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鬱小説  作者: 烏籠
12/15

病の先に、




「私、今から死ぬね」



「……は?」


「死ぬよ、本当だから」


夜中の三時に突然電話をかけてきたと思ったら、奈見華なみかはそんな笑えない冗談を言ってきた。


「……お前何言って、」


「嘘だと思う?嘘だと思ってんでしょ?残念でした、私は本気だよ」


何を言い出すんだ、こいつは。


「準備があるから、またあとでかけ直すね」


「はぁ?ちょっと待っ……」


切られた。

……何なんだ。

本当なのか。

本当に死ぬつもりなのか?

いや、それはない。

奈見華が死ぬと騒いだのはこれが初めてではない。

俺と奈見華は大学時代からの付き合いだか、今まで何度もあったのだ。

奈見華は人と接するのが苦手で、他人がそばにいるだけで緊張する。

そういう病気だったのだ。

俺と初めて話した時も奈見華は言葉に詰まると、それっきり黙り込んでしまった。

それでも根気よく毎日話しかけていると、彼女は少しずつ俺と話をするようになった。

彼女の方からも話しかけてくれるくらいにまでなった。

その病気の事を話されたのもその頃だった。

それだけではなく奈見華は病気のせいで人間関係がうまくいかない事を悩み、鬱病も患っていたのだ。

その話をした数日後、奈見華から電話がかかってきた。

死にたい。

それだけを言うと、切れた。

俺は急いで彼女の家に向かった。

奈見華は部屋で手首を切っていた。


「怖いよ……助けて……っ」


彼女の手首には到底死に至るとは思えないほど浅い傷が三つ、あった。

痛みと恐怖で、途中で止めたらしい。


「だって、わからなかったから………怖いのつらいの苦しいの。不安だった……何かなんかわかんない、とにかく不安だったのっ!」


どうしたのかと聞くと、彼女はまくし立てるようにこう答えた。

何の前触れもなく、発作的にやってくる。

不安、

恐怖心、

孤独感、

焦燥。

奈見華は戦っていたんだ。

こんな途方もないものを相手に。

いつも。

それが今日、たまたま心が折れてしまった。

それだけだ。


「大丈夫、俺がそばにいるから……」


放っておけなかった。

弱くて脆い心を持った彼女を。




そうこうしているうちに、携帯が鳴った。

俺はすぐさま電話に出た。


「奈見華………大丈夫か?つらくないか?今からそっちに行くよ」


「いい、そのままで。それより準備出来たよ」


さっさも準備、と言っていた。

あの時のようにカッターナイフで手首を切るつもりか?

それとも別の方法で?

下手をすれば、本当に自殺してしまうかもしれない!


「やっぱり俺、そっちに行くよ。な?合って話そう」


なるべく優しく、変に刺激しないように話しかけた。


「だから、いいってば。もう準備しちゃったし、それに私は死ぬって言ったら死ぬの」


まずい、怒らせてしまった。

何とか時間を稼がないと。


「俺が悪かったよ、このまま少し話そう。………何かあったのか?」


機嫌を損ねるわけにはいかない。

このまま話しをしてる間に落ち着くのを待とう。


「理由なんかない。いつもとおんなじ、突然不安になったの。………もうやだよ、私疲れた」


「そうだな、つらいよな」


奈見華、お願いだ。

早まらないでくれ。

携帯を握り締める手に力がこもって、ぎり、と音がする。


「奈見華…つらかったな、今も怖くて仕方ないんだよな。ずっとそばにいたんだ、わかるよ」


「………。」


「大丈夫だ、俺がついてる。いつだって奈見華の見方だよ、な、そうだろ?」


「…………。」


「馬鹿な事は考えるな。奈見華が死んだら俺は悲しいよ」


お願いだ、止めてくれ。

自殺なんて救われないんだよ。

奈見華も、俺も。

死んだって何の解決にもならないんだ。

わかってくれ。


「奈見華……俺を、おいてくなよ………一人にしないでくれ……」


奈見華……。


奈見華………。


君がいないと、

駄目なんだよ……。


奈見華がいない人生なんて、


生きてる意味ないんだよ。







「だったら、一緒に死のうよ」





「……え」


奈見華?


「私がいないと、駄目なんでしょ?」


ぎぃ、

と、床が鳴る音。


「私もだよ、あなたがいない人生なんて、今以上に生きてる意味ない」


ぎぃ


「あなたは大切な人……あなたがいなくなったらって思うと、心の底から恐怖が沸き出してくる」


ぎぃ


「どんなに手首を切っても駄目、切っても切っても、拭いきれない恐怖に頭が壊されてゆく」


ぎ…


「あなたは、私に光を与えてくれた。私の暗い人生から、暖かな日なたのもとに連れ出してくれた」


きぃー…

開いた、ドアの音。


「だからこそ、今度は失う恐怖を知った。大切な人を失う恐怖で、私は死ねるのよ」


ひた、ひた


「ね……どうすればいいと思う?私は死にたい、でもあなたはそれを止める。死ぬのを止めたら、またあなたを失う恐怖に怯えなければならない」


ひた、ひた、ひた、ひた


「永遠に夜の闇を彷徨さまよい歩くような、恐怖。それをあなたは……私にまた味わえって言うの?」


ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた


「厭よ。そんなの、厭」


ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた、ひた


…ひた


「だったら、ねぇ?一緒に死ぬしかないでしょう?」


首を包み込むように、巻き付いた、腕。

ぺたり、

と、冷たく濡れた感触。


「ごめんね、勝手に上がっちゃった」


「奈…見華……」


すぐにわかった。

奈見華が自ら傷つけた血まみれの腕が、俺の首に巻きついている事に。

少しずつ、少しずつ。

まるで蛇が獲物を締め付けるように、俺の首に絡み付く。

少しずつ、少しずつ。

その度にぬるり、と血に塗れた腕が肌を滑るのを、直に感じる。


「……うっ」


「ごめんごめん、苦しかったね」


ずる、ずる……

嫌にゆっくりとした動作で、俺の首から腕を退ける奈見華。

俺はその瞬間、奈巳華をおもいっきり突き飛ばした。

派手な音を立てて、奈見華が壁にぶつかる。

痛みに奈見華が呻いた。


「わ、悪い奈見華……大丈夫か?」


不意に直面した死の恐怖からの、とっさの行動だった。

だからといって、恋人に酷い事をした言い訳にはならない。


「……じゃない……」


「え?」


「私の味方だって、言ってくれたじゃない!」


そう言って俺を睨む奈見華の目は、憎悪の色に染まっていた。


「怖いのに、くるしいのに!あなたは私の大切な人なのに!死にたいの、死にたい死にたいの、なんでわからないの!?もういやっ、嫌嫌嫌いやぁぁぁぁ!だれもいない、私の事わかってくれる人は、あなただけだったのにぃ!!何でどうして何でなんでなんで、あぁああーーーーイライラする、何言ってんの私の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿死ね死死死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねしね死ね死ね死ねよわああああああーーーぁぁぐぁぁああ!!」


ガンッ、ガンッ!


「!やめろ奈見華っ」


無茶苦茶に壁に頭をぶつけ始めた。


「やめっ……なみ、…奈見華……っ!やめてくれ……」


「うあぁーーっ!いやいや、死ぬの、死ぬ……あぁぁ……うわあぁぁぁっ!」


ガンッ、ガンッ、ガンッ


「奈見華……」


ガンッガンッ、ガンガンッ、ガンッ……


「…ぁ……あぁ」


奈見華が動きを止めた。

部屋に奈見華の啜り泣く声が響く。


「たすけて……」


弱々しい奈見華の声。

俺も知らず知らずのうちに、涙を流していた。



もう、限界だった。

















「ねぇ早くー、こっちこっちー!」


「待てよ奈見華、こけても知らねーぞ」


はしゃぐ奈見華と、その後ろを歩く俺。

本当に楽しそうだ。

そんな彼女とは反対に、俺は不安と緊張感で心臓が破裂しそうだ。


「遅いっ!ちゃんと私の隣歩いてよ」


「仕方ないだろ……こっちはお前と違っていっぱいいっぱいなんだよ」


「ひっどー!私だって緊張してるよ」


「ほんとかー?」


「なにそれ、むかつくぅー!」


「ははっ、悪い悪い」


奈見華は本当によく笑うようになった。

今を精一杯楽しむようになった。

俺はそう思っている。

あの頃が嘘のようだ。

あれから奈見華は努力したのだ。

病気の治療に積極的に取り組み、自分を変えようと心から頑張った。

まだ完全には治ってはいないけれど、快方に向かっているのは確かだ。

俺はこれからも彼女を支えていくと決めた。

俺の、一生をかけて。


「着いたよ」


「うわぁ……心臓潰れそう……」


「情けない声出さないでよ、しゃきっとして!」


奈見華がインターフォンを押し、中から出て来た家人に挨拶し、家の中に案内された。

緊張で死にそうだ。

横に座る奈見華の顔をちら、と窺う。

すると、やわらかな笑みを奈見華は浮かべた。

ふっ、と気持ちが楽になった気がした。

そうだ、この笑顔を守りたいんだ。

俺は、そのために彼女と一緒に頑張ってきたんじゃないか。

そして、これからもそうであるために。



「奈見華さんと、結婚させてください」

始めてですね、全く死人が出ない話は。あまりにも鬱過ぎるとの事なので、この辺りで少し救いのあるものを書いてみました。ご感想ありがとうございました。他にも感想お待ちしてます。

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