荒野の用心棒するよ
砂埃混じりの風が吹く中、俺は寂れた街に踏み込んだ。
荒野の真ん中にひょっこり現れた街。
簡素な柵に囲まれ、中央広場の井戸を中心にわずかばかりの店や酒場、宿屋が並んでいる。
規模で言ったらレガシやミーハ村よりもはるかに小さいだろう。
それでも「街」と呼んだのは農村的な雰囲気が全く感じられないからだ。
山間地でいかにも農村て感じだったミーハ村とも、工房中心だったレガシとも違う。
宿場? とでも言えばいいだろうか。
だが、チャンバラ時代劇のそれではなく、西部劇っぽい。
そう、マカロニウエスタン。
自治組織とかは無いらしく、何の誰何も受けること無しに中央広場へ。
適当に目星を付けて酒場らしい建物に近づく。
いわゆるひとつのウエスタンサルーン。
例のあの扉を押し開けて中に入る。ビヨヨーン、バタバタ。
スイングドアとか言うらしいけど
意味あるんですかね? コレ。砂入ったりしない?
やっぱり酒場でした。良かった。
もし美容院とかブティックだったらどうしようって実はドキドキ。
ま、心臓はないんですがね。ロボだから。
ウエスタンとファンタジーが混じったような店内。
お客さん意外と居る。
格好を見るかぎり定住人と言うより、旅人っぽい。
いわゆる冒険者とか、傭兵とかって人たちか?
まあ、こんな大街道から外れた宿場町にたむろしている奴らだからね。
そしてもちろんみんな見るからにガラが悪い。
一斉にジロリとコチラを見やる。
今の俺はマント姿。
おやっさん製の高価な雀竜ウロコマントに質素な革製オーバーマント。
そしてすっぽりとフードを被って顔を隠している。
うん、痛い魔道士モード。怪しい奴。
バーテンというか店のマスター的な感じの人がいるカウンターに近づく。
マントの下で抱えていた荷物を下ろすとご主人に声をかける。
「何か飲み物と食べ物を頂けませんか?」
「ビールとシチューでいいか?」
「あー、いえ・・・アルコールの入ってない・・・」
と、いま下ろしたばかりのばかりの荷物がマントの裾から顔を出した。
「うが?」
凶暴小動物系令嬢ルミごん、ことトリルミナ・バッソ。
王国重臣、湾岸侯ベガ・バッソの三女。夢魔女王メガドーラさんの孫。キラすけの姉上。
小っこいのでカウンターの下に隠れてマスターからは見えてない。
「ウガッ! 肉だ!!」
ええっ?って感じでカウンター越しに見下ろしたマスター。
「えーっと…鳥でいいかね?」
「牛だ!」
正直、翻訳システムがどんな動物のことを言ってるのかイマイチ分かってない俺。
鳥とか牛とかが地球のと同じだとは限らない。
だが、ルミごん。王都の貴族の娘だから贅沢。
お高い肉を要求しているらしい。
「いや、牛は無いんだ。」
「ちっ!」
舌打ち! お下品!
ご令嬢、キラすけより年上だが身長体重はほぼ同じ。
ちっこい。
髪は暗めの金髪、量がものすごく多い。
一部を細く一本に編み上げて後ろにたらし、先端はフサフサ。
逆立った髪とあわせてライオンっぽく見える。
雄ライオン、快傑じゃなくて風雲(後期)な感じ。
そして、目つきが悪い。
「焼いたやつでいいかい?」
「早くしろ!」
「…あんたは?」
ルミごんの横柄な言いぐさにちょっとムッとした感じのマスターだが、そこは商売人。
俺にも聞いてきた。
「私は結構です。」
ロボだからね。
ちっこいルミごんには大人用カウンターが高すぎる。
マスターを見上げてるとソリ返って大変。
周りを見回すと、一番近くのテーブルに座ってる客に声をかけた。
「おい、そこ開けろ!」
ちょ、失礼にも程がある。貴族ムーブ!
座ってたガラの悪い、オッサン。
さすがに腹を立てた、当然。
「なんだあ、このガキ! しつけの悪い…」
まあ、オッサン、このガキが侯爵の娘だとか知る由もないし。
お貴族様と知ってれば対応も違ったかも。
椅子から立ち上がって、すごむ。
と、ルミごん電撃魔法炸裂!
何の躊躇も無し!
「あがぐわはーーーー!」
オッサン悶絶!!
問答無用! 言語道断! 凶悪無残! 暴虐無比!
やべえ! このご令嬢!
さすがに他の客たちも騒然。
「な、なんだ? このガキ!」
「いきなり電撃とか!」
そのガキ、落ち着き払って続けてマジックアロー的な代物を肩口から発生させた。
アロー? いやこの形は・・・
ソレを振りかぶった!!
「マジカルトマホぉーっく!!」
ちょっ! トドメ刺そうってかい!!
あわてて、取り抑え襟首掴んで吊し上げる。
「だ、ダメですよ! ルミナさん。」
「うががっ! はなせー!」
暴れる! 野獣っ子!
振り回すトマホーク的なのが当たってフードが外れ、俺の顔が露わになる。
「な、何だコイツ!?」
「兜? 仮面? いや、これは…」
酔っ払いのゴロツキっぽい雰囲気だったお客さんズ。
考えて見れば大街道から離れた危険地帯で活動している歴戦の冒険者。
反応は機敏!
一斉に剣や弓といった武器を構えて臨戦態勢!
「獣機か!?」
ジョーイくん以下獣機軍団はもう人を襲うことはない。
その事は商人や王軍を通じて周知されているはず。
だが、何年も続いた警戒感はそう簡単には無くならないよね。
マントを開き、手を出して広げて戦意が無いことを示す。
まあ、右手にはルミごんがぶら下がっているわけですが。
「大丈夫です。私は安全で善良な魔道機ですよ。」
とか言った途端に暴れルミごんの蹴りが顔面に!
イタっ!
「こっちは兇暴で危険な動物ですので近づかないで下さい。」
「がるるるっ!」
俺とルミごんが何でこんなとこ、うろついているかって言うと、女騎士クラリオのせい。
一旦レガシに戻るために乗り込むのは輪送コンテナ。
王都進攻で使われた引き寄せ魔法用コンテナの補強改造版。
大きさ的には大き目のワンボックスカー。
小さめマイクロバス的なサイズ。
そう、いつも橋の上でモンスターに襲われるスクールバス的な。
形は某救助隊2号のアレっぽい。
ハッチは蝶番が下にあって開くとスロープになるタイプ。
飛行ユニットに吊り下げて運ぶ。
軽量化を第一に作られているので木造。
さて、猫耳メイド2号スカジィちゃんと護衛のクラリオ女騎士はいったんレガシに戻る。
ここで、ルミごんが同行するって言い出した。
レガシにいるお祖母ちゃん、夢魔女王メガドーラさんに会いたい。
キラすけが話してたレガシの街も見てみたい。
クオリア母上は心配していたが、レガシ勢はわりと余裕。
危険人物には慣れてるからね。
双子のお兄ちゃんトリニートくんも行きたがった。
けど、王都の規則では自治権を持つ侯爵家の男子の旅行には事前申請が必要。
ちなみに正妻クオリアさんと嫡男クリエートくんは出国禁止。
めんどくせえ。まあ、行ってすぐ王都に戻るのでどうってことは無い。
スカジィちゃん、他にも色々買い物したみたい。
でっかい荷物。お土産沢山。
タンケイちゃんから頼まれた工具類とか、ダット姐さんに指示された布地とか。
けっこうな荷物をコンテナに運びこむ。
さて、そいじゃ出発しますか、ということで各人コンテナに乗り込む。
スカジィちゃん、ルミごん、ついで同行する店長騎士クリプス。
俺本体は最後に乗り込む。
その前にクラリオ女騎士がスロープハッチに足をかけると…
バキン!
蝶番が壊れてハッチが落っこちた。
補強してあるとは言え、元々は引き寄せ魔法用。
空を飛ぶ用途は設計時には想定していない。
酷使したせいでガタが来てたらしい。
高さにして20センチ位。
「うひゃ!」
焦る食べすぎ増量疑惑女騎士。
カロツェ家やバッソ家で貴族飯をたかった報いか。
「え、あああ、あれ。ワタシ? おおお重…?」
「あーあ」
茶化すようにクリプスチャラ男騎士が囃す
「あーあ、にゃ」スカジィちゃん。
「あーあ、うがっ」ルミごん。
「あーあ」俺。
「わわわ、私は普通に足をかけただけだ!」
「私のせいじゃない! 私のせいじゃないんだあああー!」
まあ、飛行してる間は空力被甲身で全体を包んでいるんでハッチが開いてても問題ない。
そのまま出発することにした。
粗忽者(女騎士)が落っこちるんじゃないかと不安だったので、開口部の前には俺が立ってハッチ代わりに。
外に背を向けて、開口部の上のとこをつかんで塞ぐように立つ。
そのまま出発。
飛行ユニットには空力バンパー魔法と、重力軽減魔法の護符が装備されている。
イオニアさんの重力魔法を俺が解析し、その結果をエルディー先生とメガドーラ夢魔女王が応用して護符化した。
飛行ユニット自体も拡張機体アイザクソンに一時再収用されたことで強化された。
この大きなコンテナに多人数を乗せても軽々と飛行できる。
戦闘時のような高機動さえしなければ問題ない。
さて、順調に飛行を続ける俺たち。
おやつの時間になったので、スカジィちゃんが何やらお菓子?を。
「王都で最近話題のだニャ。」
甘く煮た豆をパン生地で包んで焼いた…ってアンパンやん!
ちなみに俺はつぶあん派。
「おおお、コレ! 行列でなかなか手に入らないんですよ。」
スイーツ女騎士が感激。
「?クリプスさんが買って来てくれたニャ。」
「いや、うち…デンソー家で出してる店だし。」
「な、ななな、なんで私にそれを言わない!?」
「いや、聞かれなかったし。」
「くっ…」
流行りものに飛びつく田舎ネコミミメイドや下級国民女騎士。
これに対し、お貴族様令嬢のトリルミナ様にはさほど珍しいものではないらしい。
さしたる興味を示さない。
むしろコンテナそのものに興味があるらしく、うろうろ見物。
ホクホク顔でアンパンの包み紙を開けようとする女騎士。
そこは怪力乱暴者女騎士。
包装を引きちぎり勢い余って中身が飛び出した。
あわてて拾おうと前屈。
重心の関係でお尻を突き出す。
そのケツがルミごんを突き飛ばす。ケツどん。
ハッチがわりに開口部に立っていた俺の方に飛んで来た。
とっさに上の縁を掴んでいた手を離し抱き止めてしまう。
ルミごんの勢いで後方へ倒れこむ俺。
背面ダイブ、すなわち転落。
えええー!!
落下する俺とルミごん。
「覚えてろよーーー、女騎士いぃーーー….」
なお、落としたアンパンは息フーフー女騎士が美味しくいただいたもよう。(3秒ルール)
「うががっ! 死ぬっ! 死んでしまうぅーーー!」
さすがのルミごんもパニック!
俺も焦る。
「あ、ちょっと待っててくださいね。」
抱いていたルミごんをリリース
「うがっ? ちょっ! おま、」
空中でぶんぶん腕を振り回して抗議の意志を表現する野獣令嬢。
再度、俺に取り付こうと必死に空気をかく、平泳ぎ。
【収納】からマントを取り出し、装備。
「げ○たーういんーーーんぐ!」
ルミごんをつかみ直す。
「はい、おまたせ。」
マントに沿って魔力を流し、空力バンパーを展開。
翼のように広げる。
元々、雀竜のウロコだしね。
マントに風を受け、らせん状に滑空して落下速度を軽減!
シュパー、シュパシュパ、シュパーな感じ。
地面が近づいたところで重力魔法発動!
オーバードライブ!
パワーファイヤブースト!
軟着陸に成功!
だが…
「ええ? どこ? ここ…」
「うがが?」
僕らは迷子のミッシンチャイルド。
かなり風に流されたよな。
森とかじゃなく、割と荒野って感じの平地。
王都とレガシの間であることは確か。
GPSがあるわけじゃないし、昼間の曇り空で天体データも使えない。
現在位置は不明。
もっとも位置がわかったとしてもこの辺の地図データを持ってない。
飛行予定経路と磁気センサーによる方位測定でだいたいの方角を決める。
たぶんあっちの方だよな? てことで歩き出した。
まあ、飛行ユニットがレガシに着いたら、引き返して迎えに来てくれるでしょ。
てな訳で現在に至る。