15 飛龍 と 狼煙
オークションといったな?
それは、間違いだ!(ごめんなさい、き、きっと)
きゅい、きゅぃ、きゅぃ
迫る夕暮れ時
どうやってつくったものか
三本の巨木の上端を束ねたその上に、枝やら、魔物の骨やら
果ては、ヒトの加工したものに違いない建物の残骸やら
雑多なもので構成された巨大な巣
その上で、親が運ぶであろう今夜の夕餉を待ちわびる雛の姿
もっとも、雛の大きさは大型犬どころか、羊
リスケルで見たこちらの羊ほどにもある
ヒトにとっては
平和とはいいがたいが
雛たちにとっては平和な夕暮れの時間
だが突然
ぼうぼう
火球がその巣を、巣を構成していた巨大樹の樹冠を直撃し
巣はさかしまに地上に堕ちて
投げ出されて痙攣する雛たちの頭部に矢が次々と走る
3匹いた雛のうち2匹は即死
だが、1匹は見逃されたか、ぴぃ、きゅぃぃと細く甲高い苦悶の声をあげる
そこに
巣に、子に迫る危険を感じたか
赤味を増した蒼空の高みから舞い降りてきた3つの巨影
飛龍
まだ悲鳴を上げ続けている雛に駆けつけようとするその姿は
巨大
胴体は象ほどにもある
そして被膜を纏う巨大な羽、翼膜とでもいえばいいのだろうか
翼膜に付いた鍵爪、
長く伸びた首、巨大な嘴
地上を歩くとき巨体を支えるという、たくましい肢
その肢先に凶悪に尖る、野太い爪
そして、大蛇のような尾
これは龍ではないとこちらの人達は言う
龍の矮種
魔物にすぎないと
けれどわたしたち、そうお姉さまとわたしにとっては
映画なぞで見たような、空を駆ける飛龍の姿そのものだ
最初の影が雛に近寄り
続いて、残りの2影も樹冠のあたりを過ぎた、その時
ぼむ、ぼむ、ぼむ
「いったよぉ、ハルカちゃぁん」
レシーネさんの放った火球が飛龍に炸裂する
「任せて、くださ、おっとっと、いぃ」
片翼を焦がされた飛龍が落下する、そこを狙ってダッシュしたわたし
しかし、背後に一撃が迫る
続く2頭のうち火球では姿勢を崩されなかった1頭が
単騎飛び出した格好になったわたしの背に迫る
身は躱した、躱したはず、それでも生身だと少しきつい
後ろに滑って抜けた飛龍の爪
が、わたしのことはともかく、その場を支配している方がそこにいる
その方が、そんな飛龍の隙など見逃すはずがない
「ひとつ」
大樹の陰から一足で間合いを詰めて袈裟懸けの一刀
わたしの背に一撃を入れかけた飛龍は胴をほとんど両断されて落下というより
自分の勢いのまま、コントロールを失って大樹に激突
「ふたつ」
自らの背後に迫る巨大な嘴
反転された、その方は
飛びのきざまに2頭目の飛龍の片翼を切り飛ばす
「お嬢、任せろ」
落下し、まだあがこうとする片翼にされた飛龍の頭部に戦鎚の一撃
とどめを刺したハインツさん
右腕に握ったそれは、念願かなった極滅の暗鎚に違いない
「みっつですっ!」
最初に、落下してきた飛龍だが、これは落下するまでに至らず
わたしが追いかける形になったものだから
最初の1頭のはずが最後の1頭になってしまった
地上近くで懸命に羽ばたいて速度と高度を取り戻そうとしたその一瞬
あおのけに身をひねりながら飛び込んだわたしが掛け声一番
喉首に一撃、ほぼ致命傷
むろん油断はしないが
剛弓の追撃が入り3頭目も絶命する
「やるな、嬢ちゃん、囮としては一流だぜ」
などと半畳をいれるハインツさん
背中には半弓と呼ばれる小型の弓
遠距離で半弓、接近戦では戦鎚、中々多彩な戦いをされる方だ
「これで上がりですぜ、頭目、姐さん」
まだ鳴いていた雛にとどめを刺しながら声をあげるメンバーさん
ここはリンデ近郊の開拓地
街から馬車で一時間も離れていないこの場所に、飛龍が営巣したと
これはギルドに入った緊急要請
「よっしゃ、先に雛を落したのが正解だったな」
「ハインツ、容赦ないねぇ
あんなつぶらな瞳できゅぃきゅぃいってる雛を真っ先に屠るとか
鬼畜とか言われないか、あたしゃ心配だよ」
「へっ、提案したのはどこの誰だったか、てめぇの胸にいっちょ手を置いて
考えてみりゃぁどうなんだ?」
「あっはぁあたしの胸が気になるかい、良いんだよハインツ
気にしてくれるたぁ、嬉しいじゃないか」
「置きやがれ、狩場で余計なものを突き出すんじゃねぇ」
「へいへい頭目、姐さんお仲のよろしいことで
雄1頭、雌二頭、仕留めきれましたぜ、あたりにも姿はなし
ギルドに入った要請の通りですな」
先程、剛弓で最後にとどめを入れていた年かさのメンバーさんが
あたりを見回し、状況終了を告げられる
「お見事な作戦でした、レシーネさん
飛龍の生態とかお教え頂かなくては、飛龍を散らしてしまうところでした」
お姉さまが頭を下げる
「やだねぇ、お嬢、助けられたのはこっちの方さ、だろ、ハインツ、お前ら?」
「おう」と皆さんから声が上がる
「助かったともよ、お嬢、嬢ちゃん
俺たちだけじゃ、一発で狩り切れたかどうか
巣がひとつできちまうと、不思議なもんで、その近所にも、ひとつ
またひとつってなぁ、縄張りよりも住みやすさ
ここは住みよい場所だってことで、集まってきちまう
今回の依頼は素早く、確実な駆除だからな
即製パーティでもなんでも最大戦力を突っ込めってなぁ
ラックナーの大将らしい手はずだぜ」
うんうんうんと皆さま首肯される
「それにお嬢、惚れ惚れしちまう腕前だったぜぇ
安心感がちがわぁな
2頭ひきつけてのがさねぇ
うちに、こいつ(レシーネ)がいなくって、お嬢に嬢ちゃんがいないってなら
是が非にでも勧誘してるところだぜ、なぁ?」
レシーネさんにウィンクを飛ばすハインツさん
「はぁ、あたしの目の前で口説くたぁいい度胸
どうしてくれよう、てめぇらどう思うよ?」
「へいへい、お仲のよろしいことで」
「頭目、姐さん、頼みますから、結婚式までにパーティ解散ってなぁ
なしですぜ?」
警戒は緩めていないが息を整えつつ獲物の回収
狩りのクールダウン、良い時間だ
「ところで嬢ちゃん、背中に一発掠ってなかったか?」
ハインツさんが声をかけてくださる
「あ、はい、ご心配かけました、これ、わたしなんかには過ぎた防具みたいで」
そう、あの告白?の翌日
おそるおそるドーラスさんの工房に顔を出したわたしたちに
ドーラスさんが出してくださったのが今わたしの着ているこの防具
「嬢ちゃん、今日からはこれ付けていきな
新しい革鎧に、マンティコアの穿槍尾の装甲材を箔押しにしたもんだ」
「えっ、ドーラスさんが見立ててくださった鎧を
わたくしがあんな、あんなことしてしまいましたのに」
「お嬢、嬢ちゃん、事情は判った
判った以上はしてやれることはしてやるさ
それに、素材もお嬢たちが自前でそろえてきやがった
今まではよ、こんな防具を持ってるルーキーはおかしいって
そっちが悪目立ちしたかもしれねぇ
だがよ、今はちがわぁ
てめぇらは、マンティコアを狩れる冒険者
なら、こいつを嬢ちゃんが着てたって何の不思議もありゃしねぇ
おめえらはそういう冒険者そういうこった
さて、な
こいつの特性ってやつだが
まず、傷がつかねぇ、焦げねぇ、割れねぇ」
「「はいっ?」」
「聞かなかったか、穿槍尾の特性ってやつだ
まじないがかかってる素材だぜ、こいつはよ
無論、この世にあるもんだ
そりゃ、本当にとんでもねぇ一撃ってやつを喰らえば
傷も、焦げも、割れだってするだろうさ
だが、こないだのマンティコアくらいじゃ擦り傷もつかねぇ
だから、よ
無理に傷なんかいれねぇで済むぜ?」
「おじさま!」
「ドーラスさん!」
ふたり、感極まってしまった
うかがえば、何度も『変身』させてみたのは
『変身』と魔法素材の干渉が起こるかどうか
それを確認されたらしい
その上に、御代はといえば
100ギニー
それ以上は、例の蠍槍尾と棘閃核一式の利益で上がるからと
何をどういっても取り合ってはくださらなかった
そして、今日の狩だが
ハインツさんご一統は、むろんリンデに滞在している上位冒険者としての
義務、これもあったに違いないが
「稼せがにゃならねぇ、からっけつ、でねぇと、今度は、式が上がらねぇ」
結婚資金の調達とこういう事らしい
ともあれ
オークション待ちと、社会勉強にいそしまなければならないわたしたちは
リンデ滞在の上位パーティに準じるということで
『暁のオーロラ』一党と同時に派遣
合同パーティによる飛龍狩りにと来たわけだった
さて、引き揚げようかと
みなが顔を見合わせた時
ぽん
もう暮れきった空に上がったのは
花火、いや狼煙の類か
新たな運命がわたしたちを呼んでいるようだった
次の次くらいが、おーくしょ(ry