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鬱小説  作者: 烏籠
2/15

赤イ音

リストカットの描写があります。ご注意ください。



ぽた、


ぽた、


ぽた、


溢れ出しては、流れ、落ちる。

流れ続ける血を、あたしは見ている。

傷口から滲みだす血。

腕を伝う血。

指先からこぼれ落ちる血。血溜り。


血。血。血。


それに満足すると、また傷を付ける。

カッターの刃を腕に押し付けて素早く横に引く。

シャッと音をたてて皮膚が裂ける。

そして赤い血が滲みだす。数cmの傷口から玉のような血がいくつも出て、少しずつ大きくなりながら、傷口を這う。

そしてある程度大きくなった血が、傷口から零れて流れる。

ほんの気まぐれにペロリ、と血を舐めた。

別に好んで舐めているわけではなく、ただこれを始めた時に興味本位で血の味を確かめて、それからなんとなく続けていたらいつの間にか儀式のようになってしまった。

もっと血が見たくて、傷口の上を押さえる。

それから、また切る。


「いっ……」


痛い。さっきより少し深く切ってしまったようだ。

最初よりはある程度痛みに慣れたが、痛いものは痛い。

傷口からは血がぼろりとこぼれるように流れた。

しばらく痛みに耐えていると、やっと痛みが引いた。切った瞬間は痛いが、少し耐えればすぐに治まる。後はほとんど痛まない。

そしてあたしは、その美しい薄刃を、また腕に這わせた。


シャッ、シャッ、シャッ……


浴室に皮膚を裂く音が響いた。

あたしの、戦いの歴史を刻む音だ。




あたしが自傷を始めたきっかけは、いじめだ。

高校に入学したばかりのあたしは、ほんの少し皆と違うだけでいじめの対象になってしまった。

昔から人と話すのが苦手だった。

話しているとすぐに言葉に詰まるし、黙りこんでしまう。

その上人と目を合わせるのが苦手なせいで俯きがちになってしまう。

一度黙りこんでしまうとなかなか声が出せない。

頭が真っ白になる。

黙り込んだあたしを相手は困った顔で見る。

焦って余計に混乱する。

つまり、あたしは他人とまともに接することができなかった。

そんな奴がいじめられるのは自然な流れだったのかもしれない。

争いごとが苦手なあたしは当然反抗などできなかった。

なにより臆病だった。

言い返せば仕返しされるに違いない。

本当に毎日いろんなことをされた。

よくもこんなに思い付くものだとある意味感心する。人間は本当に残酷な生き物だ。


醜い。


そんなことをトイレの中で水浸しのあたしは、思った。




毎日尽きることない苦痛から逃れるために、腕を切った。

すごく痛かったけど、傷が増えることの満足感と血が流れる感覚に、あたしは少しずつ溺れていった。腕だけでは物足りなくなり足も切った。

太股は腕と違って切るとぱっくりと傷口が開いた。

シャッ、という快い音。

裂けた傷口から覗く白い肉。

点々とした脂肪が覗く。

滲む鮮血。

零れるそれを掬い取るように舐めた鉄錆の味。

血を洗い流す時の独特の匂い。

五感すべてが満たされ、体全体で感じる幸福感。

何物にも変え難い安心感。

浄化カタルシス


もう、やめられなくなった。




「片桐さん、手伝おうか?」


放課後、あたしは教室の掃除を一人でしていた。

あたしに押し付けて皆帰ってしまった。

黙々と掃除をしている時、声がした。

顔を上げると、扉の前に声の主は立っていた。


木下永遠子きのした とわこ

それが彼女の名前。

同じクラスだが話したことなどもちろんない。

だから何故、彼女が手伝うなんて言うのかわからなかった。

あたしをいじめるつもりでここに来たのではないかと疑ったが、彼女はそんな気配を見せない。

だからあたしはこくり、と小さく頷いた。


掃除中あたし達はほとんど何も話さなかった。

お互いひたすら掃除を続けた。

少し緊張したが、向こうが話しかけてくる様子がなかったので、少し気が楽だった。

もしかしたら彼女はあたしと同じような人間なのかもしれない。

ただ彼女には友達が何人かいたはずだ。

協調性がないあたしとは違う。

それでもあたしは嬉しかった。

話しかけられて掃除を手伝ってもらうのが、本当にあたしをひとりの人間として接っしてくれているようだった。

彼女は、木下さんは、あたしを見てくれている。

嬉しくて嬉しくてしかたなかったあたしは掃除の後で、心からお礼を言った。


「ありがとう、木下さん」

涙が溢れた。




次の日から、あたしは学校へ行かなくなった。

正確には登校をしたのにすぐに帰ってきた。

教室に入って席に着くと、いじめの主犯の娘と数人のとりまきが集まってきた。

片桐かたきり〜、今日からあんたいじめんのやめるから」


え?


訳もわからず呆然としていると、次に告げられた一言で頭が真っ白になった。


「次、木下だから。お疲れ〜」


あたしは、教室を飛び出した。




どうしよう、どうしよう、どうしよう。


その言葉だけがぐるぐると頭の中を回っている。


見られてた。

見られていた。

昨日、木下さんと二人でいるのを誰かに見られたんだ!


あいつらは言った。

次は木下さんだと。

あたしの代わりに木下さんがいじめられる。


どうしよう!


あたしは無我夢中で走った。




家に着くとすぐに自室に駆け込んだ。

部屋の鍵を掛け、ベットに潜り込んだ。

異変に気付いたのか、お母さんがあたしの名前を呼びながら階段を上がってくる。

これからどうすればいいんだろう。

今日からあたしはいじめられない。

でも、代わりに木下さんがいじめられる。

学校なんて行けるわけがない。

彼女は今頃あいつらの餌食になっているはずだ。

きっとあたしを恨んでいるに違いない。

あたしに関わらなければこんなことにならなかったのに。

あたしのせいだ!


朱音あかね、学校はどうしたの?何かあったの、返事して。朱音!」


部屋の外でお母さんがドアを叩いて、あたしを呼んでいた。

あたしを呼ぶ声と扉を叩く音、

そして、日常が壊れる音

が、した。




あれからあたしは学校に行ってない。

あたしのせいで彼女を巻き込こんでしまった。

絶対に許してもらえない。

その罪悪感からあたしは部屋から出ることが怖くなった。

必要最低限の用事以外は部屋から出なくなった。

最初は色々理由を尋ねてきた両親も、今では何もきいてこなくなった。

そんな灰色の生活を送っていたあたしの唯一の支えは自傷だった。

以前より傷の数は増えて深く傷付けるようになった。

突然いじめられてた時の事や、最後に学校に行ったあの日の事を思い出したりして発作的に切りたくなる事が増えた。

切っている間は逃れることのできない恐怖心を忘れることができた。

そして何物にも代えがたい安心感を得られた。

そうすることで心のバランスを保っていた。




放課後の教室。


あたしと木下さんは2人で掃除をしている。


他愛ない話をして笑ったり、ふざけあったりしている。


まるで小さい頃からずっと一緒にいる親友のように。


掃除を終えるとあたしはありがとう、と言って顔を上げた。



「お前のせいだ」



鬼のような形相で、地獄の底から響くような声で、言った。




お 前 な ん か 死 ん で し ま え






「――いいぃやぁああぁああぁああああ―――!!」

ベットから転がり落ちる。夢だった事にも気付かず、狂ったように叫ぶ。


「ごめんなさいっ!ごめんなさい、ごめんなさいぃいいっ!!」


近くにあった物を手当たり次第に投げつけながら後ろに後ずさる。


「ごめんなさい、許して!もういやぁああ―――っ!」


部屋の外では両親がドアを叩きながらあたしの名前を必死で呼んでいる。


「朱音!開けなさい!」


「何があったの?お願い、開けて!朱音、朱音!」


でも2人の声は壊れたあたしにには届かない。


怖い!


怖い怖い怖い!


自分ではどうすることのできない恐怖心だけに支配される。

どんどん迫ってくる。

逃げられないやめてやだやだ怖いどうしよういやだ誰か助けて怖いもうやだいじめないで痛い冷たい苦しい助けて逃げたい楽になりたい!


切らなきゃ、切らなきゃ切らなきゃ、カッターどこ!?


カッター、カッター!



見つけたっ!


机の上のカッターを掴む。


切るから、だから、お願いっ―――


「もう許して!許してゆるしてぇええ――――!!」


カッターが肉を切る音。


手首の肉が裂けて血が――――――






真っ赤な世界が広がり、


そして


あたしが 壊 れ る 音


が、した。

基本短編のつもりで書いてますが、これは一話目の『さくら』と話が繋がってます。次は全く関係ない話です。

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