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鬱小説  作者: 烏籠
14/15

普通




私は周りと同じ、普通でないといけない。





佳乃よしの、カラオケ行かない?」


放課後、鞄を持って立ち上がった私に話しかけてきたのは友達の朝美あさみだった。

仲良しグループの佐奈恵さなえ深冬みふゆも一緒だ。


「これから?いいよ、行く行く!」


「よし決定!」


「ほら早くっ」


「ちょっと待ってよ〜」


朝美を筆頭にぞろぞろと教室を出て行った。

朝美の隣には佐奈恵、そして後ろに深冬と私が列んで歩いている。


周りから見たら、私達はどう映っているんだろう。

仲のいい友達に見えるだろうか。

私はちゃんと、“仲良しグループの一人”として見られているだろうか。

そうでないと困る。

私には“友達がいる”んだと思われなくてはいけない。

“ひとりぼっち”の“浮いた”子だと思われてしまう。

普通でない、と。

そんなの嫌。

私は普通に友達がいる、普通の子なんだ。

絶対に――――。






「よしのちゃん、あーそぼっ」


幼稚園の同じクラスの女の子が、私に声をかけてきた。


「よしの、いまいそがしいからあとでね」


そう言って私は人形遊びを再開した。

戦隊モノヒーローの人形を片手に、怪獣に見立てた積み木を倒す。

そんな私を見ていた彼女は、こう言った。


「よしのちゃんって、男の子みたいだよね」


その瞬間、ぎゅっ、と心臓が締めつけられるような感覚がした。


「……よしの、男の子じゃないよ」


「だって、いっつもそれで男の子といっしょに遊んでるんだもん」


確かに、その通りだった。

私はいつもヒーロー人形で遊んでいたから、自然と集まってきた男の子と遊ぶ事がほとんどだったから。

息が、苦しい。


「それってへんだよ、よしのちゃん女の子なのに。ふつーじゃないよね」


以来、私はヒーロー人形で遊ぶのをやめた。

クラスの女の子達みんなが持っているような着せ替え人形で遊ぶようになった。

男の子と一緒に遊ぶことは少なくなり、私はクラスの女の子と一緒にアニメの話で盛り上がるようになった。

普通じゃない。

そう思われるのが嫌で、必死に周りに合わせた。

もっと女の子らしくしなきゃ。

流行りの歌手の名前を覚えて、人気のドラマは毎週欠かさず観た。

雑誌を何冊も読み、そこに載っている服を着て、恥ずかしい服装をしないようにした。

仲間外れにされたくないから、放課後遊びに誘われたら絶対嫌とは言わなかった。

私は努力した。

みんなと同じ、普通の子でいたかったから。

変な子だと思われないように。

周りから浮いた存在にならないために。

一人にはなりたくないから。






「じゃ〜ね〜」


「お疲れー」


「バイバーイ」


「また明日ー!」


カラオケからの帰り道、みんなそれぞれ帰路に着いた。


「あー、楽しかった」


「そうだね〜」


私の隣で深冬がにこにこと笑っている。

私と深冬は途中まで方向が同じだから、四人で遊んだ帰りはだいたい一緒に帰る。


「また来たいな」


「あんなに歌ってまだ足りなかったの?」


深冬がおかしそうに笑う。


「朝美のほうが歌ってたじゃん」


「佳乃ちゃんってほんとカラオケ好きだよね」


「えへへっ」


周りに合わせる生活は疲れやすいから、カラオケはいいストレス解消法になる。

私は人に聞かせられる程の歌唱力はあるから、十分に歌える。


「深冬も歌えばいいのに」


「私はそんなに上手じゃないし……」


「そんなことない、深冬って結構上手いよ」


「そうかな……?」


「もったいないよ、ほんと深冬って恥ずかしがり屋」


「うぅ……だって、」


その時、深冬の携帯が鳴った。

深冬はおどおどしながら、携帯を開いた。

画面を見つめる深冬の顔を見ると、わずかに頬が赤らんでいた。


「もしかして、彼氏?」


「え!?や、あの……えっと」


しどろもどろしながら言葉に詰まった深冬は、やがて俯き加減に小さく頷いた。


「……い、今から、会わないか、って……」


「へぇー」


にやにやと楽しげに見る私の視線に、深冬は耳まで真っ赤にしてさらに俯く。

この子は本当に純粋だと思う。

深冬は一人っ子だったから、両親からはお姫様のように育てられた箱入り娘なのだ。


「だったら、ほら!早く行きなよっ」


「ぇっ、あ、うん!ごめんね。じゃあまた明日っ」


「うん、バイバイ」


深冬の後ろ姿をぼんやり見つめる。


「しっかし、あの深冬姫に彼氏とはねー」


箱入り娘も、やっぱり彼氏とか出来るんだな。

まぁ確かに深冬は可愛いし、何よりあの純粋っぷりがいいのかも。

私もそろそろ彼氏、作りたいな。

周りは彼氏いる子ばっかりだし。

友達が恋愛話を始めたら、私は話の輪に入れない。

駄目だ、そんなの。

私一人だけ置いてかれちゃう。

何とかしなきゃ。

彼氏がいるのなんて普通なんだから、私もそうしないと。






「おはよー朝美、佐奈恵」


「……おはよ。ねぇ佳乃、ちょっと」


私は二人に言われるがまま、人気の少ない階段までついて行った。


「さっきさ、C組の中崎サンがウチらに話があるって来たんだ」


「あの中崎さん?何で?」


二人は言いにくそうな表情でお互いに顔を見合わせた。

その様子に私は不安を募らせた。


「深冬の付き合ってる人ってさ……どうも中崎サンの彼氏らしくってさ」


「二股かけてたらしいんだよね、その人」


信じられない。

でも二人が嘘を言っているようには見えなかった。


「み……深冬は、その事知ってるの?」


「そうらしいよ」


「その彼氏の話だと、深冬がしつこく言い寄って来たんだって……付き合ってくれないなら死んでやるって」


本当に?

深冬がそんな事を言ったのだろうか。


「中崎サンめっちゃキレてた」


「ウチらのこと目の仇みたいに睨んでたし……」


「で、でも、私ら関係ないじゃん」


私のこの一言に、二人の視線がこっちに集中する。

朝美と佐奈恵は再びお互いの顔を見て、頷き合う。


「だよね、ウチら無関係なんだから」


「深冬が悪いんだよ」


「え……私そんなつもりじゃ」


「このままにしてたら絶対ヤバいじゃん、中崎サンって陰でイジメしてるって噂だし」


「学校来なくなった子もいるって話だし……ウチら何されるかわかんないよ」


本当のところはわからないが、中崎さんの事であまりいい噂は聞かない。

実際に不登校になった子もいるらしいから、正直あまり関わりたくない。

目を付けられでもしたら、本当にイジメられるかもしれない。


「深冬は、友達でも何でもないから」


「もう他人だよ……ね、佳乃?」


じっと私を見つめてくる二人。


「わ、私は……」


深冬は友達、だった。

私達四人は仲良しグループで……。

…………もし、私がここで“違う”と答えたら?

この二人は、私のことを友達と呼んでくれる?

深冬の事をあっさり他人だと言ったこの二人は、

私の事も簡単に他人だって言うんじゃないの?

だったら、私は………。





「佳乃、ちゃん……」


びくっ、と肩が跳ねた。

小さな声で私の名前を呼ぶのが深冬だとわかったから、私はずっと視線を下に落としたまま、深冬の顔を見ないようにした。


「……佳乃ちゃ、」


がたっ。


「朝美ー佐奈恵ーっ、今日学校終わったら買い物付き合って」


「いいよー」


「何買うの?」


深冬を無視して椅子から立ち上がって、私は二人のもとへ駆け寄った。

あれから一週間、私は深冬と一度も喋っていない。

あんなふうに深冬が話しかけてくる事もあったけど、その度に私は逃げるように彼女を避け続けた。

“深冬が中崎サンの彼氏を奪った”と噂は広まり、深冬の周りには誰もいなくなった。

私はというと、グループから深冬がいなくなっても相変わらず朝美と佐奈恵とは友達でいるし、いつも通りで何も変わらない。

友達が一人減っても、私の日常に変化が起こる事はなかった。

いつも通りの、私の普通。

普通ってやっぱりいい。

周りのみんなと同じってだけで、すごく安心する。

眠いーとか言いながら学校に行って、適当に授業受けて、友達とお喋りして、放課後みんなで遊び歩いたり。

これが普通じゃん?

普通ってこういうもんでしょ?

これでいいの。

私は普通でいたい。

みんなと同じ、普通が。


なのに、何で?

なんでこんなに苦しいの……?







一ヶ月後。

深冬は転校して行った。

ある日から深冬は学校に姿を見せなくなり、それからしばらくして私達に転校が知らされた。

やっぱりな。

みんなそう思ってるに違いない。

深冬が学校に来なくなってから、みんな好き勝手な事を口々に言っていた。

深冬が中崎さんの彼氏に手を出したのをみんな知っていたから、それが原因でイジメが起きてるなんて簡単に想像出来た。

私自身、深冬が中崎さんに悪口を大声で言われているのを聞いた事があった。

でも聞こえないふりをした。

深冬が何を言われたのか、今では思い出せない。

じゃあ言われてないって事になるんじゃない?

なかったんだよ、そんな事。

それに、関係ないし。


だから、深冬が転校した後も、私の日常に変わりはなかった。

当然だ。

転校前も深冬のことを他人として、“居ないもの”として意識の外に放り出していたんだから。

そこに居ようが居なくなろうが、変わらない。

はず、なのに。

やっぱり私の胸の苦しさは無くならなかった。




これでいいんだよね?

私は“普通”を守った。

だからみんなと同じ普通でいられる。

みんなと同じだとイジメられる事なんかないし、仲間外れなんかにはされない。

みんなと一緒の空気を吸って楽しく過ごせる。

何にも不自由なんかない。

変な目で見られる事もない。

仲よく出来る。

おかしいやつだって思われない。

悪口も言われない。

嫌な噂話をたてられたししない。

友達だって言ってくれる。

一人じゃなくなる。

私は一人じゃないって、安心できるんだ。


全部、私が望んだこと。

こう在りたかった。

そうでしょ?


なのに、何が駄目なんだろう。

なんでこんなに泣きたくなるの?



違う、

違うよ深冬。

私、一人になりたくなかった。

だって、怖いんだもん。

普通じゃないって言われるのが、

変なやつだって思われるのが、

すごくすごく怖かった。


本当は私、人と話すの嫌なんだ。

相手の目が私を見てるのが堪らなく怖い。

他人がそばにいるっていうだけで、体が震える。


でもね、そんなことしてたら仲間外れにされちゃうでしょ?

私、一人になっちゃう。

それはもっと嫌。

怖いよ。


ごめんね、深冬。

深冬のことは心の底から友達だって思えたんだよ。

優しくて、温かくって。

深冬のこと、大好きだよ。

でも深冬は私のこと、嫌いになったよね。

こんなやつ、嫌だよね。


ごめんね。

ごめん、

ごめん、

ごめんなさい……。






おかしいんだね。

私ってやっぱり、変なやつだったのかな?


あーあ……、

何で同じじゃないといけないんだろ。


教えてよ、深冬。


何が正解だったの?


私は、これからどうすればいいの?


頑張るの疲れちゃった。


もう、やだよ。



「はやく終わっちゃえばいいのに」







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