特訓するよ
さて、次の日。先生の前に整列する3人組。
プラス、ベータ君。
髪を切って意気込みを見せるディスカム。
対照的にしょんぼりなキラすけ。
動きやすい恰好を、と言うことでお気に入りの黒ドレスをはぎ取られた。
ざっくりシャツと短パン姿。【黒い宝玉】の面影なし。
髪をまとめるのに鉢巻きしたもんだから運動会の小学生にしか見えない。白組。
「我はこんなの…白いのはダメなのに…」
こいつのこだわりってどこから来てるんだろう?
「よし、揃ったな。」
仁王立ちのエルディー先生。
なぜか、どこからか持ち出した竹の棒。
体罰竹刀鬼コーチ状態。やる気の現れ、と好意的に解釈しよう。
「おまえら、ローデングの長呪は言えるな?」
「はい!」「う、うん」「…」
ディスカム、いい返事。こういうの好きなのか? 体育会系Mか?
そして、マビキラ、いい返事じゃない…怪しいのか?
「ローデングの長呪」とは詠唱魔法の基本。効果は体力の回復。
もっとも、効率は悪く詠唱にかかる体力を回復するくらい、と言うプラマイゼロ呪文。
詠唱に1分もかかるというへっぽこ呪文である。
寝酒魔法談義で先生から聞いた。
ただし、長いのはその中に詠唱魔法に必要な発音や韻がすべて含まれているから。
魔法における「いろはにほへと」とも言うべき存在。
「よし、やってみろ! えーと、マビカ!」
ぎくり、指名に緊張するマビ公。
「えー、じゅげむじゅげむごこうの…」
おい! 翻訳システム! おい!
てきとーこなすな!
『どうでもいいじゃないですか、こんなの』
なげやり、投げやりだ! ナビ君。
何とか最後まで唱え切った、マビ公。2回くらいつっかえたけどな。
「うーん…、まあいいだろう。じゃあ、走れ!」
「へ?」
「導師、それはどう言う…」
「つべこべ言うな、あの木まで全力疾走して往復!」
「は、はいい!」
ダッシュ!
「ベータもだ!」
「ええ?」
「お手本見せろ。」
「わ、わかりました。」
ベータ君もダッシュ!
ディスカム、速い。マビ公、意外と早い。キラすけ、予想通り遅い。
ベータ君に追い抜かれた。
トップのディスカム、息を切らして戻ってきた。
「よし、長呪!」
「え、ちょっと…待って息が…」
「始めろ!」
肩で息をしているから、上手く呪文がつなげない。
ベータ君が到着。マビ公も追い抜いた。
「よし、ベータ、長呪!」
「はい。」
同じく肩で息しているのに、見事に呪文がつながっていく。
むしろ、平常時のマビ公より早い、上手い。
マビキラも到着、こっちもまともに呪文にならない。
って言うか、息が上がって始めることすらできない。
「ど、どういうことですか?」
ぜーぜー言いながら驚くディスカム。
「呼吸法だよ。普段から呪文の韻と同じリズムで呼吸する。」
「運動しても同じリズムでテンポだけ速くなるように訓練しているから息継ぎが乱れないんだ。」
吸う回数、吐く回数が決まっている。
「普段の呼吸、運動した時の呼吸もこれを習慣づける。」
「寝てる時もこうなるまでやるんだ。」
ええ?って顔になる3人。そりゃそうだ。これきついわ。
「まあ、実をいえばこの呼吸。エルフにはわりと普通の呼吸だ。」
「そうなんですか?」
「10人中7人は運動時はともかく、平常時このリズムで呼吸している。」
「エルフの方が魔力が強いって話、聞いたことあるだろ。」
「はい。」
「あれは嘘だ。実際はこの呼吸法の違いでエルフの方が呪文を唱えやすいってだけだ。」
「ええ! そんな!!」
愕然となるディスカム。次々常識がひっくり返る。
「人間とエルフで違いが出るのは詠唱魔法だけ。魔法陣や学習魔法では違いは出なかったからな。」
「でも、なんで…? 詠唱魔法を作ったのは人間でしょ?」
「うむ、私もそう習った。つまり、エルフ自身もそうだと思い込んでいる。」
「だが、実際に詠唱呪文はエルフ用に作られている。特に古い呪文ほどな。」
「魔道機文明を作ったのは人間、それは間違いない。」
「だから、魔法も人間が作ったとみんな思い込んでいるが、もしかしたら…」
呆然とつぶやくディスカム。
「魔法を最初に作ったのはエルフ…人間ではなく…」
衝撃を受けたらしい。黙り込む3人。
「ま、そういう説もあるってことだ。」
「この間、話に出たハイバンド、ベータの兄がそのこと調べててな。」
「各地の文献を調べるって出かけて行ったきり音沙汰無しだ。」
「魔道士ってより歴史学者だな、あいつは。」
「おっと脱線したな。」
鉄道は無いけどね、この世界。わかってるかね? 翻訳システム。
「人間にはきついだろうが、とにかく実戦では役に立つぞ。」
「はい、私について呼吸ー、ひっ、ひっ、ふー」
「ひっ、ひっ、ふー」
「ひっ、ひっ、ふー」
「ひっ、ひっ、ふー」
なんだか、妙な感じの教室とかセミナーみたいな感じになってる。
俺も見物だけしてるわけではない。
実のところ、俺の意識のメインは飛行ユニットに移っていた。
北遺跡、前方後円墳から飛び立つ。
まずは遺跡の調査、ナビ君に教えてもらいながら格納庫の位置を確認。
地下ではなく円墳の上部、先生が研究室にしちゃった空間の上に存在する。
まあ、飛行ユニットの格納庫なんだから、上にあるのは当然と言えば当然。
草を刈って土を払えば簡単に復旧できそうだ。
だが、そうすると北古墳の重要性が露わになる。
カロツェの隊商に紛れていた間諜のことを考えると、慎重になった方がいいのかな?
おう、カロツェ家といえば、お嬢様のご機嫌を治すためのイベント。
鉄蜘蛛の見物ハイキングの事前調査を先生に頼まれてたんだった。
一気に上昇する。
実は中途半端に低いと怖い。
地面が良く見えると墜落するイメージが鮮明に想像できるんだよ。
南の山に向かう。
高度を上げると、稜線を越えて向う山の山頂、さらにその向こうの基地局のある山が見える。
電波を感知。やはり、障害物の無い空中だと電波の到達距離が延びるのか。
獣機側に飛行中継局のテクノロジーとかあったらまずいよな。
はて? この外部接続デバイスの通信てどういう原理なんだろ?
電波じゃないみたいだし? 到達距離は?
よし、テストだ。ついでに中継局も破壊できるんじゃね?
と、思ったら警告が
『外部接続の限界距離に近づいています』
あー、やっぱ無理か。半径20~30㎞くらいってことか。
ネットワーク化されていない通信だとこんなもんか。
待てよ? 本体を輸送するモードがあるって言ってたな。
それなら通信距離を気にせずどこまででも飛べるんじゃないか?
『古の法と協定に基づき飛行可能空域が設定されています』
『防衛のために必要最低限の空域のみ飛行が可能です』
え? 何それ? 「古の法」? 「協定」?
憲法9条みたいなのがあったのか?
うーん、確かにこの世界でこの魔道機体の性能は桁違い。
制限がかかっていたとしても不思議がない。
男湯岩や遺跡の地下にも封印がかかってたしなあ。
まあ、贅沢は言うまい。
今は事前調査。
鉄蜘蛛を確認。動いてはいないな。
周辺とレガシからのルートを確認、地形を記録する。
精密な3D地図が作成される。これで、迷ったり遭難したりはしないだろう。
遠足のしおりとか作った方がいいかな?
3人組の修業は護符ディスクの扱いに移っていた。
魔法陣を刻むまえの生ディスクを使って練習。
投げる、投げる、そして拾いに行く。
走って帰ってきてまた投げる。
「息が上がった状態でも狙えるように練習だ!」
キビシー、スパルタだよ、先生。
息があれると先生の叱責。
「呼吸、呼吸!」
たちまちヘロヘロに、主にキラすけが。
意外と体力あるのがマビ公。
だが、命中率はキラすけの方が優秀だな。
ディスカムはそつなくこなしている、と言うより…
「あれ? 何だかこっちの呼吸の方が疲れないような気がします。」
「ふーむ、エルフハーフだっけ。そのせいか?」
あー、つぶれた、キラすけ。
「よーし、休憩。」
ベータ君がハチミツ入りのドリンクを用意してた。
「まあ、こんな感じだな、もう何種類か練習法を教えるから、後は自分でやるんだ。」
「詠唱呪文の暗記も重要だぞ。まず、暗記しなけりゃ無詠唱も使えんからな。」
「ボク、苦手…楽に憶える方法ないかなー」
マビ公、早くも泣きが入ってるな。
「固有魔法持ちはなかなか効果が出ないからな、効果が出ないと憶える意欲も出ない。」
「だが、憶えてさえおけばある時期から急に使えるようになる。子供がしゃべり出す時と同じだ。」
赤ん坊は見るもの聞くものすべてを記憶している、と言う説がある。
必要なこととそうでないことの区別がつかないからだ。
言葉の意味は分からなくても聞いたものを記憶している。
成長して、意味との「関連付け」ができるようになると発語を始める。
発音自体はあらかじめ記憶済みなので急速に話せるようになる、と言う説である。
「うちの子、話すの遅いんじゃ…」
と心配していたお母さん。いざ、話し始めると大抵こう言う。
「も少し遅くても良かったかも、すっごいうるさい。」
そして成長すると不要な記憶は忘れていく。
もっと成長すると必要な記憶も忘れるようになるぞ、あーほら、アレアレ。
魔力のコントロールができるようになれば固有魔法以外も使えるようになるってことか。
「まあ、睡眠学習法と言うもあるが…」
聞いた、それ、おやっさんから。レガシ中の住民に識字能力を学習させちゃったやつだね。
「え、それ凄い、ボクもやりたい!」
「いや、ありゃ夢魔族が居なきゃ無理だ。」
「ぶほっ!」
キラすけがドリンク噴いた。何やってんの?
「夢魔族と言うのは?」
先生に尋ねる。やっぱりエッチな夢見せてくれるんだろうか?
すごく興味あります。
夢魔族はエルフとかのヒト族とはちょっと異なる。
哺乳類とか動物とかより妖精とか精霊とか寄りの種族。
半分、霊的な存在だが実際の生命活動はヒト族と大して変わらない。
理屈は不明だがヒト族と混血もできる。
「眠っているヒトに夢を見せることから、夢を投影する者とも呼ばれている。」
…あんま、縁起のいい名前じゃないな。
「絶滅危惧種だ。数が少ない。」
やっぱりね。
「淫魔とも呼ばれてる。淫夢を見せて精力を吸い取ると言われているが…」
「実は、それも迷信でな。」
え?
「ヒト族にそいつが望む夢を見せて、そこで生じる魔力的高揚を吸収しているだけだ。」
「ヒトの望む夢というのが、そんなのばっかりなんで結果的に淫夢を見せてるだけという…」
ええー? 何てこったい! エッチなのはサキュバスじゃなくてヒトだった!
「じゃあ、エッチだって言うのはウソ?」
マビ公、興味あんのか? エッチに。
そういや、初めて会った時、妙な事口走ってたな。
むっつりか。
「エッチかどうかは、種族じゃなく個人の問題だな。」
「うーん…」
ディスカムが、複雑な顔。気持ちわかるぞ。
「なんだ、ディスカム、夢が壊れたか?」
「い、いえ、そんなことは。」
サキュバスは男の夢だからね。
でも、むっつりレベル低いよなお前、考えてること丸わかりだぞ。
「しかし、霊的な存在なのに混血が可能なのですか?」
遺伝子的にはどうなってんだ?
「ま、生物学者に言わせると、人間とエルフの混血だってあり得ないそうだ。」
「は?」
あせるディスカム。先生が後を続ける。
「ところが実際には魔力を行使できる種族同士だと普通に子供が作れる。」
「実際見たことはないが、女同士でも可能らしい。」
ええー? 百合妊娠、すげー!
「男同士は?」「男同士は?」
ふんすか、マビキラ。何? その意気込み。オメガバースか。
「男は無理だろ、子宮がないしな。」
そりゃそうか。
この世界の交配は単に生物学的なものじゃなくて、霊的、魔法的な要素があるのか。
あれ? だったらロボでも希望あり?
……いや、その前におティンティンがないんですけど……




