
ふと、真顔になられると
「お助けいただいた方に名前も申し上げておりませんでした
申し訳ございませんね、わたくし、『レイチェル・レ・ステラリア』と申します
このたびは、リンデで上物のオークションが開かれると伺い
参加するために参りましたの」
「左様でしたか、『ステラリア家のお嬢様』、
わたくし、遥と申します
先ほども申し上げました通り、お嬢様の従者を務めております
田舎者ゆえ、不作法で申し訳ございませんが
いまは冒険者の身の上、どうか御寛恕のほどを」
「いいえ、どうか『レイチェル』とお呼びくださいな
わたくし嬉しいのです」
「嬉しい?あんな危険な目に合われたのに?」
「ええ、襲撃は慮外でしたが、逢えましたものね、リンデの新星ルーキー二人組
パーティの名乗りはまだないけれど
たったふたりのデビュー戦でオーガを狩り
すぐにマンティコアまで仕留めた、それも、またもや、ふたりきりで、と」
「レイチェル様、わたくしたちはそんなに噂、に?」
「いいえ、ちっとも」
ずる、席からずり落ちかけたのはヒミツ
なんだ、このにこやかな『お嬢様』さんは
先程からの話しの端々にも、うさん臭いというよりは
胡乱なものを散々匂わせているし
胡乱であることを気にもしていない
あげく
「あぁ、貴族大鑑で「ステラリア」なぁんて検索されませんように
出てこないことはないんですよ?
けれども、爵位ばかり高い貧乏貴族が出てくるはずですから」
「は、ぃ?」
「仮名という奴ですの、あぁでもこれはご安心を、リンデの領主さま
それと、ええとリンデのギルド長はラックナー様ですわね
ラックナー様なら、わたくしの名前はちゃんとご存知ですし
仮名の事情もご存知です
それに『レイチェル・レ・ステラリア』で、ちゃんといろいろ
登録も、信用もそれなりにございますから、ね?」
「密偵さんか何かです?」
「うふふふふ、してみたかったですねぇ、密偵さん
ハルカさん、密偵とか憧れたことございません?」
内緒話のポーズでお口の横に手を当てて
レイチェルさんがなかなかに麗しいお顔を
わたしの方に突き出してくる
「い、いいえ、あ、そうかも、ええ、そうですよね
密偵って言葉が、かっこいいですし」
魔法少女にあこがれたとかそれは言えまい
どころかもっと怪しいものにわたしはなってしまっているし
いや、そんなことはどうでもいい、怪しさ爆発どころの騒ぎじゃない
怪しさの地雷原というか、怪しさの爆弾が導火線に火をともして
わたしの前でにこやかに笑っている
「あらあら、ご心配をおかけしてしまったようですねぇ
ご信頼は頂けないでしょうが
多分、今回の件でハルカさんにも、大事な『お嬢様』にも
ご迷惑はかけないと思います
『レイチェル・レ・ステラリア』を名乗る娘とその侍女を救助されたと
それのみが今回の意味ですわ」
「レイチェル様、それって、悪の幹部が顔見せの時に言うセリフですよ?」
「まぁ、素敵なお話があるんですね?うふふ
残念、そんな大それたものでもないんです
今夜はわたくしにとって実りの多い偶然を引き当てたようです
オークションは10日先でしたか?
それまではもちろん大人しくしておりますし、そのあとも
大人しくいたしますので」
「は、はぁ、あ、そろそろ、リンデが近いですよ」
無理に話題を変えるわたし
「うふふ、あぁ、失敗、失敗、こんな怪しい娘では
ハルカさんの大事な『お嬢様』の、お名前もうかがえなさそうですね
それはまぁ先の愉しみにしておきます」
それで馬車内の会話はおしまいになったが
今日ここまでのなによりも、それに、このあと、ハインツさんのお迎えを含めてだが
このしばらくの時間が何より疲れたわたしではある
そして
門衛に出ていてくれたヘルマンさんに事情を告げ
ヘルマンさんたちは早速、手配りを始めてくださったのだが
胃薬片手に現れたギュスターブさんに『レイチェル・レ・ステラリア』さんの
保護をお願いしたときのギュスターブさんのお顔が見ものではあった
「わ、わたし、かえるわ」
「御機嫌よう、ギュスターブさん、ラックナー伯父様はお元気?」
なんと顔見知りでしたか
いや、なんとなくそういう気もしていたのだが
「みてない、わたしは見てない」
「ご無沙汰しております、ギュスターブ様
お顔を拝せて、嬉しゅうございます」
背を向けかけるギュスターブさんに例のメイドさんが声をかけてくる
「・・・・・・そうよね、『レイチェル様』が来ていて
あんたが来ない、そんな僥倖は願えないわよね
お嬢、嬢ちゃん、恨むからね
・・・では、『レイチェル・レ・ステラリア』様
とりあえず、汚い場所ではございますが、ギルドまで御足労お願いいたします
ラックナーもきっと喜ぶと存じますので
お宿の手配もございますし」
馬車に乗り込んだギュスターブさんはそのまま二人とともにギルドに向かい
わたしたちは馬を2頭借りると
先程の場所に取って返すことにした
走った方がいかに早くても、そこは言えない世間の事情という奴だ
むろんお姉さまの麗しい乗馬姿が、あぁもう・・・
けふん
むろん、すぐにハインツさんたちと合流は、なったし
変なフラグがたっていなかったことに安心もした
そして、ヘルマンさん率いる守備隊の到着まで
結局その夜は現地で夜明かし
そのあとのギルドの様子は想像するだに、いなくて幸いと
これはハインツさんも組長姐さんも仰っておられたが
お二人も、メンバーさんも
『レイチェル・レ・ステラリア』さんの
お名前の方には心当たりはないとのことだった
明けて翌朝
ギルドが手配してくれた馬車に7人
ギルドに無事帰還したわたしたちだが
「皆様、昨夜は命をお救い頂き、ありがとうございました」
と出迎えされたのは
勿論噂の『レイチェル』様
「わたくしたちの救助につきましては、ギルドから応分の報酬が出ると伺いましたが
これはわたくしたちからの気持ちでございます
御救助は2つのパーティでして頂いたと承っております
代表の方それぞれにということにさせていただきましたので
どうぞお受け取りを
アスティナ、お二人に」
例のメイドさんがビロード張りの角盆に載せた革の小袋を
ハインツさんとお姉さまに渡される
そうかアスティナさんっていうのか
配られた小袋だが、ひどく軽そうだし
ちゃりともいわない
とはいえ、むろん報酬期待でしたことではないし
さすが一流の冒険者、皆様も何もおっしゃらない
むしろ
「わざわざ出迎えてくれるとは
律儀なことだな、じゃ、ありがたく受け取っておくよ『お嬢様』」
代表してハインツさんが礼を述べ
ハインツさんはそれを姐さんに、お姉さまは、はいと私に渡される
「いいえ、ではこれで失礼いたします
ギュスターブさん、ラックナー伯父様にもよろしく」
一礼されたレイチェルさんはアスティナさんを伴ってギルドを出て行かれたのだが
「お嬢、嬢ちゃん、おめえらも、寝に行く前にちょいと一杯やろうぜ
7人か大人数だな、ギュスターブさんよ、会議室を借りるぜぇ
おおい、とりあえずジョッキで7つ届けてくれや
あ、お嬢と嬢ちゃんは黒のジョッキだな
蟒蛇二人に呑ませるにはちっと時間がはえぇ」
これは無理やりという感じでわたしたちは
会議室に連れて行かれる
「なんだい、ハインツ、皆に聞かせたくないことでもあるのかぃ?」
ジョッキがいきわたり
わたしたちとなぜかついてきたギュスターブさんだけになると
くみちょ(けふん)レシーネさんが聞いてくるが
「あぁ、ここでなら御開帳しても、下にゃぁ聞こえないさ
どれどれ、あぁやっぱりな」
ハインツさんが先ほどの小袋から取り出したのは
金貨ではなく、透き通る水晶のようなもので出来たコイン
「ハインツ、あんたぁ!」
「頭目」
「頭目、姐さん、ご結婚おめでとうございます」
などと歓声というか、悲鳴が上がる
わたしたちの頭の上でダンスする疑問符に気づいたか
「あぁ、お嬢も、嬢ちゃんも初めてか
こいつは、星晶貨、ステラリアって呼ばれることもあるな
溶かして換金ってことはできねぇが、複製もできねぇ
これ1枚の額面はどこにも刻まれちゃいねぇが1000ギニー
流通もしちゃいねぇが両替商なら喜んで引き取ってくれるぜ
まず普通にはお目にかかれねぇお宝ってこったな」
え、1000ギニー??
ええと、ええと、1ギニーが10万円なら
100ギニーが一千万円で、1000ギニーならいち、いち、いちおくえん???
ふむむ、とお口に曲げた指を当てられるお姉さま
ぽん
軽く両手先を合わされると
「ハインツさん、レシーネさん
ご結婚おめでとうございます
今回のこの臨時報酬は、両パーティの成果ということで
いかがでしょう?
2000ギニーを全員で山分け、一人あたま200ギニーということで
残念それでは半端ですから、星晶貨1枚こちらに頂戴する替わりに
私どもから、600ギニー、後ほどお届けさせていただきます
余りましたら、ご結婚のお祝いということにさせてくださいな
良いかしら、遥?」
「もちろんです、お嬢様」
わたしに否やのあろうはずがない
「お嬢そいつはいけねぇ」とハインツさんが断ろうとするが
「頂きなさいなハインツ、両パーティの友好の証しってことでしょ
いいんじゃないの?」とギュスターブさん
今度の申し出は、まぁ妥当という事らしい
『レイチェル・レ・ステラリア』さんか
なるほど、お名前通り、という事だろうか
ハインツさんはなんとなくそのお名前から、袋の中身にピンと来ていたらしい
ちなみに
『レイチェル・レ・ステラリア』さんの正体については
ギュスターブさんも、教えてはくれず
オークションの期待が高まるリンデの街で時々お顔を合わすことになったのだが
随分おさまりの悪い日々が続いたのだった
そして
いよいよ、その当日
オークション会場となったのは、なんとリンデの政庁
その議場である
晴れ渡る空は、オークションの後で行われると
急遽決まった、ハインツさんとレシーネさんの結婚式を祝っているかのよう
「では、出品番号1番オーガの双角!」
わたしたちの出発へのカウントダウンでもあるハンマーが
いよいよ振り下ろされるのを待っていた
全部ステラリアってやつのせいなんだ(黒い笑い)
ともかくたどりついた、たどりついたよ