召喚されるよ 後編
「ところで……眠るのかね? キミは?」
は? いきなり何?
「ここ2日、起動魔法式の構築に徹夜だったから眠いんだよね、私。」
勝手なこと言い出した。
そして、でっかいあくび。
「眠ることが可能かは、ちょっとわかりませんね。」
眠くはない、まあ、古代の遺物だとしたら何千年も眠っていたわけだしな。
「すまん、私、限界。寝せてもらう、寝るわー」
部屋の隅に仮設ベッドみたいな寝台がある。ふらふらとそっちへ…
豪胆だな、こんな得体の知れない機械の脇で寝るのか?
まあ、それだけ限界ってことか。
作業着的なものなんだろう、革のエプロンを外す。
下は、白い…白かったらしい前開きシャツ。シミやらなんやら付きまくり。
留めピンをはずし頭のお団子髪を下ろす。緩めの一本の三つ編みを丸めて止めていたわけか。
その三つ編みを右肩越しに前に垂らす。アップ髪の出来る女風だった印象が、ぐっと和らいだ。
年齢も下がって見える。それなのにほんわかと母性すら感じさせるたたずまい。
やるな。エルフ女史、モードチェンジ!
そして眼鏡を外す。
差分つきかよ! 妄想捗るわ。
革製らしいズボンのベルトを緩めると、前開きシャツをガバッっと…脱いだ!!!
そ、そんな大胆な!! ロボとはいえ男の目の前で……
……
目の前、じゃ、ない?
エルフ女史の位置は俺の右斜め後ろ。そして俺は絶賛拘束中。首も固定されている。
どう見ても見えない角度。
そう言えばさっき、周りを見渡したよな、俺。どうやって??
見えている、全部。上下左右360度、全天視界!
視覚センサーが前面だけじゃなく、後頭部や、おそらく頭頂部にも配置されているんだろう。
意識を集中した部分を「見ている」と感じたわけか?
では、目|(みたいに見える部分)は何のため? 単なる擬人化か? でも、それなら鼻や口は?
と、言うようなことは後から考えた。
今は、おっぱいに夢中w
前開きシャツの下は、下着らしい丸首袖なしシャツ。
伸縮性はないらしく、脱ぎ着しやすい大きめのつくり。
首も脇もたっぷりゆとりがあるので、チラチラと肌がのぞいている。
そして、でかい。
布地の下でもはっきりと存在を主張するふくらみ。
今の俺とは違い、拘束されていないそれはエルフ女史の体の動きによって、
シャツの下であっちにゆらり、こっちにゆさりと!
そして、さらに、肌シャツ脱いだぁー!!! 解禁ンーーー
腕をクロスして、まくり上げ、一気に頭から! …脱げないな。
三つ編み、引っかかった。
髪、下ろすの、脱いだ後にすればよかったんじゃないかな?
もがく。
もちろん、おっぱいはむき出し。なのに、顔はシャツで隠れているという、なんだか背徳的。
なんという素晴らしい光景。
ああ、記録したい。この瞬間を永遠に。
カメラアプリが起動した!
何を言ってるかわからないと思うが、俺にもわからない。
だが、これは確かにスマホ風カメラアプリ。
盗撮? これは犯罪。でも、異世界だしー、俺、ロボだしー、人間の法律は適用されないよね。
こまけぇことはいいんだよ!! ポチッとな。
「カシャッ!」
ノオオオオォーーー!
「ん、何だ? 今の音?」
なんでシャッター音が? 設定!設定!
カメラアプリか? 本体設定か?
シャッター音設定、あった! on-off
グレーアウトしている… 操作できない! 日本か!! 国内仕様なのか??
俺が日本人だからか?
俺は涙を流さない! 魔道機だから! ロボだから!
だが、もし涙を流せるとしたらきっと血の涙を流したことだろう。
俺は生まれて初めて|(たぶん死んでるけど)自分が日本人であることを呪った。
そうだ!! 動画!! 動画だっ!
動画ならシャッター音関係ない。しかもゆれゆれゆさりも記録可能だっ!
動画撮影開始!
ここまで0.5秒。思考速度速い! 脳か? 脳が違うから?
「何か変な音がしなかったか?」
セーーーフ!
たぶんこの世界にはカメラがない。シャッター音が何かは、理解されてない模様。
「さあ、私にもわかりません。」
そらっとぼける。
エルフ女史、なんとかシャツを脱ぐことには成功したようだ。
革ズボンを下げる。
おおお… 思わずワインを飲んだ人みたいな感慨がこみ上げてくる。
下穿きは、なんだかヒモパンとフンドシの中間みたいな感じ。
そして… またズボン上げる。靴、脱いでないよね。やり直し。
結構がっしりした足首まである革靴だ。保護シューズみたいな感じ。
上半身裸で靴紐を解いて脱ぐ。順番おかしい。だが、そこがいい!
ベッドに腰かけて前かがみ。おっぱいと重力の素敵なコラボ。
やっとこさ、脱ぎ終える。たぶん、足臭い。(2日徹夜)
立ち上がって、再びズボンを下げる。
おしりは小ぶり、ウエスト細い。っていうかちょっと痩せすぎじゃないですか?
あばら骨が浮いて見えるよ。
それなのに、おっぱいだけでかいってどういうこと? 豊胸手術?
そんなのがこの世界にあるとは思えない。
エルフだから? エルフだからか?
そう思ってみると、何だか微妙に違和感がある。骨格、筋肉の付き方…
やれやれ、という感じでエルフ女史、テーブルに移動。置いてあった水差しからカップに注いで水を飲む。
いや、そこ、俺の前側なんですけど? 360度視界使わなくても普通に見える位置なんですが?
俺から見えない位置だから大胆に脱いでるのかと思っていたが、どうもそうじゃないみたい。
まあ、ロボだからな。人間じゃないし、男女の区別もないっていうか…
恥ずかしがる必要なんかないってことなんだろうな。
男としてちょっと口惜し…くはないな。丸見えオッケー、ラッキー、ハッピー!
「ん?」
何? エルフ女史、俺の方を見て視線を止める。
「なんか、額の部分に…」
てとてとと移動してメガネをかけなおす。
ヌード状態でメガネ差分オン。ごちそうさま。
近づいてくる。
俺の膝に左手をついて身を乗り出すと、右手を側頭部にかけて額の鉢金的な部分をのぞき込む。
こうしてみるとけっこう身長差というか対格差があるな。
「んんん?」
伸びあがって、さらに片膝を拘束台にかける。ほとんど膝の上に乗って頭部を抱え込むような体勢。
目の前がおっぱいでいっぱいでおっぱいだ。
揺れた! ゆらりと! しかも横に!!
記録されてるかな? されてるといいな。
「なんか灯りが点いてるぞ、赤いのがぽちっと。」
「ゆっくり点滅しているぞ。」
ノオオオオオー!
録画ランプかよ!!! どこまでー!?
すごく焦る。でも口調は冷静。
「すいません、機能を把握できていません。」
嘘です。
「まあ、いい。邪魔になるほど明るくないしな。みんな明日、明日、」
エルフ女史ベッドにもぐりこむ。
毛布をかぶって丸くなると手だけ出して変なジェスチャー。
壁に設置された白い炎のランプが消えた。魔法リモコンか? 便利。
「明日、あし…た…」
早い、もう寝息。
アスタマニャーナ、おやすみなさい。いや、メガネかけたままですよ。
さてさて、一人で自己チェック。
暗くなっても見える。増感処理? 赤外線? 違うな。もともとのセンサー感度が高いのか?
360度視界を実現するだけの多数のセンサーが配置されていて補完処理を行っているのかも?
さてまずは、さてもとりあえず録画内容の確認だっ!
えーと、どうしたら? おお、メディアプレーヤーが立ち上がったぞ!
再生オン!
ああ、映ってる映ってる、ゆれゆれが。うーん感激。
映ってる? ていうか… 再体験してる感じ?? タイムスリップしてるみたいな?
いかん。これいかん。現実と妄想の区別つかない人みたいな感じになっちゃうぞ。
録画しておいたニュースを見る感じ。昨日の天気予報。
インターネットで「新製品」のレビュー記事読んでたつもりが、一番最後に出てきた日付が2年前みたいな。
2年前のコメントに返信しちゃったよ、恥ずかしいな的な。
日付は最初に書こうよな。
ウインドウ表示みたいな感じにならないか? なった。
便利だわ、この魔道機体。
しかし、なんでいちいちスマホ風とかパソコン風なんだ?
さて、設定を見直す。デフォルトのまま使わないのが鉄則。
そもそも、デフォルト=初期設定て翻訳がいかんのだよな。
辞書では「契約不履行、果たされていない約束」だもんな。
つまり、「やるべきことがやられていない」状態。
「初期設定」ではなく、「未設定」だろ。
初期設定だと「標準設定」との差異が曖昧だろ。
だからパスワードを「デフォルトのまま使ってる」とか言うやつが…
いかん、いかん。年寄りの愚痴。そんなこと言ってる場合じゃないわ。
翻訳、そうか! 翻訳機能だ。
異世界言語を日本語に翻訳するシステム。
他言語に含まれる概念を自国語に翻訳するのは非常に困難。
明治の学者さんたちは、欧米から入ってくる新しい概念を日本語で表現するために新熟語を創造した。
科学・哲学・政治・宗教用語、あらゆる分野における新しい日本語は膨大な数に及んだと言う。
表意文字である漢字ならでは、だな。
それでも「プライバシー」とかはうまい熟語が作れなくて取り残されちゃったけど。
異世界言語の概念を近しい日本語に当てはめて『魂』である俺に伝達する。
そのシステムが、この設定機能にも働いているんだ。
この機体が本来持つ機能・操作体系を『俺』にわかりやすいように翻訳しているんだ!
スマホやパソコン風に? ちょっと情けない気分。
シャッター音が消せないのも俺の潜在意識が原因てことか。
まあいいや、えーと、とりあえずスリープは… 電源管理?
あった。いや待てよ、復帰条件はなんだ? マウス? キーボード? 指紋認証?
復帰できなかったらどーすんの? 文鎮化? 文鎮ロボ?
パスワードを入力してくださいとか? ネット認証が必要ですとか言われたら…
怖い、スリープは一時保留。あ、これ、タイマー!
2時間後に覚醒にセット。覚醒時の認証要求の設定がある。これをオフ。
寝れるわー、これでやっと。必要かは知らないけど。
ん、何だこれ? マルチタスク? ちょっと意味わからんな?
これは後回し。
ああ、うん。もう一度、おっぱい見よう。
ああー、エルフ女史のおっぱい、いいわー。
ん、いや? 下穿き、ゆるめで股下に隙間が?
もっと近くで… おお、ズーム! 再生時でも効くのか! 解像度高い。
あれ、すべすべ? 無…
ううーん、興奮す… しない?
何だろう? すごく冷静。もどかしさがない、って言うか…
美術品を愛でるような…
女性に性的興奮を覚えることを、「劣情を催す」と表現するけど、その「劣」がない感じ。
なんだろ? この違和感。
………
ああ、そうか。
俺はわかった。
理解した。
理解したくはなかったなあ…
おティンティン付いてないや、この機体
付いてませんでした。