9 ひとりきりのコート
やってない(お約束)
ぐん、ぐん、ぐん
扇状、いや、もっと凶悪な鎌状に湾曲し、広がり殺到する断罪の刃
これが直撃して切り裂けない生き物はいまい
が
するり
マンティコアの身体を光の刃がすり抜けて
彼方の空へと消えてゆく
「うそっ」
思わず小さく洩らしてしまうがこれは事実
けれど
ここで固まってしまうわけにはいかない
マンティコアはしつこくお姉さまを狙っている
なんだ、何が起こった?
それを必死に考えつつ、わたしは
「光穿撃!」
小さく叫んで左腕をマンティコアに向かって一振り
一瞬輝いた左腕の先から三本の、これも光の矢が奔る
先程の断罪剣が超振動の力場なら
こちらは光学兵器の類
断罪剣ほどの威力はないが、それでも当たれば痛い、痛いはず
ちょっと貫かれてくれれば、大ダメージを期待してもいいはずだ
いずれにもせよ、ここは時間を稼がねば
お姉さまに向かったヘイトをわたしが引き受けなければならない場面
「ごぉぉん」
苛立ちの咆哮とともに私に向きなおるマンティコア
しめた、これで『光穿撃』の直撃は避けられまい
が
わたしの放った光の矢は、再びマンティコアの身体をすり抜ける
またか
だけど、だけど、だけど
今度は困惑せずに済んだ
見えた
たしかに見えたのだ
うん、すり抜けたように見えたが違う
直撃のほんの直前
一瞬だけマンティコアは消え
そしてまた出現している
瞬間移動、その類だろう
いないものには当たらない
こ、これは面倒な
っていうか、どうやって片付けよう
お姉さまは、と見れば、ようやく愛刀に縋ってお立ちになられただけ
連携攻撃はまだできまい
軽く微光を纏う、麗しいお手をお上げになったが
あの光は、命に別条なしとのサイン
少なくともそう受け取った
そして
ゆらり、愛刀を構えなおされたお姉さまの御姿に隙はない
わたしが奴の注意をひきつけている限り
お姉様に急に跳びかかりさえしなければ
お姉さまのお命を、そう何より尊いお命を散らしたりはできまい
もう少し、この面倒極まりない相手を牽制しなくては
手は、手はあるか?
ある、きっとある、あるはず
生きている限り、手はきっとある
ちゃきり
『断罪剣』を、というか、そのグリップを格納すると
わたしは手を
それこそ手を、両手を構えて凶獣に相対した
「ぐろぉ」
一声吠えて、わたしを睨み、巨大な口をゆがめるマンティコア
そうか
食べたいか
そんなに、わたしが美味しそうか?
それとも、小うるさいわたしを引き裂きたいのか?
いいわ、くるがいいわ
マンティコアの巨体が一瞬撓み
そして砲弾のようにわたしに殺到する
まず右前肢が
次に左が
そして最後に巨大な咢
さらに巨体そのものの重量が圧倒しようと襲いかかる
「お馬鹿さんねぇ」
ばん、左腕で右肢を払う
ぼん、右腕で左肢を撥ねる
だが止まらない、巨大な咢と突進は止まらない
「ほんと、お馬鹿」
『ごり』
おかしな音がした
『げびゅ』
いやな音がしてわたしの身体が一瞬で血濡れに染まる
そう、マンティコアの血で
「駄目駄目ですよぉ、お馬鹿さん」
変身した後の白銀色の姿だが
そこらの重装騎士にでも見えたのかしら
いやいやそれでも迂闊なことだ
変身する騎士さんなんて、こいつが食べなれているなら話は別だが
こんな下手物に喰い付いては駄目だろう
びく、びく、びくっ
咢の内側
そう口中からわたしに延髄を脊椎を貫かれ
凶獣は断末魔の痙攣を
わたしに浴びせる大量の吐血とともにこの世の名残に残して果てる
突進は、まぁ最悪手ではない
ダンプカーの突進を止められる相手に、でなければだが
あいにく、変身したわたしは、足場さえよければ
軍用装甲車の突進くらいなら受け止められるのではないかしら?
このお馬鹿さんは、先ほど喰らったタックルから
わたしが人間にしては異様なほどに硬く、力強いと把握しなかったのかしら?
もっと瞬間移動でかき回して
わたしの変身時間の限界やら、装甲の限界やらを見極めればよかったのに
まぁ、そこまで長引けば
わたしより、よほど強いお姉さまと二人でテニスをすればよかっただけ
そう、お姉さまの愛刀とわたしの断罪剣で
マンティコアをボールにして打合う
ちょっと過激なテニスをすればよかっただけだけど
出現の時のように
探知外から一気に跳んでこられれば別だが
こちらに攻撃しようと、その場で出たり消えたりしてくれるなら
時間差を付けて挟み撃ちにすればそれで済む
それが二人のテニス
時間稼ぎもせずに、のしかかってくるなんて
ほんっと、舐めた真似をしてくれる
挙句に喰らい付く?
ふん、そうそう噛み砕けるような、やわな装甲じゃないって
喰らいつくってことは、わたしに実体で接触する
そういうことではないか
「さすがね、遥」
今度は油断せず
まだ、マンティコアの延髄?に右腕を突き刺したままのわたしに
お姉さまはお声をかけてくださる
「お姉さま、お身体にお傷は?」
「ちょっと打ち身をしたかしら、御免なさいね、油断をしたわ」
なにをおっしゃられるのやら
わたしは完全に絶命したマンティコアから腕を引き抜くと
てぃとばかりに放り捨てる
「わたしこそです、油断していて、あの子を突かれちゃうところでした
お姉さまが、かばい立てして下さらなければ、あの子も、わたしも
今頃、これに食べられちゃってました」
「うふふ、なら、おあいこ、ね、うっ」
「お姉さま、お手当てをっ!」
「大丈夫、もう一度、『治癒』をするから」
お姉様は、微光を発する美しいお手を
先ほどあのお馬鹿が付けた打撲箇所にあてられる
「本当に大丈夫ですか、お姉様?」
「以前、遥にもしてあげたでしょう?
あの時はもっとひどくなかった?」
「あー、はい、もっとひどかったです、手とか、取れかかってましたし」
そう、お姉様は、治癒の技、いやこちらでなら治癒魔法でいいのだと思うが
それもお使いに成れるのだった
だからこそ、わたしがお胸に不遜にも断罪剣を滑らせたとき
即死ではなかったが、負けをお認めになり
わたしを、首領の、そうお姉さまの父親のもとに向かわせて
立ち上がれるまでに、自分で治癒をされてから
最後の、そう最後の爆発の直前に、わたしをかばいに来てくださったのだ
結局は二人抱き合って消滅してしまったのだけれど
書いていて過激なテニスプレイのほうに気が行ったのはヒミツ
次回、ちょうky・・・こほん、おしお(けふんけふん)