私負けましたわ
モアブ伯は大迷宮冥刻界女王神殿にて魔力核の起動に成功。
俺達は敵の魔道機、魔王鎧の前に破れ、神殿を脱出した。
損害は大きい。
ミネルヴァのパーンサロイドボディは破壊された。
応援に呼んだ将軍機も真っ二つ。
俺も左肩を破壊された。
手のひら、指は動くけど、力が入らない。
しばらく時間がかかりそうだ。
今のところ、レガシの街に魔力核起動による影響は見当たらない。
俺、ベータ君、U-69はとぼとぼと街にむかう。
組合長のお店、葬儀屋跡地は天幕が張り直されて対策本部な感じになっていた。
エルディー先生がこっちに気付いた。
「おお! アイザック、ベータ。戻ったか。」
「状況はタマちゃんとミネルヴァから聞いた。」
魔道機通信で繋がっているので先に報告済み。
「肩、どうしたの?」
おっと、デイエート。あー、そういえば…
「やられました、約束やぶってすいません。」
もう怪我しないって約束したけど…守れなかったよ。
「…ばか。」
ごめんな。
おうっと! イーディさん居る!!
やっべえ!
「ベータ! 無事!? 怪我してない?」
「大丈夫ですよ、姉さん。アイザックさんが守ってくれましたから…」
じろり、と俺のほうをにらみつける姉エルフ。
「いや、あの…」
視線を先生に向ける。責任を押し付ける作戦。
びくっとする先生。
すぅーっとタモン兄貴の陰に隠れた。
イーディさんから見えない位置へ移動。卑怯!
「ベータさんを危険な目に合わせて申し訳有りません。」
「でも、おかげで命を救われました。」
ベータ君の助けがなかったら、今頃、肩くらいじゃすまなかったよ。
命? 俺のは、「命」なんだろうか?
破壊された将軍機と何が違うって言うんだ?
「さっきの音と振動は?」
組合長が聞いてくる。
「魔王鎧の追撃を防ぐため川からの通路を爆破しました。」
「ほひょ?」
「ばばば、爆破ははひゃ…?」
うろたえ女騎士、変な声でた。
「すいません、洞窟は吹っ飛びました。」
パンツもね。
なにやら、奇声を発しながら奇妙な踊りを踊る女騎士は放って置いて、飛行ユニットを切り離す。
スカイエクソン、進行中のモアブ軍本隊を偵察してくれ。
大街道からの魔力供給が始まっているとしたら、何か動きがあるはずだ。
大丈夫だよ、錯乱文無し女騎士。
パンツは全部燃えたから、誰かに拾われる心配はないぞ。
ま、落ちてても俺はいらないけどな。
工房から職人衆とおやっさんが駆けつけてきてる。
ケロちゃんGもやってきて、破損した獣機を工房へ運ぶ。
犬獣機たちはサーバーである魔犬将機が地下に入って電波が途絶えたせいか、ほぼ停止状態。
かつての帰還モード、ただしどこへ帰っていいかわからないと言う感じだ。
北遺跡からタンケイちゃんも呼び寄せて、ガルムにハックされた犬獣機や工兵機の再起動。
ミネルヴァとジョーイ君が中心になってセキュリティ設定を強化。
ジョーイ君は工兵機の一体を専用端末化して指示を出している。
片方のヘッドアームを失ったベルちゃん。
バランスが悪い。まっすぐ歩けない。蛇行してるよ。
修理が済むまで休んでな。
「ボクのボディ…」
再び身体を失ったミネルヴァがぶつぶつ言ってるのが鬱陶しい。
「ベータさんの力で、ボクの身体の部品を引き寄せ出来ないんですか?」
「それが…ひどく…えーっとなんていうか…」
「混沌としてる感じなんですよ、魔力核の近くって。」
「魔力量が大きすぎるのかもしれません。」
そこにあるはずの破損ボディが認識できないらしい。
気丈に振舞っているベータ君だが…
キラすけの例を見てもわかるとおり、固有魔法といえども使えば消耗する。
今日一日だけでも、引き寄せ魔法を使いすぎているぞ。
「とにかく、ベータを休ませよう。」
「イーディ、頼む。」
「先生に言われるまでもありません。」
にらみつけるイーディさん。
「先生には、後でお話しがあります。」
「う、あ、…はい。」
視線をハイエートに
「ハイエートにもね!」
「え!? 僕も? え、あ…はい。」
ショボーン、兄エルフ。
「もちろん、アイザックにもね!」
え? あ、俺もですか!? …そうですよね。…はい。
ショボーン。
「さあ、ベータ。救護院で休みましょう。私が添い寝してあげるから。」
「え? あ? 姉さん?」
助けを求めるようにこっちを見るベータ君。
ごめん、俺に出来ることはないんだ。
そして羨ましそうに指をくわえるハイエート。
タモン兄貴の帰還を聞いて、工房からダット姐さんも駆けつけて来た。
兄貴と久しぶりの再会。
「タモン!」
「ダット!」
ガシッ! 熱い抱擁。
元気だった? ケガしてない?
大丈夫だよ。心配ない。
心配なのはケガだけじゃないわ。
王都にはキレイな女の人いるんでしょ。
何言ってんだ、お前より美人なんていないさ。
ホントかしら? そういうお店もあるってクズノハさんから聞いたわよ?
おいおい、人聞き悪いな、だいたいそんな暇なんかなかったさ。
エアボウド導師に聞いてくれよ。
あら、暇があったら行ったのかしら?
勘弁してくれよ、愛してるよ。
うふふ、私も愛してる。
二人はイチャイチャ、周りはイライラ。
リア爆!!
事情を知らなかったストラダ騎士が困惑。
「え? 誰?」
「奥様です。」
「ええ!!」
驚いた後、どんより茫然女騎士の方をチラチラ見てる。
クラリオ騎士の気持ちは知ってたんだな。
とにかく、今後のことを相談しなくては。
気を取り直した兄貴とストラダ元隊長騎士が相談。
「地上に残ったモアブ兵はどういう具合なんだ」
迷宮内にモアブ伯と同行した騎士団は言わば親衛隊。
先代モアブ伯以来の譜代の家臣たちとその子弟だという。
それに対し入り口を担当していた騎士や兵士たち。
若い経験の浅い騎士と、臨時雇用のベテランの混成部隊。
まあ、新参のストラダ騎士が隊長をやってるくらいだしね。
「バンカー・モアブは性格や資質で隊を分けてる。」
そのストラダ元隊長が言うには。
「王都に残して来たのは、臣下の中でも報償やら出世やらが目当ての輩。」
「損得で動く連中…まあ、切り捨てて来たった感じですね。」
「後は子爵家クラスの当主や長男は置いて来たようです。」
「迷宮に連れ込んだのは、次男三男といった貴族のしがらみのない奴ら。」
「ガチガチの忠誠心と技量を持った精鋭たちですよ。」
「モアブ伯の命令なら是も非もない騎士たちです。」
「戦闘に関しては文句のつけようが有りませんが…」
「伯の私兵団ですから遠征経験がないし、みんな貴族の子弟ですから…」
「プライドが高くてね。行軍中は苦労しました。」
苦笑いする臨時隊長。
「地上の生き残りはどうするかな…」
タモン兄貴が思案顔だ。
「臨時雇用は傭兵みたいなもんですから…報酬さえ払えばおとなしく解散するでしょう。」
「報酬は私が何とかするよ。」
セレブ組合長。
「こっちで雇えないか?」
「それは無理ですね。……軍用獣機…魔道機軍を間近で見てますから。」
負ける方に味方する奴はいないか。
「若い奴らはどうする。」
ストラダさんが答える。
「武装解除して原隊に帰還させましょう。」
「敵を増やすのか?」
兄貴の疑問に、乾いた笑いをもらすストラダ騎士。
「今さら人間の兵士なんて…誤差の範囲ですよ。」
「魔道機軍は…そんなにか?」
チラリと作業中の軍用獣機ケロちゃんGを見やる。
「アレが200体近くいるんですよ。」
「運搬用…鉄蜘蛛も同じ数がいます。」
人間の兵士の大半は王軍から徴用だと言う。
王都が奪還された事を知らせれば、離脱するか、こっちの味方になってくれる可能性はある。
「もっとも、荷駄隊ばっかりですから戦力にはならないかと。」
「問題は軍用獣機と鉄蜘蛛を操縦している奴らです。」
「モアブ兵じゃないのか?」
「表向きはモアブ伯に所属してますが…」
「人間至上原理主義者ですよ。」
他ならぬバンカー・モアブ自身が
「忌々しい」
と言っていた狂信的な人間至上主義者団体。
そいつらか!?
「頭のおかしい宗教団体みたいな奴らですよ。」
「モアブ兵からも嫌われてまして。」
「騎士とか兵士とかじゃなくて…『獣機使い』って呼ばれてます。」
「どうやら、操縦技術の一部を秘匿独占してるみたいで…」
「モアブ伯自身も扱いに困ってたような連中です。」
やっかいなこと甚だしい。
「操縦技術?」
「調べた限りでは…軍用獣機の数より操縦者の方が少ないんですよ。」
「一人で複数の獣機を操作する方法があるとしか思えません。」
一台の操縦器で複数のゴリアテを操縦できるのか?
確かに、自動攻撃モードなら可能かもしれない。
でもあれ、今までの操縦者も普通に使ってたぞ?
それにあのモード、けっこうな欠陥機能ですぞ。
同士討ちとか味方無差別攻撃とか…
そのことを伝えると…
ストラダ騎士も首をひねる。
「まあ、秘匿してるわけですから…他にも何かあるんでしょう。」
「とりあえず、地上軍は到着に時間がかかる。」
「地下のバンカーだって上がってくるのは大変だろう。」
「今は休憩だ。メシ、風呂、寝る!」
おっさん臭いよ、先生。
兄貴とストラダさんは地上に残った兵士、騎士たちを説得に行った。
ケロちゃんGとU-69に同行してもらい、プレッシャーをかける。
残り2体のゴリアテも予備の操縦器とペアリングを更新して再起動。
今回かなりの犬獣機をぶち壊した。
自律CPUを回収したらケロちゃん同様CPU内蔵型に改造する予定。
騎士団が乗ってきた新型鉄蜘蛛は?
2台残ってるけど、残りは騎士団だけ置いて原隊へ引き返したと言う。
鉄蜘蛛だって余ってるわけじゃないんだな。
まあ、この2台はもらっとく。
ヒト勢が休憩している間に俺達、魔道機勢は犬獣機群団の建て直し。
壊れたやつ、動けないヤツを片っ端から再起動、セキュリティ設定。
軽傷のやつへ部品を回して再生する。
職人衆、工兵機総動員だ。
タンケイちゃんも手伝うって言ったけど、おやっさんが一喝。
「休む時は休め! それも仕事の内だ。」
いや、おやっさんもですからね。