ドーピングですよ
「しかし、ビクターさんがこれほどの腕前だとは、わたしも知らなかった。」
先生がつぶやく。
以前、デイエートが見かけ通りのヒトじゃないって言ってたな。
「実はわたくし、鬼人ハーフでして…」
「ええ! そうだったのか!? 全然わからなかった。」
デイエートが俺のほうを見て、ほーらね、って顔する。
どや顔! うざ!
「角とかは…どうなってるんだ?」
「鬼人ハーフの場合、角があるのは母親が鬼人の血筋の場合だけです。」
「私は母が人間でしたので。」
「ほう、旦那が人間の場合はどうなる?」
「あまり例はありませんが…知っている限りでは角はあるようですね。」
「ふーむ、そういうのは専門外だが…夢魔族といい…興味深い法則があるようだなあ…」
先生ふむふむしてる。
「すると、アイワは?」
「姪です。妹の娘。」
なるほどね。
「となると、鬼人族は女系家族なのか?…エルフと似てるな。」
「ははは、そうですな。私の父も早くに里を出て傭兵業をしていたようですし。」
「いつごろからカロツェ家に?」
「実は、元々はナビン王に仕えておりまして…」
「イオニア様がお生まれになった頃から出向みたいな感じでカロツェ家に。」
「ほほー、それは知らなかった。」
「ご退位してからですので…ご存じないかと。」
「見た目では人間と区別できない鬼人か…」
「いろいろと…厄介ごとをやらされてたってわけだな?」
先生がにやりと笑ってビクターさんを見る。
なるほど、秘密工作員には最適な人材だな。
「はは、その辺はご勘弁を。」
「エルディー導師のお噂はナビン様からよくうかがっておりました。」
ビクターさん、話題を変えてはぐらかした。
「う! あいつ、余計なこと話してないよな!?」
「いや、あんたのエピソードで差し障りのないことなんか一つも無いじゃん!?」
生臭賢者がツッコミを入れる。
なんか、こーゆー世間話、ほっとするよね。
「ずるいですわ。先生もビクターも…」
おっと、お嬢様?
「わたくしはお父様のこと…何にも知らないのに…」
「そうか…おいおい、昔話でもするか…」
一方、隅っこで小さくなっていたのは女騎士。
兄貴とは知り合いらしいけど?
しかし、運の悪い人間と言うのはいるもんだ。
地方まで犯罪者追ってきたつもりが、最初から嘘で固めたブラック任務。
上からつけられた部下は非合法工作員。
下手すると自分たちも始末されてた。
敵対した相手はトンデモ魔道士、ガバガバ先生。
助っ人だと思ってた賢者は最初から裏切ってた。
創業者の娘と元上司が出て来たと思ったら部下が暗殺者に。
お偉いさんの抗争にもすでに巻き込まれてる。
任務失敗の責任問題、必至。
そのくせ、もし達成してたら、たぶん後で責められる。
今の格好、シャツを前で縛って止めて、ズボンを借り物のひもで縛ってる。
おへそは出てる。
履いてたブーツは留め金が錆び落ちて使い物にならない。
これまた借り物のサンダル。
気の毒すぎる。
…? その割に表情明るいな?
「将軍が王都を出奔されたときは驚きました。」
兄貴の隣に座って話しかける。
「すまなかったなあ、だが王都に居ても解任は時間の問題だったしな。」
「告発状に挙げられた貴族は処分を受けましたし、我々もお構いなしで…」
「皆、元気か?」
「はい、王都に見切りを付けて港湾市や旧首都市に向かったものもおりますが…」
「こうしてまた将軍とお会いできるとは、私は幸運です。」
幸運? この状況で幸運とは…神経太いのか? 図太女騎士?
「これはもう、運命と言っていいのでは…」
表情がうっとり、きらきら。はい?
いや、この顔…兄貴を見つめる目…恋する乙女的な…?
ああ、そういう事!?
「タモン! おやっさん! 無事?」
おっと、ダット姐さん。
「王都から軍が来てるとか…大丈夫だったの?」
「ああ、片付いた。」
「女物の服持って来いとか、意味わからないんだけど?」
「ああ、それ、こいつにな…」
兄貴にピッタリくっついてるヘソ出し女騎士。
「ほう?」
にっこり笑うダット姐さん。
いや、目が笑ってない。すうっと細くなる。怖い!
「あら、まあ。そちらは?」
「あ、ああ、以前の部下だよ、部下。」
あせる兄貴。
「しょ、将軍? こちらは?」
「ああ、女房だ。」
「は? にょっ?」
世界の終わり的表情。
…やっぱり運が悪いよ、恋する気の毒女騎士。
これはもう、運命なのかも知れないね。
アイワさんは救護院に、お嬢様、ビクターさんはお屋敷に戻る。
別れ際、ビクターさんが先生に
「手形が届きました。」
こくりうなづく先生。
「しかし、弱ったな…獣機も放っておけないし、何か月もレガシを空けるわけにもいかんし。」
「期間を区切って出かけるのはどうでしょう? 成果に寄らず1ヶ月で戻る、と言う事では?」
組合長の提案、1ヶ月かあ。
「3ヶ月は欲しい所だったが…止むを得まい。」
1ヶ月…江戸時代の旅人は庶民でも1日40キロを踏破したと言う。
往復でだから片道2週間、実質10日分としたら400キロ程度しか調査できない。
厳しい。骸骨塔2,3ヶ所くらいしか辿れないんじゃないか?
移動に時間をとられるこの世界ではとても十分な時間とはいえない。
移動時間短縮に馬とか使えないかな?
ひそひそ話で、兄エルフに聞いてみる。
「馬はけっこうエサ食べますからねえ。」
「世話も大変だし、そのわりに脚はそんなに速くないし…」
「宿場町がしっかりしてる定期ルート以外では使えないですよ。」
ああ、さっき話に出たな。都市間を結ぶ街道には宿場町と言うか【駅】があるらしい。
その駅の多くはどこの国、どこの都市にも属さない自由集落。
そして、人間以外の種族によって運営されていることが多い。
「レガシの街は位置的にルートのどん詰まりですから、用事の無い人はめったに来ませんね。」
「通り過ぎるだけの人が、いないわけですから。」
「おやっさんが工房を開いてなかったら、だーれも来ない街になってましたね。」
なるほど、逆に言えば、工房に用事のないよそ者が来ればすぐわかるってことだ。
ピクニックのときの襲撃団も事前にビクターさんに監視されてたしな。
イオニアさんの疎開先にはその辺も最適ってことだな。
女騎士はダットさんの持ってきた服に着替えた。
ふつーの娘さん状態。
男騎士2人も武装解除。鎧を脱いで、ごつい剣帯もはずした。
「カロツェの隊商と一緒に王都へ戻るんでしょう? それまで預かっておきますよ。」
組合長に言われて、ひどく情けない顔してる。無理もない。
鞘と柄はあるけど、刀身は先生の魔法で消えちゃった。丸腰。
「高い剣だったのか?」
おやっさんの問いに
「いや、そんなに立派なものでは…自分的には高価ですけど…」
あんまりお給料は良くないみたいだ、王軍騎士。
騎士団の中でも実家が貴族とか、大商人とかだと装備代は実質持ち出し。
平民上がりの騎士はその分きびしい。かつかつ。
組合長が宿を手配してあげた。
残りのみんなは工房の食堂でご飯食べようってことに。
誘拐犯にされたディスカムの表情は冴えない。
「今日はもう帰れ。」
先生の言にうなづくとふらふらと引き上げた。
マビカが寄り添ってるが…
マビキラも自分たちが標的にされたわけだが…あんま気にしてない?
って言うか、あんまわかってない?
で、キラすけは帰らないの? 俺についてくる?
ま、いいですよ、マビカの援護的な意味で。
ディスカムを落とすには弱気になってる今が好機ですからね。
問題はあんただ、くっころ女騎士。何でついてくるの?
兄貴とダット姐さんのすぐ後ろ、うつろな目、無表情。怖い!
修羅場はごめんですよ。
そして、デイエートとキラすけが俺の両脇に。お互い目を合わせない。
重い!
ぐるっと工房内を回ってから食堂に入る。
生臭賢者はドワーフ工房に感心しきり。
「すごいなこりゃ、王都にもこんなのは無いぞ。」
「でかい工房がいくつもあるだろ?」
「おんなじ物を大量に延々と作ってるだけさ。」
「手の込んだものは貴族お抱えの職人が一点もので作るからクソ高価で、しかもそれっきりだ。」
「いろんな工房が一緒になってるんだな。面白い。」
「そしてあの触媒魔法炉、誰が魔力込めてるの? そんなにいっぱい魔道士居るの?」
そうか、普通の触媒は魔道士が魔力込めてるんだっけ?
この街で使ってる触媒は先生が光熱再変換魔法陣を組み込んであるから魔力込める必要がない。
人間エアボウド導師の方が年長に見えるけど、もちろんドワーフのおやっさんの方が年上。
「俺もここで雇ってくれよ、おやっさん。」
「え?」
戸惑う、おやっさん。
「いや、…魔道士は…足りてるかな、ディスカムとも契約したし…」
「え?」
「じゃ、じゃあ、救護院はどうです? 治癒魔法も得意ですよ、組合長。」
「え?」
戸惑う、組合長。
「いや、…術士は…足りてるかな、デイヴィーも復帰するって言うし…」
「え? え?」
焦る大導師の背中をぽんっとたたいたキラすけ。
同情したような、お前も不幸になれってような表情。
ああ、お前らも最初この街に来た時そんな感じだったもんな。
だが、意外と雇用にはシビアだ、みんな。
そういえば、ビクターさんも姪のアイワさんを臨時雇い扱い。
正社員のアトラックさんとは扱い違う。
仕事の無いときは救護院で非正規雇用で働いてるアイワさん、将来が不安。
夕方で、食堂に灯りがついた。
「え? 何? この灯り、全部触媒魔法?」
「贅沢すぎない? え? 量産? 光を魔力に再変換? マジか!」
驚愕! 大賢者。
やっぱり、見る人が見ればすごいことだってわかるらしい。
「すごいじゃん、エルディー。王都で大々的に売り出せば大儲け! みんなも大喜びだぞ!」
「…まあ、そうかもしれんが…魔道士の半分は失業するんじゃないか?」
「ああ、うーん…」
技術革新、難しい。AIに仕事奪われる問題。
料理が出て来た。
「おお、美味そう! 旅の間は乾燥豆のスープばっかりだからなー」
俺は食事できないんで、よくわからないが…
何かのお肉。シチューとお粥の中間的なもの。とパン。
お肉はジビエ。小麦|(っぽい何か)とかお米|(っぽい何か)とかは町周辺の畑。
みんな揃って食べ始めると…生臭賢者の箸が止まった。ま、使ってるのはスプーンですが。
「何? これ? 特別メニュー? え? 日替わり定食?」
「みんな毎日これ食べてるの? 地元食材?」
あれ、口に合わなかった? いや、美味すぎってこと?
「どうゆう事かな? 説明してくれるかな、エルディー?」
「え? な、な、なんで私かな?」
「こんなことするの、お前さんしかいないだろ!?」
え? 何? また何かやらかした、先生?
「穀物に含まれる魔力がむっちゃ濃い!!」
「こんなの毎日食べてたら、もりもり魔力が強くなるぞ。」
「え? ええ?」
おやっさん始め、みんな愕然。
「どういう事じゃ? エルディー。」
「い、いや、そのーぉ…」
組合長が思い当たった。
「そういえば、街を開いたとき、農地改良の魔法があるって…」
「あの後、収穫量が3倍くらいに増えましたよね…すごいもんだな、と思ってましたが?」
「先生?」
「導師?」
「エルディー?」
「い、いや、その…普通に農地改良の魔法陣を配置したんだけど…」
「いちいち魔力込めるの面倒…大変だから、受光魔法陣をね…組み込んだんだよ…」
触媒に使われている受光魔法。
燃料を燃やした光を魔力に再変換して魔力補給なしで作動し続ける。
特に、太陽の光を受けると、「太陽の恵み的な何か」を魔力に変換するのですごく効率がいいらしい。
「気づいたのはだいぶ後なんだけど…思ったより魔力の貯まり方が良くて…」
「作物に残留しちゃったって言うか…」
「何で言わなかった!?」
「いや、気づいたのがー、あのー、識字騒動のすぐ後でー」
睡眠学習魔法で町民全体に文字学習させちゃった事件。
「今、言ったら火あぶりかなー、って…思ってー」
「もう少し後で言おうかなー、って…」
「みんな、健康には問題なさそうだからー、このままでもいいかなー、って…」
先生ぇ…




