表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬱小説  作者: 烏籠
4/15

日記‐前編‐

ガールズラブ要素が含まれます。苦手な方はご注意を。





友達が自殺した。


笑顔が素敵な、優しくて思いやりのある子だった。

自殺の原因は解っていない。

どうしてあんないい子が………、みんなは口々にそう言った。

葬儀の帰りに、おばさんから手紙を渡された。

友達……遊花ゆかが、私に宛てて書いたものらしい。

その手紙ともうひとつ、大きなの白い封筒を渡された。

血まみれの部屋で発見されれ厳重にビニール袋に入れられていた遺書に、手紙とこの封筒を渡すようにと書かれていたらしい。

娘の最後の願いだからと、おばさんは手紙も封筒の中身も見ていないと言った。私は深々とお辞儀をして、また溢れそうになった涙を必死で堪えながら、帰路に着いた。






手紙の内容は、至ってシンプルな別れと懺悔の言葉だった。


『私は死にます。突然ごめんなさい。もうお別れだけど、どうか悲しまないでください。私はあなたの心の中に居られるだけで十分なのだから』


便箋の裏側には日付が書かれてあった。

それは三ヶ月も前のもので、そんな頃から自殺を考えていたということなのだろうか。

ずっと傍にいながら気づいてあげられなかった自分を、情けなく思った。

遊花は一体どんな悩みを抱えていたのだろうか。

それは親友の私にさえも言えないような悩みだったんだろうか。

この封筒の中身を見れば、何か手がかりが掴めるかもしれない。

封筒を開けると、中には一冊のノートが入っていた。遊花の好きなウサギのキャラクターが描かれた、ごく普通のありふれたノートだった。

中央のタイトル欄には日記と、遊花の字で書かれていた。

中を開くと最初のページの書き出しには『まーゆへ』と書かれていた。

私の名前が麻由まゆなので、遊花はそう呼んでいた。


『まーゆに見てもらうつもりで日記を書き始めます。できるだけ毎日書くようにします。最後まで読んでね』


次のページを開くと、言葉通りちゃんと日記になっていた。

日付は一ヶ月ほど前のものだった。

つまりこの日記は、遊花が自殺するまでの一ヶ月間の事が書かれていることになるのだ。

これは自殺の原因を探る上で、重要な鍵になるかもしれない。

私は一字一句見落としがないように、日記を読み始めた。



‐‐‐‐‐‐‐‐


12月1日(火)


日記一日目。何を書けばいいのか、少し緊張します。今日は苦手な日本史の授業があって、私は先生に当てられてしまい、何て答えればいいか困ってしまいました。そうしたらまーゆがこっそり教えてくれて、答えられました。まーゆ、ありがと。

学校帰りに寄った雑貨屋さんで、まーゆとお揃いのペンを買いました。嬉しくてさっそくこの日記で使ってます。まーゆは使ってるかな?



12月2日(水)


体育の授業はいっつも疲れてしまいます。でもまーゆと同じチームでバレーできたから、楽しかったです。まーゆはバレーもバドミントンもバスケも何でも出来てすごい!

英語の授業の時、まーゆの方を見たら居眠りしてました。あんなにバレー頑張ったんだもん、疲れちゃうよね。まーゆはどんな夢見てたのかな?



12月3日(木)


今日は月に一度の席替えの日でした。まーゆと離ればなれになっちゃいました。せっかく隣同士になれたのに……。毎月席替えなんてしなくていいのに、先生ひどいよ(T_T)

でも私はまーゆの斜め後ろだから、まーゆの事がよく見えます。そう考えたら、案外よかったのかもしれません。

でも班ごとに何かする時に別々になっちゃうから、やっぱり嫌だよ!



‐‐‐‐‐‐‐‐



三日目までの内容は、特に不審な所はなかった。

拍子抜けするくらい、普通の日記。

それより、日記の内容が私の事ばかりなのは気のせいだろうか。


それ以降の日記も、同じ調子だった。

学校であった事、休日の出来事……遊花は学校が終わると真っ直ぐ家に帰るような真面目なタイプの子で、休日も私が遊びに誘ったりしない限りあまり出歩いたりしなかった。

自然と行動範囲は決まってくる。

そう考えると、一緒にいる時間が多い私の話題ばかりなのも頷ける。

でも、私の話だけ書かれていては困る。

もう半分は読んで終わったのに、遊花の日記にはこれといった変化は見られない。

自殺の原因に繋がるような事は書かれていない。

せっかく見つけた手がかりだと思っていたのに、違ったのだろうか。

ずっと私の事ばかりで、他には何も無い。

私の学校での様子や放課後の出来事、休日はどこに遊びに行ったのか。

私と遊花だけが登場人物の日記。

まるで私が主人公のように、遊花は日記を書き進めている。



‐‐‐‐‐‐‐‐



12月18日(金)


今日は風邪で学校はお休みです。退屈だな、まーゆに会いたいな。

そんな事を思ってたら、まーゆがプリントを届けに来てくれました!でも風邪が移るといけないからって、お母さんがすぐ帰しちゃったから会えなかった……。会いたいよ、まーゆ。

寒い。



12月19日(土)


風邪が治りません。明日には絶対治さないと。はやく学校でまーゆとお話したいよ。


12月20日(日)


まーゆ


まーゆ まーゆ まーゆ


まーゆに会いたい



‐‐‐‐‐‐‐‐‐



それから次の日記まで日付が飛んでいて、その間は書かれていなかった。

風邪でそれどころではなかったのだろう。

実際に遊花はこの時期に風邪で一週間ほど学校を休んでいた。

遊花の風邪が治って登校して来たのは、確かクリスマス・イヴの終業式の日だった。



‐‐‐‐‐‐‐‐



12月24日(木)


何とか来れたと思ったらもう終業式です。

やっと会えたね、まーゆ。まーゆ……まーゆはやっぱり優しいです。風邪もう大丈夫?って言ってくれました。思わず抱きついちゃった。まーゆはよしよしって頭を撫でてくれた。私、すっごく嬉しかった。

まーゆ…まーゆ…まーゆ。私はその時ね、まーゆの白い首に噛みつきたいくらいにまーゆのこと愛おしいって思ったよ。

大好き まーゆ。



12月25日(金)


今日はまーゆのクリスマスプレゼントを買いに行った。まーゆには内緒でお家に持って行こうとした。

そしたらね まーゆ が、知らない男の人と 歩いてるのが 見えた 。

ま ま ま まーゆ が

なん で うそだよ だって知らないよ 誰 よ


まーゆはその人の事好きなの?

私は知らないよ

聞いてないよ

まーゆはずっと私と一緒でしょ?

なんで他のやつとあるいてんの!

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

まーゆは私のもの

遊花のものなのに

許すものか

許さない 許さない

許さない 死ね 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね 死ね 死ね 死


まーゆ わたし の



‐‐‐‐‐‐‐



気がつくと掌は汗で濡れていた。

手は小刻みに震える。


これは本当に、遊花の日記なの?


信じられない。

遊花がこんな事を思っていたなんて。

私は始めて遊花のことを怖いと思った。


遊花の自殺の原因は、私なんじゃないのか。


一瞬のうちに血の気が引いた。

遊花の私への執着は異常だ。

友達なんて友情の枠では収まりきらないくらいに。

他の男と私が歩いているのを見た遊花は、自分が見捨てられると思った。

絶望した遊花は、衝動的に自殺を図った。


遊花……違うんだよ。

あの人は私の好きな人なんかじゃないよ。

あの人はね……私のお兄ちゃんなんだよ。

小さい頃に両親が離婚して、私達兄妹は別々に引き取られた。

私はお母さんのところ。

お兄ちゃんはお父さんのところへ。

それ以来一度も会ってはいなかった。

あの日お兄ちゃんと私は偶然出会って、懐かしくていろいろ話を聞いた。

お兄ちゃんと私は血が繋がってない事。

お父さんは一年前に亡くなっていた事。

今は一人暮らしをしながら、夢だった写真の勉強をしている事。

私も自分の事をたくさん話した。

遊花の事も、たくさん。

お兄ちゃんはいつでもこっちにおいでって、言ってくれた。

でも私、今とっても幸せだよ。

お母さんもいるし、それに何より遊花がそばにいてくれるから。


それなのに、遊花は。

死んでしまった。

自ら命を断って。

おばさんが死んだ遊花を発見した時、部屋はひどい有様だったらしい。

最初遊花は手首を包丁で切り、自殺を図ったらしい。でもそれでは死にきれなかったのか、部屋中をのたうち回ったのか壁一面が血まみれだったらしい。

切り傷だらけの腕で遊花は自分の喉に包丁を突き立て、そして――――。



あぁ、遊花……。








「あれ、麻由?」


「お兄ちゃん……」


部屋に一人でいるのが怖くて、近くの公園に駆け込むようにやって来た。

結局一人っきりだけれど、外の空気を吸っている方が楽だった。

ブランコに揺られてぼーっとしているところに、お兄ちゃんが声をかけてきた。

「一人か?もうこんな時間なのに、危ないぞ」


気がつくと辺りの景色は夕方から夜に移り変わろうとしていた。


「あ、ほんとだ……」


「もしかして、何かあった?」


「え……?」


「なんか暗い顔してる。俺でよかったら話聞くよ」


そう笑顔で言ってくれるお兄ちゃん。

私はお兄ちゃんに、遊花の日記の事を話した。


「そっか……でもこれは麻由のせいなんかじゃない。誰のせいでもないよ」


「……っく、ひっく………でも、」


「麻由は何も悪くない。その友達だって麻由が悪くない事くらいわかってるはずだよ、な?」


お兄ちゃんは優しい。

こんな話を真剣に聞いてくれる。

私も遊花も悪くないって言ってくれる。


「俺はいつでも麻由の味方だよ。だからいつでも俺のところにおいで」


お兄ちゃんの住所と電話番号を教えて貰った。

別れ際に言ってくれたその一言に、私は救われたような気がした。







私は勇気を振り絞って、日記の続きを読み始めた。

あのクリスマス以降は書かれておらず、続きは年が明けた1月4日からだった。



‐‐‐‐‐‐‐‐



1月4日(月)


まーゆは今だれといっしょにいるの

私は一人だよ

まーゆは……


まーゆ



1月5日(火)


まーゆ まーゆ まーゆ

まーゆ


まーゆ


まーゆ

まーゆ

まーゆ


まーゆ…


まーゆまーゆまーゆ




‐‐‐‐‐‐‐‐



ページをめくるのが怖い。

おそらく次が最後。


遊花は1月6日の日付が変わった頃、自殺した。



私は、最後の日記のページを開いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ