お姉さんに絡まれるよ
さて、いろいろあって、仕事が全然進んでない。
ベータ君が帰り、先生がベッドに入った後、俺は外に出る。
センサーをフル稼働。月が出ているので行動に支障はない。
月? 俺の知ってる月だよなあ…あれ。
ここ、地球? 過去? 未来? パラレルワールド?
夜を駆け抜けて山頂へ。ビームで腰を打ち抜いた獣機2体を探す。
記憶、ではなく記録をたどって放置した場所へ。
いない? 帰還モードで動いたのか?
女湯獣機に比べれば、むしろ破損は少ないくらいだから動いても不思議はない。
だが、腰関節が壊れた状態で移動できるのか?
谷向うの山へ向かう。途中、転落した鉄蜘蛛をチェック。
こちらは動いていない。半ば崩れた岩に埋まったまま停止。
山頂へ向かう。
骸骨塔は破壊したが、向う山の山頂付近はまだ圏内。
電波が届いている。護衛獣機も無傷のはず。
配備されたままなのか?
それとも、健在な骸骨塔まで引き上げたか。
山頂へ到着、圏内に入ってアンテナが立った。
周囲を観測。電波発信体はいない。獣機は引き上げたようだ。
基地局再建の動きもない。
次の基地局までは…遠い。地理や街道の情報もない。
準備なしには無理か…
『ピロリーーン』
メールがきた。圏内だからな。差出人は【上位存在】
前回は無かった宛先がある。一斉送信じゃないってこと?
「守護魔道機体」様 俺宛て? 「様」??
ウイルスチェック。問題なし。強制力とかも存在しない。
開ける。
「助けて」
???
エルディー先生が目覚める前に家に戻った。
ぐじぐじ目をこすりながら起きてきたよ、先生。
「昨夜は動いてたようだな…」
「お気づきでしたか。」
「まあな、」
昨夜、確認したことを報告。メールについては、
「獣機側も一枚岩ではないのかもしれんな。」
「まあ、ヒト族みたいな”社会”があると仮定しての話だが。」
「どっちみち、向う山のさらにあっちと言うことになると勝手に動きまわるわけにはいくまい。」
「そうなのですか?」
「一枚岩でないのはこっちもだよ。」
パンツは昨日受け取った新品、緩んでない。キリッ!
「カロツェ家と相談してみるか…」
「工房と取引してる商人だ、人間国のな。」
「支店、と言うか、別荘みたいのがあってな、手広くやってるから…」
ベータ君が持ってきてくれた朝食をとってから出かけることに。
「カロツェ家に行くとなると…先に服飾工房に寄って服を借りるか…」
服飾工房と聞いてベータ君がビクッ!
「ぼ、ぼくはヘリカル書の復習を… ユーロデの章が完璧じゃなくて…」
逃げ。逃げだ! 逃げを打ったぞ。
「うん? まあ、ここ数日それどころじゃなかったからな。」
「いい心がけだ。」
そうじゃない! そうじゃないんですよ、先生!
ああ、話したい。
先生とお出かけ。
だが、筋肉痛が残ってる。
特に下り坂がきつい。う、とか、いたた、とか言いながら。
街までは下り、頑張ってください。
「救護院に寄っていきたいのですが?」
「デイエートか、いいだろう。だが…」
「わたしはやめておく、遠回りしたくない…」
服飾工房で落ち合うことにして別れた。
「イーディが大丈夫だって言うんだから、今更私が診てもな。」
膝がくがくですよ。自分には治癒魔法効かないんですか?
「病気じゃないからな、効き目が悪いんだよ。」
デイエートの病室に。お兄ちゃんがいたぞ。
「ハイエートさん、デイエートさんおはようございます。」
「アイザックさん!」
お兄ちゃんが立ち上がる。深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。この御恩は、けっして…」
あせる! そんな大げさな。
「顔を上げてください。」
「一緒に戦ったのは1日だけですが、妹さんは私にとっても大切な方ですから。」
「そんな風に言っていただけると、うれしいです。」
妹エルフが顔赤くしてるのはなんで?
「ぼくにできることがあれば何でも言ってください。」
「いずれ、お力をお借りすることになるかもしれません。」
兄エルフの顔が引き締まる。
「獣機関連、ですか?」
「はい。」
「わかりました。」
妹エルフも加わってくれるとありがたいが…
「デイエートさん、お加減はいかがですか?」
「もう、大丈夫。明日には家に帰る。」
そうか、よかった。
「そういえば、昨日…」
ん? 何、妹さん?
「ベータ君が女の子の格好してたって、話…」
ガタッ! 兄エルフが動揺!?
「ベータ君が? 女装?」
なんで知ってるの? 情報早いよ! 早すぎ!
黒エルフだな、口が軽いぞ! 尻も軽いに違いない、きっと!
「アイザックも見たって言う話を聞いたんだけど?」
その話はあまり広げないで…手遅れだよね。
言っとくけど、注文服の具合を見るためで、身長がちょうど良かったからで…
事情を説明するが。
「で、見たの? どうだった?」
「ええ、見ました。それはもう、素敵でしたよ。」
うん、あきらめた。正直にね。
「そうかあ、あたしも見たかった。」
「ぼくも見たかったですねえ…」
ん、兄エルフ?
「見たかったなあ…………」
椅子に座ったままうなだれて、両手で顔を覆う。
「見たかった………」
「ハイエート、さん?」
「お兄、ちゃん?」
は、この話!
「デイエートさん! この話、イーディさんも知って…」
「あ、」
妹エルフも事態に気付いたようだ。
「きょ、今日は帰った方がいいかも…」
「そ、そうですね。それでは私はこれで…」
はい、遅かった。病室のドアが3分の1ほど開いています。
その隙間からイーディお姉さんの姿が縦半分ほど見えてますね。
「ベーーータの話があ、聞こえたあーーー」
ひいいいー!
俺は空き病室に連行された。
昨日の話を根掘り葉掘り聞かれた。
恨み言、言われた。理不尽。
「なぜ、私を呼んでくれなかったのです。」
いや、無理だよね。
「なぜ私はあなたじゃなかったんですか。」
ベッドの足をがんがん蹴る。
「そんな大事な時に私は、患者の治療などと…無駄な時間を…」
おいおい。
ついうっかり予定を話してしまう。
服飾工房へ同行すると主張。仕事は?
「任せた!」
院内にも情報は流れていたようだ。仕方ない感。
鬼人のお姉さんが肩をすくめて、見送ってくれた。
「その服を見れば…脳内補完で合成…」
なんか、ぶつぶつ言ってる。
助けて! 先生!
まっすぐ服飾工房へ、と思ったらタモン兄貴と遭遇。
「おー、アイザッ…」
イーディお姉さんにギクリ。
「う、もしかして女房から聞いた昨日の件?」
「はい。」
まだ、ぶつぶつ言って周りの見えてないお姉さんを避けて小声で会話。
「しかし、昨日あそこで別れなければ俺も見れたわけか。」
「ベータの女装、惜しいことをしたなあ。」
なんだい、アニキもいける口?
さすがタモン将軍、武張っただけの戦士とは違う。
もののあはれ、風流と言うものを解する、やまとごころのある武将ですよ。
「まったく、惜しいことをした。」
ちょっと残念がり過ぎじゃありませんかね?
ダットさんに言いつけますよ。
「行きますよ。」
ガシッと掴まれた、お姉さんに。
「そそ、それじゃ、またな。」
アニキ、足早い。
服飾工房へ入ると、先生がお茶飲んでた。
「おお、来たか…イーディ?」
「どうしたんだ? なんでアイザックと一緒?」
先生はまだ知らない様子。
エルフ妻が奥から出てきた。
「あちゃ! イーディ道士。」
「ダットさあぁーーーん」
「聞いちゃったか。」
「弟さんのことは…まあ、勘弁してよ。」
「とりあえずはベータに着せたという服を見せてもらいましょう。」
事情を解さない先生が、置き去り。
「え? 何? どゆこと? ベータ?」
「なぜ、言わなかった?」
いや、先生。
いや、ベータ君に口止めされてましたし
「お前だけ見たなんてずるい。」
「まったくです。」
そんなこと言われても
「あそこでこのヒトが来なければこれも着せようと思ってたしー。」
黒エルフ、デイシーシー、勝手なことを。
「おおー、これも可愛いな。」
「まったくです。」
「まったく、間の悪い奴だな。」
「まったくです。」
お姉さん語彙が少なくなってる。
脳内フォトショップの画像処理にリソースが食われてる模様。
「なんとか、もう一度……」
女性陣、一斉に黙り込んだ。陰謀、陰謀がめぐらされているぞ。
逃げて、ベータ君。
俺は記録してあるからいつでも再生できるもんね。
出力する方法がないんだよね。この機体、この世界。
ああ、残念。残念残念。
「で、エルディー導師、今日は?」
「ああ、ちょっとカロツェ家に用事が出来てな。」
「それ用の服を借りたい。」
「以前、使ってたのと同じ感じで?」
「ああ、頼む。」
以前?
「家庭教師をしてたことがあってな、あそこの娘の。」
家庭教師? 先生が? 女の子の?
いや、大丈夫なんですか? それ。
むしろ教育に悪いような気がする。主にガバガバ方面で。
「湯浴みもして行きたいところだが。」
「お風呂、男湯しか使えないしー」
そんなに気を使うほどいいお家なの? お貴族様クラス?
「サイズは変わってないですね?」
「ああ。う? 変わってない…よな…」
大丈夫なんでしょうね、先生。
「揃えて浴場に届けさせますよ。」
と、ダットさん。
「浴場? 女湯は使えないんだろ。」
「この時間なら、何とかなると思いますよ。」
先生、お姉さんも一緒に浴場へ移動する…
と、待合室が作業場みたいになっていた。
建材や、壁紙。タイル。工具とかがムシロの上に置かれている。
んでもって、タンケイちゃん。
例のマッサージチェアに座って虚空を見つめている。
口も開いている。
「タンケイ?」
「タンケイちゃん?」
返事がない。
「タンケイさん?」
「ふひいっ、さぼってない! さぼってないすよ。おやっさん!」
飛び起きた! ぎりぎりだな、いろいろ。
落ち着いて、落ち着いて、いーじぃ、いーじぃー。
「あ、アイザックさん…導師も。」
「大丈夫か?」
「あんま、大丈夫じゃないっす。」
「修理か?」
「建材の準備は終わったんすけど、浴槽が乾いてからじゃないと作業が始められないんす。」
「ああ、それで… まあ、休める時は休め。」
「はいいー」
優しいね、先生。
「風呂なんだが…」
「ああ、男湯なら使えるっす。」
「休業ってことにして工房の従業員だけ使うことにしたんで。」
「男女時間制にしたんすが、仕事の終わらないこの時間ならだれも使ってないす。」
なるほど、そういうことか。
「イーディも入るか?」
「そうですね、せっかくだから…」
ギリギリ爆乳ドワーフもどうかな? ずいぶん疲れてるみたいだし…
「タンケイさんも入ったらいかがですか?」
「そっすねえ、その位、いいすよね、ね。」
「それがいいと思いますよ。」
「お前もだぞ、アイザック。」
は、何言ってんの? 先生?
「薄汚れてるぞ、おまえ。」
え、は? そういや、昨晩は走り通しで…
「あの家に行くんだから、少し綺麗にしていかないと。」




