夕陽までガマンするよ
人間至上主義者メギドス団の残党、女魔導師を無力化。
ルミごんの状態をチェックする。
意識を失っているが、命に別状は無さそう。
ほっとしたが……
…これ、怒られるよな?
クオリア奥さまの信頼を裏切ったし。
大事な孫娘にケガさせたとあってはメガドーラ女王様のお怒り必至。
エルディー先生からもお仕置きされること不可避。
妹のキラすけからも見下げられるに違いない。
イーディさんに治療を頼んだら冷たい目で見られる。
ベータ君からも軽蔑されちゃうかも……
ちがうんですよ! みんな女騎士のせいですよ!!
アイツがケツを突き出さなきゃこんなことには…
うわあああー、どーするよ!!
証拠隠滅…なんとか…
「治癒魔法を使える人はいませんか?」
切実! だが、商人も関所兵士も首を振る。
自分の怪我くらいは血止めとか出来るヒトは多いけど、人の治療とかは難しい。
正式の魔道士でも誰もができるわけではないと言う。
俺も何度もチャレンジした。
デイヴィーさんがマビカに講義しているのを聞いて、勉強したし。
イーディさんや先生が治療してるのを見て学習しようとした。
でも、ダメでした。
俺は攻撃されたらその魔法を学習出来る。
理屈から言えば自身を治療してもらえればいいはず。
でも、俺、生き物じゃないし!
治癒魔法や回復魔法の対象になるのは不可能。
ルミごんのけがは火傷。
それも浅達性Ⅱ度の熱傷。
痕が残るかもしれないよなー。
それに、なんといっても痛い!
神経には損傷がないだけに、このレベルの火傷が実は一番痛い。
ああ、治癒魔法が欲しい!
『ピロリーーーン!』
お、おおお?
『治癒魔法、回復魔法を習得しました』
おおおーキター!
でもなんで? 今までいくらやってもダメだったのに。
『アンチエイジング魔法ですよ』
『先生が本体を通じて増幅魔力を送りましたが』
『あれを解析学習して習得に至りました』
そうか、アンチエイジング魔法は回復魔法に近いって先生が言ってた。
クーパー靭帯の修復とか、治癒魔法の応用だし。
やったー! 発動!!
青い魔法陣が発生、以前のデイエートの治療を記録してある。
電撃と蒸気の熱傷を治療。
見る見る傷が癒える。
普通の治療術士だと魔力の量を考えないといけない。
でも、もともと俺の魔力量は桁違い。
全力で治療だ!
火傷がすっかりきれいになった。
意識を取り戻すルミごん。
「う? うがっ?」
「お、お前、治癒魔法使えるのか?」
「ええ、まあ、一応は。」
まさに今使えるようになったとこですがね。
身を起こし、立ち上がるルミごん。
「ワタシは使えない…」
下を向いて唇を噛む。
「え? いや、ルミナさんの年齢では…」
治癒魔法はむずかしい。
魔法学園を卒業しても使えない魔道士が多いと聞く。
「そんなに急がなくても…」
「ダメだ! そんなんじゃダメだ!!」
「負けた! また負けた!!」
地団太を踏む凶暴令嬢。
「あの女魔導師はマスター級でしょう。」
おそらく、至上主義者集団の魔法部門No.1
魔法封じ印とか、彼女のオリジナルだと思われる。
「負けたからと言って、恥じることは…」
なぜルミごん、そこまで強さにこだわるのか?
「ぐるるる! 強くなきゃダメだ!!」
こぶしを握り締める。
「強くなきゃ、守れない!!」
「母上も、兄上も! トリニートも……キララも!」
「サターナ母様だって……」
………そうか。
バッソ兄弟襲撃事件の時、ルミごんも一緒に居た。
大けがをして意識の無かった兄弟と違って、ルミごんは見ていたんだ。
瀕死の二人を救うために、限界を超えて回復魔法を使うところを。
そして、夢魔族として身体の一部、霊体部分を失うところを。
サターナさんは、兄弟に負い目を感じさせないため、娘にわだかまりを抱かせないため、事情を秘すように遺言したという。
実際、キラすけは病死だと思ってる。
子供たちのうち、トリルミナ…ルミごんだけは知っていたんだ。
母上クオリアさんの恋人、キララの母の死の原因を。
それは誰にも言えない秘密だ。
心の中に秘めた思い、悲しみ。
二度と繰り返さないために、自分が全てを守るため、強さに執着したのか。
剣術を学び、魔法を学び…周囲への攻撃性もそのためなのか?
なんて健気なんだ。
ぎゅっと拳を握り、うつむいて肩を震わせるルミごんの後姿。
その小さな体を抱きしめてやりたい。
……まあ、実際やったら「事案」なんで……やりませんがね。
縛り上げた女魔導師と操縦者をゴリアテの腕にぶら下げる。
ゴリアテの操縦は俺もマスターしてますからね。
そして操縦器は、【収納】
この機能もけっこう謎。
収納できるのは身長サイズくらいまで。
あんまでかい物は入らない。
…そんな大っきいの入らないよぉ…的な。
液体がそのまま収納できたりする。
…キミのでおなかタプタプだよ、…的な。
『キモチ悪いですよ』
おう、ヘルプ君、ごもっとも。
でも他の物が濡れたりするわけじゃない。
ベータ君の器機召喚に近いものらしいけど。
【収納】された物がどこでどうなってるのかは不明。
穴だらけになったもう一人の処分は関所の兵士におまかせ。
関所の現状については節度ある行動をお願いする。
ルミごんは大貴族の娘さんだから一般兵士にはプレッシャーになる。
俺もタモン将軍の名前を出して兵士たちを牽制。
しばらくがまんしていれば、兄貴やクリプス店長騎士がなんとかしてくれるよ。たぶん。
「こいつらはどこへ逃げるつもりだったんですかね?」
王都に戻るわけにはいかないだろうし。
「うが、この女は旧首都市の貴族に仕えていた魔道士だ。」
「旧首都市に逃げるつもりだったんだろう。」
軍用獣機を手土産にすれば、さぞや歓迎されるだろう。
ビームガン、操縦技術もけっこうなお土産だよな。
でも、なんで逃亡中の至上主義者が柵の建設を手伝ってたの?
「金が必要だったみたいですよ。」
兵士が教えてくれた。
ああ、ここから旧首都市までは2~3週間かかる。
路銀が必要だったんだな。
関所が徴収した通行料の上前をはねようとしたのか。
しかし、途中ゴリアテの巨体をどうするつもりだったんだ?
駐車場とか困るだろう。
だが、旧首都市の魔導師が至上主義者のバックにいたとは…
きな臭い!
と、そこへ。
『あ、いたいた』
あれ、その声、ミネルヴァ? 近くに居るの?
『違いますよ、大街道の通信機能を試験的に運用しました』
『大街道上なら長距離でも魔道機通信が使えます』
おお、やった。現在位置わかる? 早く迎えに来て。
『何やってるんですか、ホントにもー』
いやいや、俺は悪くない! 俺のせいじゃないよ!
アンパンケツドン女騎士のせいだよ!
『ルミナは無事なのかの?』
おっと、その声、メガドーラさん。
「無事です、ちょっとトラブルは有りましたが…」
「今つなぎますね。」
俺本体のスピーカーを使って夢魔女王の声を出す…と変だよね、やっぱ。
通信をルミごんにくっついているカナちゃんに投げる。
「うが? おばあちゃんの声?」
びっくりしてんなルミごん。
俺は悪くないって言っといてね、お願い。
とかやってると、ゴリアテ操縦者が目を覚ました。
改めて見るとけっこう若い男だ。10代後半くらい? もちろん人間。
「う、あ、これは?」
隣に女魔導師がぶらさがっているのを見ると、大声でわめき出した。
「僕は悪くない! 僕のせいじゃないんだあああ。」
「みんなこのヒステリー女魔導師のせいなんだー!!」
こいつ、いきなり言い訳を始めやがった。
見苦しいやつだ。
『……』
え、何? ヘルプ君。
「僕はただ、この軍用獣機を操縦したかっただけで…」
「本当は至上主義とか、嫌いなんですよおー!」
「自由集落を攻撃するとか、聞いてなかったし!」
「逃げ出そうとしたところを、この女に脅されて!」
「もう一人はおっかない魔道器持ってるし!」
「行くあても無いし!」
「こいつらが旧首都市にコネが有るって!」
「仕方なくついて行くことに!」
べらべらしゃべってくれるけど、あまり重要な事は知らなさそう。
スカイエクソンが迎えに来たら一旦レガシに連れて行くか。
問題は女魔導師。意識が戻った後どうするか。
無詠唱魔法を使える魔道士を拘束するのは困難なのだ。
この魔法封じリボンだって、こいつ自身のオリジナルだとしたら、レジストされるおそれがある。
「うがっ、おばあちゃん、迎えに来るって。」
はい、解決ー。夢魔女王に【何とか】してもらおう。
ま、操縦器のない操縦者は害が無さそう。
ロープを解いてゴリアテから降ろす。
「えーと、僕の操縦器は?」
お前のじゃねえよ!
「あれは私が管理します。」
絶望の表情。
「うがっ、お前名前は?」
「僕はラシーバ、モアブ家で働いてました。」
以前から魔道機いじりが趣味だった。
それを見込んで軍用獣機の操縦者に起用されたという。
平民なので後方任務が主。
レガシへ攻め込んだ時も一番後ろにいた。
主に土木作業に従事。
「毎日毎日、荷物運びや工事ばっかりで…」
「僕が一番ゴリアテをうまく使えるんだ!」
「と、思っていたんですが…」
実のところ、戦闘は自動モードがあるけど土木作業は手動。
操縦がうまくなったのは土木工事のおかげ。
「バンカー様からは絶対、戦闘には参加するなって…」
「今にして思うと、逃げられたのもそのおかげで…」
「伯爵はご無事なんでしょうか?」
思わずルミごんと顔を見合わせる。
バンカー・モアブが死…消えたことを知らないのか…
返答をためらっていると、吊るされている女魔導師がうめき声を上げた。
「あいつは?」
「至上主義団体の魔道士で、ステビアとか言う女ですよ。」
「威張りくさってたやな奴です。ざまみろ。」
ニコニコ顔で上司ディス、部下にはしたくないタイプ。
「目を覚まされると厄介ですね。」
「ぐるるる、無詠唱の使い手だからな。」
「え? この際ひねってしまったほうが。」
さらっと怖いこと言うラシーバ。
「がう? お前の首もひねるか?」
「はうっ」
意識を取り戻したステビア魔導師。
しばらくぼーっとしたあと、周りをきょろきょろ。
自分の置かれた状況を認識したようだ。
「な、何だこれは!」
「ええ? あ、頭が痛い!!」
ええ、ま、ぶっつけましたからね、強く。
「く、くそ!! ほどけ! 降ろせ!」
「この、混じり物が!! ガラクタ魔道機めが!!」
口が悪い。
「うがっ! うるさいな! ガバガバビッチ! 」
「尻が軽いから吊るされてても楽だろ! がう。」
「ケツの穴と同じくらいスカスカの口は閉じてろ!」
「気体が漏れると臭いからな!」
何で、口の悪さで勝ってるの? ルミごん。
貴族令嬢にあるまじき罵詈雑言に絶句するステビア。
なんか反論?しようとしたけど…
「クソチビが! えーと…」
続かない。
「うが、ワタシを倒すとは魔法の腕は中々だったな。」
「さすが亀の甲より年の功、伊達に老け顔はしてない!」
痛いとこ突く。悪口野獣令嬢。
「ぐあわががが!」
ぶら下がったまま怒りに身をよじるステビア。
ルミごんがぐるぐる巻ロープから突き出しているつま先に触れる。
「睡眠導入!」
カックンと女魔導師の首が落ちる。
「スゴイですね、ルミナさん。」
「がう、直接触れれば、魔法は通じるな。」
これは便利。さすがはメガドーラさんの孫。
電撃とか衝撃とかで意識を奪うとうっかりすると死んじゃうからね。
でも、ルミごんは微妙な顔してる。
「どうしました?」
「ぐるる…これ、10分くらいしか効かない…」
え?
「おばあちゃんが迎えに来るまで…どれくらい?」
「レガシからだと…3、4時間はかかるかと。」
「が、う、う」
この後、女魔導師ステビアが目を覚ますたびにスリープ魔法。
夕陽が地平線に下がるころまで延々と繰り返した。
うんざり。何十回やったんだ?
途中、何回か俺からの回復魔法で魔力供紿。
俺もルミごんも、もう泣きたい。げんなり。
ゴリアテの脚に寄っかかって寝るラシーバ。
イライラする、コイツ!
「ぐるる、もう絞めちゃっていいんじゃないか? コイツら二人とも。」
「そうですね、そうしますか…」
いよいよ限界、怖い考えになったところで…
遂にスカイエクソンがやってきた。
アニメのオープニングみたいに夕陽をバックに。逆光。
いらんわ! そんな演出!!